29.伯爵令嬢ソフィー趣味の間 ~ 乙女の悪戯心は複雑怪奇♡ ~
今回は、ソフィーの個人的な趣味の間の一つをご紹介しよう。
王都伯爵邸。
王都内壁と呼ばれる王宮から比較的近い位置にあり、庶民や富豪と呼ばれる平民たちから比べれば広大な敷地の中に、瀟洒なモダン建築と呼ばれるシンメトリー造りな屋敷がある。
伯爵家本領の屋敷よりは若干小さいものの、三階建てに200部屋からの部屋数がある。
更に、中央内側に四階建ての部分があり、更にその真ん中に数段高く塔が聳え立つ。
建物の四つ角には尖塔があり、周囲を睥睨している。
分かりにくいかもしれないが、中央にゆくほど高くなる城のような大きな造りの建物だと思い浮かべてもらいたい。
そんな屋敷の周囲には、噴水付きの池や迷路付きのガーデン、ガラス作りの温室や東屋などが品よく配置されている。
屋敷内で働く者たちも執事を筆頭に、従者、メイド、料理人、御者、庭師、門番に護衛兵と大勢の者たちが日夜働いている。
これだけ大きな屋敷には、やはり所有者たちの趣味の間が幾つかある。
「ふむ。そろそろ試してみたくなりますねぇ~♪」
『趣味の間』と呼ばれる広い部屋の一つで、そう呟いたのは、この部屋の主人であるソフィーだった。
その日は、可愛らしい赤いフレアワンピース姿で、薔薇をあしらった髪飾りで長く美しいサラサラとした髪をサイドに纏めていた。
片手には、なにやらワイヤーのような細長い針金と針金挟みが握られていた。
「では、護衛隊から一人見繕ってまいりましょうか?」
影の様にひっそりと、白髪頭で瞳の赤いメイドが問う。
「ええ、お願いね。
そうねー、どうせならなるべく、頑丈そうな人が良いわ。」
「畏まりました。」
そう告げると、メイド少女は三階の部屋から護衛隊の詰め所へと向かった。
◇
その頃、護衛兵詰め所に隣接している訓練所では
「いいぞぉーーーーっ!!
その調子だっ!!」
「おい!このままだと・・・!?」
「ああ、新記録じゃないか!?」
「頑張れぇーーーっ!!
イワーンっ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!!」
身の丈2m近くはあろうかという、王都伯爵邸付き護衛隊随一の巨躯を誇るイワンコフが障害物を素早く避けながら、ゴールを目指していた。
先ずは、鎧をフル装備で全力疾走から始まり、足元に設置されているロープを巧みに避けながら前進する。
次に、網が投げつけられ、それらも素早く左右に避けながら掻い潜る。
網の次は、左右からの槍による刺突攻撃だ。
イワンコフは、こちらも器用に避け、時には自らの籠手でもってはじき返す。
最後は、全身武装した護衛隊員による、実戦さながらの剣戟だ。
大きな盾と鎧だけを武器として、イワンコフは進む。
剣には打撃で返し、飛び掛かって来る襲撃者たちには、マーシャルアーツを駆使して瞬殺を繰り返す。
数々の難関を怒涛の勢いで突破して行く姿は、巨体も相まって正に鬼のようであった。
これらのより実践的な訓練は、先のソフィー暴動事件に対する反省と対策から実施されている。
障害物無しで、100m走の16~18歳男子の平均タイムが14~15秒くらいと仮定した場合。
上記の障害物付きなら、1分以内で完走出来れば良い方かもしれない。
ところが、イワンコフは今、30秒砂時計の粒を一度ひっくり返した状態から約20秒ほど砂が残っている状態で、ゴールを決めたのだ。つまり40秒ほどでのゴールインだ。
「すげぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!」
「新記録達成だぁーーーーーーっ!!」
「すごいじゃないかっ!!
