第30話 「絶望のシナリオ」その2~Story of 神城 空(中編)~
平安京を出て六日が過ぎた。
馬に乗ったり、川を小船で渡った。方角的には北西だろう。
とにかく言える事は、この世界での日本は地図で見た通り、列島では無く、中国であろう大陸と融合していた。
ソラが居た地球とは、ズレがあるのだ。
荷馬車に揺られながら、一同は会話の無いまま更に北西を目指していた。
何故、禁断の地の事を知ったのか? ソラは出発して直ぐに聞いた。道満が使っていた鬼泉鏡と言う物で調べたそうだ。
何でも、占いの水晶玉みたいな用途らしい。
ユキの親、そのまた親……と辿って行くと、禁断の地の付近の出身だったそうだ。
出発して十日過ぎた辺りからは、広大な砂漠地帯だった。
地平線が揺らぐ程の灼熱の世界。
シオンは、バトルスーツの力を僅かに起動させながら、飲み水が入った瓢箪を百個程は担いでくれた。
そのお陰で、飲み水には苦労しなかったが、喉越しは「お湯」だった。
日が暮れると、今度は氷点下まで下がる。
それまでに、みんなで燃えそうなサボテンや、干からびた植物を集め、清明は呪術で火を起こし、寒さを凌いだ。
そして、今日は、偶然見つけた岩場の洞窟で夜を越せそうだった。
焚き火の明かりが、ゆらゆらと洞窟内を赤く染めていた。
「なぁ、清明」
「何だ?」
奥の方で会話を始めた清明と博雅。
「一体どこまで行くのだ?」
「俺に聞いてどうするのだ博雅」
そう言うと、二人は、段になった岩の上で横になるシオンに目をやった。
「もしコレが罠だったら? 俺達を殺すために、このような過酷な旅をさせているとしたら?」
博雅は不安げな表情で清明に訴えかけた。
「考えすぎだ博雅。さぁ、我々も寝るぞ」
「お、おおう」
博雅は、体を丸くしながら眠りに付いた。
ソラが居た地球で例えるなら、博雅はホームシックになっていた。
安らかに笛を楽しみ、美味しい酒にご飯、道楽が待っている雅の世界が愛おしくて仕方がなかったのだ。
彼の心を支えているのは、紛れも無く清明の存在だけだろう。
砂で汚れたユキの寝顔をソラはじっと見つめていた。
危険な事は何度かあったが、これ程までに過酷な旅は初めてだった。それでも弱音を吐かずに付いてくるユキに、ソラは関心していたのだ。
恐らくアンリでは無理だったかも知れない。
精神的な強さでは、同じ容姿を持つ二人でもユキの方が上だ。
それだけ、アンリ以上に強い信念が彼女の中に眠っているのかも知れない。
ソラは、ユキの鼻先にこびり付いている砂の塊を手で払うと、眠りに付いた。
砂漠に来てから今日も、暑さで目が覚める。
サウナ風呂のような世界を、また今日も北西に向かい始めた。
気を許せば砂に足が埋もれてしまいそうになる。
すると、遠くの方から砂埃と共に何かが近づいてきた。
注目する一同。
「何だ?」
荒い呼吸でソラが言った。
「人だ」
砂漠を彷徨うソラ達に気付いた人達が助けに来てくれたのだと思い、ユキは必死に手を振った。
それに続き、博雅とソラも手を振った。
「おーい!!」
だが、シオンと清明は、只ならぬ予感を感じ取っていた。
「おい、待て」
シオンが三人を制止した。
「何?」
そう言って歩み出るソラをシオンは手で抑えた。
その時、ユキの額の脇を何かが疾風の如き速さで通り過ぎ、清明はソレを受け止めた。
清明の手に握られた弓矢。
「まずいぞ」
清明に続きシオンが警告した。
「砂漠の盗賊だ!!」
砂漠を颯爽と突き進むワニの様な動物に跨る数人の人……いや、近づくに連れ、その表情は化け物だ。
「砂漠で朽ち果てた躯に悪鬼が取り憑いたのであろう」
「サリンジャーかッ!!」
シオンはそう言うと、バトルグローブに気を送り込み、エネルギーの塊を投げつけた。
だが、素早く避けたサリンジャー。
エネルギーの塊が砂丘に衝突するや、爆煙と共に、大量の砂が舞い上がった。
舌打ちしたシオンは、博雅の腰に差された鞘から刀を抜き取ると、指先に念を送りながら刀身を触った。
青い闘気を纏った刀を振ると、真空波が空を裂いた。
それは、リュウセイの得意技のソニックウェーブと同じだった。だが威力はその比ではない。格段に上だ。
池に出来る波紋の様に広がる衝撃波が、サリンジャーを横真っ二つに切り裂く。
前方のサリンジャーを全滅させ、シオンは刀を博雅に返した。
信じられないシオンの攻撃にポカンと口が開いたままの博雅。
一同がホッとしたのも束の間、ソラ達を囲むかの様に、砂の地面から次々とサリンジャーが飛び出した。
