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妹がヤンデレ過ぎて怖い件について  作者: 所天駄
第一章 妹と僕 ― アーデルハイド親衛隊は妹の旗下へ従属するか? ―
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6.精鋭執事隊 ~ そは選ばれし強兵也 ~


僕の名はジェーコフ。


年齢は19歳で、父の勧めもあり領主様である伯爵様の家の執事に志願したんだ。


実は、この時代は農工商と職業はあるけど、長男坊が跡を継いでしまうと次男以下は職にあぶれてしまうことが多く、家で兄貴の下でこき使われて飼い殺されるよりも、腕や才能次第で他の職業に就くことだってできる。


そんな職種の中でも、お貴族様のお屋敷での奉公というのは、人気の職種でもある。


給金払いが良いのもあるけど、その他にも役職ごとの副収入も多いのだ。


なにせ、お貴族様たちの贅沢な暮らしからのおこぼれだから、服や家具を処分する時だって、街の骨董屋へ持って行けば、それなりの値打ちがしたり、譲って欲しいと言う収集家だって居る。


僕の父は、伯爵様の領地の有力地主だけど、僕はそんな地主の三男坊で、既に兄貴が跡取りに決まり、上の兄さんは王都で商家の婿入りを決めてしまったから、執事という職を紹介してもらえてラッキーだった。


ご当主である伯爵様は、領地経営で忙しく、王都の別邸へは時々しかお見えになられないけれども、今はご嫡男であられるアーデルハイド様と、その妹君のソフィー様が住んでおられる。


ソフィー様のお姿は、本当に美しくて深窓の令嬢、伯爵家の一輪華、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花のようなお姿をしておられる。


ちなみに、アーデルハイド様のすぐ下の弟君も王立学園で学んでおられるようだけど、弟君は領主様の言いつけで従者と共に学生寮に入っておられるそうだ。


そんな僕の一日の大半は、お屋敷の整理整頓やちょっとした補修作業、客人が来たらその応対、アーデルハイド様やソフィー様のお世話となかなかに忙しくも充実した日々を過ごしている。


ところが、そんな僕が王都別宅へ配置が決まった時に、先輩執事から思いがけない言葉が掛けられたことがあった。


「ジェーコフ。お前さんも俺と一緒に前線行きか・・・。

お互い災難だな。」


「え!? 

フォッカー先輩?

何を言ってるんですか?」


音耳に水とは正にこのことだ。


「いや。知らないならいいんだ。

いずれ、分かる時が来るさ。」


そう言うと、フォッカー先輩は整った顔を少しだけ物憂げに、フッと表情を陰らせると上を向いてしまった。


「一体なんの・・・?」


「そうだな、以後は俺と一緒に護身術と剣術練習を倍にするからなっ!


王都へ行くまでに付け焼刃でも構わないからシゴイてやるっ!!」


どうしてそうなる!?


「ぇ? 

え? 

えええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


訳が分からないまま、農家の三男坊である僕が、フォッカー先輩や周囲の執事先輩たちにシゴかれて地獄のような特訓を受けさせられてきた。


お陰様で、ヒョッロこい細腕で青瓢箪だった僕は、王都赴任後もみっちりと毎日鍛錬を重ねて、駐屯している伯爵宅付きの護衛兵と遣り合える程度には鍛えられていたつもりだ。





そして、今、僕はフォッカー先輩があの日言った言葉の意味を噛みしめていた。


いや、恐ろしい現実に直面させられてしまったのだ・・・。



あれは、アーデルハイド様とお嬢様がいつものように学園からの帰宅を出迎えた時のことだった。


いつものようにスキップするように軽やかな足取りでアーデルハイド様のお帰りを出迎えに行くお嬢様へ向けて僕が


「お嬢様、お足もとにご注意くださいませ。」


「分かってるわよぉ~ 

ウフフ」


ああ、今日もお嬢様はお美しい。


その可憐なお姿を拝見できるだけで、僕はこのお屋敷で働く甲斐があるというものだ。


しかし、僕は平民であり、執事。


主人と従者など、恋愛対象とは成り得無い。


でも、そんなお嬢様が幸せそうな顔をして兄であられるアーデルハイド様を見つめる姿を目にするのは、少しだけ胸が痛んだけど、所詮お二人は兄と妹。


このお二人もまた、決して結ばれぬ仲であろうと心中哀れに思っていたものだ。


ところが、そんなアーデルハイド様が、ラブレターを貰って来たことが引き金となり、僕は、ソフィーお嬢様の意外な一面を垣間見ることになってしまった・・・。


そう、なってしまったのである。


アーデルハイド様の外套のポケットから、一つの便箋がハラリと舞い降りた瞬間だった。


誰もが眺めるばかりで、身動き一つしていない間に、ソフィーお嬢様が疾風の如き素早さで便箋を拾い上げるや、素早く目を通してしまわれた。


速読とはあのような速さを言うのだろう。


次の瞬間、屋敷付きの執事長の次に年齢が高いマシュー副執事長が叫んだ。


「下がれっ!!

