第29話 「悪しき星の兆し」その1~Story of 神城 空(中編)~
真紅の光が、けたたましい警報音と共に、電子盤が円形に囲む部屋を包み込む。
五つのリクライニングチェアー。目の前の様々な形状のアナログメータが『0』を指す。電子盤に埋め込まれたモニターの九十九パーセントが暗い沈黙を続ける。
凄まじい振動がそれらを強引に揺らしていた。
『スフィア手動射出失敗。射出口が損傷しています』
「このボケぇえ!!」
リュウセイは、やり場のない怒りを拳に込め、操作パネルを殴った。
すると、アナウンスより『スフィア射出完了。設定経路から大きく離脱しています』と、どうにか発射させることに成功したが、結局目標に向けて飛んでいない事が判明した。
そして……。
『スフィアシグナルロスト。スフィアシグナルロスト』と繰り返す。
その時、謎のオーロラが船内に現れた。
「アレは何なんですか?」
「わからん、初めて見る」
アンリの質問が終わったとき、再び船体が逆方向に傾いた。
バランスを崩し、壁に寄りかかるアンリに謎のオーロラが急接近してきた。
「あぶない」「あぶないぞ!!」
アンリを助けようと飛び込んだ、ソラとリュウセイが同時に手を差し伸べる。
ソラは、しっかりとアンリの手を掴んだ。が、その手の主は、蘆屋道満だった。
何の錯覚なのか、状況が掴めずに驚くソラ。
爬虫類に似た不気味で鋭い顔が、不適な笑みを見せる。
「お前ッ!!」
ソラは、道満の手を振り払うとバトルスーツの力を解放した。
心臓に響くスーツの機械振動と共に、スピリットの力を吸収し始める。
振り返る船内には誰もいなくなっていた。
「皆、一体何処に行ったんだ?」
すると、道満は静かに肩を震わせながら満面の笑みで、自分自身の後ろを指差した。
道満の肩越しに後ろを覗き込むソラだったが、その光景に絶句し、発狂しそうになった。
人の形をしていない程、バラバラになったアンリの死体。
血の海が、ソラの足許まで到達していた。
目を見開いたまま、顔の全てで恐怖を表現するルナ。
苦痛に顔を歪め、右目が破裂しているリュウジ。
顔の下半分が無く、胴体は木っ端微塵のリュウセイ。
「おい……何なんだよコレは!?」
道満は、答える事無く肩を震わせている。
その時、ソラの足首を誰かが掴んだ。
咄嗟に目線を下ろす。
足首を掴み、ソラを見上げる安倍 清明。だが、やはり、清明も体の下半分が無かった。
腸を引きずりながら、蒼白の顔で苦しみを表現している。
その後ろで息絶える源 博雅とユキ。
清明の悲壮な姿を優越感に浸り眺める道満が呪文を唱えると、ソラの目の前で、清明の顔が煮えぎたったスープの気泡のように弾けた。
飛び散る肉片。
「何だよ……何で皆を……ッ!!」
目に涙を浮かべるソラの全身から金色のオーラが噴き出した。
途端に、道満が再び呪文を唱える。と、同時にソラの全身に激しい痛みが駆け巡った。
「ゲンジュム クヮンスタ ゲンジュム コーライ。ゲンジュム クヮンスタ ゲンジュム コーライ。ゲンジュム クヮンスタ ゲンジュム コーライ……」
全身の神経が異常を来たす程の激痛。
物が二重に見え、脳が痙攣しているのが分かった。
錯乱状態に陥り、苦しみにもがく。
ソラは喉の奥から、呻き声を上げた。
「やぁめぇてぇ……」
許容範囲を上回る苦痛に助けを請うが、その姿が道満には最高の快感へと変換されている。
激痛に意識が朦朧とする中、胸に違和感を感じたソラ。
心臓の異常なまでの激痛とは別の感覚が、胸の表面まで達していた。
ソラは、宇宙船の床で吐血しながらも自分の胸を見た。
スーツの内側から盛り上がる胸部。
次の瞬間、胸のスーツを突き破り、血まみれの人の手が飛び出した。
「あぁぁぁっ……うわぁぁ……あ、あ……」
身を引き裂かれる程の凄まじい痛みに、悶絶するソラを無視するかの様に、肘、肩と裂けた胸から現れる。
そして、シオンの顔がソラの胸から鮮血を纏いながら現れると、ソラの顔を見つめながら口を開いた。
「ケッキョク……オマエハ……マケル。ヨワイ……ソラ」
泣き叫ぶソラを、胸元から笑い声を上げ見上げるシオン。そして道満。
「ソラッ……ソラッ!!」
誰かが自分を呼ぶ声と、自分の悶え苦しむ声で目を覚ましたソラ。
気が付けば、そこは清明の屋敷だった。
布団の上で苦しむソラの手を、ユキは必死に掴んでいた。その目には涙が。
「嫌な夢を見たのか?」
ソラは体を起こすと、ゆっくりと頷いた。
先程の光景が夢であった現実に安堵したソラは、ホッと胸を撫で下ろした。が、御影山からどうやってここに来たのか?
