65.エリカ・リンデンブルグ侯爵令嬢の胸の内
私の名前は、エリカ。
父親は、代々続いている由緒正しい侯爵家当主で、王都守護を主任務としており、いわゆる『武門の名家』と呼ばれる貴族家の長女。
自分で言うのも気恥ずかしいけど、私は、容姿端麗と誉めそやされることが多い。
それなりに、整った姿形はしていると、自分でも己惚れるけど、まあ、そんな見た目のせいもあり、物語りの登場人物としてならば、私が『悪役令嬢』で、クララやソフィーなんかが『ヒロイン』に見えるでしょうね。
でも、そんなバッド・エンドは御免だわ。
性格は良く、負けず嫌いだって言われるけど、自分ではあまりそこまで意地を張っているつもりも無い。
でも、一つだけ、『執着』しているものはあるわ。
それは、アーデルハイド・ツバイシュタイン。
彼もまた私と同じ『武門の名家』の嫡男で、将来は東部軍管区司令になることが約束された人間だもの。
ううん。
私が執着する理由は、それだけでは無いわね。
初めて、“美しい”と思える男の子を見つけた。
これまでだって、顔の綺麗な子や恰好良い男性はいくらでも周囲に居た。
でも、生まれて初めて、内面も誠実だと思える異性が居るのを意識したのはアーデルハイドだけだったわ。
この可愛らしくも美しい少年を、自分の下に組み敷いて、屈服させてみたい。
彼を思うがままに、自分好みに成長させてみたい。
自分がコントロールしてみたい欲求が強く疼いてしまう。
支配欲。
もし、この気持ちに名前を付けるとしたら、きっとそんな言葉が当てはまると思う。
本音を言えば、『見た目』だけなら、アドルフが理想的なのだけれども。
あの引き締まった筋肉の鎧で、全身を覆ったような姿。
顔立ちも、貴公子然としていて、ハンサムだし。
巨塔の様な高身長だって。
でも、彼には私の隣に立つには、決定的に欠けているモノがある。
“地位”だ。
侯爵家と仮初とはいえ、男爵家では家同士でつり合いが取れない。
しかも、私は長女であり、一番良い条件の相手ではないと、婚約すら許してはもらえないのだから。
そうして、もう一つ。
彼には、既に“負け犬根性”が染みついている。
何故判るのかって?
それは、アーデルハイドに近づいた『動機』だわ。
最初の頃は、中等部から高等部へ進級したせいで、アーデルの親友たちが、経済的理由で脱落してしまった。
そこへ、アドルフが彼なりの野心を抱いて近づいたのは、私たちでもお見通しだった。
アドルフは、“訳アリ=母親の身分が低いために嫡男になれない長男”だから。
そんな貴族子弟たちの多くは、男子に恵まれない他家へ婿入りを狙うか、子供が居ない家へ養子に行きたがるものだ。
しかし、そのような家柄というのは、一部の例外を除けば、多くが『経済的にゆとりが無くて、子供を多く養えなかった故に、親族が少ない』か『当主が変人もしくは訳アリ過ぎて、子供を残していない』などの、生家ほどには大きな家ではない場合も多いらしい。
それならば、最初から貴族などという制限の多い身分を捨ててしまえれば、自由に平民として生きる道だって拓けるのだ。
アドルフは、自分の父親が許せなくて、それでも、安定した収入が得られそうな“婿入り先”または、“就職先”として、アーデルの親友と言うポジションを狙い、見事に射止めた。
きっと、このまま何事も無く学園を卒業できれば、ツバイシュタイン家での騎士団もしくは、領兵入りを果たして、将来的にはアーデルの副官など、側近の地位を得ることが出来るでしょうね。
でも、私はそんなアドルフを少し軽蔑している。
「男のくせに、何やってんのよっ!!」
って、罵ってやりたいほどには。
最初から、何もかも諦めてしまって、お利巧さんやってれば、順風満帆な明るい将来と人生を送れることでしょうね。
でも、私なんて、“女に生まれた”、たったこれだけで、将来なんて自分一人ではどうにも出来ないことが確定済みなのよ?
リンデンブルグ侯爵の家名を背負って産まれてきたからには、何不自由の無い生活が保障されている。
平民であれば、戦争や飢饉のたびに、何度も逃げ惑ったり、死を強制されるこの時代に、私は王都の城壁と軍隊に護られ、敵の姿を見た経験すら無いわ。
その代わりに、侯爵家や王国の政のために、この身は簡単に本人の意思とは無関係で用いられてしまう。
私にとって、そんな生き方は、パワーバランスと言う名の、シーソーに乗せられているようなものだわ。
どちらかに傾けば、私もその場所へ嫁がされるのだから。
男性社会では、女性の意思など、綿毛程の価値すら見出してはもらえないことが多い。
アドルフは、男に生まれただけでも、自分次第で道は幾らだって切り拓けるのだろうに。
最初から、諦めて、割り切って、アーデルの親友ポジションを利用しての保身計画だなんて、私には反吐が出るわ。
だから、私は、自分なりにだけど、抗っているつもりなの。
アーデルハイドと結ばれたいと、強く望むのだって、彼を支配したいと思う欲望や我儘だけでは無いもの。
お父様は、既に我が家から、妹の一人を彼に嫁がせることを画策しているのでしょうけれども、それならば、私だって良いハズだわ。
結果として、王都守護リンデンブルグ家と東部軍管区ツバイシュタイン家が、深く結ばれて、より強力に王国が護られるのなら、それは、個人の幸せと民全体の幸せが叶うのだから。
◇
そして、今日もまた、私はお父様に強請る。
「お父様。今日こそは、ハッキリと私をアーデルの婚約者にと、お約束してくださいなっ!!
