第32話 「闇の軍勢 対 光の軍勢」その1~Story of HIKARIチーム(後編)~
助産婦の手を握りながら額に汗を滲ませ痛みに耐えるロイドの妻。
「ヒーヒーフー、ヒーヒーフー」と、側に居たルナが呼吸法を妻に教える。
ルナは思った、自分に何ができるかを。だが、あまりに非力だった。
昔から気の強い所があり、もし、リュウセイ達が言っていた力が自分にも備わっていれば、共に戦っているはずだ。
しかし、今の自分はただの人間。
出来ることがあるとすれば、ロイドの妻が無事に子供を出産する為に力になる事だけだった。
男子禁制と書かれ閉ざされた食堂の大きなテーブルの上で、ロイドの妻は痛みに耐えていた。
その扉の外で、身を寄せ合い体を震わせる男達。寒さでは無く、恐怖による物が大きい。
「おい、始まったぞッ!!」
天井付近の小窓から外の様子を覗き込む少年達が、叫んだ。
木の箱を積み、その上で三人連結の肩車をした状態で、床に座り込む者達にそう伝えた。
壁にもたれる老人の足許で幼い男の子が不安げな表情を投げかける。
「大丈夫じゃ。大丈夫じゃ……信じていれば、必ず奇跡は起こる」
「うん」
「信じるんじゃ」
「信じたって神が救ってくれる訳じゃないよ。あの人達が教えてくれた。大切な人を守りたいなら戦えと。だから、俺達もこんな所で身を潜めている場合じゃない」
十七歳のフェインは、年齢制限で志願兵となれなかった事を今でも悔やんでいた。
農民の出で、土で汚れたローブを纏い、ブラウンの髪は元からの色なのか、土埃などで汚れているのかは分からない。
フェインに、同じ歳のカルニアと呼ぶ女が返答した。綺麗な琥珀色のドレスを着た貴族の娘だ。
「あの人達の思いを無駄にしないで。そうやって、仲間を募って戦って、死んで……。何の為に命を賭けて戦っていると思っているの?」
「でも……。何もせずにじっとなんかしていられないじゃないかッ」
そこへ、一つ歳下の別の貴族の息子であるセレシスが現れ、フェインの肩を掴んだ。
「おい。気持ちは分かるがその辺にしておけ」
「何で!?」
すると、セレシスは、フェインの耳元で囁いた。
「カルニアの父上も、法典を記す筆を剣に持ち替え戦っている。私の父も、ここに居る皆の親兄弟も同じだ。心が張り裂けそうな程に不安なのは皆も同じ」
「分かってる……分かってるけど……」
フェインは、自分の信念が正しいのか間違っているのか。とにかく、歯がゆい思いで拳を強く握り黙り込んだ。
次々と不死鳥の結界を突破してくるダークスパイデス。
だが、結界が津波のように押し寄せる軍勢を防いでいるのも事実。闇の軍勢の中には、様々な形態の敵がいて、騎士の様な敵から、獣やクリーチゃーに近い物までいる。それぞれがどんな動きをし、どんな攻撃を出して来るかは全く解らない。そんな敵の動きが鈍足になっている今の間に、攻撃を繰り出す事が得策だった。
ジワジワとアウルとリュウジが構える場所まで前進してくる。
リュウジは、隣にいるアウルに訊ねた。
「なぁ、マリカが言っていた通りだと、光の力が無ければアイツ等を倒す事は出来ないんだよな?」
「試してみるか?」
そう言うと、アウルは遠くに見える一番先頭のダークスパイデスに掌を向け、もう片方の手を手首に添えた。
「カルナソーティア!!」
アウルがそう叫ぶと、掌から疾風と共に刃が飛び出した。耳元のリングピアスが揺れる。
「今の何だよ!?」
「空気を高質化させ剣として飛ばした。微量でも効果があれば刺さるのと同時に爆発するはずだ。敵に実体があるか無いかを調べる時の初級魔法の一つだ」
「爆発すれば、肉弾戦にも持ち込めるって訳だな」
「あぁ、もしダメなら、この閃光弾しか手は無い」
刃の行方を目で追い、固唾を呑む二人。
先頭のダークスパイデスが爆散した。
「よし、行ける」
「あぁ、だが、ロックスパイデスに寄生しているが故に実体があるのかもしれない。結界の外にいる影の兵士達に通用するかは分からん」
「だけど、結界内の敵なら大小関わらず効果はあるんだ。それで十分だぜ!!」
そう言うと、リュウジは平原を駆け抜け、ダークスパイデスの群れに飛び込んでいった。
「うぉぉぉぉぉおおおおッ!!」
気合と共に、リュウジのバトルスーツが膨れ上がった。
同時に金色のオーラが身を包む。
「喰らいやがれッ!!」
疾風の如き拳がダークスパイデスの頭部を粉砕し、残った胴体が吹き飛ばされ結界の内側で焼き消えた。
