第31話 「失った光」その2~Story of 神城 空(中編)~
中編のノルマまで、間が足らなかったので、若干間延びさせた感は否めません。
ただ、宮中での惨劇の様子が伝わるようには書けたかな?って思います。
次回配信後、遂にHIKARIチーム編の後編が始まります。
男達の悲鳴が平安京に木霊していた。
無数の検非違使(けびいし=平安時代の治安部隊)を斬り伏せる織田 信長とその前を行く蘆屋 道満。
「帝。さぁ、何処に逃げられた?」
宮中の屋敷内を帝を捜しながら目に付く者を切り伏せる。
まず、平安京を滅ぼすのであれば帝を殺める事から始まると、道満は考えていた。
国の政治や儀式を行う場所である紫宸殿を抜けると、回廊に大勢の陰陽師が待ち伏せていた。
先頭で構えるは陰陽頭である賀茂忠行と、その息子の保憲。
忠行は、道満をみるや動きを封じる為に指を絡めた。が、道満が瞬時に呪術を唱えると、忠行の手首から上が弾け飛んだ。
跡形もない手と、飛び散る肉片に大量の血。忠行は何が起きたのか分からずに崩れ落ちた。
飛散した忠行の血液が他の陰陽師に掛かるや、彼らは絶叫しそれぞれ走り去った。その光景を最高の快楽を味わうかの表情で見下ろす。
「先生。哀れよのぉ。弟子がちりぢりになってしもうて」
口が開いたまま意識が朦朧としている忠行の顔に自分の顔を近づけ笑う。
その後ろで、逃げ惑う陰陽師を片っ端から信長が斬ってゆく。
「まだだ。まだ血が足りぬ」
回廊、松の木が立つ庭、畳が敷き詰められた部屋が真っ赤に染まる。
「よくも父上をッ!!」
保憲は、発狂しそうな感情を怒りに変え、道満に襲い掛かった。
懐から取り出した小刀で斬り掛かったが、道満は手の平で保憲の手首を受け流し、掴んだ手首を握り締め保憲の首に小刀を突きつけた。
「意識はあろう、先生。今、目の前で息子をあの世に送って進ぜよう」
忠行は、自分の手首から流れ出来た血の溜まりで足を滑らせながらも立ち上がると縋る思いで頼み込んだ。
「た、頼む道満ッ……息子だけは、保憲だけは……ッ!?」と叫ぶ忠行の口にほどばしる保憲の首から飛び出た血が侵入した。
「あぁぁぁぁああああっ!!」
忠行の悲鳴が全身から放たれた。
息絶える忠行と保憲の亡骸を見ながら鼻で笑った。
「ふん。陰陽師も所詮は陰陽師か。くだらん」
「道満様、次は何処を襲う?」
信長が意気揚々とした口調で訊ねた。
「まぁ、そんなに慌てるな。ゆっくりと楽しもうではないか。この都が滅び行く様を」
そこへ、運悪く、昭陽舎(しょうようしゃ=女性だけが住める場所)から逃げる女達が現れた。
その中で一同を束ねる彩子が血相を変え叫んだ。
「皆のもの逃げよ!! 私の事など気にせず逃げるのだ!!」
色鮮やかな十二単の懐から取り出した小刀で信長に斬りかかる。
「無駄無駄無駄ぁぁあッ!!」
信長は彩子の首を跳ね飛ばすと、女達の中に飛び込み、乱舞の如き剣さばきを道満に見せ付けた。
「ほほぉ。流石は、我が僕。後は奴が来るだけ……」
「みかどぉぉぉ!!」
道満の楽しそうな呼び声が宮中に響き渡った。
騒然とする内裏内を逃げ回る生き延びた陰陽師とは逆に、ユキは道満を捜していた。
遂に道満はこの都その物を滅ぼそうと最後の手段を講じて来た。
今、彼を仕留めなければ、この都は消え去り、魑魅魍魎が跋扈する暗黒の世界へと変わってしまうだろう。
そうなれば、両親の仇はより一層取りにくくなってしまうかも知れない。
分が悪いのは勿論承知の事だったが、今の内に道満を殺しておく事が最善の策だと確信したのだ。
それは、同時に、ソラを守る事でもあると思っていた。
愛しているからこそ、守り抜きたいのだ。
ソラに抱きしめられてユキは思った。
