86.エリカ・フォン・リンデンブルグ侯爵令嬢からの挑戦状
ツバイシュタイン伯爵領へリンデンブルグ侯爵家からの使者が訪れて数日後。
王都伯爵邸では、定例の主従のやり取りが行われていた。
「お嬢様。最近なにやら侯爵家が活発に動いている様子だと黒百合から報告が上がっております。」
白髪頭に赤眼のメイドのミラが、女主人であるソフィーへ報告を行っていた。
黒百合隊とは、ソフィーが『アーデルハイド親衛隊』の中でも、数名の女学生を選んで、主に学園内や王都とその周辺での噂話や情報収集を主任務として設立した部隊の名前だ。
無論、素人の女学生たちが集めてくる情報なので、玉石混交ではある。
その中から、特に信憑性の高そうなものや複数から確認の取れた情報だけをミラがソフィーへ報告する仕組みだ。
あとは、情報を受け取ったソフィー自身が情報の重要度を判断する。
今回は、その黒百合隊から、リンデンブルグ侯爵家についての情報が上げられたというのだ。
「そう? どんな様子なのかしら?」
ソフィーはいつもと変わらずに、平坦な声で尋ねた。
「ハイ。頻繁にエリカ様が王城へ行き、第一王子や第一王女と密会を開いている様子だと。」
即座に、ソフィーの中ではこの情報が重要なものであると判断されたのであろう。
次の質問がそれを裏付ける。
「密会? その会話の中身までは?」
「残念ながら、会話の中身までは伝わっておりませんが、伯爵本家にも使者が到着したと報せがございました。」
ツバイシュタイン伯爵家には、ソフィーの手の者が幾人か残されている。
メイドや執事として、伯爵家本宅で勤務しながら、ソフィーへと情報を送ってくれるのだ。
その彼らから、リンデンブルグ侯爵家からの接触があったという報せが伝書鳩によりいち早く届けられたのだ。
「お姉様が直接動き出したという訳ね・・・・。」
「エリカ様が直接動いたとなれば、やはり、アーデル様関連でしょうか?」
「本家へ使いを出したくらいだものね・・・・。
リンデンブルグ侯爵家とツバイシュタイン伯爵家との密約に関するものと考えるのが妥当でしょうね。
アーデルお兄様と私との関係を邪魔しようとするのならば、迎え撃ってやるわっ!!
もう幼い頃の私とは違うことをエリカお姉様にも思い知らせてやるのだからっ!!」
昔を思い出したのか、フンスっと鼻息も荒くソフィーが執務室の少し大きめな椅子から立ち上がる。
「その意気です。お嬢様。
不肖この私も、地獄の底までお供致します。」
そんな同い年な主人を励ますかのように、ミラもまた拳をギュっと握って応じた。
「あら、ミラ。
縁起でも無いことを言わないで頂戴。
私は、地獄になんて堕ちるつもりは無いわ。
お兄様と幸せな天国へ行きたいものだわ♡」
こんな時でもしっかりとノロけは健在な様で、明るい声でキッパリと宣言されてしまった。
ミラもまた、どう答えたら良いのかと、目を白黒させている。
「そ、そうですね・・・・。」
そんなやりとりをしている主従の所へ、屋敷勤めのメイドがエリカからの一通の手紙を運んで来た。
「手紙には何と?」
蜜蝋で封印してある封筒を破り、素早く手紙に目を通していたソフィーが、ミラへ手紙を投げて寄越した。
その中には、姉であるエリカからの一方的な宣戦布告が記されていた。
『私の腹違いで身分の低い妾の娘であるソフィーへ。
これまで私は、大人しく貴女のやり方を見過ごしてきました。
以前不躾にも寄越して来た手紙には、『今回に限り見過ごす』と記したけど、その期限はとっくに過ぎたわ。
レベッカ・フォン・ザルツブルグ侯爵令嬢の件は、同格の侯爵家でもあるから遠慮していたけど、これ以上貴女なんかに遠慮するつもりは無いわ。
幼少の頃から、私のお父様の愛情を横取りしようとした貴女ですから、今回も義理の兄であるアーデルハイドの気持ちを私から横取りしようとするでしょうけど、できるものならやってごらんなさい。
レベッカ嬢とは違って、私は完璧な計画で貴女を叩きのめして見せるわ。