「ソラッ!!」
「分かってるッ!!」
シオンに答えたソラは、全力でサリンジャーの胴体に廻し蹴りを喰らわせた。
瞬時に吹き飛んだサリンジャーが後方のサリンジャー数体を薙ぎ払い粉々に砕け散る。
残りのサリンジャーも一斉に襲い掛かって来た。
干からび、ひび割れた人間の顔には表情は無く、開いた口からは砂と無数の舌が蠢いている。
博雅は、恐怖の悲鳴をあげながらも刀を振り回した。
縦横無尽に、無駄に刀を振り回すも何とか近寄るサリンジャーの頭部を切り刻む。
その後ろで、清明は掌に念を込め、サリンジャーの胴体に打ち込んだ。
衝撃が掌から爆発するかの如く、胴体が吹き飛び崩れ去るサリンジャー。
清明は、引き続き指を絡めると、呪文を唱え始めた。
「怨亜彌伽陰邪堕霊洸殺魔除」
「怨亜彌伽陰邪堕霊洸殺魔除」
「怨亜彌伽陰邪堕霊洸殺魔除」
その間にも襲い掛かるサリンジャーの群れをなぎ払う一同。
ソラは、ユキを守りながら、闘気を纏った拳をサリンジャーに突き込んだ。
ユキも、負けじと呪符を投げつける。
飛ばされた呪符がサリンジャーの額に張り付くと少しの間、足止めが出来た。その隙を突いてソラの強烈な拳が暴れまわる。
四方八方からソラとユキに向けられる槍と矢。
「このクソが!!」
ソラの中でリュウジが叫んだような気がした。
本人では気付かないが、ソラの眼に赤い輪が現れ、光の筋が外輪へと走る。
――ゲラヴィスク教の眼だ。
ソラは、迫り来る無数の槍と矢を一瞬で掴み取ると、逆に投げ返した。
粉々に砕け散るサリンジャーの群れ。
その様子を鬼泉鏡越しに眺める道満。
激しくほどばしる蝋燭の火の中、指を絡めながら呪術を唱える。
「アッサラー エムンダ サロンソ。アッサラー エムンダ サロンソ。アッサラー エムンダ サロンソ」
胸の前で結んだ両手で円を描きながら、持てる念を注ぎ込む。
鬼泉鏡に写る清明達とサリンジャーを見ながら道満は口許を綻ばせた。
「ほっほぉ。ソラよ、面白いではないか。さぁ、どうする清明。切り抜けてみせよ」
突き出された槍を紙一重で避けたシオンの肘打ちがサリンジャーの頭部を吹き飛ばし、後ろ廻し蹴りで弓を放とうとしているサリンジャーの胴体を吹き飛ばした。
一連の流れの中の動きで、次々とサリンジャーを粉砕してゆくシオン。
だが、それ以上に地面から噴き出て来る。
気付けば、数百にも及んでいた。
刀を無闇に振り回す博雅の手から、無理やり奪い取ったシオンは、再び真空波を発生させた。
瞬時に消滅する数十体のサリンジャー。それでも追いつかない。
「切りが無いッ!!」
シオンは、そう言って次の手段を講じようとした。だが、清明の呪術の方が先だった。
「怨亜彌伽陰邪堕霊洸殺魔除」
「急急如律令!!」
清明が最後の呪文を叫ぶと、全てのサリンジャーが落ちゆく砂時計の砂のように崩れ去った。
静寂が辺りを包み込む。
舌打ちをした道満。
再び指を絡めると、再び呪術を唱え始めた。
「土に眠りし卑しい魂よ、己が心に従うのだ。喰らえ、喰らうのだ。砕け散る魂を一つに……さぁ」
泉に向かい語りかける道満は、掌から念を送り続けた。
邪悪な気を感じ取った清明。
「来るぞ」
清明の掛け声と同時に、砂漠の土が竜巻のように上昇し、巨大な人形へと変貌した。
そのおぞましく、巨大なモンスターに恐れおののく博雅。
「この間の神像よりもデカイぞ。ジャイアントサリンジャーかよ!?」
一気に飛び掛ったソラだったが、硬い胸板に跳ね返され、飛び出た拳に弾き飛ばされた。
「ぐわぁぁぁッ!!」
後方の砂丘にめり込むソラ。
「ソラぁぁぁぁッ!!」
ユキはソラを助けようと砂丘の窪みへ走った。
走るユキと入れ替わる形でシオンの闘気を纏った拳がジャイアントサリンジャーの胴体を吹き飛ばした。
凄まじい爆発音と共に、砕け散る胴体。
だが、直ぐに辺りの砂が吸い寄せられ修復された。
清明は、狩衣の袖を肩口まで上げると、大きく息を吸い込み、扇を広げた。
そして、砂漠の上で円を描くように歩きながら扇を仰ぎ始めた。
「天露 滴る 垂れる 集まるる。天露 滴る 垂れる 集まるる。天露 滴る 垂れる 集まるる」
すると、容赦なく照りつける太陽を遮り、雨雲が発生し始めた。
「天露 滴る 垂れる 集まるる。天露 滴る 垂れる 集まるる。天露 滴る 垂れる 集まるる」
清明の呪術の言葉が早まるに連れ、雨粒が乾いた砂漠を叩いた。
