95.ソフィーとアドルフ
エリカとクララが口論をしていた同時刻に、学園内のとある一室では、ソフィーが白髪頭のメイドと共に、一人の男子学生を訪ねていた。
「今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます。」
「君から俺へ連絡を取ってくれるなんて、珍しいこともあるものだな。」
アドルフとテーブルを挟んで向かい合うようにして、ソフィーが座っていた。
白髪メイドはソフィーのすぐ後ろに控えて影の様に立っている。
「あまりお時間も無いようですから、単刀直入に申しますわ。
アドルフ様。王位継承権第一位の座へお着きくださいませ。」
口元へ紅茶の満たされたカップを近づけていたアドルフは、突然のソフィーの言葉に口内へ含んでいた紅茶を『ブーッ』っと横向きに盛大に吹き出してしまった。
「ゲゴゲホゲホっ!!」
「あら? どうしましたの?」
心底心配するように、ソフィーがハンカチを片手に差し出しながら、アドルフを気遣う。
「・・・・ちょっ!
お前なぁ・・・・ ハァー。」
ようやく咽終わったアドルフが、端正な顔を少しだけ歪めながらソフーを睨みつける。
「まあ、怖いお顔ですこと。」
それを気にした風もなく、柳に風とばかりに受け流す。
「一体どこまで知っているんだ?
そもそも、俺には無理な話だって分かっていて言っているのか?」
更にムっとしたように、キツイ眼光を放ちながらソフィーの瞳の奥を探るかのように睨み続ける。
「知っております。
貴方が、本来であれば第一王子であることも。
しかし、アドルフ様のお母さまが子爵家の出身のため、平民扱いをされてしまい、弟や妹たちよりも、王位継承権が低くされておられることも。」
「・・・・なっ!?」
先程までの強気な姿勢が嘘のように、逆に狼狽えたように視線を外してしまう。
「これまでのアドルフ様の言動も、失礼ながら分析させていただいておりましたわ。
アーデルお兄様に近づいたのも、少なくとも二つの目的がおありだと思われましたもの。
一つ目は、アーデルお兄様の親友として、将来側近くに仕えることにより、安定した収入が得られる職に就けるように。
二つ目は、あわよくば私との婚姻を結ぶことによって、伯爵家の一員となること。
どちらも、我がツバイシュタイン伯爵家であれば、王家からとは言え、護られることも確実でしょうし、貴族としての身分をお捨てになられたとしても、生活は保障されますわ。
アーデルお兄様の親友というご身分であれば、どちらも可能でしょう。」
まるで、その心の内を見透かしているかのようにスラスラと告げるソフィーの顔を直視することが出来ずに、アドルフはただ眼を見開いていた。
「しかし、本当にそれだけでよろしいのでしょうか?」
ソフィーがわざとアドルフの正面に立ち、その瞳を覗き込む。
「・・・・一体何を?」
首を傾げるアドルフに向って、ソフィーはまるで教師が出来の悪い教え子に諭すかのように、優しく、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「貴方と私は似ているのだと思っておりました。
私の母もまた、男爵家の生れだったものですから、侯爵家で私を生んではくれましたが、卑しい身分の女が生んだ子どもだからという理由で、蔑まれたこともありましたわ。
最初は、何故そのようにされるのか、さっぱり分からなくって、お姉様と仲良くしようとしたけど・・・・。
当時は私も、お姉様も幼すぎて、無理でしたわ。
でも、アーデルお兄様のやさしさに触れてから、私が生涯を共に過ごしたいと心から思えるお方は、ただお一人、アーデルハイド様だけなのだと、幼心に固く決意しましたの。
そのお兄様と私との関係を邪魔する人たちには、それ相応の報いを受けていただかなければ気が済みませんけれども、アドルフ様が皇太子となられて、次代の王となられるのであれば、我がツバイシュタイン伯爵家にとっても、私にとっても、護ってもらいやすい王となられるでしょうから、双方にとってベストな結果になるでしょうから。」
「フ、ハハハハハハハハハハハハハハハハっ!!
面白い。そんな理由のために、俺に次代の王になれと勧めるのか?
一国の命運を、この俺に託す理由が、好いた男と結ばれるためだと?
これほど愉快な理由もそうは無いだろう。」
ソフィーの言葉を聞き終えたアドルフは豪快に笑うと、席を立ち去ろうとした。
「お待ちください。
未だお返事はいただいておりません。」
「返事だと?