いつもいつも、理由をつけて逃げてばかり!
ここらで、キッチリと約束して頂かなければ、私も納得行きませんわっ!!」
「だーかーらー!
その話しは、お前には関係ないと、毎回言っているだろう?
我が侯爵家だけではないのだ。
王国全体にとっても、パワーバランスがだなあ・・・・。」
お父様は、いつもの口癖のように、王国やパワーバランスを持ち出すけど、私だってそのくらいの事情は、とっくに承知の上で言っているのだから。
「なんでもかんでもそうやって、『王国全体』だの『パワーバランス』だのと、言い訳は聞きたくありませんわ!
そもそも、妹では側室にされることだって起こり得ますわ!
しかし、長女である私なら、確実に『正室』一択ですもの!!
つまり、ツバイシュタイン家の次期当主が、私とアーデルの間に生まれる子になりますのよっ!!
『パワーバランス』だって、十二分にお釣りがきますわっ!!」
ほら、正論でしょ?
お父様は、不機嫌顔で枚数の少ない新聞へ視線を戻してしまう。
何やら口の中でブツブツと呟いているご様子だけど、大した内容ではなさそうだし。
「・・・・結婚前の娘が父親の前で、子供を成すとか跡取りとか・・・・ああ、私の心は折れてしまいそうだよ・・・・。
小さい頃はあんなに可愛かったのに・・・・。
『大きくなったら、ちちうえとけっこんするの!!』
そう言っていた私の天使は一体ドコへ行ってしまったというのか・・・・。
嗚呼。神よ・・・・。(涙」
腑抜けになってしまったお父様には、同情の余地も無いけど、お母様が介入してくると、同性だけにマダ、厄介だわ。
「エリカ。
貴女は毎回毎回、お父様を困らせるものではありませんわ。
私だって、学園時代には憧れていた素敵な男装の麗人が居たものでしたわ・・・・。」
うっとりとした表情で、昔を懐かしむお母様。
あ、お父様が『ぇ? そんなの聞いてないヨ?』的な、鳩が豆鉄砲でも食らったような表情で、見つめているんですけど?
「でも、しょせんは憧れの先輩。
しかも、同性でしたもの。
結ばれることなど、叶わぬ淡い思い出と、胸に秘めたものです。
まあ、当初から旦那様と婚姻が結ばれた状態で学園へ入学しておりましたから、他の殿方からの恋文などは、読み捨てしたものだったわ。
ホッホッホッホッホ。」
嗚呼。
お母様。
なんだか、お父様が物凄くショックを受けて、哀れなのですけど?
「あら?
どうかなさいまして?
旦那様?」
「お・・・・お前が、モテているのは知っていたが・・・・
まさか、そこまでだったのわ・・・・ クっ・・・・」
四つん這いになって、真っ黒な射線まで背負いながら、涙でウルウルしている姿のお父様へ、お母様が優しく声を掛けるけど、今はそっとしておいた方が良い気がするのだけど。
「なにを言ってますの?
あなた。こうも考えられますでしょう?
そこまで異性に人気がある、この“私”を並み居るライバル共など寄せ付けもせずに、妻に迎えたあなたこそが『一番の勝ち組』ではございませんこと?」
あ。お父様が立ち直った。
スックと居住まいを正すと、パンパンと付いてもいないホコリを払い落とし、シャキーンと背筋まで伸びてるし。
「ハッハッハ。
それも、そうか。
ウム。エリカ。
先程の話しだが、やはり、お前が出る幕は無い。
万事この父に任せなさい。」
それだけ言うと、さっさと書斎へ引き上げてしまった。
ナニこのクソ親父。
超ウザイんですけど?
というかお父様。
逃げるなんてズルイわ。
お母様もお母様だわ。
ニコニコと微笑むばかりで、ちっとも私の味方をしてくださらないのだもの。
でも、お父様を上手に操縦するテクニックは素晴らしいものだと感心したわ。
なるほど、貴族婦人たるもの、夫を上手におだてたり、機嫌を良くすれば、家中は万全なのですわね。
私も、勉強になりましたわ。
将来アーデルと結ばれた暁には、必ずや役立てて見せましょう。
そう決意を新たにすることが出来たわ。
今回は、以前から書きたいと思ていたエリカの独白がメインです。




