表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/136

第28話 「命を捨てる価値があるのなら」その2~Story of HIKARIチーム(中編)~

「ちょっとぉ。また私を閉じ込めておくつもり?」

 バーンニクス城の大広間の入口で、リュウジに訊ねるルナ。

「お前の為だっつの。守るって言ったろ?」

 分厚い木製の扉に手を掛けながら答えるリュウジに、ルナは渋々了承し、頬を膨らませながら頷いた。

 今のルナには何の力も無いし、何も出来ない。それはルナ自身が一番知っていた。だが、リュウジ達が闇の軍勢と命を懸けて戦おうとしている中、自分だけ身を潜めている事が歯がゆかったのだ。

 肩を落としたルナの膨らんだ頬を、リュウジは両手で押し込んだ。

 咥内の空気が抜け、圧迫された頬が、ルナの表情を滑稽に変える。

「お前は『ふぐ』か? ブサイクッ」

「ぼぁばぁべぇ(黙れ)!!」


 大広間の両開きの扉を閉めると、ルナは、後ろを振り返った。

 そこには、バーンニクスの老人、女性、子供達が、これから起きようとしている戦争への恐怖、不安に怯えていた。

 泣き叫ぶ女の子を必死に慰める母親。

 神に祈りを捧げる者達。

 妊娠し、膨らんだお腹を自分よりも大事そうに見つめる母。

 置かれている状況も分からぬ程、幼い子供が、「ママ、どうしたの?」と震える手をギュッと握る。

 志願した男達は皆、目の前のか弱き命、家族、輝く瞳に眠る無限の可能性を守るために、一つとなり立ち上がった。

 自分の命を懸けてまで……。

 だが、その価値はあるのかも知れない。

 そう、ここには『未来』があるのだ。

 それでも、やはりリュウセイの言っていた事も正しかった。

「みんな生きて帰ってきて」

 ルナは、心からそう願った。


「ほぉら、いっぱい有ったぜ」

 十八に満たない若者達が城中を巡り、倉庫に眠っていた食材を運んできた。

 その横で、一人の妊婦が陣痛と戦っていた。

 駆け寄るルナと、女達。

「大丈夫?」

 妊婦は、脂汗を額に滲ませながら、ルナに笑顔で返した。

「大丈夫よ」

「陣痛のペースは?」と、この国の助産師の女が歩み寄る。

「早くなってる」

「そろそろね。準備しなくちゃ」

 助産師の女は、近くにいた若い女達に、おけや湯など、出産に必要な道具を集めるよう指示した。

 そして、大広間の奥にある、大食堂の巨大なテーブルの上に妊婦を運んだ。

「あなたは勇者の妻でしょ。立派な赤ん坊を産まないと」

 助産師は、服の袖をまくり上げながら、妊婦を勇気付けた。

 そこで、初めてルナは、目の前の妊婦がアウルの兄、ロイドの妻だと分かった。

「頑張って下さい。絶対、ロイドさんは負けませんよ。みんな助かります。だから、元気な赤ちゃんを産んでくださいね」

 ルナは、ロイドの妻に向かって力強く言い、ロイドの妻は笑顔で頷いた。



 志願した男達は全員で二百七十八人。十八歳から五十五歳までの男達だ。

 ロイドは、城の地下倉庫に眠っていたエヴァンソードと盾を城の前で待つ全員に渡した。

 ペトレ王以前、そのまた以前からも、バーンニクスは平和そのもので、武器と言う武器は、全て城が保管していたのだ。

 少し、錆が付いてはいるが、殺傷能力はまだ十分な程だった。

「よし、まずは剣の振り方からだ」

 僅かな時間の間に、元町人を並の兵士に育てなければならない。


 ロイドの説明を真剣に聞く兵士達の後ろで、リュウセイ達は、遠くに見える黒い海の進行状況を確認していた。

「なぁ、アウル?」

「何だ?」

「やっぱり、あいつ等ビビッてんなぁ」

「仕方ないさ」

 アウルは、胸の前で腕を組み、城の外壁に背を付けた。

「外が死の世界と思い込んでるからか?」

「そうだ」

「でもさぁ、ペトレ王が変な決まりを作る前の人らやったら、外に出た事があるんとちゃうん(違うのか)?」

