第29話 「悪しき星の兆し」その2~Story of 神城 空(中編)~
陰陽師編もここら辺から物語がスピードアップしていきます。
あまり何も言えないので、最後の衝撃の展開を期待して下さいね。
清明の屋敷に蓋付きの大きな籠が届けられた。
差出人は不明。
腰まである高さの正方形の籠は、藁をきめ細かく編んでいて中が全く見えない。
清明と、陰陽寮から調度帰ってきたばかりのソラとユキは、その籠をあらゆる角度から考察した。
「これ、道満からの時限爆弾とかじゃないよなぁ」
ソラは、その中身を思案したが、咄嗟にこの時代にそぐわないと思った。
「何だ? じげんばくだんと言うのは?」
ユキの問いにソラは「あぁ、こっちの話。俺も何かわかんねぇ」と誤魔化し答えた。
清明は、白い狩衣の袖を肩まで上げて、そっと蓋に手を添えた。
「大丈夫なのですか? 先生」
一歩、身を引きながらユキが訊ねる。
清明は、何も答えずに蓋を開けた……。
中を覗く一同。
「巻物?」
ソラは首を傾げながら言った。
籠の中身は大量の巻物が収納されていた。
一体誰が何の為に清明に送って着たのか?
清明は、中の巻物を一つ掴み、締め紐を解き開いた。
「これは、陰陽寮にも無い、幻の秘伝書だ。あらゆる強大な術が記されている」
そう言うと、清明は普段見ない程に興奮し、次々と巻物を取り出した。
ソラもユキも巻物を手にしたが、何が書いてあるのか? 昔の日本の字はソラには初めて見るものに近かった。
「これがあれば、あの道満に勝てますかね? 清明さん」
「分からぬ……。だが、このような術は、相当な呪力がなければ到底扱う事叶わぬだろう。天さえ凌駕する程の術が記されておる」
「誰が考えたのか……?」
ユキは、記憶の中で、凄腕の陰陽師を探してはみたが、安倍 清明しか見つからなかった。
「あっ、そうであった」
ユキは、緑色の狩衣の懐から、手の平サイズの黒い塊をソラに手渡した。
「何だ? このゴツゴツした岩? 石?」
「それは、我が血筋が代々受け継いできたお守りらしいのだ。渡したい相手が現れた時、女の方から男へ渡すらしい」
少し、照れながらユキは言った。
その言葉にはまだ続きがあったからだ。
――『愛おしい相手が現れた時』
「ありがとな」
ソラはユキに笑みを見せると、野球ボール程の大きさの石を懐に仕舞い込んだ。
少し重いとは言えなかった。
「おぉ」
清明の珍しい感激の声が上がった。
ソラは、懐の石を服の上から掴みながら振り返った。
「どうしたんですか?」
「ソラ。コレを身よ」
そう言うと、清明は、巻物に記されている文字を指で指し示した。
「あぁ、読めないッス……」
すると清明は、巻物に書かれている事を説明し始めた。
「よいか。この巻物の多くが、鬼と契約した者が使う術に対抗しえる物バカリだ。何処の誰かは分からぬが、私以上の知識。もしや……陰陽頭よりも……」
「しかし、それ程までに偉大なお方なら、何故、都に居られぬのでしょう?」
ユキの言葉に清明は顔を左右に振った。
「わからぬ」
清明の屋敷で餅をご馳走になったソラとユキは、再び陰陽寮に戻ろうと都の町を歩いていた。
太陽の日の陰り具合で、先の世の暗示を読み解く授業をユキがとっており、一度、その陰り具合が見たいとの事だった。
細い道はそうでもないが、やはり、大通りとなると、貧困に喘ぐ市民が呻き声を上げながら苦しそうにもがいていた。
その光景が、以前から気がかりになっていたソラ。
「なぁ、ユキ」
「何だ?」
「この国ってさぁ、都ってさぁ。良い国なんだろうか? 俺には、どうもそう思えない」
