38.正義と公正の男装麗人 ― ガエラ・インテグラ先輩 ―
王立学園には、様々な貴族家からその子弟が学籍を置いている。
先日のティファニーやイヴォンヌみたいなとんでも無いことをやらかしてくれる学生は、どちらかと言えば少数派で、中にはちゃんと良識人として尊敬を集めている人だって居る。
「やあ。アーデルハイド。」
「あ、インテグラ先輩。」
インテグラ先輩は、五代続いている辺境伯の家柄の長女で、一つ年上の先輩だ。
男装の麗人という表現が、ピッタリと当てはまる程、美しい女性であるにも関わらず艶やかな黒髪を男性のように短く切ってしまい、ベリーショートと言うスタイルで頬までしか伸ばしていない。
身長は僕より少しだけ高くて178cm。スラリと伸びた手足に、学園指定のタータンチェックを基調としたブラザーに、スラックスを愛用している。
ちなみに、学園では指定ブレザーとの組み合わせであれば、スカートでもスラックスであろうと厳しくは問われない。むしろ、女子の間では髪飾りやある程度の装飾などを自由に組み合わせて自己主張しているくらいだから。
とにかく、この先輩は僕たち下級生の間でも人気の高い先輩の一人なんだけど、何故か僕の親衛隊に所属しているんだよね。
「フフ。ボクは君には、ファーストネームで、ガエラと呼んで欲しいのだが。」
顔を少し近づけ気味に、そう言う先輩の姿にドギマギしてしまうけど、女性の色気というよりも、恰好良い男性に言い寄られているような背徳感を感じるのは、僕だけだろうか?
「先輩。こんな所まで何の用ですか?」
「つれないな。用が無ければ君に会いに来てはいけないのかい?
と言いうのは冗談さ。ボクが君に会いに来たのは、学園祭で手を貸して欲しいからさ。」
「というと?」
「実は、ボクたち三学年では、今年の出し物にちょっと変わった趣向を凝らそうと思っていてね。
君にもその出し物へ参加して欲しいのだよ。」
相変わらず、恰好良いけど、顔が近いです。
そして、声が妙に色っぽいです。
先輩。
「どんな出し物ですか?
演目によっては、ご協力出来兼ねますけど・・・。」
一瞬だけど、一学年時のお姫様役をやらされそうになった過去を思い出してしまった。
「バンドさ。」
「バンド?」
はて?
バンドと言うと、生演奏する楽団のことで良いはずだよね。
「ああ。ボクたちが演奏するバンドのギター担当者を探していたんだけど、丁度君なら演奏できるって聞いたから、こうして協力を頼みに来たのさ。」
僕はホッとした。
「そうでしたか。ギターでしたら、それなりにご協力できると思います。」
「良し。なら協力してくれるということで、感謝する。アーデルハイド。」
ペコリと軽く頭を下げて礼を述べる先輩の姿は凛々しい。
「いいえ、礼を言われるほどのことじゃありませんよ。
たまたま僕が演奏できる楽器に、先輩たちのバンドへ加えて頂くだけです。
これから練習に加わる訳ですし、足を引っ張らないように頑張ります。」
「ああ。よろしく頼むよ。」
軽く頭をグイっと腕の中へ抱かれてしまった。
なんかフンワリと良い香りがするな・・・。
普段は凛々しくて、女性らしさよりも男性っぽく感じてしまうインテグラ先輩だけど、こうして腕だけとはいえ、抱きしめられたり、近くで見ると、柔らかな輪郭や香りに、やはり異性なのだと意識してしまう。
「せ、先輩っ!
顔が近すぎますっ!!」
「おっと、すまん。
なに、こんなことはちょっとした社交辞令ではないか。
領内の軍隊で兵士たちと共に訓練していれば、スキンシップも交流のうちだろう?
それに、ボクみたいに身体の起伏に乏しい者に抱き着かれたからと言って、欲情するアーデルハイドではあるまい?
いや、いっそ欲情してくれた方が都合が良いな。」
そう言って、なおも離そうとはしてくれない。
この先輩は、一体どんな価値観を持っているんだろうか?
