31.思考の海 ~ 白髪メイド・ミラの疑問 ~
アーデルハイドが罠から逃れて翌日。
いつものように兄は学校へ、妹はといえば自宅の彼女専用の書斎にて日課の開発やら企画やら、指示書書きなど、それなりに忙しく過ごしている。
この書斎こそが、王都に本部を置くプロネシス商会の真の本部であり、頭なのだ。
いや『ソフィーという存在そのものが』と表現した方が、より正確であろう。
そこへ、いつものように提示報告のために白髪頭で赤眼美少女メイドがやって来た。
「こちらが、プロネシス商会の先月の売り上げと従業員の勤務態度評価です。
直近の経過報告としては、二週間分を纏めた中間報告がこちらにございます。」
「ありがとう。後で目を通すから、貴女の口頭での報告もお願い。」
「畏まりました。
先月8月分売り上げとしては、前月比で35%を上回りました。
従業員の労働意欲も依然高いままです。
新規で今月9月から始めた従来の粉物を中心としたスタンド形式による対面販売も好調です。
お嬢様の指示で設けたフードコートへのパラソルとスタンドによる効果も良好です。
若い女性を中心に親子連れなど、客層も増えてきております。
健康食品部門では、ダイエット経験親衛隊員80名を交代で勤務させておりますが、売り上げ貢献上位成績者にはダイエット・コンシェルジュの称号を与えたことにより、更なるライバル心が駆り立てられ、競うようにして経験談や痩身アドバイスをするようになり、相乗効果で売り上げに貢献しております。」
「そう。あまりやり過ぎないようにね?」
「心得ております。過度な体重減少はむしろ身体への負担となることも併せて指導させておりますので、現時点では苦情を含めてネガティブ要因は少ないかと。」
「なら良かったわ。
会頭はお元気かしら?」
「はい。表の顔は任せて欲しいと張り切っております。
現時点ではこちらのコントロールを外れることは無いかと。」
「そう。今後も大人しく従っていてくれれば良いわね。
では、この指示書を届けてちょうだい。」
「畏まりました。」
いつもであれば、ここで優雅に一礼をして書斎を出て行く白髪頭のメイドが、この日は何故か留まっている。
「どうかしたの?」
「いえ、お嬢様の豪胆さに内心感心していただけです。」
感心と言うには、あまりにも表情に乏しい彼女の言葉に、ソフィーは一つ頭を傾げた。
「豪胆さ?」
「はい。畏れながら申し上げれば、ソフィーお嬢様は、親衛隊員とアーデルハイド様を接触させたく無いものとばかり思っておりました。」
ああ。とソフィーは頷いた。
「そのことね。確かに他の女なんてお兄様へ指一本たりとも触れさせたくなんて無いわよ。」
「では、何故80名もの親衛隊員に側に侍ることをお許しになられたのですか?
接触する機会が増えるほどに、アーデルハイド様の御心が動く危険性も高まるのではありませんか?」
淡々と述べてはいるが、内心の疑問の大きさが声の大きさに透けて見えるようだった。
ちなみに、最初は親衛隊員の単なる友人であった30名の者たちも、アーデルハイドと誼を結べるならばと入隊してしまったのだから、女性との接触率は高くなるばかりなのだ。
「だからこそよ。」
「?」
メイドは首を傾げた。
「私が知らないところで、勝手にお兄様へ手出しされるなんて許されないわ。
だからこそ、私がコントロール出来るようにしたのよ。」
「・・・コントロール、でございますか?」
「ええ、そうよ。
案の定、お兄様と同じダンスを踊れるという餌に見事に釣られてくれたわ。
でも、同じダンスは踊っても、パートナーは常に私一人だから、結果としてお兄様には誰一人指一本触れさせていないわ。」
「っ!?
