73.破滅の数字vsソフィーの視座
視座=物事を認識する時の立場。
伯爵本領で小競り合い後も、帝国兵たちが意地と陣を張っていた頃、王都『プロネシス商会』では、再びオルティアが支配人の前に立っていた。
「それで、結論は出ましたか?」
先日突然の来訪と共に告げられたM&Aについての回答を得るために着たのだ。
初老の支配人は、額にハンカチを当てながら、かいてもいない汗を拭いてばかりだ。
「そうは言われましても・・・・。
ご存知かとは思われますが、『プロネシス商会』は、私個人の所有ではございません。
ツバイシュタイン伯爵家令嬢であられる、ソフィーお嬢様の私物です。
私は、雇われた支配人に過ぎませんから、私の一存ではなんとも・・・・。」
ごく当たり前の返答をして時間稼ぎを試みる。
だが、オルティアもまた下手な小細工は食い破るとでも言わんばかりに食い下がる。
「そうですの。それでは、こちらの企画書をご覧いただけますかしら?」
白魚の様な手から、数枚の企画書を提示して見せた。
支配人は、それを受け取り、眼鏡を懐から出して素早く目を通した。
「・・・・こ、これは・・・・!?」
「我が『ドライローゼス商店』が今後順調に売り上げを伸ばし、店舗数を増やした場合の試算書でしてよ?
ついでに、そちらの『プロネシス商会』さんが、このまま王都や周辺都市で、新規の出店も無く、売り上げを下げてしまった場合を想定して書いておりますけど。
無論、具体的な数字は判りかねますから、パーセンテージでの予測数値ですけれども、決してかけ離れた数値ではございませんでしょう?」
支配人の焦る姿を目に収めながら、ニコリと笑いかけてるが、目の奥では全く笑ってはいない。
そこに書かれた数字は、正に、先週から売り上げが落ち続けている現状の数字を再現したのか如く、ほぼ正確な数字が並べられていた。
第一週目:17%減。
第二週目:35%減 ― この時点で、王都周辺に本拠地を置く商会との取引中止 ―
第三週目:60%減 ― 35%は、伯爵領での売り上げ。5%その他地域。 ―
第四週目:65%減 ― 5%減は、原材料入手不可能により減ずる。 ―
第五週目:70%減 ― 5%減は、原材料入手不可能により減ずる。 ―
以後、販路拡大不能及び、原材料確保困難により、2~3%ずつ減退し、最終的には、ツバイシュタイン伯爵領のみでの販売へと縮小せざるを得なくなるであろう予測が描かれていた。
この数値は、正に支配人が所有者であるソフィー自身へ、以前提出した数値とほぼ同じものだった。
一瞬支配人は、どこかから自分が書いた報告書が盗まれたのかと疑いの眼差しをオルティアへ向けたが、ザルツブルグ侯爵家が商売に強い家系でもあると思い返して、出入り業者などを探らせれば、同様の数値を予測可能であろうとの結論に達した。
「お見事ですな。これだけ正確に予測して見せるとは・・・・。」
「フフ。貴方は実直な方ですのね。
学者には向いていても、商人には不向きかもしれませんね。」
「これはまた、手厳しい。」
頭を掻き掻き、支配人は乾いた笑いを浮かべた。
だが、彼女の指摘は正しいのだろう。
学者は事実や真実と思われる物を追求することに長けている。
学園でも、研究に没頭し、政治的な駆け引きを避けて来た結果、ブレインは学部長と言う、一つの部門での長にはなったが、学長や副学長といった、更なる頂点までは求めなかった。
そして、現在はその誠実な性格を買われて、ソフィーの元家庭教師から、『プロネシス商会』の支配人という立場が与えられているに過ぎないのだから。
戸惑いながらも、自分の置かれている立場に思いを向けている支配人へ、オルティアが軽く頭を下げて見せた。
「失礼。私も言葉が過ぎましたわね。
しかし、一つだけ忠告します。
今後もこの世界に留まるおつもりであるならば、商人とは、不利な駆け引き程、本音を奥深くに隠して、相手に悟られないようにするこのであるということをお忘れなく。」
今度は、真摯な態度に見えたので、支配人もまた応じることにした。
「いえいえ、詫びなど不要です。
貴女の言う通り、私は研究一筋に生きて来た人間です。
今の、この商会だって、ソフィーお嬢様が指示してこられたからこそ、ここまで大規模な商会へと成長したのですから、私は、表の顔、お飾りに過ぎないのです。
過分な評価もいただいていると思いますがね。
それだけに、貴方方のような商売を本業としてこられた方々には敵いません。
今回の騒動が終われば、辞表を提出しようと考えておりましたくらいですから。」
開き直りでも、悪びれる訳でも無く、実直に、ただ、心にありのままだけを告げた支配人の姿に、オルティアは少し心に響くものを感じたのか、目を見開いた。
「・・・・そうでしたか。
それは残念です。商売の駆け引きはともかく、数字に強い人材は、どこだって引く手数多ですわよ。
