4.恋文(ラブなレター) ~ それは宣戦布告状ですね? ~
ソフィーが鏡を見つめていた翌日、僕はいつも通りに学園へ向かった。
御者は屋敷の者が、僕付の執事であり、幼馴染でもあるハンスが化粧塗りを施された箱体に乗せられて揺られている。
「ハンス。お前はソフィーが中規模商会を買収したことを知っていたのか?」
「ええ。」
「・・・せめて僕に一言くらい報告をだな・・・。」
「聞かれませんでしたので。」
「知らなきゃ聞けないだろうがぁぁぁぁぁぁっ!!」
「・・・。」
ハンスとは、僕が幼いころから一緒に育ってきた仲でもある。
彼の祖父が伯爵家の本宅で執事長を務めているのだ。
今は執事見習いとして、王都の僕付となり、共に王都で学ぶ身でもある。
とは言え、学園は基本的に貴族しか受け入れないので、ハンスは執事専門学校で更なるスキルアップのために励んでいるのだ。
「まったく、先日だって僕とソフィーが会話している間にさっさと一人だけ居なくなっているし・・・。」
頬を膨らましている僕へ向けて、ハンスは「フッ」と整った顔に気障な笑みを浮かべると、視線を窓の外へ向けてしまった。
もともと口数の多い方では無かったが、僕よりも高い身長なので、向きを変えられてしまうと、ただでさえ見えにくい表情が更に読み取れなくなってしまう。
濃いブラウンの肩まで伸ばした髪を風にたなびかせて、外の風景を眺めることに没頭して見せているということは、これ以上は僕と会話したくないという意思表示であろう。
ハンスとは、幼少の頃より共に居るが、振り返ってみても幼い頃から感情が読み取りにくい奴だったなと思い出す。
あれは、僕が8歳の頃だった。
ソフィーのシンバル事件により、乗馬が怖くなってしまった僕に、「馬なんて、ニンジンの一本も上げて買収してしまえば良いのに。」と、たった一言でトラウマを乗り越えさえた上に馬との触れ合いの楽しさに気付かせてくれたのがハンスだった。
他にも、時々放つ彼の一言で気付かされたり、助けられたこともあった。
だからこそ、ハンスとは今後も仲良く過ごして行きたいものだ。
「では、私はここで。
帰りはいつものように歩きますから、若はお先にどうぞ。」
「ああ。がんばれよ。」
「若も。」
見事な一礼を決めるとハンスは、王都の伯爵艇から学園へ向かう道の途中で降りる。
そこから歩いて執事学校へ向かうのだ。
僕はそのまま城壁内の学園専用のゲートへ向かい、学舎へ行く。
◇
今朝はソフィーの妨害も無く、無事に遅刻せず一時間目の教室へ入ることができた。
クラスのみんなにも挨拶しなきゃ。
「おはよう。
みんな。」
「おはようございます。アーデルハイド様。」
「おはようございます。アーデル様」
「アーデルおはよ。」
「はよー」
「おはよう。アーデル君」
「はよん」
「・・・」
みんなそれぞれに挨拶を交わしてくれるが、中にはシャイなのかサッと目を背けてしまう人も居る。嫌われてるのかな・・・。
「今朝は間に合ったな!
友よ!」
「アーデル、おはよう。」
「おはようございます。
アーデルさん。」
いつもの三人は気軽に声を掛けてくれるから嬉しいな。
「ああ、今朝は間に合ったよ。アドルフ。
おはよう、エリカ、クララ。」
僕がアドルフに声を掛けると、何故かクラス中の女子がヒソヒソと何やら囁き合うのだが、一体何なのだろうか?
「一コマ目は、弁証法かぁー かったるいなぁー」
「そう言うなって。貴族の基本的嗜みだろ?」
「んなこと言ったって、俺、あの『問答法』とか言うの聞いてるだけで眠くなんだよなー。
来月から始まる古代哲学者の対話からの『弁証法』とかマジ勘弁して欲しいわぁー。」
そう言いながらアドルフは、教科書を読むだけでもしっかりと基本は理解しているらしく、テストでも低い点数は取らないだろうな。
でも、本当にカッタルいを文字通り体現して見せてはいる。
椅子にだらしなく項垂れかかり、俯いたまま盛大な溜息を吐いて見せたのだ。
コイツが常に学年No2の成績だなんて信じられないよね。
「あら、私は弁証法好きよ?
