26.大嫌いな親友アドルフ① ~ 倫理観・道徳心と反目 ~
ちょっとだけシリアスなお話しになりそうです。
それは、『queen of night』が終わった翌週月曜日の学園での会話だった。
朝の挨拶が終わり、教授が教室へやって来るまでの間に、僕たちは軽い会話を交わしていた。
「ところで、クララはどうして『queen of night』を休んだんだい?」
二日ぶりに会ったクララに理由を聞いてみた。
「ああ、そのことですか、私ちょっとお身体が弱くって・・・。
あのような大勢人が集まって、踊るような賑やか場はちょっと・・・。
ふぅ。」
アーデルよりも濃い青色をした髪と瞳のクララは、美しく整った顔を少し俯き加減で溜息をついた。
「そっか、身体が弱いんじゃ仕方ないよね。
無理せず休んだ方が良いと僕も思うよ。」
隣でアドルフが何やらツッコミを入れたい衝動を抑えて、クララから鋭い眼光で一瞬睨まれた気がするけど、気のせいだよね?
エリカに至っては、ヤレヤレとでも言いたげに両手の平を上へ向けているけど、どうしたんだろう。
「フフ。アーデルさんは優しいですね。
身体が弱いと言っても、私とアーデルさんとの間には丈夫な子を産みますから、その点はご心配なさらないでくださいな。」
スゥーっと柔らかくて小さな掌を僕の手に重ねて、悪戯っぽく笑うクララに、ドキっとしながらも、僕は口をパクパクさせるしか出来なかった。
「・・・・。
な、なんて返事したら良いか・・・。
分かんないんですけど・・・。」
「ウフフ。
ここは素直に喜んでは如何でしょうか?」
ニッコリと眩しいほどの笑顔で、困った僕の反応を見て楽しんでるクララは、姿はともかくどこか性格がソフィーと似ているかもしれないなと思いながら、僕は天上を見上げるしかできなかった。
◇
ちなみに、僕がアドルフやエリカ、クララと親しくなったのは、高等部へ上がってからだった。
高等部一学年。
中等部からの持ち上がりで、周囲にはそれなりに親しい友達も居たけれども、ちょうどこのタイミングで、僕が日ごろ仲良くしていた一番の気が合う親友たちが卒業を機に実家の領地へ帰ってしまった。
彼らは、とても気の良いヤツらだったんだけど、父親から中等部で学び終わったら、家業を優先しろと言われて、一人で王都へ来て、学園寮に入っていた連中だったので、彼らが去ってしまい、思いがけず僕は高等部では一人で居ることが多くなってしまった。
そんな僕を見て、時々クラスの女子から昼食やお茶会へ誘われるけど、中等部の頃ならともかく、流石に高等部へ進んでからは、男女として意識してしまい、恥ずかしさもあったので誘われても行きずらくて丁重にお断りしていた。
アドルフと出会ったのはそんな時だった。
いや、正確には彼と出会ったのはもっと前だけど、僕と同じ授業を受けながら、気軽に話しかけてくるようになったのが、高等部へ進んでからだった。
出会ったばかりの頃のアドルフは、出鱈目な奴で、同性の男として情けなくさえ思えた。
だから、僕はそんなアドルフを見下していたんだ。
なにせ、奴は取っ変え引っ変え隣に居る女性を変えていたのだ。
身体と見た目ばかりが立派で、中身はカラッポの軽薄で、不誠実な男の見本だった。
聖典に記されている『汝。姦淫の罪を犯すこと無かれ。』『情欲を抱いて婦女子を見つめること無かれ。』を完全に守るつもりが無い。
不品行の塊であり、僕とは対極の存在だと思えた。
だから、彼から声を掛けられても、決して返事をしようともしなかったし、無視していた。
「まったく、気の強ぇーお姫さんだな!」
その上コレだっ!!
いくら、僕の見た目が漢らしく無いからと言って、そこまで酷く言うことは絶対に許せないっ!!
あーーーーー思い出しただけでも悔しいな。
クソ!
とにかく、こんな男にだけは絶対になりたくは無いって、反面教師みたいな存在。
それが、アドルフという男に抱いていた僕の最悪の印象だった。
◇
最初はとにかく反発した。
アドルフが右だと言うなら、僕は左を迷わず選び、彼が黒と言うなら、僕は白と言う。
とにかく、存在自体が嫌いだったので、奴の全てを認めたくなかったのだ。
そんなある日、ふと奴が
「なあ、どうしてそんなに俺のことを毛嫌いするんだ?
俺が、お前のことを『お姫さん』なんてからかって言うのが、そんなに許せないのか?
それなら、謝るよ。
この通りだ、許してくれ。」
と、当時から僕よりも高い身長を見事90度に曲げて頭を下げて来たのだ。
「・・・え、いや、そんな風に急に言われても・・・。」
正直戸惑いしか無かった。
しかも、一対一での二人きりでのタイミングでは無く、クラスメイトが奇異の目で見つめる公衆の面前で堂々と謝って見せたのだ。
一瞬僕の中で奴を見る評価を上方修正しようかと迷ったが、この程度じゃ駄目だ。
「分かったよ。
その件に関しては君の謝罪を受け入れるよ。」
アドルフは嬉しそうにスックと背筋を伸ばすと、嬉しそうに片手を差し出して来た。
「そうか、なら、これからは仲良く頼むぜ・・・・?」
「いや、それとコレとは別だ。」
「え?」
変に注目されて居心地が悪くなってしまった僕は、足早にその場から逃げ出してしまった。
クソ、なんで僕の方が逃げなきゃいけないんだよ!!