軍隊仕込みの慣れ合いのつもりかもしれないけど、僕の家では先輩みたいに兵士たちに混ざって訓練などはしていない。
むしろ、父上からは
「将たる者は、孤独を感じることもあるやもしれないが、兵士たちと慣れ合う者では無い。親しくしても構わない。頼ることもあるだろう。だが、命令を下すときに私情を挟むことは許されない。
だからこそ、将なる者は、常に兵士たちとは異なる景色と視座を保たなければならないのだ。」
と叩きこまれている。
まあ、いずれ僕が正式に領地へ戻れば、実際に兵士たちを率いて前線へ出ることだってあるのかもしれない。その時には、インテグラ先輩みたいなスキンシップを図る必要も出てくるのかな。
それ以前の問題として、起伏に乏しいとかって言うけど、先輩の場合、身長がそれなりに高くて目立たないだけで、実際にはモデルみたいな体型をしているから、女子の間でも羨ましがられているんだけど、その辺の自覚も無さそうだから仕方ないのかな。
「とりあえず、先輩。
離してください。」
「アーデルハイドは照れ屋だな。」
インテグラ先輩は、嫌いな先輩では無い。
むしろ、サバサナとしてハンサム系女子という外見通りな性格に、尊敬と好意すら抱いている。
好意と言っても、恋愛感情のそれでは無い。
常に、正しくあろう。公明正大であろうという姿勢に憧れるのだ。
人として好感が持てるという狭義に置いての好意だ。
「まあ、明日からは練習を再開するから、君も第三音楽室に来るように。」
「分かりました。では、また明日。」
「ああ。また明日な。」
こうして僕は、先輩と別れて家へ戻った。
◇
クンクン。
「お兄様・・・」
「あ、ただいま。ソフィー。」
「何故お兄様の身体から、別の女の匂いがするのかしら・・・・」
「え。」
いきなり詰んだぁーーーーーーーーーーっ!?
王都伯爵邸へ一歩入るなり、扉の後ろから抱き着いて来たソフィーに首をガッチリとホールドされて身動きが取れない。
「お嬢様っ! ご乱心ーーーーーーーーーーーっ!!」
ポールが叫び声を挙げる。
「衛生兵っ! 衛生兵っ!!」
ジェーコフが首を絞められて見る見る青褪めて行く僕のために、衛生兵を呼ぼうとしている。
「フォッカー! 護衛隊へ連絡だっ!!」
再び執事長のポールが、側にいた執事へ護衛隊の出動要請をしようとした所へ
「あら、それには及びませんわ。」
突然、普段と変わらないソフィーの声で、非日常の始まりから現実へ呼び戻された。
「「「「ハイっ!?」」」」
僕を含めて、周囲に居た者たち全員が驚愕の表情で固まる。
「私、いつまでも子供じゃありませんの。さっきのは、ほんのちょっとだけ取り乱してしまっただけですの。さ。クレオのご飯をあげなければ~」
そう告げると、自分の役目は終わったとばかりに、僕のことを見向きもしないでソフィーは2階にある自室へと向かってしまった。
「だ、大丈夫ですか?
若様・・・・。」
心配そうに僕の顔を覗き込みながら、副執事長のマシューが声を掛けてくれた。
「ああ、僕は大丈夫だよ。
騒がせてすまなかった。」
周囲に居る者たちに、解散するように命じて、僕も2階の自室へ戻る。
その日は、珍しくソフィーが一度も顔を見せなくなった。
なんでも、今書いている企画書の追い込みだとか言っていたから、ソフィーが個人で所有している商会で、また新しいことでも企んでいるのかもしれない。
兄として、いつまでも妹が、僕一人にしか関心を向けられないのは、やはり良くないのだと思う。
今回のことをきっかけにして、ソフィーにはもっと他の異性にも目を向けられるようになれたらとも思う・・・。
それのしても、夕食まで部屋で食べるからと同席を断られてしまったのは、ちょっと(大分)ショックだったけど・・・。
◇
「ソフィー? 居るんだろ。
僕だ。ドアの鍵を開けてくれないかい?」
「・・・。」
何度かこうして部屋の前まで来て、ドアを叩くけど、反応が無い。
本当に部屋に居るのだろうか。
そう思って、他にも複数あるソフィーの趣味の間の扉を全部ノックしてみたけど、反応は一つも無かった。
そこで、もう一度ソフィーが普段寝室兼自室として使っている部屋の前まで来たんだけど、やっぱり反応は無い。
「ソフィー。僕が他の女性の香りを纏わりつかせていたからって、そんなに怒ることはないだろう?」
僕の本当の気持ちは、表してはいけない言葉だから言えないけど・・・。
「そんなに僕の顔を見るのが、嫌になったのかい?」
もし、そうなら悲しいな。
「せめて、明日の朝には、ちゃんともう一度話しがしたいな・・・。
おやすみ。ソフィー。」
そう告げて、一度も開かれることの無かった扉へ就寝の言葉を置いて、自室へ戻った。
今までてとは、ちょっと登場人物が変わってきます。
未だ幾人か登場していない人物も居て、揃いながらお話しが進む予定です~
(※急変もアリますけど(;^ω^))
※インテグラ嬢は名前変更!




