第28話 「命を捨てる価値があるのなら」その2~Story of HIKARIチーム(中編)~
「ちょっとぉ。また私を閉じ込めておくつもり?」
バーンニクス城の大広間の入口で、リュウジに訊ねるルナ。
「お前の為だっつの。守るって言ったろ?」
分厚い木製の扉に手を掛けながら答えるリュウジに、ルナは渋々了承し、頬を膨らませながら頷いた。
今のルナには何の力も無いし、何も出来ない。それはルナ自身が一番知っていた。だが、リュウジ達が闇の軍勢と命を懸けて戦おうとしている中、自分だけ身を潜めている事が歯がゆかったのだ。
肩を落としたルナの膨らんだ頬を、リュウジは両手で押し込んだ。
咥内の空気が抜け、圧迫された頬が、ルナの表情を滑稽に変える。
「お前は『ふぐ』か? ブサイクッ」
「ぼぁばぁべぇ(黙れ)!!」
大広間の両開きの扉を閉めると、ルナは、後ろを振り返った。
そこには、バーンニクスの老人、女性、子供達が、これから起きようとしている戦争への恐怖、不安に怯えていた。
泣き叫ぶ女の子を必死に慰める母親。
神に祈りを捧げる者達。
妊娠し、膨らんだお腹を自分よりも大事そうに見つめる母。
置かれている状況も分からぬ程、幼い子供が、「ママ、どうしたの?」と震える手をギュッと握る。
志願した男達は皆、目の前のか弱き命、家族、輝く瞳に眠る無限の可能性を守るために、一つとなり立ち上がった。
自分の命を懸けてまで……。
だが、その価値はあるのかも知れない。
そう、ここには『未来』があるのだ。
それでも、やはりリュウセイの言っていた事も正しかった。
「みんな生きて帰ってきて」
ルナは、心からそう願った。
「ほぉら、いっぱい有ったぜ」
十八に満たない若者達が城中を巡り、倉庫に眠っていた食材を運んできた。
その横で、一人の妊婦が陣痛と戦っていた。
駆け寄るルナと、女達。
「大丈夫?」
妊婦は、脂汗を額に滲ませながら、ルナに笑顔で返した。
「大丈夫よ」
「陣痛のペースは?」と、この国の助産師の女が歩み寄る。
「早くなってる」
「そろそろね。準備しなくちゃ」
助産師の女は、近くにいた若い女達に、桶や湯など、出産に必要な道具を集めるよう指示した。
そして、大広間の奥にある、大食堂の巨大なテーブルの上に妊婦を運んだ。
「あなたは勇者の妻でしょ。立派な赤ん坊を産まないと」
助産師は、服の袖を捲り上げながら、妊婦を勇気付けた。
そこで、初めてルナは、目の前の妊婦がアウルの兄、ロイドの妻だと分かった。
「頑張って下さい。絶対、ロイドさんは負けませんよ。みんな助かります。だから、元気な赤ちゃんを産んでくださいね」
ルナは、ロイドの妻に向かって力強く言い、ロイドの妻は笑顔で頷いた。
志願した男達は全員で二百七十八人。十八歳から五十五歳までの男達だ。
ロイドは、城の地下倉庫に眠っていたエヴァンソードと盾を城の前で待つ全員に渡した。
ペトレ王以前、そのまた以前からも、バーンニクスは平和そのもので、武器と言う武器は、全て城が保管していたのだ。
少し、錆が付いてはいるが、殺傷能力はまだ十分な程だった。
「よし、まずは剣の振り方からだ」
僅かな時間の間に、元町人を並の兵士に育てなければならない。
ロイドの説明を真剣に聞く兵士達の後ろで、リュウセイ達は、遠くに見える黒い海の進行状況を確認していた。
「なぁ、アウル?」
「何だ?」
「やっぱり、あいつ等ビビッてんなぁ」
「仕方ないさ」
アウルは、胸の前で腕を組み、城の外壁に背を付けた。
「外が死の世界と思い込んでるからか?」
「そうだ」
「でもさぁ、ペトレ王が変な決まりを作る前の人らやったら、外に出た事があるんとちゃうん(違うのか)?」