その雨粒が次第に勢いを増し、大雨へと変わっていく。
「清明ッ!!」
清明を呼ぶ博雅の声も雷雨に掻き消された。
それでも止めようとしない清明。
ジャイアントサリンジャーは鉄の雨を恐れる逃亡者のように、逃げ回った。
だが、清明は逃がしはしなかった。
扇を閉じると、両手を空に掲げた。
「式神招来 青龍!!」
清明が叫ぶと、降りしきる雨が集束を始めた。
砂漠の窪みからユキに引き出されたソラは、ユキと共に空を見上げながら開いた口が塞がらなかった。
その驚愕の光景に。
見る見る内に集束した雨の塊が龍の形に変わるや、ジャイアントサリンジャーを頭から喰らうかの如く叩き付けた。
龍と化した膨大な雨が砂漠を揺らす。
「アイツやるなぁ」
シオンは、飛び退きながら歓喜の声を上げた。
呪術を唱え終わると雨雲は消え去り、激しい日射が再び照りつける。
今度は、確実にサリンジャーを撃退した。
疲れと安堵で砂丘に座る一同。
「ふざけんなよッ!!」
ソラは太陽を仰ぎながら叫んだ。
「こんなのが居たなんて……。怖かった」
ユキも、息を切らしながら言った。
シオンは、「おいッ」と皆の注意を引いた。
皮製の手綱を掴む。
それは、サリンジャーが乗っていた砂漠移動用の動物だった。
「これならあっと言う間に砂漠を抜けれるんじゃねえか?」
それを聞くと、ソラ達も逃げようとしているワニのような動物を捕まえた。
それから二日後、ソラ達は砂漠を抜け、デスバレーと呼ばれる谷を越えた。
バシャラグの森と呼ばれる森を抜け、遂に目的地の禁断の地に到着した。
平安京を出発してから三週間目のことだった。
そこは西洋時代のような空気が漂う村だった。
木とレンガで作られた家屋が存在しており、樽を転がし何処かへ運ぶ者。
牛を引き連れ、農場へと向かう男。
大きな畑では、丁度熟れたミラニアと呼ばれるモロコシを、村の女房が総出で収穫している。
子供達は、小動物を追い掛け回し楽しんでいた。
そんな光景を目の当たりにしているソラ達に気付いた子供達が怯えた表情で、畑で働く母親の元へと逃げて行く。
「そりゃ、俺達、不気味だよな。この格好」
そう言いながら、清明、博雅、ユキも着ていた装束に改めて目をやった。
「この村に何の用かね?」
掠れ声の白髪の老人が訊ねて来た。
「ここは何て言う所なんだい?」
ソラは老人に訊ね返した。
「ここは、ベーンと言う村だ。そしてワシはこの村の村長だ」
「ベーン? 禁断の地じゃ無いのか?」
「そんなハズはない。ここのはずだ」
ソラとシオンがヒソヒソ話を始める。
「禁断の地じゃと!?」
微かに聞こえたその言葉に目を丸くし驚く村長。
「何故、お前達がそれを知っているのだ? あそこの事を知っているのはワシとワシの息子しかおらぬはず」
そう言いながら、村長はシオンの許へと歩み寄った。
「俺達が知りたい真実があるかも知れないからだ。案内してくれないか?」
「禁断の地は、今までにも多くの人間が遺産目当てに盗みを働こうとした。その都度、我々が守ってきが、お前達が同じ人間でない保証はどこにある?」
その言葉にシオンは言葉が詰まった。
どう示していいのか?
すると、清明が老人の許へと歩み寄った。
「我々の眼を見られよ。そなたにも分かるはず。その眼が持つ心が」
村長は、それぞれの眼を見渡すと、大きく深呼吸をした。
「わかった。ついて来い」
老人の跡を付いて行き、村を出てから三時間程、平野を歩いた。
見渡す限りの草原に心地よい風が吹き抜ける。
「気持ちいい」
ユキは、烏帽子を取り、縛った髪の間を通り抜ける風の感触を味わっていた。
「ここは、十年前までは荒野だった。やっと大地の毒が抜けたのじゃ」
「爺さんは、何で、禁断の地を守っているんだ?」
「まぁ、付いて来れば分かるじゃろうて。百聞は一見にしかずじゃ」
シオンにそう答えた老人は、深い森へと入った。
大きな大木に穴が空き、へし折れていたり、根っこから掘り起こされたような無残な光景のようにも見えるが、時が過ぎゆく中で生い茂る草や苔がそれを隠している。
川に掛る橋を渡り、遂に森の中心までやってきた。
そこには木は無く、広い平野が木々に囲まれる形で存在していた。
だが、目の前にある大きな物体を見て一同は驚愕した。
清明、博雅、ユキ……それ以上に衝撃を受けたのはソラとシオンだった。
「なんで……」「どう言う事だ……?」
彼らの目の前にあった物。
それは、コールディンに向けて飛び立った宇宙船だった。
つづく