お嬢様は既に、狂戦姫バーサクモードだぁぁぁぁぁっ!!」


「ハイっ?」


アーデルハイド様は間の抜けた声を上げるばかりで、役に立ちそうにない。


僕も事情が良く分からないまま、でも、フォッカー先輩とマシュー副執事長からハンドサインと目線で、『若を連れて逃げろ』と指示が出されたので、逃げ出そうとした時だった。


「さぁっ! 若様はこちらへっ!!」


一旦玄関からアーデルハイド様の自室へお連れすれば大丈夫かと思ったら、おかしいな、ソフィーお嬢様の腕にはクレイモアが生えておられるじゃぁあーりませんか?


あれ?


ナニコレ、実戦体制ですか?


先輩の執事たちとメイド等がジリジリとソフィー様を取り囲みながら動きを封じようとする。


その中から一人、僕と比較的年齢が近いこともありよくおしゃべりをするアンジェリカへ向けてお嬢様が突撃した。


僕はつい、足を止めてアンジェリカの戦う姿を眺めてしまった。


次の瞬間だった。


「お・に・い・さ・まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああっ!!」


叫びながらソフィーお嬢様が長大なクレイモアを振り下ろして来た。


とっさに手にした銀製丸トレーで受け流すアンジェリカ。


いいぞっ! そのままお嬢様を無力化してしまえっ!


僕は心の中でアンジェリカを応援した。


「お嬢様っ! 落ち着いてくださいませっ!!」


肩まで伸ばした薄い赤毛なショートボブが良く似合う美少女メイド見習アンジェリカ。


ソフィーお嬢様と並んでも遜色無い身体つきと、素早い動きで攻撃を静止できるかと思われた次の瞬間だった。


「・・・あなたも邪魔するのぉ?」


深淵の底から漏れ出してくる地獄の亡者たちの怨嗟の如くに、普段の鈴を転がす様な美声が夢幻であったと錯覚させる程に、周囲の気温すら零下に引き下げる呪いのデスヴォイスが発せられた。


「ヒっ!」


先輩メイドから注意の檄が飛ぶが、僅かに遅かったようだ。


「アンジェリカっ! 目を見るなっ!!

 心が折られるぞっ!!」


僕からは見えなかったけど、何やら悍ましい、闇の混沌を覗き込んでしまったようだ。


哀れなアンジェリカは、その場で戦闘不能となってしまい、股間からは湯気が立ち昇っていた。これは彼女の名誉のためにも見なかったことにしよう。


「チィ、遅かったか・・・。」


「メイドたちが足止めしているうちに、シェルターまでっ!!」


「ジェーコフっ! 頼んだぞっ!!」


「お任せくださいっ! 

必ずや若の身柄はこのジェーコフがお連れして見せますからっ!

先輩方っ! お嬢様をお願いいたしますっ!!」


マシュー副執事長からシェルターへアーデルハイド様をお連れしろとの指示が出た。


この命令が出たら最早一刻の猶予も無い。


若と共に最早戦場と化した一階エントランスホールから、奥にある廊下へ飛び出した僕は、予めマニュアル化された手筈通り屋敷中に届けとばかりに叫び声を挙げた。


「王都伯爵邸付き全従業員へ告ぐ! 

これより若をシェルターへお連れする!

これは演習では無いっ! 

繰り返すっ! これは演習では無いっ!!」


使われていない部屋も含めて200室以上ある部屋のどの程度にまで届いたかは確認しようが無かったが、玄関に出ては居なかった王都伯爵邸付きの全ての奉公人たちは、僕の叫び声を聞いて近隣の者へ伝令し合い一斉に反応しだした。


ある者は、屋敷の全ての扉を内側から閉めて閂を閉める。


別の者たちは、窓に下ろし戸を閉めて、外部へ屋敷内の光景が漏れ出ないようにする。


厨房に詰めている者たちは、片手間で摘まめるようなや野戦食としてサンドイッチなど軽食の炊き出しを始める。


唯一玄関扉の鍵だけが、援軍の到着まで開かれていた。


そうこうしている間にも、ソフィーお嬢様と交戦状態にある先輩執事たちやメイドたちの絶叫と悲鳴が時々混じり合う中、なるべく後ろを振り返らないようにしながら、僕たちは逃げ出した。





ソフィーお嬢様を足止めしてくれた先輩たちの尊い犠牲じかんかせぎの下で無事に地下にあるシェルターまで辿り着くことが出来た。


「さあ! 若様っ! 

早くっ!!

シェルターへお入りくださいっ!!」


「あ? ああ・・・? 

だが、君たちは・・・?」


「この期に及んで私たち奉公人をお気遣いくださるのは嬉しく思いますが、今は若様の御身の安全が第一です! 


我ら奉公人はこう見えても鍛えてありますから!