やはり自分では、ソラが真に思っている人には成れないと。ソラの心に、透き通るほどの綺麗な瞳の奥に写るは、自分では無いのだと……。
あの涙が教えてくれた。
だからこそ、自分は身を引くと決めた。
道満と戦い、運が良ければ「潔い死」となる事を期待して。
「せいめぇぇぇぇいッ!!」
ソラと清明の許へ、黒い武具衣装を纏った博雅が走ってやって来た。検非違使と良く似た格好だ。
博雅は、大粒の汗を額に滲ませながら血相を変えた表情で叫んだ。
「道満が……ッはぁ、はぁ、道満が、帝を殺めようと……ッはぁ、宮中で猛威を振るっておる」
「何だと!? やはり道満。ついに動き出したか」
広い屋敷内を、側近の都人と逃げる帝。
遠くの方で道満の愉快な呼び声が木霊している。
「死にとうない。朕はまだ死にとうない」
立派に整えてある白髪混じりの髭に涙が染みこむ。
絶える事無く鳴り響く誰かの断末魔が、より一層、帝の恐怖心を煽り、表情が恐怖一色へと変わってゆく。
その時、側近に従えていた者達が次々と何者かに殺され、倒れた。
「だ、誰じゃ!? 道満か?」
発狂しそうな程に慌てふためく帝の前に現れたのはシオンだった。
「よう、オッサン」
「何者だ?」
「思念体さ」
「……?」
母屋がある後涼殿に居た道満と信長。
信長は逃げ遅れた乳母を一斬りすると、泣き叫ぶ赤子を左手で持ち上げた。
「運が良かったな。赤子なら痛みも感じるまい」
そう言いながら、信長はゆっくりと血に染まる刀を引いた。勢い良く斬る為に。
冷酷無情までの信長に道満は拍手すら送りたくなる程の衝動に駆られた。
「おい、待てよ!」
その声に振り返る道満と信長の前に、帝の胸ぐらを掴み連れて来たシオンが立っていた。
「おぉ、これはこれは帝どの」
帝に目をやり、にんまりと笑う。
「おのれ道満。何の為にこの様な真似を……」
「何の為に……じゃと?」
みるみる内に道満の表情が憎悪で歪んでいく。
「国の為、民の為じゃよ」
「民の為? この都を滅ぼせば民も死んでしまうでは無いか?」
「殺めんよ。鬼へと変えてやるだけじゃ。苦痛も感じまい。お前は新たなる都の礎となるのだ」
道満が呪術を唱えると、床から一本の刀が現れた。
歪な鍔から突き出る、禍々しい黒紫のオーラを滲ませる妖刀。
それを掴み上げると、シオンは帝の足を払い、仰向けに寝転ばせながら首を押さえ付けた。
「ひぃぃっ!! た、助けてくれ!!」
「静かにしてろよ。一瞬で終わるって……一瞬で」
シオンの言葉に道満は頷いた。
「そうだ。一瞬で終わる。……? いや、始まるのだ」
次の瞬間、道満が振り下ろした刀は、帝の心臓を一突きにし、床までもを貫いた。
雷鳴が勢いを増す。
空は、鉛色から紫へと代わり、空気が重くなる。
「何故戻ってきた?」
シオンに問いかける道満。
「俺が必要なんだろ? 協力してやるよ」
「何故心が変わったのだ?」
シオンは大きく息をした。
「諦めたんだよ」
道満は、鼻で笑うと、呪術を唱えようと指を絡めた。
「話が分かるではないか。まぁ、今のワシなら思念体のお前であっても術に掛ける事が出来るがな」
道満が呪術を唱え始めると、シオンと信長が苦しみ始めた。
「ぐぅおおおおッ!!」「がぁぁぁぁッ!!」
頭を抱え、あまりの苦痛に涎が糸を引く。
呪術のスピードが上がるに連れ、二人の胸元が紫の色を帯び始めた。
それが次第に上へと上がり、喉が光り、口許まで上がる。
二人の目、鼻、耳、口から光りが吹出すと、凄まじい光が上を向いた口から空に放射された。
二筋の光りの柱が紫色の空に突き刺さると、光りは消え、シオンと信長はその場に倒れた。
「始まるぞ」
期待に胸を膨らませる道満の目の前で、帝の胸にまで突き刺していた妖刀の鍔が、帝の体を貫き、床をも貫き消えてしまった。
そして、大地が震えた。
つづく