第28話 「命を捨てる価値があるのなら」その3~Story of HIKARIチーム(中編)~
パルを見送ったのは、リュウジとリュウセイだけだった。
自分の体よりも大きなリュックを背負い、パルは、悔し涙を手で隠しながら出て行った。
本当は後悔をしていたのかも知れない。
だが、パル自身が「一人前の男として認めて欲しい」と言っていた以上、自分が口にした言葉の責任を取るのは当然の事だ。
例えそれが、一人の力でも欲しい今現在の状況であっても。
アウルは、パルとの一件を考えないようにし、戦いの準備をしていた。
大気中の残り少ないマナを体に吸い寄せ、渦を作る。
煌く光の粒が、アウルの体の周りを駆け巡り、体表に入り込む。
その姿を遠くから見ていたリュウセイ達。
城の庭の塀に腰を掛けていたリュウセイがマリカに訊ねた。
「なぁ、いつになったら松之宮は戻ってくるんや?」
マリカは、金の前髪の隙間からリュウセイを見つめ答えた。
「彼女次第だ。ずっと戦っている」
「どれくらい?」とリュウジが聞いた。
「そうだな、三百八十八回。彼女は死んでいる。もしかしたら既に気が狂ってるかも」
そう言いながら憎らしい笑みを見せ付けた。
その途端に、リュウジがマリカの羽衣を掴み、壁に押し付けた。
「ふざけんなや。アイツが何を悪い事したんや?」
マリカは、表情一つ崩さずに、羽衣を掴む腕を掴み返した。
「お前も分かっているだろ。これは宿命だ。駄目なら一生彼女は帰って来ない」
「やけどっ」
「それに良く考えてみろ? ドラゴンと戦う前の彼女と、今の私。どちらの方が、あの軍勢と戦えると思う?」
マリカの言葉にリュウセイは言い返す事が出来なかった。
目の前のマリカが、今のリュウセイ達にとっても、途轍もなく大きな戦力になる事は確実だからだ。
魔力を高め終わったアウルは、消え去るつむじ風の中、ゆっくりと目蓋を開けた。そして大きく深呼吸をした。
雑念を払い、心を鎮めようとしているのだろう。
そこへ近づくリュウジ。
リュウジは、バルシェログの召喚石を、宙に投げてキャッチを繰り返しながら訊ねた。
「そう言や、アウルは他にも召喚石を持ってたよな?」
「あぁ」
「サラマンダーだっけ? あれしか見た事無いんだけど。一番強いからか?」
アウルは近くの樽に腰掛け、答えた。
「マナが無いからだ」
「あの神獣達が生み出しているってヤツか?」
バルシェログの召喚石をバトルスーツのジャンパーウェアに仕舞い込むリュウジ。
「そうだ。普段は、空気中にはマナが溢れているもんだ。それを俺達は、魔力で吸い付け、召喚石に込める。水の召喚獣なら水のマナ。風の召喚獣なら風のマナってな。だが、今は、火のマナしか存在しないんだ。他の神獣はセーデンに殺されているからな。例え、マナが残っていても、その元素の塊の傍でなければ召喚できないし、魔力の消費が激し過ぎるんだ」
「そっか……。出してやりたいんだよな……コイツ。約束したんだ。『思いっきり暴れさせてやる』って」
リュウジは、ジャンパーウェアの胸ポケットをギュッと掴んだ。
「バルシェログは無属性だ。お前次第で呼び出す事は可能だ」
「そうなのか?」
リュウジは予想外の朗報に喜んだ。
「前も言った通り、魔力が無いお前の場合は、別の何かを代償にしなくてはならない。それが力なのか? 何なのかは、基準がない。後はお前次第だ」
今のリュウジには、代償とできる物があるのか?
