51.ガエラ・インテグラ先輩からの告白
学園祭まで残り数日となったある日のこと、僕はインテグラ先輩から、改まって話しがしたいと呼び出しを受けた。
いつものようにバンド練習を終えて、そのまま第三音楽室で二人だけが残った。
夕日の中で佇むインテグラ先輩は、いつもより女性らしさが際立って見える。
周囲に人の気配は無く、短く切り揃えた黒髪にオレンジ色の日差しを浴びて、一人佇む姿は、まるで美しい彫刻のようですらあったけど、鑑賞者が僕一人だけというのは、なんだか勿体無い気がした。
「インテグラ先輩。
それで用件と言うのは?」
「嗚呼。忙しい中、時間を取らせてすまないな。
なに、大した要件ではない。
時間もそれほど長くは取らせるつもりもない。」
元々姿勢が良い先輩だが、更に背筋をピンと真っすぐに伸ばして、まるで凛々しい騎士のように、気を付けの姿勢を取ると、僕へ伝えたいという話しを切り出して来た。
「それで、改めて、私から聞いて欲しい話しなのだが。」
「は、ハイ。」
僕は、ゴクリと唾を飲みこんだ。
「話しと言うのは、実は、ボクと君との婚約のことについてなんだ。
無論、ふざけて言っているのでは無い。
ボクは、極めて真剣だ。」
バイエルから結婚という言葉で前もって言われていたから、なんとなく心の備えは出来ていたけど、やはり本人から直接言われると、インパクトがあるな。
「・・・先輩が真剣だと言うのは分かりました。
でも、どうして、僕なんですか?」
理由を知りたい。
「どうして、と問われれば、やはり、両家と王国の為だと答えるしかないだろうな。
ボクは国家と家に仕える道具で構わないと思っているんだ。
アーデルハイド、君だってそうだろ?
所詮は貴族間の婚姻だ。家同士の結びつきさ。
そこに恋愛感情などというものは入る隙間すら無い。
ボクの辺境爵家と君の東部軍管区伯爵家が結び付けば、王国内でも比較的広大な領土と軍勢とが一つになるのだから、君の実家である伯爵家にとっても悪い話しでは無いだろう?
無論ボクの家にとってもね。
本音を言えば、君に我が辺境伯領へ婿入りしてもらえれば、一番嬉しいけど、君は伯爵領の嫡男だ。
だから、ボクが、君の家へ嫁ぐことを最優先で考えるつもりだ。」
迷いなく、真っすぐな視線は変わらないまま、言葉を続ける。
「こう見えて、ボクは自分で言うのもおこがましいが、そう悪くは無い容姿をしていると思うし、身体だってソレナリな物を備えているつもりだ。
まあ、胸の大きな女性が好みだなどと言われれば、その部分はボクでは無く、側室に胸の大きな女性を迎えれば問題は解決するだろう?」
そう言いながら、モデルのような整った体系を自分の手で、スゥーっと下から上まで見せつけるように、ゆっくりと撫でながら僕を見つめなくったって、十分刺激的なのですけど。
誰も居ない音楽室で、二人きりという状況に、思わず、僕はまた唾をゴクリと飲みこんでしまった。
そんな僕の様子を伺いながら、スゥっと近づいたかと思ったら、僕の手を取り、愛おしそうに撫でて来る先輩。
顔が、身体が、近すぎですっ!!