先に伝えたはずだ。
無理だ、と。」
ドアのノブを掴んで、扉を開けようとしたアドルフの背中へ向けて
「せっかく第一、第二王子と第一王女を失脚させられるだけのカードが私の手中にあると知っても、去ろうと言われるのですか?」
「なん・・・・だと!?」
今度こそ、アドルフは顔色を変えて振り返った。
「私の手の内には、すでにお二人の王子と第一王女を失脚させられるだけのカードが揃っておりますのよ。」
澄まし顔でソフィーがもう一度席へ戻るようにとアドルフへ向かって手で促す。
「それは一体どんなカードだと言うのだ?」
ドカっとソファーへ深く腰を下ろすと、食いついてきた。
「以前、アドルフ様が深手を負われた時の実行犯でございますわ。」
「なんだって!?
・・・・まさか・・・・。」
「嘘ではございませんわ。
流石は王国随一の暗殺者集団。
王家直属暗部『道化者』だけはありましたわ。
取り押さえるのに大分苦労しましたけど、偽情報を流して、アドルフ様が王都にある私個人所有の商会本店で隠れていると誘導したら、襲撃してくれましたの。
伯爵家付きの護衛隊とメイド隊に私の私兵まで総動員して、ようやっと捕まえましたわ。
4名中二名は自害してしまいましたけど、残り二人は自害を阻止して、身柄を抑えてありますわ。
王家直属暗部には、特徴的な装束と独特な暗器を用いることから、言い逃れは出来ませんもの。
この部隊を二人の王子と第一王女が、王に無断で動かした事だけでも、十分に大問題ですわ。
その上、伯爵家の人間が所有する商会へ襲撃を掛けたのですから、王族といえども責任問題が問われます。」
呆れたようにソフィーの顔をまじまじと見つめ返すが、一言だけ疑問が零れた。
「・・・・それは御大層な証拠だが・・・・それだけでは、王子と王女を失脚させるには弱すぎるんじゃないか?」
当然と言えば、当然だろう。
仮に襲撃者が、二人の王子と第一王女の命令で動いたと自白したとしても、他の誰かが王子と王女を失脚目的で貶めるために自白したと言われれば、追及は難しいだろう。
「あら? それ程でもございませんわ。
私、こう見えましても交友関係が広くなりましたのよ?
親衛隊会長という、王国内でも大きな勢力のトップになりましてから、様々な方面から情報やら、証言が得られますのよ?」
「!?」
そうなのだ、ソフィーは現在『アーデルハイド親衛隊』の二代目会長であり、貴族が集まる学園内でも大きな影響力を持っている。
日頃から積極的に女学生を集めてはお茶会やらイベントを開いていれば、自然と様々な情報を入手しても不思議ではない。
失念していた事実を告げられて茫然とするアドルフへ向けて、ソフィーは更なる爆弾発言をしてくれた。
「アドルフ様。
皇太子就任をお受けくださるのであれば、私が所有している会長の座を、貴方へお譲り致しますわ。
『アーデルハイド親衛隊』会長の座を。
またの名を『ザルツブルグ連盟』盟主の座ですわね。
これで、アドルフ様は他の王族よりも抜きんでた力を手中に収めることができますわ。
現在の王国では、王族の威光もそれなりにはありますけど、貴族を束ねて中央集権化には、まだまだ道のりが遠いことでしょう。
しかし、次代を担う貴族の子弟たちが所属している『ザルツブルグ連盟』の会長という座は、確かにお遊びから始まったものとはいえ、今や王国内でも無視できるものではありません。
事実、私の異母姉であるエリカでさえ、私から奪おうとするくらいでしたから。
でも、この盟約をアドルフ様が代表となられれば、すべてが丸く納まると思いますわ。
ついでに、私の異母姉であるエリカも、妻としてお迎えになれば良いでしょうね。」
「・・・・なっ!?
エ、エリカも!?」
ずっと会話の主導権を年下のソフィーに取られっぱなしだったアドルフだが、エリカの名が出ると、目を白黒させるばかりで、キョドってしまっている。
「ええ、エリカはアドルフ様が好きです。
でも、これまでのアドルフ様では、失礼ながら、相応しくはありませんでしたもの。
王位継承権に背を向けて、アーデルお兄様や私の庇護を求めるようなお方では、不満だったのですわ。
でも、皇太子となられれば、エリカも大義名分が得られますから。
侯爵家の正妻から産まれた長女の立場として、王族との結婚であれば、不満は無いでしょう。
ましてや、次期王となられるお方であれば、家柄で求婚しているだけのアーデルお兄様とのことなんて、あっさりと諦めて、アドルフ様との婚姻を喜んで選ぶことでしょう。
よーくお考えくださいませ。」
そう告げると、一礼してソフィーは白髪メイドを連れて部屋を後にした。