その答えを探すかのように、リュウジは自分の拳を見つめ続けた。
バーンニクス城の前に集合した一同。
並び方も知らない兵士達は、整列する事無く、団子のように集まる。
その兵士達に向かい合う形で、ロイド、アウル、リュウセイ、リュウジ、マリカが立っていた。
数時間前まで農具を持っていた民衆が、剣と盾を持ち、高鳴る鼓動を全身で感じていた。
それは、恐怖でもあり、武者震いに近い物でもある。
守る事の大切さが、彼らを奮い立たせたのだ。
少し遅れて、エクスフェリオンが到着し、ガイが皆の許へ飛び降りた。
革のブーツが地面を弾き、ロープを手放したガイは、呼気荒げに報告した。
「あと数分もすれば、奴等は結界に到着するぞ!!」
その言葉に、兵士達がざわつく。
「それと、リュウセイ。頼まれていた物を揃えた」
「あぁ、わかった」
リュウセイは、ガイの報告を受けると、兵士達に作戦を伝え始めた。
「今、この地域一帯は、フェニックスの結界によって守られてる。やけど、他の神獣が殺されてる所を考えると、向こうにも策があるんかも知れん。せやから、お前等は結界を越えてくる奴等が現れた時に、戦って欲しい。そんで俺とロイドはエクスフェリオンで出来るだけセーデンの所まで近づき、これ以上進めんようになったら地上を進む」
「待てよ。あの闇の軍勢の中に飛び込むって言うのかよ!?」
「おい、話は最後まで聞け」
リュウジの言葉を制止するリュウセイ。
「エクスフェリオンには、船長のガイと、船員が約六十名。そしてぇ……」
リュウジは、マリカを指名しようとしたが、何と呼んでいいのか分からなかった。
「マリカで結構だ」
「じゃあ、マリカもエクスフェリオンから援護射撃をヨロシク」
「了解」
マリカは淡白に答えた。
「アウルと沢田は、敵次第や」
「どう言う事だ?」
アウルが訊ねる。
「敵が結界に到着したら、少し様子を見ようと思ってる。もし、結界を越えてくる事が有れば、城を守って欲しい。結界が持ちこたえれるんやったら、マリカと同じくエクスフェリオンから援護や」
「分かった」
リュウジとアウルが声を揃えた。
「よしっ」
アウルはそう言うと、呪文を唱え始めた。
「リーテプ フェ―ロン アロウズ クゥエス」
途端に、アウルを中心に魔方陣が展開され、全員を飲み込む。
驚く一同を気にも留めずに、アウルは呪文を続けた。
暴風が全員を包み込み、魔方陣から光の粒が吹出す。
その時、魔方陣の中にいた者達は、確かに力の上昇を感じた。
体の底から湧き上がる力。
そして、体が軽くなる。
魔方陣が消え去ると、アウルは額に汗を滲ませながら、一息付いた。
「御呪い(おまじない)さ。力、体力、素早さに防御力。全てが大幅に上がったはずだ」
「あぁ、確かに、さっきまでとは比べモンにならんぞ。ありがとうやでアウル」
すると、リュウセイは、近くにあった木箱から、レンズが埋め尽くされたメカニックボールを取り出し、アウルとリュウジに十個ずつ手渡した。
それは、リュウセイが宇宙船で見つけた強烈な光を発するアイテムだった。
「それは、お前等には護身用や。残りは、俺とロイドが突っ込む時に使う」
「これって……」
「どうやら、元々の使い方は、目くらましの閃光弾やったみたいやけど。それやったら使えるやろ?」
リュウセイの言葉の意味を理解し、アウルは頷いた。
「闇の軍勢を掻き消せるな」
「そうや。使うこっちもメチャメチャ眩しいから気をつけろよ。光は暫くの間留まるから、ちょっとの間は敵を遠ざけるやろう。あいつ等にとったら、強烈な時限爆弾や」
リュウセイは、そう言うと、残りのフラッシュボールを船に積み込んだ。
バーンニクスを囲む城壁の門がゆっくりと開き、兵士達は恐る恐る、また、外の大地の感触を確かめるかのように一歩を踏み出した。
視線の先には、暗黒の軍勢。
距離が縮まる毎に、海にしか見えなかった物体が蠢き、個々の生物が行進しているのが分かる。
全身に伝わる地鳴りは、奴等の足踏みの振動だろう。
兵士達の先頭に立つリュウジとアウルは、その迫力を物ともせずに睨み付けた。
「アウルさん。タバコ持ってない?」
「何だそれ?」
「あっ、いや、何でもない。あるわけ無いよな」
むしょうにタバコが吸いたくなったリュウジ。
