85.ソフィー出生の秘密
ツバイシュタイン伯爵家では、当主のコルネリウスが戸惑いの表情を見せていた。
つい先日、帝国領から突如侵攻してきたグルドゥ伯爵軍が退却し、平穏な日常が戻ったと思えば、王都に本拠地を置くリンデンブルグ侯爵家より、正式な使者が派遣され、次期当主であるアーデルハイドとの婚姻の密約について、改めて相談がしたいと聞かされたのだ。
「・・・・リンデンブルグ侯爵家から、我が家へ密書だと・・・・。
バーナード殿は、一体どうされたというのだ・・・・!?」
目の前には既に使者として派遣された2名が頭を垂れた姿勢で密書を差し出している。
「密書には、『兼ねてより結んでいた密約の変更を願う。詳細は使者より口頭にて。』と記されております。
万が一密書が奪われた場合に備えて、私が、口頭で述べさせていただきます。」
恭しく頭を下げて見せているのは、リンデンブルグ侯爵家に仕えている騎士の一人だ。
従者を一名伴って、ツバイシュタイン伯爵家まで密書を届ける使者としてやって来ていた。
「それで、兼ねてよりの婚約者の密約を変更をと言われるが、既に当家にて我が子同然に育ててきているソフィーをどうなさるおつもりか?
あの子は、幼少の頃より我が息子アーデルハイドと添い遂げることだけを夢見て成長しているのですぞっ!!
それを今更引き離すなどと・・・・。」
アーデルハイドから親馬鹿と評価されるほどにソフィーを掌中の珠の如く、愛で、育んできたコルネリウスは、許し難いと言わんばかりに使者へ喰ってかかった。
しかし、言われた当人は平然と応じて見せた。
「それでしたら、ご心配には及びません。
ソフィー嬢もまた、側室より産まれたとはいえ、元来我が主であるリンデンブルグ侯爵家の血を受け継ぐ者。
貴族の子女なれば、婚姻の大切さを骨身に沁みてご存知でしょう。
この度、我が主であるリンデンブルグ侯爵は、兼ねてからの密約の対象であるアーデルハイド殿とソフィー嬢のご婚約を破棄致します。
その代わりに、アーデルハイド殿には、我が主であるリンデンブルグ侯爵家より、直系の長女であられるエリカ・リンデンブルグ嬢をアーデルハイド殿へ嫁がせることで、更なる両家の結びつきの強化とさせていただく所存であります。
また、この件には第一王子と第一王女の意向も反映されておりますから、アーデルハイド殿に於かれましては、内密ではありますがマリーネ王女とのご婚姻も視野に入れたものでありますれば・・・・。」
「王家まで関わっているのか・・・・。」
使者の言葉を聞かされたコルネリウスは、ガクっと力が抜けてしまった様にソファーへと座り込んでしまった。
◇
ソフィーは、リンデンブルグ侯爵家では、身分の低い側室から生まれた娘だった。
エリカとは腹違いの妹であり、年齢的にも近かった。
だが、その僅かに2歳の年齢差というのは、時に残酷な悲劇を生み出してしまうものだった。
幼少期に、年齢の近い弟や妹が生まれた経験のある者であれば、味わったかも知れないが、自分よりも年少者が産まれたことで、父親や母親の愛情がその子に奪われてしまうと嫉妬してしまう場合があるのだ。
エリカは生来負けず嫌いで勝気なところが顕著な子だった。
母親が異なり、自分や母親よりも身分が低い女性がソフィーの母親だということは、大人の事情なので幼かったエリカにはあまり気にはならなかった。
しかし、父親の愛情が自分よりも妹のソフィーに奪われてしまうことへの嫉妬が激しかった。
ソフィーの母親は、エリカの母親とは良好な関係を築いており、元気であればある程度は自分の娘を護ってやることも出来たかもしれない。
ところが、ソフィーを産んですぐに産後の肥立ちが悪くて病に臥せってしまっていた。
産まれたばかりの我が娘に、お乳を飲ませてやることすら出来ずに、日ごとに衰弱して行くばかりで、ソフィーには乳母を付けて養うことしか出来なかった。
やがて、ソフィーを産んだ実の母親は、幼い我が子を腕に抱くことすら出来ずに冥府へと旅立ってしまったのだ。
死に行く直前に、夫であるバーナードと親友であり正妻であるエリカの母親マチルダとを呼び、枕もとで涙ながらに「あの子を・・・・ソフィーのことを・・・・頼み・・ます・・・・。」とだけ残して、息を引き取ってしまったのだ。