なんでしたら、うちの商店で働いてもらっても・・・・。」
「嬉しい申し出ではありますが、それは、ご遠慮願いましょう。
ソフィーお嬢様の御恩に逆らって、商会を売り払い、敵対していた商店で働いているなどと知れたら、王都中の笑いものとなりましょう。」
ただでさえ、噂好きな貴族社会で、元学園で教鞭を取っていたという立場は、それなりに尊敬や便宜を図ってもらえるのだ。
しかし、不名誉な噂や事件などが起これば、それは一変してしまう。
「・・・・そうですわね。
仮に、我が商店で、責任ある立場へ推挙したとしても、それもまた、悪意に曲解する者たちも多いかもしれませんわね。」
逡巡するような気配を漂わせはしたものの、すぐに思考を切り替えてみせた。
流石は、商人といったところだろうか。
「この書類は、確かに私からソフィーお嬢様の手へお渡ししましょう。
この老骨では、最早『プロネシス商会』を立て直せる自信もございませんから、お嬢様へは、良い条件のうちに、買収に応じて合併するように進言もしましょう。」
白旗を上げたとばかりに、オルティアへ向けて深く一礼して見せた支配人の潔さに、礼を受けた当人も上機嫌そうに言った。
「ええ。一日も早く、良いお返事をお待ちしておりますわ。
それに、ブレイン様に於かれましても、何も私どもの商店で働くばかりが方法ではございませんもの。
我がザルツブルグ侯爵家の人脈や影響力も、伊達ではございませんもの。」
退職後も便宜を図るとの内々の宣告だ。
その意味するところを正確に理解した支配人は、更に深く頭を下げた。
◇
オルティアが『プロネシス商会』王都本店を訪れた日の午後の出来事だった。
「そう、それで?
支配人としての貴方の考えはどうですの?」
不機嫌そうなソフィーの手には、午前中にオルティアから受け取った書類がある。
バッサバッサと、荒ぶる気持ちがそのまま手元に表れるのか、猫の尻尾のように振り回されている。
「・・・・誠に申し上げにくいことながら、不肖私の能力では、限界を超えております。
このままでは、オルティア様からの書類通りに事態が進むかと。」
俯いたままの支配人は、心まで折られてしまった様に項垂れていた。
ソフィーはといえば、王都伯爵邸にある執務室で、白髪メイドのミラと共に支配人からの報告を受けていたのだ。
「そう。分かったわ。
下がって頂戴。」
「お嬢様。M&Aを受け入れてください。
このままでは、大勢の従業員も失業してしまいます。
今なら、給与カットと、幾つかの不採算店舗の整理だけで済ますと条件にも記されております。
どうか・・・・どうか、お願いします。」
常ならば、一礼のみを残して退く男が、珍しく意見まで述べて、ソフィーへ相手の軍門へ降れと勧めて見せたのだ。
期待を込めて、主である美しい少女へと視線を上げた支配人へ、ソフィーはいつも通りに応えた。
「いいえ。私はM&Aに応じるつもりもありませんわ。
無論、『プロネシス商会』を閉じるつもりも、ブレイン支配人。
貴方のことを手放すつもりもありませんわ。」
この言葉にはブレインは驚いた。
だが、理解は出来なかった。
15歳という幼さが、意固地にしているのかとも思えたが、これまでのソフィーが実現して来た企画の数々を成功させてきた実績が、その考えを否定する。
「・・・・。
でも、でも、一体どうやって!?」
学者として、年長者として、彼女よりも長く経験を積み、貴族社会で生きて来た一人の男として、簡単には諦めたくはなかった。
だが、万策尽き、あとは敵対している商店の軍門に降るだけしか道は残されていないようにしか見えない。
道無き道をどうやって切り拓くというのだろうか?
「ブレイン。
確かに、貴方が最初に提出して見せてくれた予測値と、今回オルティアから出された業績予想値は、正しく見えるのでしょうね。」
ソフィーが冷静に告げる言葉が、耳朶を打った途端に、ブレインの中では、巨大なハテナマークが躍り出した。
― 「正しく見える」とは? ―
「正しい」と「正しく見える」では、全く異なる意味となってしまう。
では、ソフィーの目には、業績予想値がどのように見えているというのだろうか?
「この業績予測値は、意図的に業績が最悪の事態へ陥ることが前提で弾き出されています。
無論、支配人としての貴方が、実際の売り上げ減から弾き出した数字ですから、最初は意図も何も含まれてはいなかったでしょうけど。
それでも、数字は数字にしか過ぎないのよ?
人間の動きは、数字だけでは表せないものだから。」
初老の支配人は、今度こそ驚きに目を見開いたまま、一礼すると執務室から去って行った。
学園での出来事を入れたら、反撃開始の予定です~
(`・ω・´)ゞ
・・・・正直に書くと、ここまでシリアス回を引っ張るつもりは無かったのですけどね(汗
でも、シリアスがあるからこそ、反撃の時が楽しめるのかなと