ドーム型の結界の外側では、檻から開放されるロックスパイデスに次々と闇の騎士が身を重ね侵食を続けている。
ダークスパイデスの六本の豪腕を余裕の表情でかわすと、リュウジは大きく脚を掲げた。
バトルジーンズが引き締まり、パワーを増徴させる。それをリュウジの闘気が更に加速させた。
そして一気に振り下ろす。
「ふんッ!!」
渾身の踵落としがダークスパイデスの顔を地面に叩きつけ黒い液が飛び散った。
胴体など、大きく凹んだ大地に隠れ、目にする事は出来ない。
「クセェ液体撒き散らすんじゃねぇよ糞が」
目の前の敵を倒すリュウジの目を盗み、四十五体のダークスパイデスがバーンニクス城に向かって疾走した。直ぐに気付いたリュウジ。
「ッ!? この野郎共ぉ」
脇の下で引き締めた拳に金色の光が渦を巻いて集束する。その一撃が四十五体おも蹴散らすであろう事に気付いた群れが一気に散った。
蜘蛛の子を散らすとはこの事か? いや、例えそうであっても、目の前の敵を一掃しなくてはならない、一匹でも逃して城に入れてしまえば取り返しの付かないことになる。
琴峰……。
兵士達は、悲壮感と正義感とが綯い交ぜになりながらも震える剣を身構えた。
リュウジは、一番固まりが多かった群れをエネルギーの塊で掻き消すと、ブレスレットを碧く輝かせ、スフィアガンを召喚した。
後部にある小型モニターが散らばる敵をロックオンする。レンジを摘み、出力を五十%にし、トリガーを引き込んだ。
衝撃を肩で吸収しながら、銃口から飛び出る光の光線を確認すると、直ぐに後ろを振り返り結界を潜ろうとしているダークスパイデスを前蹴りで押し返した。
スフィアガンの効果を最大限に信用している訳ではない、二次攻撃に備えているアウルを確認し、後を任せたのだ。その為のチームワークでもある。
光の光線は二百メートル程進むと、無数の光の玉へと拡散し、逃げる敵を次々と破壊していった。一匹も逃す事は無かった。
結界の境界に立っているダークスパイデスの腹部をリュウジの拳が貫いた。
黒く染まる大きな蜘蛛の顔から唾液に似た透明の液体が悲痛な叫びと共に垂れ流れる。
突き出た拳は、結界の外へ……。その手に握られたメカニックボール=閃光弾。
悪戯顔のリュウジがニヤ付く。
「逃げてみろよ」
メカニックボールのレンズに写る模様が次々と減り、カウントダウンを告げる。勿論、彼らにはそれが核兵器並みの恐ろしさを秘めた物だとは知る由も無い。
次の瞬間、体内にまで届く振動と共に、鼓膜を劈く様な甲高いビーム音が発生した。そして凄まじい閃光が辺りを包んだ。
一瞬にして、結界の周りにいた闇の軍勢が消し飛ぶ。
眩しいのはリュウジも一緒だった。
必死に腕で顔を隠す。
「ウソだろ、眩しいってレベルじゃねぇぞ。目が殺られるッ!! サングラス持ってねぇし!!」
閃光の範囲は約直径五百メートルにも及んだ。その範囲内の数千匹の敵が瞬時にして掻き消されたのだ。
そして、閃光の残留時間は約六十秒。
その眩しさはバーンニクス城から少し離れたアウル達の元へも届いていた。辛うじて閃光範囲には届いていなかったが、照りつける太陽を直視した時の様な、目を覆いたくなる程の眩しさを感じた。
これが、光の軍勢にとっての切り札なのだ。だが、数は限られている。
光が治まり、視界が少しずつ鮮明になったアウルは、遠くの異変に気付いた。不死鳥が展開した結界は、バーンニクス城を中心に直径一キロの範囲で、東のイベルア湖の対岸にある火の社へのアーチまで延びている。
そこへの結界に、今まさにダークスパイデスが侵入を始めようとしていたのだ。
結界を突破し、アーチに施されている結界をも突破されてしまえば、不死鳥の命が危険に曝されてしまう。
アウルは、全速力でアーチに向かおうとしたが、間に合わない可能性の方が高かった。
「リュウジィィィィッ!!」
アウルの叫びに気付いたリュウジは、遠くに見えるダークスパイデスの奇襲を確認すると、再びブレスレットを輝かせた。
「アウルッ!! 俺に任せろッ」
リュウジが召喚した道具。
それは、新しいバトルグローブだった。普段の黒いグローブとは違い、赤く、もっとメカニックな仕様になっている。手首側の縁には、バトルスーツにもある残エネルギーのメーターが表示されていて、何かの力を放出する調整レンジが付いている。
「エネルギーの無駄遣いはできねぇんだ。十%で行かせて貰うぜ」とグローブのレンジを捻ると、遠くの敵に掌を向けた。
エネルギーの塊を放出するのか?
