第29話 「悪しき星の兆し」その3~Story of 神城 空(中編)~
今回で遂に「悪しき星の兆し」の正体が分かります。
第3章のキーマンでもある事でしょう。
腰まで伸びる草を掻き分け、両者が激突した。
白銀のオーラを纏った拳を、紙一重で避けるソラ。
瞬く間に放たれる五発のパンチを、網の目を掻い潜るように突き進み、渾身のアッパーをシオンの顎に振り上げる。
姿勢を後方に沿ったシオンの顎をマッチを擦るように拳が掠った。
シオンの動き、攻撃に移る瞬間の動作。その瞬間までもが、ソラの眼が的確に読み取っていた。
「ゲラヴィスク教の眼って何だよ!?」
ソラが突き出した拳を手の平で弾きながらシオンが答える。
「ゲラヴィスク教の力を宿す者しか使えない『千里眼』のようなモノ。動体視力や反射神経が格段に上昇すると言われている」
「だけど、俺はゲラヴィスク教の敵だし……訳がわかんねぇよ。俺もゲラヴィスク教なのか?」
ソラの廻し蹴りを受け流したシオン。
「俺も分からん。だが、お前は俺の生まれ変わりである事は事実だ。俺が持つ記憶の中ではな」
突き出したシオンの掌から白銀のエネルギーが放射された。
至近距離だったが、見抜いていたソラは首を傾け回避する。耳の端がジリジリと危険な熱を感じた。
そして、二人の拳が互いに弾き合った。吹き飛ぶソラとシオン。
土と草が混ざり合い、抉れた地面に突き刺さるソラの足。
「記憶の中って、アンタ、一体何処の記憶のシオンなんだ?」
スピリットが造られた次期が、ガジャル戦の前なのか? 後なのか? もしかすると、ソラの眼の秘密はシオンでさえ知らないのかも知れない。
そして、ガジャルやゲラヴィスク教の情報を知っているのかも知れない。
「俺の記憶は、ガジャルと戦う直前だ。その次期に作られた」
「くっそッ!! 肝心な事が抜けてるじゃないか」
そう言った瞬間、何か硬い物がソラの腹部を強烈に突き飛ばした。
何が起こったか分からぬまま、後方へ大きく距離を離されたソラ。腹の痛みに耐え、手で押さえた。
「何が……?」
眼を大きく見開き、ゆっくりと歩いてくるシオンを見つめた。
「バカが。いくらゲラヴィスク教の眼を持っていても、お前の基礎レベルは大した事は無い。その眼もお前のレベルに合わせて力を発揮する。その眼で、俺の動きを捉えてみろよ」
シオンが不適な笑みを見せた。その時、目の前のシオンの姿が消えたかと思うと、瞬間的にソラの後方に移動していた。
信じられない光景に振り返るソラ。
その直後、無数の打撃がソラの全身を襲った。
額、顎、鎖骨、鳩尾にアバラ、腕、足。その全てが、ドミノ崩しのように連なる打撃音を立てながら弾かれた。
ソラ自身ではゲラヴィスク教の眼が発揮できていると言う認識は無いが、さっきまでの自分とは何ら変わらない事は自覚していた。
それでもシオンの動きが全く掴めなかった。
全身を貫く激痛に、なす術無く崩れ落ちる。
混乱する脳が、正常な信号を送れず、目の焦点が定まらない。閉じる事を忘れた口からは涎が糸を引いている。
だが、ソラの腹部に感じた違和感が、ゆっくりと意識を正常に引き戻した。
土と埃で汚れた狩衣の懐で、砕けた石の欠片が散乱している。恐らくそれは、ユキに貰った『お守り』の石だ。
そこへ手を入れ、割れた欠片の中で手触りの違う何かを掴み取った。
懐から取り出し、目の前でその物体を調べる。
黒い塊。
形は楕円形。
金属。
記憶にある物の中で一番イメージが近いとすると、パソコンのマウスだ。もちろん、クリック部などは無い。
そして、その外見はどうみても人工物で、メカニックな形状。
ソラが見つめていた物体を見て、シオンは驚いた。
「どこで手に入れた?」
「貰ったんだ」
「誰に!?」
もう死闘の事など、どうでも良いと言った感じで詰め寄るシオン。
「誰だって良いだろ」
ユキと言って、襲われでもしたら……と思い、絶対に名前は言わないとソラは決めた。
「馬鹿野郎。誰だか分かっても襲いはしねぇよ。ただ、この世界の秘密と、何故俺達がココにいる理由が分かるかもしれないだけだ」
「何だって!?」
ソラは、嘘かも知れないとは疑いつつも驚いた。
だが、真っ直ぐに話すシオンの目からは嘘は感じられなかった。
もし、本当にこの世界の正体と秘密が分かれば、リュウジ達の許へと帰る事ができるかも知れない。
このまま、この古い日本に留まる訳には行かない。
ソラには使命があるのだから。それを成し遂げる為には、早く皆と合流し、不死鳥の御霊を手に入れなければならない。
「ユキと言う女の子だ」
「分かった」
そう言うと、シオンは踵を返し去ろうとした。
「まさか殺しに行くんじゃないだろうな?」
ソラの心配そうな表情を見て、シオンは鼻で笑った。
「そんな事をする訳が無いだろ。馬鹿め」
そして、シオンはこう言い残した。
「お前の眼に関しては俺も知らない。自分で解決する事だな」
そう言ってシオンは空高くへと跳躍して行った。
残されたソラ。
「俺の眼……ゲラヴィスク教の眼……」
ソラは、自分がゲラヴィスク教の力を持つ事に疑念を抱きながらも、様々な負の想像を膨らませていた。
夕暮れの陰陽寮へと戻ってきたユキ。
「ソラ……どうかご無事で……」
ユキは、懐から一つの巻物を取り出した。
それは、清明の屋敷に届いた謎の術が記された物の一つだった。
その巻物を、ユキは一つ盗んでいたのだ。
強力な術を会得し、道満を殺すと言った所で、清明は必ず否定する事は目に見えていた。
出来る事なら、ユキ自身の手で道満に両親を殺された復讐をしたいと誓っているが故、これは大きなチャンスでもあったのだ。
しかし。
「蘇生の術書では、道満を殺める事は出来ぬぞ……しくじった」
ユキが盗んだのは、攻撃系の術では無く、蘇生の術だった。
「今更、先生の屋敷に戻って新たな術書と掏り返るのは至難の業だ……」
ユキは、腑に落ちない表情で巻物を懐に隠した。
新しい呪符に陰陽の印を描いていた清明。
筆に墨を付け、長い袖を片手で持ち上げながら描く。
清明はずっと考えていた。
あの巻物の事だ。
一体誰が書いたのか?