「そうだと言いんだが、外の世界が死の世界だと決められたのは、約九百年前からだ。だから、国を城壁で囲んでいる」

「九百年!?」

「古の大戦が、約千年前だ。いくら当時の戦に勝利したとしても、人々の脳裏からは闇の軍勢やモンスターの恐怖は消えなかったのだろう」

 リュウセイも、胸の前で腕を組んだ。

「そっかぁ、じゃあ、この世界では約千年前に俺等の前世が居ったって事なんか」

 不思議な感覚に陥るリュウセイの許へ、マリカが歩み寄って来た。

「時間の流れが違うのさ。我々も、あまり長くこの宇宙にいると、来た地球の時間が恐ろしく進んでしまうぞ」

「あぁ、わかってる」



 兵士の中に混じり、ロイドの剣技を学ぼうとしているパルを見つけたアウル。

 途端に、リュウセイでも分かる程に、アウルの表情が険しくなった。

 そして、アウルは中に入り、パルの手首を掴み引きずり出した。

「何してる?」

 パルは、アウルの威圧的な言葉にたじろいだ。

「あ、あの……僕だって師匠と旅をして来たんです。一緒に戦いた「城に戻れ」」

 アウルの冷たい一言にパルは言葉が詰り、体が固まった。

「まだガキだろ? それに、何故魔法を使わん?」

 その言葉にパルが顔を伏せた。

 だが、アウルには全てが分かっていたのだ。パルの胸ぐらを掴み上げた。

「はっきり言ってみろよ。『魔力が無くなりました』ってな」


 近くで二人の様子を見ていたリュウセイが歩み寄る。

「パル。ホンマなんか?」

 すると、パルは、目に涙を浮かべゆっくりと頷いた。

「エクスフェリオンがドラゴンに襲われた時、俺とパルで共同魔法を唱えようとした。だが、全くお前の魔力を感じなかった。そこで気付いたんだ」

「でもさぁ、魔力って時間と共に回復するんとちゃうんか?」

 リュウセイの質問に、マリカが答えた。

「魔力そのものが消えた。霊感と同じだ。幼い頃に霊が見えても大人になって見えなくなる人間がいるだろ? 大人でも見える者もいるが、向き不向きがあるのさ」

 淡白に説明するマリカにリュウセイが納得した。

「なるほどな」


「でも、納得できません。僕は……僕は、いつも師匠と一緒に戦って来たんだ。そこいらの同じ子供と思わないで下さい。僕は、もう大人です!!」

 涙目で強く訴えかけるパル。

 その目をアウルはじっと見つめた。

「ダメだ」

「そんな……」

 パルは、絶句した。

「城に戻れ」

 そう言いながら、アウルは踵を返した。

 アウルの心が痛い事は、リュウセイとマリカには分かっていた。

 アウルの長い旅での心の支えだと言っていた。

 楽しい思い出や、共に泣き、助け合った事だっていっぱい有ったはずだ。

 大切な弟みたいな存在だろう。

 だからこそ、アウルは心を鬼にしてまで、パルを危険な目に会わせたく無いのだ。

 大切なパルを失いたくないのだ。

 それに気付かないパルは、やはりまだ子供なのかも知れない。

 パルの気持ちも分からなくは無い。


 ――「一人の男。大人として認めて貰いたい」


 だが、二人は、アウルの考えの方が正しいと思った。


「待ってください……」

 パルの小さな声が、アウルの背中に投げかけられる。

「待ってください」

 アウルの足が止まった。

「師匠。僕と決闘をして下さい」

「何だと?」

「僕が勝ったら、一緒に戦わせて下さい。負ければ……城になんて戻りたくない、あいつ等に笑いものにされる。出て行きます、この国から」

「何て馬鹿な事を……」

 落胆した様子のアウルを目の当たりにし、リュウセイがパルを説得しようと近づく。

「おい、お前「リュウセイさん。もう良いですよ」」

 リュウセイを制止したアウルは、覚悟を決めた眼差しを向けた。

「お前……ホンマにやるんか?」

 リュウセイが心配する中、アウルは革の手袋を強く握った。