ちょっと、かなり、腹立たしかったけど。
それから、何度かアドルフから声を掛けられたり、食事を共にしないかと誘われたけど、常に別の女性を侍らせている奴に、どうして僕が同行しなきゃいけないんだ。
そんなことを考えていたら、珍しくアドルフが一人で僕の所へやって来た。
しかも、不意に核心的なところを突いて来たのだ。
「なあ、もしかしてお前、俺が女連れだから怒ってるのか?」
一瞬ドキっとした。
内心を見透かされた気がしたからだ。
「そうだよっ!!」
アドルフは、目を見開き、一瞬怪訝そうな表情をした。
それから、唐突に変なことを言い出した。
「・・・っ!?
まさかお前っ・・・・。
そうか、そうだったのか・・・・。」
僕の顔をまじまじと見つめ、全てを悟ったような目を向けた。
一体なんだというのだろうか。
「?」
僕にはコイツが何を考えているのかちっとも分からない。
「お前っ!
俺のことが好きだったのかっ!!」
ズルっとズッコケそうになる僕。
ガバっと抱きしめようとするアドルフ。
ちょっと待て、まさかコイツ両刀使いじゃあるまいな!?
「違っーーーーーーーーーーーうっ!!
どーしてソッチになるんだっ!!」
必死で僕は止めた。
なんか、貞操の危機的なものを感じたからだ。
「だって、お前、俺にヤキモチを焼いてるんだろ?」
マジメな顔で冗談を言うだなんて、随分器用な真似をしてくれるじゃないか。
断じていうが、僕にソノ気は無い。
無いったら、無い。
「違う!!
思い違いにも程があるだろうがっ!!」
激高する僕に、アドルフは心の底から不思議なモノでも見るかのような眼差しを向けて来る。
「じゃあ何だよ?」
もういいだろう。
我慢もここまでだ。
ここで、思い切って僕は腹の底から罵りたい気持ちを全部吐き出してしまうことにした。
「それなら言ってやる。
どうして、お前は毎回違う女を連れているんだ?
一体宗教学での道徳教育を何だと思っているんだ!!
ふしだらで、姦淫の罪に塗れているじゃないか!!
そんなお前からはちっとも誠実さが伝わって来ない。
僕は、お前みたいな不誠実な男が大っ嫌いなんだ!!
しかも、僕がこんな見た目で、やれ中性的だの、やれ女の子みたいだの言われている苦労をお前は知らないだろう!!
それだけ恵まれた体躯をしていて、身長だってっ!!
それだというのに、お前は自分の男らしさを武器にして、女の人と遊んでいるんだっ!!
それが、僕には堪らなく嫌なんだっ!!」
「フゥ・・・・。
なぁーんだ、そんなくっだらない理由で、俺は避けられていたのか・・・。」
心底軽蔑したとでも言いたげな表情で、冷めたように言い捨てられた。
「くだらないだとっ!!
お前っ!
お前っ!!
・・・・。
僕が一体どんな思いをしてると思ってるんだっ!!」
僕が心の奥底から、怒りを抱いていた感情を「くだらない」の一言で、言い捨てられていいはずが無い。
コイツは恵まれた身体付きと貴公子然とした実に男らしい顔をしていて、黙っていてもカッコイイ。
対して、僕はどんなに努力したって、コイツみたいにはなれない。
そんな生まれつきの不遇さを、「くだらない」なんて一言で片づけられることすら許せない。
「フ、ハハハ、ハハハハハハハっ!!
アーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッーーーーーー!!
マジでくだんね。」
心の底から可笑しいとでも言いたげに、高々と笑ったかと思ったら、更に蔑んだ瞳で、更に言われてしまった。
「え?」
咄嗟のことに、僕は返答すら出来ずに、何故笑われたのか、何に対して「くだらない」と言われたのか、どうしてこの男は、僕に近づいてきて、これ程までに心をかき乱すのか、グルグル頭の中で疑問と怒りと、勝ち負けに関係無く、殴り付けたい衝動で目の前が真っ暗になりそうになった。
そんなところへ、妙に冷めた口調で、アドルフが僕に告げた言葉は、理解はおろか、予想外の言葉だった。
「分かった。
俺もそんなウジウジしたお前なんか大っ嫌いだ。
明日からは声も掛けないから、せいぜい好きにしろや。」
最初から僕は、お前が大っ嫌いだった。
慣れ慣れしく口をきいて来るところも、図々しい性格も、整った顔も、男性らしさに溢れた逆三角形の鍛え上げられた身体つきも、何もかも、全部大っ嫌いだった。
それなのに、何故突然、僕の方が見下されて、こんな暴言を言われなければならないと言うのだ!!
「なんで、お前が偉そうに言うんだよっ!!」
怒りに任せて、いっそこの言葉で、すました顔のアドルフへ槍と化して刺さってしまえば良いのにと思いながら投げつけたが
「残念だよ。
もっとマシな関係築けるかと期待した俺が馬鹿だった。
じゃあな。」
それだけ告げると、少し寂しそうな表情を浮かべてアドルフは去ってしまった。
「一体・・・
なんだって言うんだよ・・・。」
傷付いたのは、僕の方じゃないか。
まるで、巨大な風車に向かって、愚かにも馬にまたがって突撃をした狂騎士物語みたいじゃないか。
それからしばらくの間、時々学園で見かけたアドルフは本当に僕に一言も声を掛けなくなった。
いっそ清々したと思ったが、最後に彼が言った「くだらない」と言う言葉が、何度も繰り返し胸を抉り、不快感と苦々しさを蘇らせた。
それはまるで、心に深く毒矢を射こまれたようだ。
どうして、あんなに嫌な奴に言われた言葉如きが、これほど僕の心をかき乱すと言うのだろうか。
男の友情ってヤツですかねぇー(-∀-)
とりあえず、全三回(三日分)に分けて投稿予定です。