修辞学とセットで相手を論破するには必要だと思うし。」
そう言ってのけた強者は、エリカだった。
勝気な性格の彼女らしく、立派な鳩胸を張りながらだったので、思わず視線を背けてしまった。エリカは僕のそんな姿を見逃してはくれず、『フフン』と軽く流し目まで送って寄越した。ちなみに彼女が学年3位だ。
「わたしも苦手かなぁ・・・。」
伏し目がちにそうアドルフへ同意を告げるのは、癒し系美少女のクララだ。
僕よりも小柄な彼女が更に俯くと、最早表情は読み取れない。だがしかし、そういう彼女こそが常時学年主席だというのだから、世の中侮れない。
「僕だって頑張って教科書を読みながら着いて行こうとしているんだけどね。」
ちなみに、僕の成績は4番目だ。時々エリカと入れ替わりながらだけどね。
教科によって、順位は入れ替わるけど、総合ではなかなか追い抜けないのが悔しいところだ。
そんな会話を交わしているところへ、始業を告げるベルが鳴り響いた。
ここから僕たちの一日の授業が始まる。
一コマの目安は大体90分。
午前2コマ。
二時間の昼食休憩をはさんで午後2コマ。
合計4コマが授業の目安となる。
ちなみに、教科の割り振りは申請制なので、午後の授業を取らない日も作ろうと思えば作れる。
僕はなるべく多く勉強したいから午後の休みは無いけどね。
もしくは、昨日みたいに教授の都合などにより休講となれば、授業が無くなる事もある。
◇
2コマ目の古代史の授業が終わり、僕たちはいつものように4人で学生食堂へと向かった。
学生食堂とは言っても、そこは貴族向けなので、一般で言えば高級レストランみたいな作りをした広めのホールを備えた食堂だ。
かつては、要塞勤務をしている兵士たちへ食事を供給していた広大なホールに手を加え、そこ彼処に綺麗な装飾品や調度品が置かれ、絵画も飾られている。
イスやテーブルも兵士用の人数さえ座れれば良いというものからスプリングの利いた椅子と分厚いマホガニー製の幅広なテーブルに置き変えられ、テーブルクロスが掛けられている。
吹上天上にはガラス窓が嵌められ、陽光を注いでいる。
夜にはシャンデリアに灯が点されるので、ちょっとしたデートにも利用されているらしい。
僕は家へ帰っているから夜の利用はしたこと無いんだけどね。
「さてと、今日は何を食べようかな・・・。」
「ヘイ! そこの綺麗なお姉さん!
今日のランチは何かな?」
アドルフはいつも値段の手頃なランチを頼むことが多い。
だが、決して僕たちからの奢りは受けようとしない。
彼にも曲げられないプライドがあるのだろう。
近くを通りかかったメイド服姿の若い女性がにこやかに答えてくれた。
「本日のランチは、メインディッシュとして若鳥のエヒフと舌平目のムニエル二種類からお選びいただけますが?」
「そっかー 魚はあんまし食べたく無いからなぁー。
若鳥のエヒフでお願いします!」
「かしこまりましたー。
お連れ様もご注文はお決まりでしょうか?」
「ああ、僕はこのフィレステーキ・ディアブル風で。」
「私は、ホロホロ鳥のクラブハウスサンド!」
「私は・・・ トリュフドリアとハーブサラダを追加でいただこうかしら。」
次々と注文するが、メイドさんはにこやかにオーダーをメモしている。
「サラダのドレッシングは如何なさいますか?」
「んーと、サウザンアイランドで。」
「はい。かしこまりました。」
学食だけに、フルコース料理とまではゆかないけれども、それなりのコース料理が出てくることで定評もあり、今頼んだメインディッシュには、それぞれちゃんとスープとサラダ、お代わり自由な焼きたてのパンが付いている。食後には軽いデザートと紅茶かコーヒー、ソフトドリンクまで選べるのだから、至れり尽くせりだ。
「クララ、セットの他にサラダまで頼んだのね。」
「私、野菜好きだから・・・。」
少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめながらクララがモジモジしていたのは何故だろう?
まぁ、あまり乙女の領域に踏み込むものでは無いと父上も言っておられたし。
だが、クララの反対側の席ではアドルフが訳知り顔でニヤニヤしていた。
解せぬ。
「どうしたんだ?