ソフィーお嬢様のお一人やお二人、必ずや足止めして、沈静化(おちつかせ)してご覧に入れましょう!」


伯爵家王都別宅には、戦争や王都で異変が起こった時に備えて、頑丈な扉で守られた地下シェルターがある。


その中には3か月は籠城できるだけの飲食料と調度品があり、伯爵一家と客人が寝泊まり出来るだけの備えが常にしてある。


尚も僕も一緒に入れと気遣うアーデルハイド様を、失礼とは承知で押し込めた。


「罰なら後でいくらでも受けますから。

今は御免っ!」


「あ。ジェーコフーっ!!」


僕は、扉を外側から閉じて、その前に素早く大きめの木箱を置いて鍵代わりとした。


シェルターの扉の内側からは、ドンドンと叩く音と、僕の名を呼びながら再度共に入れと叫ぶアーデルハイド様の叫び声が漏れ聞こえてきたが、ここは無視する。


おや?


シェルターへ通じる石造りの地下通路の向こう側からなにやら音が聞こえるぞ。



それは、重たい物を引き摺る音だった。


ズズ・・、ズリ、ズリリ、ズルリ、ズリ、ズルルリ、ズリリ・・・。


地下通路全体に反響するようにして近づいて来る異音。


ズズ・・・、ズリリリ・・・、ズルリ、ズズ・・、ズズズ・・・。


地獄の底で獄吏たちが用いると言う拷問器具を引きずるならこのような異音がするのだろうか。

それが確実に、徐々に近づいて来る。


その正体は・・・。


「・・・ソフィー・・・ お嬢・・・様・・・。」


「・・・・。」


血に染まったクレイモアをズルズルと引き摺る姿は、一種異様な背徳的なこの世ならざる美しさを放っていた。


真っ白なワンピース姿が所々血に染まり、長くサラサラと背中まで伸ばした薄いサクラ色の髪に天使の輪を光り輝くティアラのように頂きながら、尚もその片方の眼は灯を点したように不気味に赤く光り輝いていた。


「上の・・・マシュー副執事長やメイドたちは・・ 

護衛隊はどうなされたのですか!?」


「フフフ・・・ みぃーんな、お・は・な・し・したら納得してくれたわぁー


アナタも・私とお・は・な・し・するのかしらぁ?」


カクン。


とまるで糸の切れた人形マリオネットのように90度に首を傾げるソフィーお嬢様。


これ程可愛らしく美しい乙女のどこからこんなに底冷えするような、聞く者の魂を揺すぶられる旋律が流れ出るのだろうと、股間を濡らしてしまいながら既に僕の意識は刈り取られそうになっていた。


「・・・お、お止めください・・・これ以上はっ・・・ 

今のソフィーお嬢様を、若に近づけさせる訳には・・・」


「そぉー・・・アナタも、邪魔するつもりなのねぇ・・・?」


次の瞬間、冷酷にもソフィーお嬢様のクレイモアが高く掲げられた。





ジェーコフに押し込められてから、それ程扉を叩いたとは思わないけど、不意に抵抗感無くシェルターの扉が開いた。


「大丈夫かっ!? 

ジェ-コ・・・・ っ!!」


「あーら・・・お兄様ったら・・・

私より執事ジェーコフの方が心配ですのぉ・・・?


私、悲しいですわぁ・・・・。」


「ソ、ソフィー・・・・」


開いた扉の向こうには、気を失ったらしい俯せ姿で頭に巨大なタンコブの出来たジェーコフの姿と相変わらず死んだ魚の目をしたソフィーが立っていた。


「お、落ち着け・・・

話せば分かるっ!! 

お前の誤解だっ!!


僕は、あんな手紙なんかコレッぽっちも・・・「本当ですのっ!?」・・・ぇ?

ぁ・・・

・・・ぅん?」


襲撃した時が瞬間的だったように、ソフィーの表情がいつも通りの明るくて華やいだものへ変わった。そのまま僕の胸へ飛び込んできたいつものソフィー。


あれ? 


今、僕は、何でシェルターまで連れて来られたんだっけ・・・?


周囲の気温や照明迄ソフィーの気分と共に上昇したせいか、監獄のように感じられていたシェルターへ通じる地下通路まで、明るく華やいだ雰囲気へと一瞬で変わってしまったように感じられた。





それから、用を済ませに屋敷の外へ出かけていた執事長のポールが学業を終えたハンスと共に帰って来て、戦闘に巻き込まれて気絶していた屋敷の者たちを叩き起こし、事情聴取をされた。


被害者のはずなアーデルハイド(ぼく)と、加害者なはずのソフィー(いもうと)は揃ってポールに注意を受け、このラブレター騒動は終わった。


ちなみに、若いジェーコフとメイド見習いのアンジェリカは、軽くPTSDを患ってしまったので、症状が収まるまでの間、伯爵家本宅こうほう勤務となった。


彼らに幸あれ。



ちなみに、屋敷の奉公人さんたちは交代制で本宅と別宅を往来するみたいです。

PTSD(今回の犠牲者)二人に幸あれ。

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