もし、当事者が現れれば、力は清明よりも格段に上。
秘伝書には、鬼神や神獣に纏わる事まで記載されていた。
青龍、朱雀、玄武、白虎。
それぞれの殺し方、蘇生の仕方まで記されていたのだ。
今、道満を止められる者が居るとすれば、それは清明ではなく、この巻物を書いた者だろう。
そんな事を思っていると、清明は懐に入れていた人形が震えているのを感じ取った。
童子の式神を呼び出した人形だ。
その瞬間、清明の手の中で和紙で作られた人形が激しく燃え上がった。
気の流れを読み解く清明。
「式神……殺されたか……」
嫌な胸騒ぎを感じた清明は、黒く灰になった人形を、そっと握り潰した。
薄暗い洞窟の中に、火が燈る蝋燭が並べられている。
天井部分には所々穴が開いており、月や星の状況が一目で分かる。
その最深部。
小さな泉の前に道満は居た。
山の様に積まれた髑髏。
それは、間違いなく、道満が鬼と契約する際に命を奪った百八の人間の物だろう。
道満は、それに向かいながら鬼の呪文を唱えていた。
王都に蔓延る怨念や恨みの念、憎悪など、ありとあらゆる負の力を呼び寄せていた。
そこへ戻ってきたシオンに、目を開いた道満が溜息混じりに喋りかける。
「貴様。今まで何処へ行っていた?」
「黙れ」
素っ気無く答えたシオンの無礼な態度に憤りを覚えた道満は、ゆっくりと立ち上がると歩み寄った。
「忘れたか? お前の命はワシの手の中にある。勝手な振る舞いが過ぎるではないか」
するとシオンは、道満の胸ぐらを掴み上げ顔を近付けた。
「何寝言ってやがる。試してみろよ俺が殺せるか?」
シオンは道満の目を睨み付けた。
一瞬、道満の表情が強張り、唾を飲み込んだ。
「俺を手懐けたつもりだろうが。お前を利用したのは俺だ」
道満の胸ぐらを掴んでいた手を離した。
「貴様……まさか……」
「あぁ、全ては俺の計画通り。ちょっと憎悪を見せてみれば喰い付きやがって。お前の呪術など、所詮スピリットからの思念体である俺には通用せん」
道満は、憤慨しながらも頭の中は冷静に物事を考えていた。
そして、髑髏の山の天辺に立ち月を眺めている男を見上げた。
シオンもその男をみて、口許を綻ばせた。
「アイツが『悪しき星の兆し』と呼ばれているヤツか?」
「そうだ。ワシの最後の頼みの綱じゃ」
「だけど、アイツも俺と同じ。お前の指図は受けないぞ。なぁ」
――「織田 信長さんよ」
二人を見下ろす不動明王の様な井出達の信長。
その手に握られた童子の首。
それは、清明が『悪しき星の兆し』を調べる為に遣わせた式神だ。
目を見開き、苦痛に歪んだ表情で舌が垂れ下がっている。
信長は、その首を噛み千切ると咀嚼し始めた。
彼が何故、此処に居るのか?
何を考えているのか?
それは、まだ誰にも分からなかった。
既に、道満の策略は暗礁に乗り上げていた。道満の計画上、最低二人の強力な配下が必要だったからだ。それも従順な。しかし、利用しようとしていた者達に、逆に利用されていた。
道満は、この事実に拳を震わせるしかなかった。
~次回 第30話「絶望のシナリオ」Story of 神城 空(中編)~
ソラの前に現れたシオンは、清明、博雅、ユキと共に『禁断の地』に向かう。
そこへ行けば、ソラが知ろうとしていた全てが分かるからだ。
果たしてソラは、禁断の地で何を目撃し、何を知るのか?
それはシオンでさえ予期していなかった……。
そして、次回。
衝撃の真実が暴かれます。
配信も3つに分けず、3つ同時。1話丸ごと配信とさせていただきますので少々お時間を下さい。
ここは延ばすよりも一気に読んで欲しいと思っているからです。