67.妹と僕② - 10歳の頃の思い出『いざ進水式!』 -
8歳の妹と一緒に、10歳の僕が、子ども二人が乗れるくらいの小舟を作ろうとしているんだけど、これが結構大変なのだ。
実際にイカダや小舟なんて代物を作ってみようと考えたことがある人ならば、判ると思うけど、大人にとっては簡単なことや当たり前が、当時の僕たちには分からなかったんだ。
先ず、子ども二人分とはいえ、人が乗れる大きさを作り出すのは、かなりの労力と技術が必要になる。
僕が試行錯誤しながら、何度も船らしい形に板切れや枝を組んでも、子どもの作業では大人の様には上手に組むことが難しい。
そうやって、試行錯誤を重ねるうちに、数日が経ってしまった。
僕は半分以上諦めかけていたんだけど、妹は飽きずに熱心に一人で作業を続けていた。
◇
ある日のこと、妹から船が完成したと告げられた時には、どうせ大したものではないだろうとたかを括っていた。
「お兄様! あちらに、長い事放置されている小船がありましたの。」
見たところ、パっと見には、老朽化しただけで、特に外観からは問題が見当たらないボロ船に不格好な鉄板があちこちに打ち付けられていた。
所々には、穴の開いている個所もあるけど、船底には見当たらないようだ。
確かにこれならば、ソフィーみたいな子どもでも直せそうに見えた。
「これを一人で直していたのかい?」
「ええ、お兄様。」
得意気に、小さな胸を張る妹。
妹のアイディアで、側面などの穴が開いた個所や弱くなっていそうな部分には、鉄板や木材などを使って補強されており、僕が作っていた小枝を集めたイカダモドキなんかよりもずっと立派に見仕上がっていた。
ちなみに、修理に使った道具や材料は全て、伯爵家の屋敷から借り出して来たので、ここまでは何ら問題は無い。
むしろ、問題は“僕たち子ども二人だけで船の修理をしようと考えた”という事自体だったのだけれども。
それでも、あちらこちらにツギハギの様に、鉄板や板切れを打ち付けたボロ船は、子どもだけで作業をしたにしては、それなりに改善されたように見えた。
まあ、あくまでも当時の僕たち子どもの目線からだけどね。
「すごいな! ソフィー。
本当に関心したよ。
よし、進水式をやろう!」
「進水式?」
不思議そうに聞いて来る妹に、僕は得意気になって教えてやった。
「初めて船を浮かべる時に、シャンパンを船の先端で割って、水に船を浮かべる式のことだよ。」
前に、父上と一緒に見に行ったことがある僕は、偉そうに身振り手振りも交えて、進水式の様子を説明してやった。
すると、最初はつまらなそうに聞いていた妹の目が、キラキラと輝き出して、是非やろうということになった。
でも、子どもの僕たちにシャンパンなんて上等な物は用意できない。
屋敷の大人に相談すれば、一本位もらえたかもしれないけど、誰かの手を借りずに、僕と妹の二人だけで最後まで成功させたいという気持ちが強くて、何か無いかとその辺を捜し歩いた。
「お兄様。空きビンが見つかりましたの。
コレにお水を入れれば、ソレっぽく見えるんじゃないかしら?」
「やった! これで進水式ができるぞ。」
こうして、進水式の準備は整った。
「さあ、あとはこの船に名前を付けなくちゃ!」
「まあ、お船に名前をつけるの?」
ここまでキチンとやってきたんだ。
船の名前も、立派なものを付けなくちゃ。
「ソフィー、お前が考えるんだ。」
「私?」
最初に船を作ろうと言い出して、実験まで繰り返して、その上、こんなボロ船まで見つけ出してきて修理をしたのは、全て妹のソフィーの功績であり、僕は少し手伝っただけだもの。
この船は妹のものだ。
だから、名前を付ける栄誉は、やはり妹のものだろう。
「そうですわねー・・・・。
んー・・・・。」
小首を傾けて、考え込んでしまった。
それから、パっと明るい笑顔で僕に向き直ると
「そうですわね、メアリー・セレストなんてどうかしら?」
「うん。良さそうな名前だね。」
こうして、僕たちの作った小舟の名前は、メアリ-・セレスト号という、大層ご立派な名前に決まった。
船主は妹のソフィー、船長が僕だ。
こうして、二人だけでささやかな進水式を行った。
妹が見つけて来た空きビンに、湖の水を満たして、僕が船の上から、ビンが割られるのを見守る。
一度ガツンとビンをぶつけたけど、ビンは割れなかった。
「あら? 結構頑丈なのね。」
「もう一度ぶつけてごらん?」
僕の勧めに従って、妹がビンをぶつけるけど、なかなか割れてくれない。
何度も繰り返しガンガンとぶつけるうちに、ようやっとビンが割れてくれた。
なんだか、船首部分が傷ついてしまったけど、大丈夫かな?