もうお父様やツバイシュタイン伯爵家の庇護を受けられると思わないことね。
どうしても、護って欲しいと思うのならば、王城に住んでいる王子の側室か愛人にでもなれば良いわ。
これは、腹違いとはいえ、一応は貴女の姉である私からの家族愛よ。
いいえ、お情けと表現した方が相応しいわね。
私とアーデルハイドの婚約については、両家が合意の上での決定よ。
今まで貴女は『養女』であり、『妹』として彼の側に居ることが許されてきたけど、私が嫁いだら、貴女には何処かの家へ嫁いで出て行ってもらうから、一緒に生活するなんて思わないで頂戴。
それでも、リンデンブルグ侯爵家から嫁ぐという栄誉は残しておいてあげるから、せいぜい我が一族の役に立って頂戴ね。
ああ、そうそう。
貴女が手に入れたという『アーデルハイド親衛隊会長』の地位についても、いずれ、正式に私へ譲渡するように。
あれは、貴女みたいな子どもが就いているには、もったいない組織だわ。
私の様に、洗練された選ばれし者が就いてこそ、活用も出来るというものだわ。
無論、貴女が足掻けるものなら足掻いて見せて構わないわ。
姉として、堂々と全てを撃破して、貴女が私よりも格下だということを万民に報しめて上げましょう。
では、ご機嫌用。
エリカ・フォン・リンデンブルグより』
目を通したミラは、耳まで真っ赤に染めながら興奮した様子で女主人であるソフィーへ珍しく声を荒げた。
「なんですか!?
この無礼な手紙はっ!!
仮にも実の姉上だと言うなら、こんな風にソフィーお嬢様のことを一方的に貶めるような内容を書かなくったってっ!!
言って良いことと悪いことがありますっ!!
お嬢様だって、好きでリンデンブルグ侯爵家にお生まれになられた訳じゃ無いのに・・・・。
それも、あんな意地悪なエリカ様の妹君としてなんてっ!!」
激昂のあまり、普段は滅多に見せない程に、大きな声でソフィーを擁護しようと必死で喚く姿に、ソフィー自身が少し慰められたのか。
「ありがとう。
ミラ。今はそんな風に言ってくれる貴女がいるから心強いわ。
あの頃は、私にはそんな風に言って、庇ってくれる人なんて居なかったもの・・・・。
それに、私も幼かったし・・・・。」
呟くように少しだけ表情を暗くしてそう告げるソフィー。
「私がもっと早くにお嬢様にお仕え出来ていれば・・・・・。
いいえ、私がもっと早く生まれて、ソフィーお嬢様のことをお守り出来るくらいに力があれば・・・・。」
悔しそうに爪を噛みながら、ミラがブツブツと呟いている。
「フフ。ミラ。
貴女が早く生まれていたら、私とは出会えなかったかもしれないわよ?
それに、年上だったら、一緒に育つことも無かったでしょう?」
「ソフィーお嬢様・・・・。」
感極まったように、ソフィーの胸へと抱き着いてしまうミラだった。
ソフィーもまた、そんな彼女をしっかりと抱き寄せて、互いに慰め合うかのように頭を撫で合った。
少しして、落ち着いたのか、ミラがソフィーから離れる。
「失礼しました。私としたことが、あまりにも頭に来たものですから・・・・。
つい。」
恥ずかしそうに、少し照れたようにパっと離れるミラへ、ソフィーもまた微笑みで返す。
「大丈夫よ。ミラ。
それに、落ち着いたのならば、改めて、黒百合隊には情報収集を更に強化するように伝えてちょうだい。
それから、『アーデルハイド親衛隊』に非常招集をかけてちょうだい。」
「畏まりました。」
恭しく一礼すると、いつもの様に、ソフィーの執務室からミラが去って行った。
ソフィー4歳の頃は、エリカも6歳です。
まあ、小さな女の子同士でもあり、両親の愛情を奪われると思い込んでしまった幼児が、腹違いの妹に辛く当たったからといって、責めることも難しいのでしょう。
問題は、当人同士は成長してもそれなりに蟠りとか嫌な思い出になってしまっている事もあるかと。
(※リンデンブルグ侯爵家では、上手く解決できない故に、養子として出してしまったというお話しになります。)




