28.大嫌いな親友アドルフ③ ~ 義憤と友誼~
王立学園学生寮は、学園の建物から少し離れた場所に点在して建てられており、ほとんどがモダン建築と呼ばれる、伝統的な左右対称なシンメトリー様式か、わざと左右非対称な造りをした建物など、個性と建築美を施された建物だ。
アドルフが入っている学生寮は、極普通のモダン建築で四階建てと三階建ての部分がくっついたレンガ造りで、林に囲まれた赤い建物だった。
エントランスで、寮母さんにアドルフを訪ねに来た告げると、寮付きの従者が出て来て部屋の前まで案内してくれた。
「アドルフ様は、現在お風邪で休んでおられます。
今回は、あまり長くは滞在されない方が望ましいでしょう。」
そう告げると、恭しく一礼して従者は去って行った。
「アドルフ。居るかい?
僕だ。アーデルハイドだ。」
僕は部屋のドアノッカーを軽く三度叩きつけると、中からドアが開けられた。
「・・・何の用だ・・・。」
部屋着のまま、だらしなく前を斜めにはだけて逞しい胸元が見える姿で、アドルフが不機嫌そうに僕を見つめた。
「先日のお詫びがしたいんだ。
少しだけで構わない。
話しができるかい?」
「・・・・。
見ての通り風邪を引いて体調も優れない。
あまり長居しなけりゃ構わないぜ。」
そう言って、彼はドアを広く開けて僕を迎え入れてくれた。
風邪のせいか、顔は若干青白く、頬もコケて見えた。
そうか、彼ほどの美丈夫であっても、病気の時には弱って見えるものなのだなと、僕はこんな事態にも関わらず、内心観察してしまった。
「・・・何もお構い出来ないが、茶でも運ばせるか?」
病人に気を遣わせては申し訳ない。
「いいや、話しだけで構わない。」
「そうか。」
短い遣り取りで済ませ、僕は用件を切り出した。
「先ずは、先日の件だけど、僕が悪かったと思う。
謝罪させてくれ。」
そう告げると、アドルフは先程までとは違って、興味深げに僕をマジマジと見つめて来た。
しかし、その中には未だ警戒心が薄っすらとだが感じられた。
「一体どんな心境の変化だ?」
「うん。
一言では説明しにくいけど、色々考えてね・・・。」
「そうか。」
「うん。」
全てを説明する必要は無いだろうけど、少しは話した方が良いかな?
「僕は、君のことを偏見だけで決めつけて見ていたように思うんだ。
毎回違う女性を侍らせて、それはきっと不誠実なことに違いない。と。
それに、君の容姿についても、僕の勝手なイメージを投影させて、こうでなければならない、そうでなければ認めたく無い。
とかね。」
「ほう?」
アドルフの表情から険が取れている。
僕も少し肩の荷が下りたように感じて、言葉を続ける。
「僕は、君みたいになりたかったんだと思うよ。
強く、凛々しく、逞しい。
男らしい男にね。
僕のコンプレックスと対照的な存在。
それが君という男なのさ。」
「ブエッホブェッホブェッヘッ!!」
ストレートに表現すると、自分でも言ってて恥ずかしいけど、聞く方も同じらしく、激しく咳き込んでいた。
大丈夫かな
「ゼェゼェ・・・。
お前っ、よくもそんな恥ずかしいことを堂々と言えるな・・・。」
「あ、ああ。
自分でも言ってて恥ずかしかったよ。」
僕の顔が熱いのを感じたけど、きっと気のせいだ。
「そうか。分かったよ。
お前の謝罪は確かに受け取った。
そんでもって、俺も悪かった。
『くだらん』などと言って、お前に不愉快な思いをさせただろ?