「さぁ、私はこの者達までとは行かないが貧困な生活を送っていた。陰陽寮に入るまではな。宮中に仕える仕事をしなくては、大抵はこうなる。私は入った理由が違うが……。陰陽寮にいる他の生徒達も、この光景をみているが故の者もいるだろう」
ソラは溜息を付くと口を開いた。
「どの時代でも同じか。お偉いさんパラダイスだ」
「何か言ったか?」
「いやっ別に……」
その時、都の出口に見覚えのある人物が立っていた。
「アイツ……」
それは間違いなくシオンだった。
「先に行っててくれ」
そう言うと、ソラは、ユキを置いて走って行った。
「おい、ソラ!!」
平安京の出口である羅城門の朱色の丸柱に寄り掛かるシオン。
ソラを見つけると、姿勢を正した。
「よぉ、ソラ」
「お前に話がある?」
ソラは、シオンを睨み付けながら言った。
「俺も、話があるから此処にいたんだ。付いて来い」
バトルスーツを着たシオンの後ろを付いてゆくソラ。
顔はどこかソラと似ているが、そっくりと言う程ではない。
雰囲気も丸で違う。
「俺達の前々世ってそんなに無愛想で冷めたヤツ等ばかりなのか?」
ソラは、畦道を歩きながら訊ねた。
それに対し、シオンは振り返る事無く道を進みながら答えた。
「俺達はあくまでスピリットだ。全てを継承している訳ではない。力や知識を詰める事だけで精一杯だったのさ。だから性格までは継承していない。スピリットの性格が現れているのかもな」
「どう言う事だよ? スピリットって一体何なんだ?」
「……生贄の魂だよ」
シオンは少し言葉に詰まった後に答えた。
「生贄の魂!?」
「こう言った物を作る専門の民族がいるんだ。第二宇宙の星だったと思うが。その者が、スピリットを本当に必要としている、また、清く正しい心を持っているなら、その民族は喜んでスピリットになるのさ。それが一番の幸せで、どんな人物のスピリットになったかで、その人物の家族は誇りとし、後世に伝えるんだ」
ソラはシオンの背中を見つめ口を開いた。
「そんな民族が居たなんて……」
「だから、スピリットは人が器になり、そこへ俺達の出来る限りの情報を詰め込んだ塊なんだ。覚えておけ、スピリットも生きている」
ソラは、声には出さなかったが、心の中で頷いた。
平安京が視界の隅で捉える事が出来る程遠い場所までやってきた。
古い家屋が数件建つ平野だ。
「ここまでくる必要ってあるのか?」
ソラの問いに、シオンが不敵な笑みを見せた。
「まずは、お前の聞きたい事を聞いてやろう」
シオンは、胸の前で腕を組んだ。
「この世界の事さ。地球のようだけど、俺が知っている地球じゃない。時代も……昔の世界なんだ。俺達は何処に来たんだ?」
「さぁな。俺も知らん」
きっぱりと答えたシオン。
「知らんって……」
「俺も今調べている。言いたい事はそれだけか?」
そう言われ、ソラは脳内の引き出しを調べたが、聞きたい事が中々見つからなかった。
まだ聞かなければ行けない事は沢山あるはずだ。ガジャル戦の事が大半だ。
だが、この世界から抜け出し、リュウジ達と合流しなければ、どうにも始まらない。
シオンは、組んでいた腕を下ろすと、口を開いた。
「お前、俺が道満の技で出た事は知っているな?」
「あぁ」
それは、身を持って覚えていた。
御影山で、道満の術によって悶絶するソラの体から分離させたのだから。
「アイツは、俺に一つの呪いを掛けた」
「どんな?」
「お前達を殺さなければ、俺が死ぬ」
「何ッ!?」
眉を潜めながらソラは驚いた。
「お前達を殺すと言う使命を拒めば、俺は消えてしまう。だから、お前を殺す。あの陰陽師も、お前の周りにいる仲間も全てだ」
そう言うと、シオンは腰を屈め戦闘態勢を取った。