イメージ通りにはいかないものだと、二人とも少しガッカリしたけど、まあ、気を取り直して続けよう。
今度は、僕と妹の二人で、水辺へ向かって船をグググと押し出していく。
重たくて、思うように進んでくれない船に、悪戦苦闘してなんとか進水させた時には、二人とも汗だくになってしまった。
湖の端っこに進水させた小舟は、水が漏れ出してくる様子もなく、プカプカと浮いてくれている。大成功だ。
でも、進水式ということは、メアリー・セレスト号にとっての初めての航海であり、何が起こるか分からない。
万が一だけど、途中で沈んでしまったりしたら大変だ。
どうしても乗りたがった妹をなんとか説得して、最初は僕一人だけで湖の中央へと漕ぎ出すことにした。
大きさとしては全長3mほどの小さな手漕ぎボートだけど、10歳の僕にとっては、両手でオールを漕ぐのも結構大変だ。
何度も繰り返し、船の向きを変えることに苦闘しながら、だんだんと動かし方に慣れて来た頃だった。
おかしいな?
動かし方に慣れて来たはずなのに、船が重たく感じるようになってきたんだけど、一体どうしたんだろう?
そう不思議に思っていたら
「お兄様ーーーーー!
お兄様ぁーーーーーーーーっ!!」
どうしたんだろう、妹がやたらと大声で、僕を呼んでいる。
「どうしたんだーい?」
必死で小舟を漕いだお陰で、全身汗まみれになりながら、僕は振り向いた。
「お水がお船に入ってますわよーーーーっ!!」
「へ?」
僕は目が点になった。
だって、僕が必死で漕いでいた小舟に、ジワジワとだけど、後ろの方から水が大量に入って来ていて、少しずつだけど斜めになって後ろの方から沈んできているのだ。
どうやら、メアリ-・セレスト号と名付けたボロ船は、水がジワジワとしみ込んでくる為に、逆さまにして放置されていたらしい。
「わぁぁぁぁぁぁぁっ!?
大変だぁっ!!」
僕は必死になって、オールを振り回すけど、慌てた僕では、ちっとも思うように進んでくれない。
というか、本当は妹がいる岸へ戻りたいのだけど、重心が後ろ半分へ傾いてしまった船の方向を変えることが難しくて、逆に前進してしまう。
このままでは、完全に沈んでしまうそうだと、子どもの僕でも分かった。
「助けてぇぇぇーーーーっ!!」
情けないけど、こうなってしまったら、今の僕に出来ることなんて無い。
涙目になって叫び声を上げてしまった。
「お兄様ぁーーーーっ!!
お気をしっかりーーーーっ!!」
いや、しっかりって言ったってね?
お前は暢気に陸地から叫んでいるだけで、僕は今から沈んでゆく小舟から、湖の深い場所で放り出されてしまうんだぞ。
焦れば焦る程、頭も身体も思うようには動いてくれなくなるものらしい。
予想通り、僕はすっかり沈んでしまった船に引きずり込まれるように、湖の中へ一度ドボンと沈んでしまい、少しだけど水を飲んでしまった。
「ゲヘッガハッグホッ!!」
ぺっぺと水を吐き出したけど、咽てしまったせいもあって、溺れかけているって自分でも分かった。
でも、状況が分かっても、ますます慌ててしまうだけで、解決にはならない。
「お兄様ぁーーーーっ!!
側に浮いている木材に捕まれば沈みませんわよーっ!!」
なんて呑気に言ってくる妹に「出来たら苦労せんわっ!」と殺意さえ沸いたけど、既に溺れかけている僕には、側に浮いているという木がちっとも見つけられない。
後から妹に聞いた話しでは、溺れている僕から見て、少し後ろに離れた場所に、オールが片方だけ浮いていたらしい。
でも、この時の僕には、無論ゆとりが無い。
何も見当たらなくて、そのまま湖の中へ沈みかけた時だった。
突然、野太い声が聞こえてきた。
「まーったく、こんな所で何やってんだか?
あ? お屋敷の坊ちゃまかぁ!?」
「おいっ! 大変だっ!!
目の前で坊ちゃまを溺れさせたなんて知られたら、俺たちが咎められちまうかもしれねぇっ!!」
「おう! 引き上げるぞっ!!」
ちょうど、湖での漁を終えて、近くを通りかかった漁師たちが、少し離れた場所から僕が溺れている姿を見かけて、船を近づけて助けてくれた。
「坊ちゃん!!
坊ちゃんっ!!」
「大丈夫ですかい!?