ニヤニヤして?」
「ん? 何でもないさ。
ちょっとクララが菜食主義に転向した理由をな・・・」
「何でも無いからっ!」
珍しくクララが言葉を荒げてアドルフの発言を遮ったので、少し驚いた。
普段は控えめで、あまり自分を前に出すタイプじゃないと思ったから、余程の理由があるのだろうか。
「ちょっとぉ! 乙女には乙女の事情ってものがあるでしょう。
本当にデリカシーの無い人ねぇ!」
「悪ぃ悪ぃ。」
カッカと笑いながらエリカの激高を受け流せるアドルフは、やはり大物なのだと思う。
僕にはとてもじゃないけど、真似できる技では無い。
そんな感じで、会話している間に、スープが運ばれ、僕たちは食前の感謝の祈りを捧げてから食事を始めた。
食べるものが提供されてからの昼食の時間は、終始和やかなものとなり、皆で美味しく料理を堪能した。
ちなみに、アドルフは「若鳥のエヒフ、美味めぇーっ!!」と叫んでいたので、今度僕も注文してみようかなと思ったけど、その時は一人でこっそり来よう。
◇
午後の3コマ目は、古典文学だった。
僕はあまり興味は無いけど、女子には人気が高いらしく、エリカとクララの二人は古の恋物語などを精力的に読解しては、進んで発表していた。
二人の発表を聞いていた銀縁眼鏡をした女教師も、とても嬉しそうだった。
4コマ目は、体育で男子は全員乗馬の訓練だ。
同じ時間帯に、女子は護身術の訓練を体育館で行っている。
約1時間半の訓練では、実戦さながら障害物を乗り越えたり、弓矢を乗馬したまま射る練習を繰り返すことで、各人の乗馬術を上げることが出来る。
「オラー!!
ボサッとするなぁーーーっ!!
モタモタしてる奴は初等科からやり直しさせるぞぉーーーっ!!」
「「「イエッサー!!」」」
乗馬術の訓練では、かつて騎士団で鬼軍曹と呼ばれた初老の厳つい大柄な男性が教鞭を取っている。
彼の名はスターロン。
身長も2m近くある巨躯なので、誰も逆らおうなどという愚かなことを試す者すらおらず、この時間は『地獄の特訓』と密かに呼ばれていた。
「ハッ! ヤッ! セッ!」
「セイッ! オラァっ! あらよっと~」
そんな中、僕とアドルフの二人は軽々と乗馬したままで障害物を飛び越え、的へ向けて矢を次々と突き立てていた。
「よーし良いぞぉー!!
そこの二人、休んで良ぉし!
他はもう一周して来ぉーーーいっ!!」
「「「・・・サー・・・イエッサーッ!!」」」
ちょっとだけ、他の連中が哀れに思えた瞬間だった。
仕方ないよね。
鬼軍曹の命令だもん。
僕は心の中でそっと彼らに向けて手を合わせた。
◇
4コマ目の乗馬が終わり、シャワーを浴び終わった僕は、いつものように中庭にある下校前へ掲示板を見に行った。
明日以降の授業に変更や入れ替えがあるかのチェックのためだ。
たまたまアドルフと二人だけで、エリカとクララが別行動だったせいか、普段より周囲に女子が多いような気がするけど、きっと気のせいだよね。
そんな風に思ってる最中だった。
「あ・・・あの・・・」
「ん? 俺に用かい?」
「あ、いえ・・・
アドルフ先輩じゃなくて・・・。」
少し顔を赤らめてモジモジしながら、僕よりも少し背が低いブロンド前髪パッツンにゆるふわソバージュを肩まで伸ばした一年生女子が僕の方をジーっと見つめていた。
「僕?」
彼女はコクンと頷いた。
「こ、こ、こ、こ、コレ!
よ、読んでくださいっ!!」
「え?」
それだけ告げるとパタパタと走り去ってしまった。
一体なんの用だったのだろうか。
「あいかわらずモテるなー
妬けるねぇー ヒューヒュー」
「あのなぁ、普段はお前の方が女子と一緒に居る方が多いじゃないか。
僕はそのような不誠実な真似はしたくないんだ。」
「ヘイヘイ。
手厳しいこって。」
おどけて見せるアドルフだが、高身長に逆三角形の体系。
どう見たって男らしさ整った貴公子然とした顔で、悔しいけどコツの方がモテているのは本当だ。
でも、こうして僕にも時々ラブレターが届くことがある。
大抵は直接渡しに来るより、郵便や誰かから渡されたり、僕のロッカーに挟まっていることが多いけど、何故かそれ以上へ発展した試しが無い。
「今回の子は度胸あるな。
直接渡しに来たんだからな。」
「そうだな。」
アドルフの声に、僕はどう答えたら良いものかと少し戸惑いながら、中庭を後にした。
寮へ帰るアドルフに別れを告げ、そのまま馬車に揺られて帰路に就いた。
『若鳥のエヒフ』食べてみたいです・・・
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燃料なってます(`・ω・´)ゞ