「おいおい、冗談だろ? ここでやろうってのかよ?」
「でなければ、俺を殺せ。俺の屍を乗り越えて見せろ」
「ふざけんなよ!!」
ソラの制止も、シオンの耳には届かなかった。
シオンが着るバトルウェアが瞬間的に膨張し、スーツが筋力を増長させた。
全身から白銀のオーラを発すると、狼狽するソラの右頬を殴り飛ばした。
瞬間の衝撃がソラの脳を揺らし、歯の奥が鈍い音を鳴らした。
何処かへと体を飛ばされている事は感じたが、それ以上の情報は入ってくる余裕が無かった。
古い小屋に激突し、腐った梁や屋根の木材が轟音を立ててソラの上に降りかかる。
シオンに殴られた顔面の痛みに、全身を強く打ち付ける木材の痛み。訳も分からず、ソラは呻き声を上げなら蹲った。
砂埃を上げる崩壊した家屋に向かうシオン。
「おら、どうした? スピリットの力は失ってないだろ? 引き出せ!!」
その言葉に呼応するかの様に木材が空へと吹き飛び、黄金のオーラを身に纏うソラが鋭い目付きで現れた。
ソラの脳裏に蘇る、夢で見た仲間の死に様。
それは絶対に夢で終わらせなければならない。
もう二度と、あんな思いはしたくなかった。
頭に被っていた黒い烏帽子が宙を舞い、白い狩衣が荒れ狂う暴風に音を立てて靡いている。
その姿を見て、シオンは口元を綻ばせた。
それは何を意味しているのか?
「まだ、感情的な要素が含まれているが、前よりは力を引き出せる状態には近づいているな。だが、そんなオーラじゃ何にもならないぜ」
「黙れ。清明さんや、博正さん。ユキを絶対に傷つけさせはしない。だったら俺は……アンタを」
ソラは、シオンに向かって突き出した掌から、金色の衝撃波を発した。
地面からそそり立つ草木を弾き飛ばし、シオンへと突き進む。
だが、瞬時に対応したシオンの白銀の衝撃波に脆くも掻き消され、地面を抉りながら直撃したソラは、またも遠くに吹き飛ばされた。
その光景を目の当たりにし、シオンは鼻で笑った。
「言ったろ。そんな色のオーラじゃ種火みたいな物だ。その壁を乗り越えてみろ」
抉れた地面から、ゆっくりと立ち上がったソラ。
先程まで以上に黄金のオーラが噴き荒れる。
「為になる忠告ありがとよ……」
そう言いながらニコリと笑ったが、心底震えあがっていた。
自分をここまで導いてくれた強大な力を持つシオンを相手にして、勝算がある訳がない。
間違いなくシオンは、手加減している。
本気を出せば、今のソラくらい気合いで掻き消せるかもしれない。
遠くで立ち竦むソラを前にしてシオンは小さく呟いた。
「もっと怒れよ、何の為に出て来たと思ってんだ……」
シオンは、ソラに向かって突進した。
疾風の如き、闘気を纏った拳を突き出す。
その動きは、一瞬のようにソラの目に映った。
「やべぇ!!」
だが、その時、シオンの拳が今まで以上に遅く感じた。
何が起こったのか?
普通の人間のパンチ位にしか感じない。
反身で捌いたソラは、シオンの連激を受け流し、交わした。
その動きにシオンがたじろいだ。
呆気にとられ、ソラの顔を覗き込む。
「お前……何したんだ?」
シオンの計算上、今のソラには早すぎる反射神経と動体視力だったのだ。
人間のレベルを明らかに越えている。
そして、シオンはソラの瞳をみて絶句し、驚愕した。
黒い瞳に紅い環が現れ、瞳の中心から光の筋が外輪へと走っていたからだ。
その瞳には見覚えがあった。
だが、その事実が有り得なかったが故、シオンは絶句したのだ。
「お前がどうして、その眼を持っているんだ?」
シオンの動揺と、自分の目を覗き込む姿に首を傾げるソラ。
「何で、お前がゲラヴィスク教の眼を持ってるんだよッ!!」
その怒声は大草原を駆け抜けた。
つづく