68.レベッカ・ザルツブルグ侯爵令嬢との婚約発表から始まる伯爵領紛争勃発!
“陰謀”
人に知られないように練る計画のこと。
騒動の始まりは、王都にあるザルツブルグ侯爵家での父娘の会話から始まった。
「私、決めました。
やはり、アーデルハイド様と婚約したいと望みます。」
「お前・・・・。
そんなことを言ったって、大丈夫なのかい?」
心配そうに私の顔を覗き込む父上。
すっかり老け込んじゃって、早く孫をその手に抱かせてあげたいとも思う。
「大丈夫ですわ。
今回は、私に味方してくださる方々が結構いますのよ?」
心配はいらないと微笑んで見せるけど、相手はあのツバイシュタイン家のソフィー嬢だもの、そう簡単には屈服してはくださらないでしょうね。
さあ、どこまで出来るか分からないけど、私からの反撃の狼煙を上げさせてもらうわ。
前回は、勝手に私の名前を使われた怒りと、共同の敵であるシンシア嬢とインテグラ先輩が居たから、共闘という形を取ったけど、今回は違うわ。
◇
それはある日のことだった、学園でいつもの通り、アドルフや友人たちと馬鹿話しなどをして過ごしていたら、クララからびっくりすることを聞かされた。
「アーデルさん。レベッカ様とのご婚約。
おめでとうございますわ。
先に私と婚約してくだされば、もっと良かったのですけど・・・・。」
「ハイっ!?」
ちょっと待って。
いつの間に、僕とレベッカが婚約するなんて話しが進んでいたんだい!?
「あら、学園掲示板にもしっかりと記されておりましてよ?
先程、私がお友達から聞かされて、確認してきましたもの。
アーデルさんはご覧になっておりませんの?
というよりも、当事者が知らないなんて、不思議なこともあるものですわね?」
クララが小首を傾げて、考え込んでいるけど、僕の方が寝耳に水だよ。
「ちょっと見て来る!」
そう告げて、僕はアドルフと一緒に中庭にある掲示板を確認しに行った。
◇
中庭にある掲示板には、既に大勢の人だかりが出来ていて、ワイワイと僕とレベッカとの婚約について噂しあっていた。
「お、色男の登場だ!」
「本当だ、アーデル。お前良い趣味してるなー」
「俺だったら、『図書館眼鏡女』なんて、死んでもゴメンだね!」
「よりにもよって、あんな不細工と婚約するなんて・・・・。
他にも幾らでも可愛い子いただろうにな。」
どうやら、レベッカの評判はあまり良く無いらしく、いくら厚底眼鏡を掛けているからって、酷い言われようだな。
「そんなに悪く言うことは無いだろう?」
僕はつい、レベッカを庇う様な発言をしてしまった。
「お? 早速婚約者を護るナイト気取りかー!?」
「モテル男は違うねぇーーーっ!!」
「熱いよっ! ヒューヒュー!」
駄目だ、むしろ火に油を注いでしまったらしく、僕では収集が付けられない。
「オイ。お前ら。俺の友人を悪く言うなよ。
胸糞悪くなるじゃないかっ!!」
僕の隣でそれまで大人しく聞いていたアドルフが、吠える獅子の様に威圧をこめて言ってくれた。
「あー、その、なんだ、冗談だよ。冗談。」
「そうそう、あんまりアーデルがモテるから、少しだけからかってみたくなっただけだよ。」
「そう本気にすんなって。なあ?」
そう言いながらも、この場から去るつもりは無いようで、まだニヤニヤしながら、僕へチロチロと嫌らしい視線を送って来る。
これが本当の野次馬根性というやつなのだろうな。
僕は呆れながらも、掲示板を覗き込んだ。
『― 告 ― この度、ツバイシュタイン伯爵家令息アーデルハイドとザルツブルグ侯爵家令嬢レベッカの二人は、王立学園公認の婚約者同士であることを認める。― オーバーアムト・マートス副学長 ―』
なんで、副学長の名前で、こんな大事な発表が、しかも、当人である僕の合意なしに発表されるというのだろうか。
ショックだった。
そこへ、見たことの無い、オレンジ色した髪が艶やかで、右口元に黒子がある綺麗な女性が進み出て来た。
「あら、皆様。
掲示板の前に集まって、どうかなさいましたの?」
野次馬だった同級生やら先輩たちが、ポカーンと口を開いたまま固まってしまった。
「だ、誰?」
「オイ、あんな美女、うちの学園に居たか!?」
「知らないよっ!!」
ザワザワと周囲が騒がしくなる中で、謎の美女はその豊かな胸元のポケットからスチャっと厚底のメガネを取り出して装着した。
「あら、私とアーデル様の婚約の報告ですのね。
副学長さんは気が早いことですわね。」
と、サラっと言ってのけた。
「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーっ!?」」」」」
僕を含めて、その場に居た全員が、一人残らず、驚きの声をあげた。
「レ・・・・レベッカ・・・・さん!?」
「ええ、私でしてよ?
