12.とある少女のつぶやき
とある製粉工房勤めの少女から
私の名は、ジニー。
歳は16才で元々は貧しい農家の次女だったこともあり、13才で王都へ奉公に出された。
始めの頃は父母から離れて暮らすことや兄弟と会えなくなったこと、近所のお友達とも、もう二度と会うことも無いのかもしれないと不安になり、毎晩涙で枕を濡らしていたものだわ。
でも、これからはもうあまり泣かなくて済みそう。
今は王都にあるお菓子工房で働いているの。
ここでのお仕事はとっても遣り甲斐があって、毎日が充実しているって感じているわ。
きっかけは、『ロングラン商会』という中規模な製粉と販売を扱っていた私の奉公先が、とある貴族令嬢様の気まぐれで買収されてしまったことだったわ。
会頭のペーターさん(46才)は、そりゃー最初の頃はがっかりされて、ずんぐりむっくり体系に薄くなった頭頂部分が、更に淋しくなったって言って歯噛みしていたものだったわ。
「ロングラン商会はなぁ・・・ その名前の通り、ずっと細くても良い品を、長く、長ーく、王都の皆様に愛されて、品質の良い麦粉を提供し続けて来た、創業120年続いている老舗なんだぞ・・・。
それを・・・、オレの・・・オレの代でお貴族様とは言え、他人様に譲り渡すことになるなんて・・・。
オレは親父や爺さん、曾爺さんたちに顔向け出来ねぇっ・・・。」
なんて、ショボーンとした顔でブツブツ呟きながら、太めの縄を見つめていた時には、真面目にペーター元会頭が変な考えを起こさないようにと、しばらくみんなで見張っていたっけ・・・。
ちなみに『ロングラン商会』は、ペーター元会頭で四代続いていたという中堅商会で、私が勤めていた製粉事業と卸販売までが主な事業で、他にも製粉や卸へ運ぶための荷馬車を何台か所有している中規模の商会なの。
長男のペーター(46歳)が会頭。
次男のジー(43歳)が製粉事業。
三男ギー(38歳)が卸販売。
四男ゴル(36歳)が荷馬車担当
とそれぞれが小さな商店を経営しているみたいな形で、典型的な同族経営商会ね。
従業員数は全部で300人程。
一番多いのが製粉工場。
その次が卸販売。
荷馬車は空きがあれば、付き合いのある小さな商会や個人商店などで、荷馬車が足りない時や運んで欲しい荷物の依頼があった時に乗せてあげることもある。
それでも経営はカツカツで、もっと粗利益が出るように他の商会みたく、粗悪品を混ぜるとか、品質を落とすとかすれば良かったんだけど・・・。
何故かこの四兄弟には強い拘りがあるらしく、「死んだ親父からの遺言だ! 良い物をより安く!」と唱え続けた結果、とうとう赤字で身動き取れなくなったところを買収されてしまった訳で・・・。
ご愁傷様。
でも、私たち従業員にしてみれば、買収後から忙しくはなったものの、お給料は増えて、待遇も改善されてと、良いことずくめなの!!
普通なら、買収されて解雇になるか、もっと労働環境の悪い職場になってしまい、辞める人が続出するのだけれども、お貴族様ともなると、私たちみたいな庶民とは発想が違うのかしら?
「いらっしゃーい! いらっしゃーい!
拘りの上質吟醸大麦をふんだんに使ったダイジェスティブビスケット!
一口食べれば、これまでのビスケットなんて食べれなくなっちゃうよーーーっ!!」
元気に店頭へ出て呼び込みをしているのは、ペーター元会頭なのよ!?
あれほど落ち込んでいた彼も、今ではすっかり朗らかに笑う様になって、以前なら店の奥で陰鬱に金勘定ばかりしては溜息をついていたというのに、今ではすっかり勤労意欲に燃えているのだから信じられないわ。
「兄さん、製粉が終わった粉を運んで来たよ!