イワンっ!!」
「お前っ! 本当にこーゆー才能は護衛隊随一だよなっ!!」
「あはは、ありがと
参ったなぁ・・。
ははは。」
巨体を揺すりながら、照れるイワンコフの姿は、やはりゴツイオッサン顔したゴリラのようだった。
そこへ、いつの間にやって来ていたのかこの場には不釣り合いな、白髪に赤い瞳の美しいメイドが彼に声をかける。
「ちょうど良かった。
そこの巨体な貴方、お嬢様がお呼びです。」
「へ?」
まさか、自分が直接お嬢様から指名されて呼び出されるとは、予想外の事態にイワンコフは自分の顔を指さして大きな頭を傾けた。
「そう、貴方です。
お嬢様のお相手をしてもらいます。
全身鎧はそのままで。」
周囲を囲んでいた護衛隊の隊員たちは、一体どんな用向きだろうかと訝しがったが、メイドはそれ以上のことを伝えようともしないので、皆でイワンコフの肩をポンポンと叩いた。
「お嬢様がお前に用があるなら、訓練を一旦抜けて構わない。
行ってこい、イワン。」
小隊長のギュスターブもそう告げて、イワンコフを送り出した。
「ありがとうございます。
用が済み次第お返しします。
場合によっては、迎えに来てもらうかもしれませんが・・・。」
「へ?」
最後の方になにやら聞き捨てならない不吉な表現があったように思うが、この屋敷での女主人の立場に居るソフィーの呼び出しに逆らえるはずも無く、イワンコフは巨大を前かがみにしてドナドナ臭を漂わせながら屋敷へ向かった。
◇
「よく来てくれたわ。」
屋敷の三階にある部屋の一つに通されたイワンコフは、ソフィーから歓迎を受けたが、内心落ち着かない様子で、周囲をキョロキョロと見回している。
「お、お嬢様・・・。
こ、この部屋は・・・?」
「ココは私の趣味の間の一つよ。」
昼間なので、分厚い遮光カーテンは掛けられておらず、周囲の様子は見えてはいる。
見えてはいるのだが、理解できるかと問われれば、イワンコフは首を左右にしたであろう。
なにせ、見た目は拍子抜けするほどに、『普通』な部屋なのだから。
最低限と思われる調度品は置かれている。
床には分厚い絨毯が敷かれ、家具も幾つか置かれている。
イスと座卓、タンスや肖像画などの絵画が数枚。
鏡台と衝立。
なんの変哲も無い、少し広いだけで極々『普通』な部屋だ。
こんなところで、一体何をしようと言うのだろう。
「貴方には、これからちょっとした性能テストを受けてもらうわ。」
「テスト・・・ですか?」
「ええ。心配しないで良いわ。
頭脳を調べる物では無いから。
むしろ、貴方向けよ。
体力と頑丈ささえあれば大丈夫だもの。」
聞けば聞くほど、イワンコフの顔色は悪くなっていた。
そこへ、メイドが進み出て声をかける。
「さ、こちらの大盾も装備して行ってください。
クリアできたら、ご褒美としてバナナを差し上げましょう。」
俺はゴリラじゃないっ!!
というツッコミを入れたそうに口をパクパクさせているイワンコフに、何事も無いように白髪メイドも20kgはあろうかという大盾を手渡して来た。
どうして、極『普通』の部屋の中で大盾と全身鎧が必要だと言うのだろうか?
イワンコフは今度こそ本当に頭を傾げた。
「では、私とミラは隣の部屋から見守っています。
貴方には、一度この部屋から出てもらいます。
私が呼び鈴を二度鳴らしたら、ドアを開けてこの部屋へ入るように。
部屋から、私たちが居る隣の部屋の扉を叩くことが出来たら、テストは終了よ。
健闘を祈るわ。」
なるほど、部屋は二間続きになっていて、今イワンコフが通された部屋の隣には、ドアがあるのが見える。
でも、僅か数メートルほどの距離しか離れていないドアへ、何故わざわざ来い、と指示を出したのだろうか?
イワンコフの頭の上にハッキリと巨大なクエスチョン・マークが見えるほど、不思議そうにしているのが見て取れた。
「では、ごきげんよう。」
そう告げると、ソフィーは本当に隣の部屋のドアを開けてこの部屋を去ってしまった。
ミラと呼ばれたメイドもまた、短く切り揃えられた真っ白な髪の頭をペコリと下げると、ソフィーの後を追った。
「俺。どうなっちまうんだろう・・・。」
一人ポツンと部屋に残されたイワンコフは、盛大に溜息を吐いて、指示通り一度部屋を出た。
◇
“ 挑戦者No.1 王都伯爵邸付護衛隊員 イワンコフ ”
「お嬢様・・・ この前も超怖かったもんなぁー
俺、正直お嬢様苦手なんだよなぁ・・・
アーデルハイド坊ちゃまは、まぁ、可愛らしい顔だし・・・。
性格も良いから、仕えているには良いお方なんだけどなぁ・・・。」
そんなことを、周囲に聞こえないように口の中でモゴモゴと呟きながら、俺は部屋の扉の向こう側から呼び鈴が二度鳴らされるのを聞いた。
「失礼しまーす・・・。」
念のためドアをノックして中へ入ろうと開けた途端に
ヒュンっ!!