「そうだと言いんだが、外の世界が死の世界だと決められたのは、約九百年前からだ。だから、国を城壁で囲んでいる」
「九百年!?」
「古の大戦が、約千年前だ。いくら当時の戦に勝利したとしても、人々の脳裏からは闇の軍勢やモンスターの恐怖は消えなかったのだろう」
リュウセイも、胸の前で腕を組んだ。
「そっかぁ、じゃあ、この世界では約千年前に俺等の前世が居ったって事なんか」
不思議な感覚に陥るリュウセイの許へ、マリカが歩み寄って来た。
「時間の流れが違うのさ。我々も、あまり長くこの宇宙にいると、来た地球の時間が恐ろしく進んでしまうぞ」
「あぁ、わかってる」
兵士の中に混じり、ロイドの剣技を学ぼうとしているパルを見つけたアウル。
途端に、リュウセイでも分かる程に、アウルの表情が険しくなった。
そして、アウルは中に入り、パルの手首を掴み引きずり出した。
「何してる?」
パルは、アウルの威圧的な言葉にたじろいだ。
「あ、あの……僕だって師匠と旅をして来たんです。一緒に戦いた「城に戻れ」」
アウルの冷たい一言にパルは言葉が詰り、体が固まった。
「まだガキだろ? それに、何故魔法を使わん?」
その言葉にパルが顔を伏せた。
だが、アウルには全てが分かっていたのだ。パルの胸ぐらを掴み上げた。
「はっきり言ってみろよ。『魔力が無くなりました』ってな」
近くで二人の様子を見ていたリュウセイが歩み寄る。
「パル。ホンマなんか?」
すると、パルは、目に涙を浮かべゆっくりと頷いた。
「エクスフェリオンがドラゴンに襲われた時、俺とパルで共同魔法を唱えようとした。だが、全くお前の魔力を感じなかった。そこで気付いたんだ」
「でもさぁ、魔力って時間と共に回復するんとちゃうんか?」
リュウセイの質問に、マリカが答えた。
「魔力そのものが消えた。霊感と同じだ。幼い頃に霊が見えても大人になって見えなくなる人間がいるだろ? 大人でも見える者もいるが、向き不向きがあるのさ」
淡白に説明するマリカにリュウセイが納得した。
「なるほどな」
「でも、納得できません。僕は……僕は、いつも師匠と一緒に戦って来たんだ。そこいらの同じ子供と思わないで下さい。僕は、もう大人です!!」
涙目で強く訴えかけるパル。
その目をアウルはじっと見つめた。
「ダメだ」
「そんな……」
パルは、絶句した。
「城に戻れ」
そう言いながら、アウルは踵を返した。
アウルの心が痛い事は、リュウセイとマリカには分かっていた。
アウルの長い旅での心の支えだと言っていた。
楽しい思い出や、共に泣き、助け合った事だっていっぱい有ったはずだ。
大切な弟みたいな存在だろう。
だからこそ、アウルは心を鬼にしてまで、パルを危険な目に会わせたく無いのだ。
大切なパルを失いたくないのだ。
それに気付かないパルは、やはりまだ子供なのかも知れない。
パルの気持ちも分からなくは無い。
――「一人の男。大人として認めて貰いたい」
だが、二人は、アウルの考えの方が正しいと思った。
「待ってください……」
パルの小さな声が、アウルの背中に投げかけられる。
「待ってください」
アウルの足が止まった。
「師匠。僕と決闘をして下さい」
「何だと?」
「僕が勝ったら、一緒に戦わせて下さい。負ければ……城になんて戻りたくない、あいつ等に笑いものにされる。出て行きます、この国から」
「何て馬鹿な事を……」
落胆した様子のアウルを目の当たりにし、リュウセイがパルを説得しようと近づく。
「おい、お前「リュウセイさん。もう良いですよ」」
リュウセイを制止したアウルは、覚悟を決めた眼差しを向けた。
「お前……ホンマにやるんか?」