しっかりしてくだせぇっ!!」
僕の頬を何度も叩く二人。
やがて、ケホっと咳き込むと、僕は飲みこんでしまった水をゴボゴボと口から吐き出して、一命を取り留めることが出来た。
もしも、二人が通りかかるのがもう少し遅れていたならば、確実に僕は湖の底だったことだろう。
たまたま、漁師の船に助けてもらったから良かったものの、本当に命が危なかった。
◇
こうして、捨てられていたボロ船を直して湖を渡ろうとした計画は、父上や屋敷の大人たちにバレてしまい、僕たちは滅茶苦茶ガッツリと怒られてしまった。
「アーデルハイド!
お前は、兄であるにも関わらず、妹のソフィーの誘いに乗ったとは言え、危険な計画に手を貸して、危うく溺れて死んでしまうところだったんだぞ!!」
「・・・・ハイ。
すみませんでした。」
いつもよりも、とても厳しい口調と視線で、僕を責める父上。
僕には、湖でおぼれるよりも恐ろしく感じられた。
「まったく!
お前は、伯爵家次期当主としての自覚はあるのか?
私たちの目の届かないところで、こんな危険なことを仕出かすなんて!!」
「・・・・ごめんなさい・・・・。」
父上からの指摘と、怒られている惨めさに、目からポロポロと大粒の涙が零れてしまう。
すると、僕の隣で大人しく俯いていた妹が、僕と父上の前に進み出て来た。
「・・・・おとうさま。アーデルおにいさまを責めないで。
わたしが悪いの・・・・。
わたしが最初に、おにいさまと一緒にお船で向こう岸へ行ってみたいって言ったから。
わたしが悪いの、おにいさまは悪くないわっ!!」
必死になって、父上の怒りを宥めようと、小さな身体で、精いっぱい僕を庇おうとしてくれる妹の姿が、とても健気に見えた。
「ソフィー・・・・。
いいんだよ。父上の言う通りなんだから。
僕は、お兄さんなんだから、ちゃんとソフィーを止めるべきだったんだよ。
それなのに、一緒になって危ない遊びをやっちゃったんだから、怒られて当然なんだ。
だから、父上に怒られることは、僕にとって必要なんだと思うよ。
だから、ね?」
僕も一生懸命、ソフィーの手を握って、目を見つめながら父上は悪くなくて、僕が悪いんだと訴えた。
すると、厳しい表情をしていた父上が、こう言ってきた。
「アーデル。お前の言う通りだ。
どうやら、自分が悪いことが理解できているようだな。
次からはどうすれば良いのかもな。」
「ハイ。」
背筋を伸ばして、返事をした。
「それならば、今回の件については、しっかりと反省して、過ちを繰り返さないように。
罰としては、書き取り100回追加と午後の自由時間を1週間無しとすること。
私からは以上だ。」
書き取り100回追加かぁ・・・・。
それと、一週間も遊ぶ時間が無くなってしまった・・・・。
当時はショックだったけど、死ぬ程の危険な目にあった僕に、ある意味では温情だったのだなと気が付いたのは、大分大きくなってからだった。
妹のソフィーはと言えば、自由時間が無くなってしまった僕に付き合って、大人しく本を読んだり、人形遊びなどをして1週間僕から離れようとしなかったっけ。
こうして、僕とソフィーの湖の向こう岸へ行く計画は、水泡に帰してしまったのだった。
◇
後日談。
伯爵邸前では、二人の漁師が普段は着ることなど無いような、上等な服に袖を通した姿で、互いの姿を見ながらゲラゲラ笑い合っていた。
「おう、ヤンじゃねーか!!」
「デレールもどうしたんでぇ?」
「こんな場違いな場所で二人揃ってかぁ?」
二人揃って、伯爵からの呼び出しを受けたのだ。
そして、二人は更に驚かされた。
「オレと・・・・!?」
「お前が・・・・?」
「「ウッソだろぉーーーー!?」」
二人とも、ごく普通の漁師であり、幼少の頃より父親に連れられて湖で魚を取ることを仕事としてきた。
漁師と言う仕事への誇りもあり、毎日のように漁へ出かけていた。
しかし、寄る年波には勝てなくて、最近では漁へ出ることが辛いと感じる日も増えて来ていた。
そんなところへ、偶然とはいえ、伯爵家次期当主であるアーデルハイドが溺れていたところを助けたのだ。
そこで、お礼の金品を受け取っただけではなく、二人揃って伯爵家の御者としての転職を勧められたのだ。
最初は戸惑っていたものの、自分たちの領主である伯爵家に仕えることができれば、食いっぱぐれる心配が無くなる。
二つ返事で引き受けたのだった。
まあ、8歳と10歳の子どもが作った船では、カチカチ山の泥船よりも結果は明白ですよね
(;´・ω・)
明日から、“陰謀”のリベンジです。
あ、筆者が無い頭で必死で考えた陰謀なので、チャチクてもごめんなさい&一読お願いします
<(_ _)>
ちなみに、『リベンジ』は、『これまでのしょーもない“陰謀”よりは、少しはマシに書きたいよ!!』
という作者のエゴな意味でのリベンジです(・・;)