覚えているのは、降りしきる雨に中、自分の体から分離したシオンを見て意識を失った事。
「なぁ、あれからどうなったんだ?」
ソラは、その後の事情を知っているであろうユキに訊ねた。
雲一つ無い空が、赤みを帯び始める。
清明と博雅は、酒を交わしていたが、いつもと違い会話が無かった。
「なぁ、清明」
博雅は、遠くの山を眺めながら、餅を手に取り訊ねた。
「何だ?」と、酒が入った盃を置いた清明。
「ソラは一体何者なのだ? お前ならもう察しておろう?」
清明は、庭先の白梅に目をやり答えた。
「さぁな」
博雅は、いつもの明確な答えと違い、清明の不透明且つ、元気の無い返事に驚いた。また、そんな清明が心配にも思えた。
「お前でも分からん事があるのか?」
いつもならそこで清明は、否定に入るのだが、今日は酒と共に飲み干した。
「帝が心配されている『悪しき星の兆し』は、やはりソラなのか? 俺はそう思えて来て仕方がない」
すると清明は、鼻から大きく息を吐いた。
「博雅」
清明は、胡坐をかいたまま、体を博雅の方へ向けた。
「何だ?」
「ソラは、『悪しき星の兆し』などでは無い。体から出てきたもう一人もな」
名前は分からないが、博雅もその男を見ていた。
「では、あの男は何者なのだ? 鬼か?」
清明は盃に、次の酒を注ぎながら口を開いた。
「あれは、ソラの中に眠る、悪の存在だ」
「では、やはりその者が『兆し』では無いか?」
博雅は、体を乗り出し訊ねた。
「いや、また別の者だ」
否定した清明。
「では、道満か?」
博雅は、最後の可能性を示唆した。
盃を口に付けながら、清明は沈み行く太陽を眺め、考え込んだ。
そして、二日前の事件の記憶を辿った。
降りしきる激しい雨の中、満面の笑みを見せ付ける蘆屋道満。
御影山の中腹で、泥まみれになり、もがき苦しむソラの体から這いずり出るもう一人の男。
その男も、初めてソラと出会った時のような不思議な黒い服を着ていた。
清明は、何とかソラを助けようと試みた。が、道満の呪術により完全に動きを封じられた清明と博雅、ユキは、成す術無く見ているしかなかった。
ソラが意識を失った後、ソラの体から出てきた男は道満の許へと歩み寄った。
「何のつもりだ?」
「お前を自由にしてやったのだ。感謝してもらおう」
「ふざけるな。同時に呪いを掛けたな?」
「あぁ。いくらワシとてお前を信用などしておらん。これは一種の取引じゃ。ワシはお前を自由にする。お前はワシに従う。ただそれだけの事」
丁寧に説明する道満の話に苛立ちを隠せない男は、暫く黙った後、道満を受け入れた。
「それでよい。奴とワシとお前の三人で、この世を支配しようぞ」
肩を震わせながら喜びを表現すると、道満は清明の方へと振り返った。
「清明。間も無く都も滅ぶだろうて。見ての通り、ワシはお前を越えてしもうた。それに、薄汚れた都人を救って何になる? お前次第では、仲間に入れてやっても良いのだぞ」
清明は、冷静さを保ちながら答えた。
「俺も、都がどうなろうと関係ない。だが、それ以上にお前の色に染まった世界など尚更興味が無い」
その言葉に道満は鼻で笑った。
「フン。強がりを」
そう言い残し、道満は山を下って行った。
男も、一度はソラを見下ろしたが、踵を返すと、道満の後を着いて行った。
「龍蹄界崩参霊封場蹟陣溶破北斗堕彗」
清明は、道満が仕掛けた呪縛を解こうと反対呪文を唱え続けた。
「龍蹄界崩。参霊封場。蹟陣溶破。北斗堕彗」
「龍蹄界崩。参霊封場。蹟陣溶破。北斗堕彗」
「龍蹄界崩。参霊封場。蹟陣溶破。北斗堕彗」
………………
………………
博雅の隣で記憶を辿る清明。
最後の道満の言葉が気になった。
――「それでよい。奴とワシとお前の三人で、この世を支配しようぞ」
――「三人」
と言う事は、まだ誰も知りえない、もう一人がいると言う事になる。
それは一体誰なのか?
清明にも心当たりは無かった。
清明は、扇を閉じると重い腰を上げた。
「どうしたのだ? 清明」
清明は、狩衣の懐から、人形と呼ばれる紙で作った呪符を取り出すと、指先で何かを記し、庭に投げ入れた。
途端に、人形は人間の童子に姿を変えた。
いきなりの出来事に腰を抜かし驚く博雅。
「ひぃ、せ、清明ッ。式神を召喚する時は先に言ってくれ」
「式神よ、道満が言っていた、もう一人と呼ばれる者を調べろ」
「承知!!」
式神は、幼げな笑みを残しながら煙のように消えた。
つづく