70.ソフィーの苦戦 ― ザルツブルグ侯爵家の権勢 ―
レベッカからの宣戦布告から、学園内では相変わらず、アーデルハイドにベタベタして離れようとしないレベッカに、アーデルハイドも戸惑いながらも、国境紛争中で連絡が取れないままの伯爵本領を案じながらも王都での日常生活を送っていた。
ソフィーとしても、一方的にレベッカに攻められるのは嫌なので、これまで通りに自分が育てて来た『プロネシス商会』を使って、反撃しようと目論んでいた。
◇
そんなある日。
「お嬢様。大変です。」
「まあ、どうしたというの?
ミラ?」
恭しく一礼すると、支配人からの定期報告を差し出して来た。
「この定期報告がどうしたというのかしら?」
「こちらが、二週間前の売上分の報告です。
そして、こちらが先週の売り上げ報告でございます。」
ミラは、二枚の書類を比べて見せた。
「売り上げが落ちてきております。」
「あら?」
首を傾げる主人へ、続けて説明をする。
「以前、『プロネシス商会』に対抗するかのように、健康食品部門に特化した『ドライローゼス商店』という店が、話題になっているらしいというお話しをしましたが、その店の影響です。」
ミラの話しによると、『ドライローゼ商店』は新興勢力ながらも、背後にはあのザルツブルグ侯爵家が付いており、王都の商人たちにも顔が利くらしい。
元々、ザルツブルグ侯爵家は、広大な領地も与えられているが、王宮での『商部廠』という、商売を扱う部門の大臣を務めている家柄でもあり、流通や販売に関しては、ソフィー個人などよりも、遥かに影響力が強い。
近頃ようやっと、王都だけではなく、周辺都市へと販路を拡げたばかりの『プロネシス商会』も、一部では絶大な影響力を持ってはいても、敵わない。
東部軍管区地域では、無敵で不敗と名高いツバイシュタイン家の影響力も、王都では知名度がそれほど高い訳では無く、ましてや商売となるとザルツブルグ家の前では無名に等しいのだ。
「・・・・これは、意外と苦戦しそうね。」
珍しく、ソフィーが弱音ともとれる言葉を漏らした。
その言葉を耳にしたミラは、自分の耳を疑ったかのように、ソフィーの顔を凝視していた。
「苦戦、でございますか?」
「ええ、そうよ。
今回はタイミングも悪すぎなのよ。
先月は、これまでの売り上げからの収益をまとめて、王都本店近くに店舗拡張計画のための土地を買収したばかりで、資金繰りが少しだけ厳しいのよ。
売り上げ増を見込んでの土地取得だったから、人件費なんかを考えると、これまでのように好きに利益を使える状態ではないのよね。
そう考えると、レベッカ嬢は、これまでのように簡単に片づけられる相手ではなさそうだもの。流石は、正々堂々堂と、私へ宣戦布告してきただけはあるわね。」
もう一度、売り上げを記した報告書へと視線を向けるソフィー。
その報告書には、『売り上げ減 先週比17%』と記されていた。
「それで、支配人はなにか他にも言っていたかしら?」
「ハイ。
その・・・・言い難いことではありますが・・・・。」
ミラがすまなそうに口ごもる。
「教えて頂戴。」
「ハイ。
このペースで今週、次週の売り上げが落ちてしまえば、次月からは赤字となるであろうと。」
それは、決して誇張された表現ではないことをソフィーは報告書から読み取っていた。
先週比で17%という数字は、二週間分を同じと予測して考えるならば、34%減収となる。
この数字が改善されず、3週、4週と続けば、減収数字は、大きくなるばかりなのだ。
68%減益。
これは、17%減がこのまま改善されることも無く4週刊続いただけで、弾き出される数字であり、一か月で赤字となるという予測を裏付ける数字でもある。
「更に事態が悪化するという予測も・・・・。」
「そうね、17%という数字は、初速でしかないわね。
向こうが更なる攻勢に出てくれば、次週は半減も。
それ以下だってあり得るでしょうね。」
「そこまでは・・・・。」
ミラは少し悔しそうに唇の端を噛んで見せたけれども、有効な反撃の方法が思い浮かばない様子だった。
「まあ、今回はしてやられたわね。
出来れば、これで満足してくれれば良いのだけれどもね。」
こうして、レベッカ嬢による第二撃までもが、ソフィーの反撃を封じるのに効果を上げているようだ。
◇
ところが、レベッカが動いたことが、予想外のところにまで波及してしまったようだ。
王都『プロネシス商会』本店では、支配人が先程から困り顔で、眉を顔の真ん中へ寄せてばかりいた。
「本当にすみません。
まさか、ザルツブルグ家とライバル関係になられるなどとは、私どもも予測もしておりませんでしたから・・・・。」
「いえいえ、私たちも、急な事態の変化に、侯爵家のご機嫌を損ねるのが怖いだけなのです。
決して、『プロネシス商会』やツバイシュタイン家、そして、支配人、貴方に含むところがある訳ではございません。
しかし・・・・、この王都で、ザルツブルグ侯爵と言えば、代々商部廠や内政関係の大臣を務めておられる家柄でもありますから・・・・。
東部地区では、ツバイシュタイン伯爵家と言えば、並び立つ者もおりませんが、王都では・・・・。
まことにすみません。」
かいてもいない冷や汗を拭く真似をしながら頭だけを軽く下げて見せているのは、『プロネシス商会』との取引のある王都に本拠を構える大規模商会の会頭だ。
「なんとか、思い直しては頂けないでしょうか・・・・?
貴方の商会との取引を打ち切られてしまえば、周りの中小規模の商会も右へ倣えで、私どもとの取引を中止する者たちが増えてしまいかねません。
そうなってしまえば・・・・。」
続きは言わずもがな。
王都で最大勢力を誇る大商会が取引を止める。
この商会と取引のある商会や影響力のある者たちまでもが、『プロネシス商会』との取引を停止してしまうであろうことは、誰でも予測できる事態だった。
「そうですな。せめて、ザルツブルグ家と友好な関係が築けたならば、また、これまで同様のお付き合いをさせて頂くとお約束しましょう。
では、私は失礼させて頂きます。ご機嫌よう。」
「待ってください・・・・ せめて、せめてもう少しだけ、限定的でも構いませんから一部だけでも取引を続けてはいただけませんか・・・・」
なおも懇願し続ける支配人へ目もくれず、会頭はさっさと伴の者たちを連れて、引き上げてしまった。
「クソっ! こんなことをどうやってソフィー様へご報告すれば良いと言うのだっ!!」
一人取り残された初老の支配人は、項垂れてソファーへへたり込んでしまった。
「支配人。来客です。」
その後もまるで、会頭が去るのを見計らったかのように、次々と取引先の代表者や責任者が訪れては、同様に『取引中止』を申し出て来たのだ。
彼らは異口同音に「ザルツブルグ家との敵対行為と見做されること」を恐れてだと明言した。
これらの言葉を聞かされた支配人は、まるで一気に老け込んでしまったように見えたという。
これも一種の経済戦争かなと(・・?