リュウセイが心配する中、アウルは革の手袋を強く握った。
誰も居ない、市場の広場で対峙するアウルとパル。
それを見守るリュウセイ、マリカ、リュウジ。
「リュウセイさん。コレ、マジっすか?」
「あぁ、マジや」
「でも……」
「パルが勝てる訳ない」とマリカが割って入った。
「アウルは、パルに気付いて欲しいんやろ。諦めて欲しいって思いもあるけど、アウルの思いや、パル自身の限界を」
「魔法は俺も使わん。フェアじゃ無いからな。武器も」
「遠慮しなくて良いですよ師匠」
パルが戦闘態勢を取る。
アウルは、涼しげに立っている。
「うわぁぁぁあああっ!!」
一気に飛び出したパルの拳。
アウルは、掌で受け流すと、次の拳を反身で交わした。
パルの放つ、突き、突き、蹴り、飛び蹴り。
全てを無理なく交わすアウルは、全てを見切っている。
「どうした、お前から決闘を申し込んだんだぞ。一発くらい当ててみろよ」
煽られたパルが更にむきになる。
「僕だって……戦えるんだ。僕も戦って……」
その時、アウルの拳がパルの額を弾いた。
「戦って何だ?」
体勢を崩したパルはゆっくりと立ち上がると、再び飛び掛った。
「僕も……何かを変えたいんだ!! 何もせずに死にたくなんかない」
パルの拳がアウルの頬を掠った。が、直後に膝蹴りがパルの腹に突き刺さった。
内臓が悲鳴をあげ、苦しむパル。
「お前の思いってそんな物だったのかよ? 結局は何だ? 見栄か? 栄誉か? そりゃ自己満足だろ。そんなんじゃ絶対に命を落とすぞ」
「うるさぁぁぁいッ!!」
アウルの言葉を振り払い、殴りかかるパルの顎に掌底突き(しょうていづき)が入った。
脳が揺れ、崩れ落ちるパル。
そして、パルの目の前の物が二重に見えた。
立ち上がろうとするが、間接に力が入らない。
その様子にリュウジが檄を飛ばした
「おいパルッ!! テメェの力はそんなモンか? お前にだって守りたい奴が居るんじゃねぇのかよ!? パーティーの時に居た女が好きなんだろ?」
パルの拳に力が入る。
「お前が守ってやれよ!!」
「わかってる……」
そう言いながら、震える足で立ち上がったパル。
「師匠。何でも駄目だって決め付けないで下さい。やれば出来るんですよ。やろうとしなければ何も始まらないんですよ……僕は、進みたい。この国を皆と一緒に救いたい。それだけなんですよ」
パルは、歯を食いしばり、悔しさで涙を流した。
「どうして分かってくれないんだ……」
アウルは、遂に自分の思いをパルに発した。
「どれだけお前が大切な存在か。お前を失いたくなんだよ。俺がお前を守りたいんだ」
目に涙を浮かべたのも束の間、パルが全身全霊の力を込め、アウルに捨て身の一打を放った。
咄嗟にカウンターのパンチを放ったアウル。
その一瞬の間に、アウルの中での葛藤が迷いとなった。
ここでパルを倒せば、パルは間違いなく国を出るだろう。
バーンニクスの戦いには参加できないが、出て行った先で、もう少しでも生きる事が出来るかも知れない。
闇の軍勢に勝てれば、命を落とすことなく、人生を送れる。
だが、ここで躊躇し、手を引けば、パルは兵士として最前線で戦うだろう。
その先に待つのは『死』かも知れない。
自分のこの決断で、パルを死に追いやってしまうかも知れない。
そんな迷いを掻き消したのは、パルがアウルの拳により、倒れた音だった。
その後に拳に伝わる衝撃の感覚。
地面の落とした視線の先には、完全に意識を失ったパルの姿があった。
「クソ……やっちまった……」
結果はいずれこうなっていたのかも知れない。だが、本当にこれで良かったのか?
アウルの脳内で、その疑問が延々と繰り返された。
つづく