謝るよ。許してくれ。」
謝りに来たのに、逆に謝られてしまった。
ちょっとパニクったけど、とりあえず、頭は上げて欲しい。
「いや、最初から君に酷い態度を取り続けてたのは、僕の方だったし、僕こそ君に謝りに来たのに・・・。とりあえず、頭を上げてくれ!!」
本当に、こういう潔く頭を下げることができる所はむしろ尊敬に値すると思うよ。
「そうか、すまんな。」
「いや、こちらこそ。」
二人の間に穏やかな空気が流れた。
「そうか、お前みたいな実直な奴にとってみれば、俺みたいに横に毎回違う女を侍らせてたら、そりゃウンザリもするよな・・・。
俺の思慮が足りなかった。
その件も謝罪するよ。」
「だから、もう良いいってば!!」
「そうか?」
「そうだ!」
「分かった。」
言葉は短いが、それだけで十分に分かり合えた気がした。
もう、僕の心の中では、アドルフが友人だったら良いな、と思えていた。
「それならば、俺の話しも少しだが聞いて欲しいんだ。」
「うん?」
それから、アドルフは全てを語ることは出来ないけれどもと断った上で、自分の身の上を話してくれた。
とある有力な貴族の子弟である事。
しかし、自分の母親が平民出の側室というか愛人扱いされていて、自分には継承権が無い事。
そのような事情もあり、今名乗っているマントイフェルというあまり聞きなれない男爵家の名も、父の名を隠すための偽装であること。
母親の身分が低いために、自分が長兄であるにも関わらず、他の腹違いの妹弟たちからも疎まれている事。
そんな貴族間の権力や欲深い姿が嫌いで、父親に頼んで学費を出してもらい、一人で学園寮で生活している事。
自暴自棄になりかけて、倫理観や道徳観よりも、憂さ晴らしのつもりで女性も含め悪い遊びをしていた事など。
「そんな・・・・。
アドルフが生まれた理由だって、君の父上が、側に仕えていた君の母親に手を出したからであって、君には何の責任も落ち度すら無いじゃないか・・・。
それなのに!!」
僕は怒りに燃えた。
久々に正義の心と言うものが、内心メラメラと不当な扱いをされている友のために立ち上がりたいという欲求に支配されたのだ。
「それで!?
君の父上は誰なんだい!?
家名はっ!!
本当の家名を教えてくれれば、僕の父上に相談して、君にもっと良い境遇を与えてくれるように、掛け合ってもらうからっ!!」
身を乗り出して、性急にことを進めようとする僕に、アドルフは呆れたように
「ちょっと待てって。
俺の父親の名前も家名も明かすことは出来ない。
そういう条件で、この学園に居るんだ。
それに例え君の父親に相談したところで覆りはしない。
むしろ、俺の家の事情に、誰かを巻き込むつもりは毛頭無い。」
堅く決意したものを瞳の奥に宿らせていた。
これ以上は、僕が何かを言ったからといって変わることも無さそうだ。
「そうか・・・ それは悪かった。
僕が短慮過ぎたようだ。」
「いいや。
俺だってクソみたいな実家の事情に一時期とは言えヤケを起こしちまったんだから、お前みたいに誠実なヤツが聞いたら怒っても不思議じゃない。
いや、むしろこんな俺みたいなヤツのために、そこまで怒りを感じてくれるヤツがいることを嬉しく思うぜ。」
そう言って人の悪そうに片方の口の端だけをニヤリと上げて見せた。
「それより、お前とこんな風に話しができるようになるとは思っても見なかったからさ、なんかスッキリしてきたぜ。
風邪も治っちまったみたいだから、明日からまた学校行けそうだ。」
本当に、気分も良さそうに穏やかで清々しそうにしていた。
僕もなんだか嬉しくなった。
「そうか、それはなによりだ。
明日から頼むよ。
アドルフ。」
以前、彼から出された時は拒んでしまったけど、今回は僕から先に手を出した。
「ああ。
こちらこそ頼むぜ、アーデルハイド。」
そう言いながら、アドルフは大きくてがっしりとした掌を僕の手と固く結ぶようにして握りしめて来た。
力が強くて負けてるだろなとは一目見て分かるけど、マジで手が砕けるかと思ったわ。
コノ馬鹿力巨人めぇ。
兎も角、こうして僕とアドルフは学園で共に過ごす時間も多くなり、以後も友誼を深めていったのだ。
自分に無いものを身近に持ってる人が居ると、許せなかったり。
でも、そんな相手が時分よりも度量の広い所を見せたりすると、今度は自分が惨めになったり。
まあ、こんな感じで、残り二人もそのうち着ていこうかなと。