「おわっ!?」
咄嗟に手にした大盾で身を隠すことができたのは、偶然の産物でもある。
見ると、身体が隠れる大盾に矢が三本もビーンと突き刺さっていた。
「・・・もう帰ろうかなぁ・・・。」
一瞬で心が折られそうになる。
これでも、護衛隊では精鋭兵で通ってる。
それなのに、お嬢様は別格だ。
「これが子供の悪戯だって・・・?
一つ間違えりゃ命が危ないっつーの・・・。
ハァ。」
ドアでの弓矢で、お嬢様の趣旨が分かった気がした。
ようは自分が作った罠が正常に作動するかどうかをテストしてみたいのだろう。
「それなら、こっちも気を抜けないな・・・。」
ドアから部屋の中へ入ろうとしたら、床の入口付近の
足元にはロープが張り巡らされていた。
「なるほど、ギュスターブ隊長の訓練は、ココからヒントを得たのか・・・。」
最近になって取り入れられた障害物コースに、お嬢様からの知恵が活用されているなんて、普通逆じゃね?
と内心頭を捻りながら一歩踏み出した瞬間だった。
ゴンっ!
足元に気を取られていたら、上から巨大タライが落下して来たのだ。
金属製の鎧と金属製タライがぶつかり合い
グワァァァァーーンと割れんばかりの音がして、耳が聞こえずらくなったところへ
ブォォォンッ!
「へ?」
重量物独特の鈍い風切り音がしたのだが、耳をやられて聞き取ることが出来なかった。
振り子の要領で天上に吊り下げられていた丸太が襲い掛かる。
避けることも出来ず、そのままマトモに食らってしまい、盛大に吹っ飛ばされてしまう。
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!」
2m近い巨体でも、不意を突かれると脆いものは脆い。
今度は、吹き飛ばされた先で、床一面の粘度の高いトリモチに捕まってしまう。
「くっ・・・・ は、離れない・・・・っ!?」
そこへ、止めとばかりに重り付きで天井が降りて来て、トリモチと釣り天井にサンドされて身動きが取れなくなってしまった。
「ハイ。失格。」
白髪メイドが涼しい声で告げる。
哀れにも俺は訳も分からないまま失格となってしまった。
◇
イワンコフが失格となると、罠の動作を止めたのか、隣の部屋からソフィーと白髪のメイドが表れた。
「あらあら、まだ罠の半分も作動していないのに・・・。」
「どうなさいますか?」
メイドも表情は読み取りにくいが、若干落胆しているように見える。
「とりあえず、回収を小隊長さんに依頼してきてちょうだい。
それから、回収後にお兄様をここへ。」
「畏まりました。」
屈強な男たち数名がかりでイワンコフの巨体をトリモチから引きはがして回収して行くのに若干の時間が掛かってしまったという。
◇
“ 挑戦者No.2 アーデルハイド ”
「おい、ミラ。
なんで僕が全身鎧を着て、大盾を構えなきゃいけないんだ?」
「御身をお守りするために。」
「なんかメチャクチャ嫌な予感しかしないんだけど・・・。」
ソフィーが呼んでいると言うから来てみたら、ミラから全身鎧を装着しろとか、大盾構えて入室しろとか、続き部屋でソフィーが待ってるとか、やけに注文が多いな。
「では、呼び鈴が中から二度聞こえたら、ドアを開けてお進みください。」
◇
ミラが去り、扉の内側から呼び鈴が二度鳴らされた。
「大抵こういう時は、危ないんだよなー。」
僕が扉を開けると、下げた頭の上を三本の矢が通過した。
「やっぱり。」
通路側で留まり、床を見ると足元にロープが張り巡らされている。
「こーゆー視線誘導なら・・・」
やっぱり、天井には巨大タライと丸太がセットされている。
そして、部屋の内部には、最初に案内された時には無かった仕切り壁が出現してあり、強制的に部屋の中をNの字で進まなければ隣の部屋のドアに辿り着けないようになっていた。
「凝った作りしちゃってからに。
タライを落したところへ、丸太で飛ばすっと・・・。
わ、トリモチが待ち構えている訳ね・・・。
我が妹ながら、よくこれだけ思いつくよ・・・。