店の倉庫へ入れておくから、支店へ運ぶ分の菓子折りを荷馬車へ移しとくからね!」
四男のゴルも、以前なら荷馬車へ詰む荷が少ないとこぼしていたのに、毎日山盛りの荷物になったら笑顔で倉庫へ向かって行くのよ。
次から次へと新商品を考案、発売しては、ヒット商品を重ねて行く手法で、今では『プロネシス商会』と改名した商会も、更なる買収で従業員が倍に増えて600人強になってしまったのだから、私には想像もつかない世界だわ・・・。
しかも、呆れたことに、これだけヒット商品を大量生産して儲けを出し続けているというのに、尚も新製品の開発に余念が無いのだから、一体この商会は将来どんな風に変貌を遂げてしまうのかしら。
でも、この商会に居れば、きっともっともっと明るい未来が待っているような気がして、私は今日も元気に働いています。
◇
「お嬢様。
こちらが『プロネシス商会』にて、初期から働いている16歳少女からの聞き取り調査の結果です。」
陶器で造られたようなキメ細やかな肌をした白髪に朱色の瞳をしたメイドがソフィーにファイルを渡した。
「ありがとう。
本当に勤労意欲が旺盛になっているようでなによりだわ。
ペーター元会頭も配置転換に不満は無さそうね?」
「ハイ。むしろ今まで向いていない仕事を続けていたせいで、ストレスが溜っていたものと思われます。直近では、彼の頭頂部が若干ではありますが回復しつつあるとの報告もございます。」
一度失われてしまった髪は永遠に再生しないのであろうか?
その答えは不明だが、少なくともペーター元会頭にとっては、ストレスからの解放は長い友=毛髪を再生させるのに一役を買ってくれたようだ。
「まあ、良かったこと。」
「他の従業員も、同様に配置転換により適材適所を図った結果、作業効率や売り上げ貢献に寄与しております。
お嬢様の組織改革が成功したと言えるでしょう。
おめでとうございます。」
表情からは全くと言って良いほど感情が読み取れないが、口元は確かに口角が若干上に向いていた。
「ありがとう。ミラ。
ところで吸収させた『ジャマルダー商会』の元従業員たちはどうかしら?
その後何か不審な動きなどを見せてはなくて?」
「その件については、こちらの資料をご覧ください。」
封筒に包まれた分厚い報告書を差し出してきた。
「まあ、目を通すのに一苦労しそうだわ。」
「一言で申し上げるならば。
特に問題はございません。」
「そう? なら良いわ。
ご苦労様、下がって頂戴。」
「畏まりました。」
優雅に一礼するとメイドは退室した。
「これまでのラインナップからすると、そろそろアレに手を加えても良いかもしれないわね・・・。」
ソフィーは机の上に並べられた書類の一つに素早く目を通すと、幾つかの指示書にサインした。
◇
それから数日後。
「いらっしゃいませーっ!
『プロネシス商会』今度の新商品は、スタンド販売形式だよぉーーーっ!!」
「出来立て、熱々! その場で揚げて、その場で食べれるっ!!
伝統料理に革命が起きたよぉーーーっ!!」
従来の店舗の空いた敷地に小さな屋根の付いたスタンド小屋が建てられていた。
広さは左程無く、せいぜい一坪分くらいしかないそのスタンドには、厨房兼売り子担当の若い男性店員二名と売り子に専念する女性店員一名が作業していた。
その手前でペーター元会頭が陽気に叫びながら宣伝をしている簡易スタンド式の小さな店舗には『出来立て熱々! 美味しいフィッシュ&チップス!!』と掲げられていた。
メニューは、伝統的なフィッシュ・アンド・チップスとポテトフライ。ソーセージや野菜、海老などを揚げたフライ専門店を立ち上げてしまったのだ。
王都にある『プロネシス商会』本店に実験的に始めた第一号店には、早くも匂いに誘われたのか人々が集まりだした。
「まったく、貴族令嬢様は次から次へと『製粉』から他の商品へと繋げるのが上手だわ。
このお店も成功するかも・・・。」
売り子として選ばれたジニーというおさげでブラウンの髪と瞳を持つ可愛らしい少女は、客へ包み紙に品物を入れて手渡しながら胸中舌を巻きながらつぶやいた。
一般庶民目線という感じで書いてみたくて書きました。