・・・・なんと、それがあのドレスを贈った目的でしたか・・・。」
メイド少女は長い間の謎が解けたと言いたげに、納得の表情を浮かべていた。
求める答えを得ると今度こそ指示書を受け取り、美しい所作で主人へ頭を垂れるとメイドは部屋から出て行った。
部屋に残されたソフィーは、なおも書類へ視線を向けたままだ。
何やら熱心に書類へ目を通すと何枚かの指示書を取り出し、流麗な文字を綴ってゆく。
はたして、それにどのような内容が記されているのか、真剣な表情からは読み取れない。
だが、もし一度この指示書が先程の美しいメイドの手に渡れば、プロネシス商会で何か動きが起こる。
そう予感させる表情だと、もし周囲に人が居れば思ったであろう。
◇
午前中にプロネシス商会へソフィーからの指示書を届けに行った白髪頭のメイドは、午後には再び屋敷に戻って来ることも多い。
午前中いっぱい書斎に籠って書類仕事をしていたソフィーが、昼の食後に外の東屋で過ごしたいと言い出したのは、秋の陽気に誘われでもしたのだろうか。
透き通るような白い肌をした白髪頭で赤眼をした美しいメイドと、その主人であり、従者よりも更に磨き上げたような滑らかな肌と淡い桃色の髪を持つ少女の二人が並ぶ姿は、一枚の絵画として後世に残したいと熱望する絵描きが跡を絶たないだろう。
桜色した髪をそよ風にたな引かせて、ぼんやりしているように見えた主人へ向けて、メイドが一言
「そういえば、お嬢様。」
視線は相変わらず、焦点の定めずにぼんやりして見えるが、声は届いているらしく返答はある。
「なぁに?」
思い出したように、メイドは告げた。
「例の親衛隊ですが、『queen of night』以降、構成メンバーに大幅な変化がございました。」
これだけでは、構成メンバーの変化は分からない。
「うん?」
ぼんやりと小首を傾けたソフィーに、メイドは具体例を挙げた。
「これまでの構成員は、女子学生に限られておりました。
現在の構成メンバーには、中等部から高等部までの男子学生が加入しました。」
「っ!?」
ぼんやりとしていたソフィーの顔に、若干訝し気なものを読み取ったのか、メイドは男子学生の加入した理由を明かしてくれた。
「別に、アーデルハイド様の臀部目当てではございません。
半分は、ソフィーお嬢様とお近づきになりたい有象無象共。
もう半分は、見事な踊りを披露した80名の親衛隊メンバー目当てに加入したようです。
現時点では50名ほどですが、最終的には親衛隊の半数が男子化しても不思議ではありません。」
130名もの貴族子弟が、アーデルハイド親衛隊に所属しながらソフィーの傘下に居る事実も十分脅威的な数字だが、更なる膨張が予想されるという事実は、第三者が聞けば二重の意味で衝撃的であろう。
だが、ソフィーにとってはそれ程驚くべきことではない様子で
「そう。なら構わないわ。
男子の加盟は想定外の副産物だけど、次の作戦で男子学生が加わることで、更なるバージョンアップが図れそうね。
早速選抜して、こちらへ協力させてちょうだい。」
ここまでの会話では、「次の作戦」とやらが、どのようなものなのか、何も具体的なことが述べられてはいないのだが、メイドは既知の事実らしく、冷静に応答する。
「畏まりました。
親衛隊ナンバーは若干後退しましたが、現時点でのリーダーポジションにいるNo.116シャーロット嬢を中核メンバーとして実施させましょう。」
鉄の掟は、ここでも発動され、元No.10だったシャーロト辺境伯令嬢は、現在116番へ降下している。
では、元116番だったユーリ子爵令嬢はと言えば、義理堅いシャーロット嬢の推薦のお陰で、空席だった親衛隊No.60へとランクアップをさせて貰っていた。
無論、ソフィーにとっては親衛隊員が何人に増えようが、ナンバーの入れ替えがあろうが、大して関心がある出来事では無かったが。
「お願いね。」
またしても、ボーっと東屋の近くにある池の水面から、見事な鯉がパシャンっと飛び出して、身を捻りながら水飛沫を上げるのを眺めるように気の無い返事をすると、ソフィーは行って良いと片手を左右に軽く振った。
主人が思考の海へ沈む姿を確認すると、メイドは見事な一礼をして、次なる目的地へと向かった。
考え事してると、ボーっとしてるようにしか見られないことってありますよね?
(。-∀-)ニヒ♪