吐く息が、直接顔に当たる距離。
そんな近さで、目を見つめながら語られる。
少し頭がクラクラしそうだ。
「妻として三歩下がって夫を立て、忠誠を誓い、君に尽くすことを誓うよ。
子どもの教育だってボクに任せてもらって構わないさ。
我が家にはボクを育ててくれた優秀な家臣団が居る。
乳母にも困らないし、文武両道で立派な跡継ぎを育てて見せるさ。」
言葉を一度途切れさせ、僕の反応を伺っているようだ。
そして、再び言葉を続ける。
「だから、アーデルハイド。
ボクを妻に選んで欲しい。
残念ながら、ボクは君に恋愛感情などでは無く、純粋に打算で動いていると自分でも自覚している思う。
そんなボクでは、君だって、すぐに恋愛感情などは生まれないかもしれない。
しかし、ボクの父や母だって、最初は親同士が決めた婚約者同士での結婚だったが、今では相思相愛で、娘であるボクから見ても、呆れるほどに愛し合っているのさ。
きっと、アーデルとボクだって、同じように愛し合えると思うんだ。
だから、これは両家のためでもあり、王国にとっても益となる婚姻になるんだ。
話しを聞いてくれて嬉しく思うよ。
返事は後日で構わないから、考えてみてくれ。
とはいえ、期日を決めないで分かれるのも、ボクが不安になってしまうかもしれないな。
期日は、学園祭の最終日。この日にでも、返事をくれれば良い。
では、良い返事を期待しているぞ。
アーデル。」
「はあ・・・。」
突然一方的に告げられたことでもあり、正直戸惑いしか無かった。
正式な手順云々とかを踏むと、非情にややこしいので、直接当人同士で打診して、結果が出てから手順を踏むというつもりなのだとは理解できた。
僕からの曖昧な返事を聞くと、インテグラ先輩は、未練も感じさせずに音楽室から先に出て行ってしまった。
僅かに、耳元が赤く染まっていたのは、きっと夕日のイタズラなのだろう。
なにせその潔さは、本当に僕に対する恋愛感情などでは無く、純粋に貴族間の婚姻として捕らえている様に見えたのだから。
◇
時刻は少し遡るが、学園にてガエラ・インテグラ嬢が夕方にアーデルへ告白する数時間ほど前。
いつものようにメイドとの午後のやり取りをしていたのだ。
「お嬢様。本日はアーデル様に黒百合を付けなくてよろしかったのですか?」
「良いのよ。手は既に打ってあるわ。」
気にした風も無く、余裕の表情で応えるソフィー。
「先日仰っていたアレでございますか?」
「ええ。そうよ。」
「先日のアレ」とは、アーデルハイドが弟であるバイエルに勧められて、先輩であるインテグラ辺境伯令嬢からの協力を取り付けた間に、ソフィーとメイドの間で交わされていた会話の事を指している。
※『第45話 インテグラ辺境伯令嬢と疑惑のソフィー』最後の段落参照。
その時の会話は、次の通りであった。
- 以下回想 -
ミラからの報告を受けて、返答するソフィー。
「それは良かったわ。
これで、しばらくはバイエルたちの動向を注視していられそうね。」
ソフィーは、白磁のように見事に整った顎を何度も満足そうに上下にさせると、手にした侯爵令嬢からのものと、他にも三通ある手紙へ素早く目を通した。
主人が、最初からどんな相手が動いているのか、把握した上で対策を打ち出しているらしいことを察したミラが質問する。
「お嬢様は、今回の敵を特定しておられるのですね。」
「ええ。最初に気付いていたわ。」
迷いすら見せずに即答して見せた。
「では、何故すぐに動かれないのですか?」
前回の二人の伯爵令嬢がアーデルハイドの近くをウロウロし出した時には、速攻でデートプランの迎撃を行ったではないか。
疑問を感じていたミラは、回りくどいやり方で対抗している事を指摘する。
ところが、当のソフィーが最高の笑顔で応じたから驚くやら、呆れるやら。
「トランプのタワーはね、最後の一枚を積み上げた瞬間に壊してこそ、楽しいのよ?」
これ以上無いとばかりに、悪魔の様な、背筋がゾクゾクする程の魅惑的な笑みであったから、ミラもまた驚愕で見開かれた眼を再び細め、やがていつものように、恭しく頭を垂れて退室して行った。
- 回想終 -
「もうすぐ、敵はタワーが完成すると錯覚することでしょうね。
最後のピースが嵌る瞬間が楽しみだわ♪」
もしも、この場にアーデルハイドが居たならば
「この笑い方止めてぇーーーーっ!!
僕のことを木と鉄で出来た小舟に乗せて、向こう岸へ送ろうとした時と同じ笑顔だぁぁぁぁぁっ!!」
などと、過去のトラウマを思い出して、叫び声を上げていたかもしれない笑顔であったという。
「ところで、ミラ。」
「ハイ。お嬢様。」
「お使いを頼めるかしら?」
「畏まりました。」
ソフィーから行く先を告げられると、メイドは優雅な一礼を残して退室して行った。
「この意味が分かるかしらね~ フフフ。」
ミラに何を託したかは不明だが、機嫌の良さそうな様子から、またしてもロクでも無いことなのかもしれない。
一人部屋に残るソフィーは、今日も楽しそうだ。
※変更済み
ガエル・インテグラ⇒ガエラ・インテグラへ変更。
※まるで意識していなかったのですけど・・・・
「ガエル」だと、イボ・ツノ・ベル・雨など(汗
そうか、両生類とじゃ恋仲になんて⇦自爆
若干会話内容など、細部は変更しました。