どうかなさいまして?」
どうしてこうなったという言葉で済む問題じゃないレベルで、どこからどう見ても『別人』にしか見えなかった。
普段は、右サイドで三つ編みにしていた艶やかな髪をフワっと背中までたなびかせて解き、トレードマークになっていた厚底眼鏡を外しただけで、どうしてここまで変身してしまえるものなのだろうか?
今までの彼女がそれ程不細工だったとは、僕は思っていないけど、今の彼女だと、傾国の美女クラスにジョブチェンジしてしまっているんですけど。
ショックから固まったまま、視線だけを動かして、彼女の一挙手一投足を見逃すまいと追い続けている者たちも多い。
「ず、随分イメチェンしたんだね?」
ぎこちなく問いかける僕へ、フワリと柔らかな微笑みで、コロコロと笑うように応える。
「だって、大切な発表がある日ですもの。
私とアーデルさんが、婚約しているという事が、学園中に知らされるのですもの。
そんな日に、いずれは妻となる私が、おしゃれもせずにおりましては、夫となるアーデルさんに恥をかかすことになりますでしょう?」
おや、周囲の男子生徒たちの眼圧がものすごく高まって感じられるぞ。
僕はこの視線を知っている。
男の嫉妬というやつだ。
「さ、アナタ。
これからは、いつでも一緒ですわ。」
そう言って、少し目を細めると、僕の方へツカツカと歩いて来るんだけど、このままではぶつかりそうなので、僕から手を伸ばしてみた。
「ウフフ」
そう微笑むと、たどたどしくではあるけど、僕の腕を掴んで、嬉しそうに柔らかな谷間へ埋めてしまう。
「わ、ちょっと、そんなに大胆に近づかれると・・・・。」
耳まで真っ赤になりながら、僕が離れようとすると、更に力を込めて抱き着いて来る。
「ダメですわ。
副学長の署名がございますでしょう?
既に、私たちは学園公認なのですから、遠慮も、照れ隠れも不要ですもの。
そう恥ずかしがらないでくださいな。ア・ナ・タ♡」
うわ、これだけの至近距離から絶世の美女に変身してしまっているレベッカから言われると、破壊力がパナイっ!!