ハァ。」
タライと丸太の斜線を避けるのは無理だから、大盾を頭上に構えて大タライの落下を防ぎ、素早く丸太が振り下ろされる斜線から身を避ける。
「うん。ここに落とし穴が作られていなくって良かったぁ・・・。」
以前何度か落されたことあるもんなー。
そう過去の恐怖体験を思い起こしながら、一つ一つ罠を避けて通る。
「なるほど、絵画がわざと高さをずらして飾られているのは、裏から弓矢を飛ばすためか。
鏡台で自分の姿に気を取られているところへ、壁面槍衾はエグいなぁ・・・。」
そう言いながら、先へ進むと、思った通り壁面の絵画から矢が飛び出し、僕の脇を通り過ぎて行く。
鏡台の付近からも槍が沢山ジャキーンと突き出されたけど、予想通りだったので、余裕で避けることができた。
その後も、幾つかの落下してくるギロチンやら、高速で振り下ろされてくるハンマー、床からせり出してくる巨大なノコギリの刃、衝立はパタリと倒れて全身を覆うほどの投げ網が飛び出して来た。
しかし、これらを全て潜り抜けて、隣室ドアの三歩ほど手前まで辿り着いた。
「コレで最後だとは思うけど、こーゆー時が一番危ないんだよなぁー。
ソフィーのことだから・・・ っと。」
僕は、ソフィーとミラが待っていると言われた隣のドアの二歩手前目掛けて、手に持った大盾で床を軽く “トン” と軽く叩いてみた。
「・・・やっぱりなー。」
予想通り、床はパックリと口を開けて深淵を晒した。
「最後の気を抜く場所に、何かを仕掛けるって、ソフィーらしいよなぁ。
ハァ。」
これでも、本気で落としには来ていないということを、僕は見抜いていた。
とりあえず、穴の向こうにあるドアを手にした大盾で “コンコン” とノックした。
すると、それまで飛び出して来た槍やギロチン、ノコギリにハンマー、落とし穴などの仕掛けの数々が逆回転のようにスルスルと壁や床、天井に収納されていった。
それから扉が大きく開かれ
「やっぱりお兄様ならクリアできると信じてしましたわぁーっ!!」
満面の笑顔で嬉しそうにソフィーが僕に向かって飛びついて来た。
「・・・っ
最後の罠はお前か・・・。」
聞こえないように小さな声で呟く僕に
「あら?
お兄様。何か言いまして?」
と少しだけむくれたような顔で下から覗き込んでくる妹に、僕は乾いた作り笑顔を浮かべながら答えた。
「何でも無いよ。
可愛い妹が作った玩具の性能の凄さに驚いただけさ・・・。
ハハハ、ハハハハハハ、ハハハハハハハハハ。」
ソフィーには悟られたくないけど、僕の心はとうの昔に彼女という儚げに見えて美しくも危険な存在に捕らわれているような気がするのだ。
それは、ほんの少しでも気を抜いたら命まで奪われかねないほどの危険な駆け引きだけどね。
所謂「初見殺し」ってヤツだと思うんです。
アーデルがクリアできたのは、これまでの経験の積み重ねがあったからで、決して実力の差ではないかと(藁)
余談(隣の部屋での会話)
No.1 イワンコフ(以下ソフィー=ソ。メイド(ミラ)=ミ)
ソ「何秒で最初の罠に掛かるか、賭ける?」
ミ「宜しいでしょう。」
ソ「扉を開けて直後に弓矢頭部鎧で8秒!」
ミ「扉を開けて中へ入りタライ落下で15秒。」
結果16秒後に部屋へ入ったイワンがタライ落としに引っ掛かり、ミラの勝ちに。
ソ「そんな・・・ 私が負けるなんて・・。」
ミ「お嬢様は、彼の巨体を見ました。
私は、彼の動きも見て参りました。」
ソ「次のお兄様で挽回よっ!!」
No.2 アーデルハイド
ソ「お兄様ならうっかり一つくらいは引っ掛かるハズ!
毎回最後に気を抜く癖は、そう簡単には治りませんわっ!」
ミ「毎回お嬢様から惨い目に合わされているので、学習してクリアで。」
結果。アーデルハイド全罠クリア!
ソ「仕方が無いわ。今日のお茶会で食べる予定だった試作ケーキスペシャル。
今回は貴女に譲るわ・・・。」
心なしか、ウキウキした様子で小さく握りこぶしをグっと握ったミラ嬢(15歳)であった。