そこで、可哀そうに思ったバーナードとマチルダが、ソフィーの面倒を見ようとしたのだが、突然両親と自分との間に入り込んできた妹という存在に、エリカが強い拒絶反応を示してしまったから、リンデンブルグ侯爵家にとっては頭痛の種となってしまった。
それでも、なんとか4歳までは同居して育てることが出来たのだが、ソフィーが肩身の狭い思いをして育ったことは確かなようで、あまり笑顔を見せる事の無い子として育ってしまった。
姉であるエリカが姿を見せると、逃げるように自室へ籠ってしまい、食事も自室で食べると言い張って出てこようとしなかった。
エリカが外で遊んでいれば、ソフィーは部屋で大人しくするか、人目を盗むように廊下で遊ぶだけ。
エリカが自室で家庭教師から勉強を教わって居たり、友人たちを招いて遊んでいれば、ソフィーはこっそりと外へ出て、目立たぬように庭を乳母や屋敷の者を伴って散策する程度だった。
あまりにも不遇なソフィーの成長に、哀れさと亡くなった側室への想いもあり、バーナードなりに罪滅ぼしをしようと決意した。
そして、ソフィーと年齢の近い貴族家の中から、東部軍管区を統括支配し、王立学園でも親友であったツバイシュタイン伯爵の長男であるアーデルハイドとの婚姻を結ぶことに成功した。
ただし、エリカの存在のせいでソフィーが追い出されたなどと知られては、リンデンブルグ侯爵家の恥となる。
であれば、突然幼い我が娘を婚約者として送るのではなく、『養子縁組』という形式で、4歳になったばかりのソフィーによくよく言い含めて、アーデルハイドに気にいられれば、お前は一生幸せにしてもらえる、だから、彼を兄と慕って常に側近くに居るようにせよと送り出したのが10年ほど昔に両家の間で結ばれた密約であった。
ちなみに、幼少の頃から婚約者として嫁ぎ先へ送る方法も実際に行われてはいるのだが、幼い子供たちに小難しい話しをするよりも、一生を共に過ごす『家族』として触れ合うことで、お互いに気が合うか、合わないかなども分かり、もし、どうしても結婚生活を送るには無理だと双方が申し出た場合には、そのまま兄と妹という関係で終わらせても良い。
だが、もしも双方が、『兄妹』としての関係よりも、『夫婦』としての関係を望めば、もう一度リンデンブルグ侯爵家へソフィーの籍を戻して、改めて娘として嫁がせようとの計画でもあった。
しかし、長女であるエリカがアーデルハイドの妻の座に執着するあまり、計画そのものが頓挫してしまったのだ。
しかも、エリカ一人の我儘であれば、父親であるバーナードや母親のマチルダが叱りつければ納まったであろうものが、王子と王女という、非常にやっかいな味方を自陣に引き入れての交渉では、結果が見えていた。
如何に貴族の権力が強いとはいえ、王家には王家の利用価値や権勢があるのだ。
そういった意味で、今回のエリカの計画は、両家にとっても王家との繋がりまで出来てしまうと言う一石二鳥、いや、三鳥とも言える荒業でもあり、否定する要素が見当たらないのだ。
◇
「・・・・マリーネ王女が正妻の座に就き、エリカ嬢が第二婦人か側室でも構わないと言われたのだな?」
「左様でございます。」
コルネリウスの問いかけに、使者の騎士は泰然と応えた。
「そして、ソフィーを第一王子の側室として送り出すと?」
「あるいは、第二王子の可能性もございますが・・・・。」
この言葉により、王族が深く今回の件に関わっていることがコルネリウスには理解できた。
「・・・・ソフィーの・・・・あの子の気持ちはどうなるんだっ!?」
「ですから、貴族の子女として、あるべき本来の使命を果たすべく、王子の下へ嫁がれればよろしいのです。
それがソフィー嬢にとっての幸せでございます。」
老獪な使者は、表情一つ変えずにそう言い切って見せた。
まるで、自分が今言った言葉こそが、この世の真理であるとでも言わんばかりに。
だが、言った当人がどう考えたかはともかく、聞かされた方が同意出来るかと問われれば、否と答えることだって可能だ。
「私にはそうは思えない。
確かに、エリカ嬢やマリーネ王女を我がツバイシュタイン伯爵家へ迎え入れ、ソフィーを王子へ嫁がせれば、それだけ権力基盤だって強化される。
それは認めよう。」
使者はうんうんと頷くばかりだ。
「しかし、それでは当人たちの気持ちはどうなるのだ?