他校の不良連中と、町の工場地帯で大乱闘を始める前に、リュウジは必ずタバコを吸い、冷静を保とうとしていた。
大概は、途中で冷静さを失い、暴れてしまうのだが、大戦の前にタバコを吸う事は、リュウジの中では儀式みたいなモノだったのだ。
また、リュウジが話しかける。
「アウルさん。びびってる?」
小馬鹿にしたリュウジ。
「お前こそ」
ニヤ付く二人。
だが、その顔からは余裕の表情は伺えなかった。
何故なら、目の前の軍勢全てが結界を突破したら、どうなるのかを知っているからだ。
エクスフェリオンから見下ろしていた商業国が、津波に襲われるかの如く飲み込まれ、跡形も無く消え去ってしまった事を。
そうならない事を祈るしかなかった。
そんなアウル達の頭上で宙に浮いているエクスフェリオン。
舵をしっかりと握るガイの前には、ロイドとリュウセイ、マリカが船首に立ち、闇の軍勢の様子を伺っている。
「ホンマに真っ黒やな」
リュウセイが、目を凝らして眺めていると、空が曇り始めて来た。
「おいおい、雨降るんちゃうやろうなぁ?」
「いや、前も同じだった。闇の力が空を汚染しているんだ」
マリカが説明する。
そして、マリカは、いつ似まして鋭い目付きで遠くの空を見上げながら口を開いた。
「ほら、来たぞ!!」
「嘘やろ……」
「これは……」
目の前の光景に言葉を失うリュウセイとロイド。
それは、地上で空を見上げていたリュウジ達も同じだった。
雲の中から現れる暗黒の飛行生物。
黒い翼が生えたモンスターの群れだ。
無数とは行かないが、マリカが懸念していた事。
「空は、近道でも無いって事なんかぁ」
そうしている内に、闇の軍勢が結界に到着した。
一キロ程先だが、闇の軍勢が結界に弾かれ、立ち往生している。
入ってくるのか?
そのまま立ち往生か……?
息を呑む一同、そして沈黙が続いた。
結界を叩くたびに、大気中に張られた結界の膜が波打つ。
闇の軍勢は、ドーム型に展開する結界を登ろうと試みた。
だが、掴む所が無く、滑り落ちる。
「行けるか……?」
リュウセイは、無敵の結界である事を願い続けた。
すると、闇の軍勢は後退を始めた。
「どうしたんや? 引き下がるんか?」
ある程度の距離を開いた闇の軍勢の後ろから、運び込まれてきた格子状の大きな檻。
中で蠢く生物。
「何だあれ?」
リュウジが首を傾げる。
闇の軍勢のモンスターが、檻を開放すると、バルシェログの森で遭遇したロックスパイデスが飛び出した。
そして、次の光景に一同に衝撃が走った。
暗黒のモンスターは、ロックスパイデスに抱きつくと、その体を侵食し始めた。
もがき苦しむ蜘蛛のモンスターが黒く染まってゆく。
何をしようとしているのか?
ガイには分かっていた。
「行ったろ? 結界の牢獄の中で。ロックスパイデスは無属性だから、結界を貫通するって……」
目の前で、結界をすり抜けるブラックスパイデス。
続けとばかりに、檻が開放され、酷い侵食を繰り返す。
ロイドは、勇者の剣を空に突き上げ、叫んだ。
「皆のものよ、遂にこの時が来た。古の大戦が今再び始まる。先代達から始まった戦いに我等が終止符を打つのだ。相手は無限の軍勢。だが恐れる事はない。我等には大切な物を守ると言う、強い信念がある。強い心がある。相手は心を持たぬ影人形。例えこの身が切り裂かれ朽ち果てようとも、我等の断固たる心で敵に恐怖を植え付け、追い払ってやろうぞ。全ては、明日の為に、未来の為にッ!!」
兵士達がロイドに答えるかの様に気合で答える。叫ぶ。
リュウジは、胸の前で自分の拳を打ち付け合った。
「んじゃ、おっ始めようぜ!!」
遂に始まった大戦争。
状況は圧倒的に不利。
リュウセイ達に勝機はあるのだろうか?
Story of HIKARIチーム(後編)に続く。
~次回 第29話「悪しき星の兆し」Story of 神城 空(中編)~
物語は再びソラが居る世界へ。
鬼に魂を売った陰陽師 蘆屋道満の術によって、ソラの体から引き剥がされたシオン。
その目的とは?
悪しき星の兆しとは一体?
そして、物語は、誰も想像の付かない真実に直面する。
その時、ソラは……。
HIKARIチームの中編が終わり、物語は再びバトンタッチ。
続きが気になるかたはもう暫くお待ち下さいね。
次のソラ編を見ておかないと、HIKARIチーム後編の面白さが半減しますので、お見逃し無く。