「ハ・・・・ハイ・・・・。」
最早茹蛸と言っても良いくらいに、真っ赤に染まった全身をカクカクと動かしながら、レベッカと二人で校舎へと入ってゆく。
周囲には、なおも僕たちへ、嫉妬に狂って闇堕ちしたような虚ろな目と表情を向けた男子生徒の集団がゾロゾロと付いて来る。
これでは授業にならないんじゃないかな。
◇
結局、その日は一日中レベッカが僕にピッタリと張り付いていたせいで、アドルフはおろか、エリカやクララでさえも、僕に近づいてくることは無かった。
レベッカに、どうして婚約者なのかと尋ねても、両家が同意済みなハズだの一点張りで、その他には、図書館で僕と出会った時から、運命の人だと決めていたと告白までされてしまった。
どうしよう。
そういえば以前父上が、僕へ書いた密書の中に記してあったっけ。
『お前の婚約者については、既に決めてある。
成人までは伏せるが、惑わされないように。』
密書には、確かにそう書いてあった。
レベッカが言っていることが正しいならば、僕の婚約者は彼女だということになる。
しかし、もしも偽りであれば、『惑わされるな』という一文が適応される。
果たして、本当の事は一体どちらなのだろうか。
僕は、この疑問から晴らさなければならなかった。
それまでは、迂闊に身動きすら取れない。
優柔不断な性格が少し恨めしい。
答えが出ないまま、レベッカとの婚約騒動に悩む僕は、父上に相談することにした。
そう、伯爵家本領へ向けて、手紙を書いて出そうと思ったんだ。
内容が内容だけに、伝書鳩や駅馬車などの業者に託すよりは、前回の様に、直接執事に届けさせた方が確実だろう。
◇
レベッカから、突然の婚約を宣言され、首を傾げながらも、王都伯爵邸へ帰宅した。
いつものように、屋敷の者たちから帰宅への挨拶を受けていると、一人の伯爵領付きの騎士が全身から湯気が出そうな程に肩で息をしながら、血相を変えて僕の前へやって来た。
「アーデルハイド様!
緊急事態ですっ!!」
「何事ですか!?」
随分顔色が悪そうだけど、一体何が起こったと言うのだろうか。
また、ソフィーがなにかやらかしたとでも言うのだろうか。
僕は、何を聞かされても良いようにと、少しだけ心の準備をした。
「伯爵領にて、隣接する帝国との戦端が開かれたとの報告が入って参りました!!」
「なんだって!?」
予想外にも程がある。
まさか、隣国から伯爵家本領へ攻撃を仕掛けて来たとは。
「現時点での詳細は不明ながら、突如として奇襲を仕掛けてきた模様です。
旦那様も奥様も現時点ではご無事です。
つきましては、アーデル様、ソフィー様、バイエル様に於かれましては、現状を維持せよとのご命令です。
王都にて後詰を頼むとの厳命でした。」
そう告げると、騎士はガクリと膝を落してしまった。
ここまでの道のりを、早馬で乗り継いで来てくれたのだろう。
だが、もう少しだけ、確認したいことがある。
「・・・・父上が、そう言われたのだな。」
「ハイ。しかとこの耳で伺いました!」
「そうか、分かった。」
それだけ聞くと、騎士には下がって良いと告げて、休憩させた。
心配ではあった。
でも、今の僕が行ったところで、果たしてお役に立てるのだろうか。
模擬戦での軍略と、実戦での戦略は異なる。
模擬戦は、いくら実戦に近付けて行われても、審判も居て、命の保証までされている。
しかし、実戦では審判も無ければ、命の保証なんてものは無い。
だからこそ、現状では父上の命令に従うしか選択肢はないだろう。
ソフィーと弟のバイエル、それにこの王都伯爵邸を護ることこそが、今の僕の戦争だ。
とにかく、タイミングの悪い時に、物事は重なるようで、僕がレベッカと婚約しているか否かについての確認は、国境紛争が収まるまでは不可能となってしまった。
そういえば、ソフィーだけど、何故か僕とレベッカとの婚約発表を既に知っていた。
不機嫌ではあったけど、いつもみたいに暴れたりしない。
こんな緊急事態だ。
まさかとは思うけど、明日目を覚ましたら、また監禁されてるなんてことは無しにして欲しいんだけどな・・・・。
ここから、しばらくレベッカ嬢が企てたアーデルハイドをモノにするための“陰謀”が続く予定です。
第一弾が『王立学園にて、アーデルハイドとの婚約発表』
以前からソフィーと共闘しながら下準備を進めていれば、表に出て来た時には、既に計画は発動中です。