だが、アーチの結界まであと一歩の所まで来ていたダークスパイデスを仕留めるにはスピードが足りないだろう。
リュウジは、気合を込めながら赤いグローブを付けた右手を全力で握った。
その途端に、アーチの前で爆発が起こった。
爆煙を上げ、大地を抉り、ダークスパイデス諸共塵に変えたのだ。
「あっぶねぇ、もう少しでアーチごと消しちまう所だったぜ」
白い煙を上げる赤いグローブを見つめるリュウジに、駆け寄るアウル。
「何をしたんだ?」
「俺にも魔法は使えるんだぜ。これは自分の視界内なら、何処にでも瞬時に爆発を起こせるんだ。飛び道具じゃなく、不意に現れる。まるで死神みたいな技さ」
アウルが関心したのも束の間、結界の外から謎の金属製の大きな箱が境界を突破した。
素早く身構えた二人。
「何が起こんだよ」
「わからない」とアウルが答える。
箱の大きさは、縦横に二メートル程の立方体だ。
すると、箱の一面が開いた。中は空洞だ。
「結界を突破する箱ってか? 一体何の為に?」
身構えるアウルにリュウジが答えた。
「向こう側も開いてトンネルにする気だろうよ」
「そんな事になったら……」
「決壊したダムと同じになる。いや、それ以上だ」
「だむ?」
「まぁ、何でも良いさ。だけど、何とかして塞がないと俺達でも抑えきれねぇ、特に寄生する前の奴等には」
罰が悪そうな顔をするリュウジに只ならぬ物を感じ取ったアウル。
「どうしたんだ?」
「さっきさ。閃光弾を使う時。ただボールを持っていただけじゃない。指先から指弾を飛ばして効き目があるか確認したんだが……。通り抜けたよ。奴等を」
「やっぱり実体がないのか」
「あぁ」
アウルは、二本の指を口許に当てながら呪文を唱え始めた。
そして、一気に地面を拳で付きこむ。
「グウェン・ダイナソー!!」
指先より発せられた魔力が、地中を激走し、土のマナを吸い上げる。
魔力は大地と一体となり、土の表面を突き抜け、箱の前に岩石の壁を作り上げた。
予想通り、同時に箱の奥側が開かれ、中から岩石の壁を叩く。
だが、結界を通り抜ける箱が一つであるはずが無い。
円形に展開している結界の表面に至る所から金属の箱が差し込まれる。
「全部跳ね返してやるよ!!」
そう言って飛び掛ろうとするリュウジを制止したアウル。
「いや、そしたらまた同じ事。こっちから回収してやるんだ。箱が開く前に」
外側からは、今でも押し寄せる無限の軍勢が結界を圧迫し、よじ登ろうともがいている。
アウルとリュウジは、魔法でスピードアップした体で風を切りながら、鉄の箱を引き抜いた。
一つでも見逃すわけには行かない。
彼らの気持ちを奮い立たせたのは良いが、今の兵士達では闇の軍勢にダメージを与える事もできないだろう。
無残に死を遂げるだけだ。
リュウジとアウルは何としても、この防衛ラインを死守しなければならない。
エクスフェリオンがセーデンの許へ着き、ロイドが勇者の剣で倒さない限りは。
その時、見逃してしまった一つの箱がトンネルとなり、大量の敵が流れ込んできた。
つづく