 誰も居ない、市場の広場で対峙するアウルとパル。

 それを見守るリュウセイ、マリカ、リュウジ。

「リュウセイさん。コレ、マジっすか?」

「あぁ、マジや」

「でも……」

「パルが勝てる訳ない」とマリカが割って入った。

「アウルは、パルに気付いて欲しいんやろ。諦めて欲しいって思いもあるけど、アウルの思いや、パル自身の限界を」


「魔法は俺も使わん。フェアじゃ無いからな。武器も」

「遠慮しなくて良いですよ師匠」

 パルが戦闘態勢を取る。

 アウルは、涼しげに立っている。

「うわぁぁぁあああっ!!」

 一気に飛び出したパルの拳。

 アウルは、掌で受け流すと、次の拳を反身そりみで交わした。

 パルの放つ、突き、突き、蹴り、飛び蹴り。

 全てを無理なく交わすアウルは、全てを見切っている。

「どうした、お前から決闘を申し込んだんだぞ。一発くらい当ててみろよ」

 煽られたパルが更にむきになる。

「僕だって……戦えるんだ。僕も戦って……」

 その時、アウルの拳がパルの額を弾いた。

「戦って何だ?」

 体勢を崩したパルはゆっくりと立ち上がると、再び飛び掛った。

「僕も……何かを変えたいんだ!! 何もせずに死にたくなんかない」

 パルの拳がアウルの頬をかすった。が、直後に膝蹴りがパルの腹に突き刺さった。

 内臓が悲鳴をあげ、苦しむパル。

「お前の思いってそんな物だったのかよ? 結局は何だ? 見栄か? 栄誉か? そりゃ自己満足だろ。そんなんじゃ絶対に命を落とすぞ」

「うるさぁぁぁいッ!!」

 アウルの言葉を振り払い、殴りかかるパルの顎に掌底突き(しょうていづき)が入った。

 脳が揺れ、崩れ落ちるパル。


 そして、パルの目の前の物が二重に見えた。

 立ち上がろうとするが、間接に力が入らない。

 その様子にリュウジがげきを飛ばした

「おいパルッ!! テメェの力はそんなモンか? お前にだって守りたい奴が居るんじゃねぇのかよ!? パーティーの時に居た女が好きなんだろ?」

 パルの拳に力が入る。

「お前が守ってやれよ!!」

「わかってる……」

 そう言いながら、震える足で立ち上がったパル。

「師匠。何でも駄目だって決め付けないで下さい。やれば出来るんですよ。やろうとしなければ何も始まらないんですよ……僕は、進みたい。この国を皆と一緒に救いたい。それだけなんですよ」

 パルは、歯を食いしばり、悔しさで涙を流した。

「どうして分かってくれないんだ……」

 アウルは、遂に自分の思いをパルに発した。

「どれだけお前が大切な存在か。お前を失いたくなんだよ。俺がお前を守りたいんだ」

 目に涙を浮かべたのも束の間、パルが全身全霊の力を込め、アウルに捨て身の一打を放った。

 咄嗟にカウンターのパンチを放ったアウル。

 その一瞬の間に、アウルの中での葛藤が迷いとなった。


 ここでパルを倒せば、パルは間違いなく国を出るだろう。

 バーンニクスの戦いには参加できないが、出て行った先で、もう少しでも生きる事が出来るかも知れない。

 闇の軍勢に勝てれば、命を落とすことなく、人生を送れる。

 だが、ここで躊躇し、手を引けば、パルは兵士として最前線で戦うだろう。

 その先に待つのは『死』かも知れない。

 自分のこの決断で、パルを死に追いやってしまうかも知れない。


 そんな迷いを掻き消したのは、パルがアウルの拳により、倒れた音だった。

 その後に拳に伝わる衝撃の感覚。

 地面の落とした視線の先には、完全に意識を失ったパルの姿があった。

「クソ……やっちまった……」

 結果はいずれこうなっていたのかも知れない。だが、本当にこれで良かったのか?

 アウルの脳内で、その疑問が延々と繰り返された。






 つづく


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