私も貴族だ。
青い血と呼ばれる旧家であり、大貴族と呼ばれるツバイシュタイン伯爵家の現当主でもある。
だが、幼い頃から育てて来たソフィーの姿を見れば分かる。
あの子は心の奥底から我が息子、アーデルハイドを愛しているとな。
我が息子であるアーデルハイドもまた、ソフィーを愛している。
今は、妹という身分のため、手出しはしていないのだろう。
だが、来春にはアーデルハイドは18歳、ソフィーもまた16歳となる。
王国では男性の成人年齢であり、女性にとっては結婚が認められる年齢でもある。
だからこそだ。
だからこそ、私はこの二人を当初の予定通り、結婚させてやりたいと心の奥底から願って止まないのだ。
それを・・・・ 両家の都合だけで一方的に破るなどと・・・・私には・・・・。」
苦渋の表情を浮かべ、尚も反攻しようと抗い続けるコルネリウスの姿に、使者である騎士は、そっと側近くまで歩み寄り、耳元へ小さく告げた。
「それでは、領民の幸せは犠牲にしても構わないと仰るおつもりですかな?」
この言葉を聞かされたコルネリウスは、ハッとしたように、使者へと視線を走らせた。
「成程、感情論としては、理解出来ましょう。
美しい。実に美しい親子の愛のお姿ですな。
劇場辺りで上演すれば、きっとご婦人方を中心にさぞかし同情を集めて、お涙頂戴と票が集まりそうですな。
ですが、それは感情論に支配された愚かな価値観と論理的な思考を停止してしまった考え方ですな。
失礼ながら、貴方は大貴族であり、東部軍管区を統括支配しておられる。
であれば、その様な人物が、息子一人、義理の娘一人を犠牲にせずに、領民に帝国を始めとする敵国や蛮族などと闘えと命じられるのですかな?
我が主であるリンデンブルグ侯爵家と王家との婚姻が成就した暁には、これまで以上に国境警備に兵卒を含めた人員の拡充や物資的な援助も加わりましょう。
無論、これまでだって必要とあれば、国境守備のために協力は惜しんだつもりはありませんが、婚姻と言う血の盟約により、更なる強化と、協力関係の構築が可能となるにも関わらず、お若い伯爵様に於かれましては、安っぽい感情論に支配されて、領土保全に気が回らないようですな。」
正論だ。
だからこそ、肺腑を抉る様な鋭さを持った言葉でもあった。
コルネリウスは、黙り込んでしまった。
すると、使者は徐に立ち上がった。
「失礼致しました。
私では、この件は交渉役としては役不足だったようですな。
エリカ嬢は、今回の件は決して諦めないでしょうから、また別の者を使者として寄越すでしょう。
それまでに、お返事を考えておいてくだされば、私としては結構です。
では・・・・。」
そう告げて、本当に応接室から出て行こうとした。
「・・・・お待ちください。」
苦しそうに、コルネリウスが呼び止めた。
第一話から、ずっと4歳の頃からの想いでしか書いてきませんでしたが、ソフィーが『養子』であるという伏線のつもりでしたが、今回突然書くと、ちょっと強引にも思われるかな(?)なんて、ちょっとビクつきながら書いてます(・・;)




