第28話 「命を捨てる価値があるのなら」その1~Story of HIKARIチーム(中編)~
「リュウセイさん。俺達って脱獄囚っすよね?」
「そんなん思ってるのは、あの『ぬーん野郎』だけや」
目の前のバーンニクスを船首から見つめるリュウジとリュウセイ。
山の斜面に建つ家屋。その先に見える大きな白い城。それらを囲む褐色の城壁。
「よし、微速前進 ッ」
着陸態勢に入ったエクスフェリオンの舵を小刻みに調整しながら、高度調整レバーを下げてゆくガイ。
バーンニクスの城壁の前に着陸すると、リュウセイ、リュウジ、マリカ、アウルとパル、そしてガイが牧草地へと降りた。
鋼鉄の城門の前へ歩み寄り、城壁の上で警戒する兵士にアウルが訊ねる。
「アウル=ヴェルターナだ。中に入れて貰いたい」
すると、痩せこけた兵士は、窪んだ目尻からギロッと出た目を向け、首を左右に振った。
「王様の命令で君達を中に入れる事が出来ない。脱獄犯だからな」
ある程度は予想できた結果だが、時間が無い状況に苛立つリュウセイが舌打ちした。
「兄のロイド=ヴェルターナはどうなった?」
アウルは、自分達を脱獄させたロイドの事が気になった。
自分達が無理に脱獄し、ロイドを攻撃、気絶させたように演出はしたが、やはりその後が気になったのだ。
兵士は、突き出していた下唇を仕舞い込み、口を開いた。
「あれは、君達を逃がす為の演技だったようだな。大臣が一部始終を目撃していて、王に報告したのだ。今度は彼が牢屋の中さ」
「何て事を……」
アウルに怒りが込み上げる。
「立ち去れ」
冷たく言い放つと、兵士は一切口を利かなくなった。
苛立つ一同に、ガイが一言言った。
「礼儀正しくしてもダメだな。もう一つの方法で行こう」
「そうだな」
不適な笑みを浮かべたリュウジに続き、リュウセイ達はエクスフェリオンに乗り込んだ。
鉄格子の中で、静かに目を瞑っていたロイド。
座りながらでも、精神の修行は怠ってはいなかった。
手にしっかりと握られたスフェニスソード。勇者の剣。
茶褐色のグリップの尻には赤い宝石が埋め込まれ、ドラゴンの翼をモチーフにした鍔には、神秘の力が秘められた青い石。細部にまで彫刻を施した鍔から突き出る長身の刃には、古代の神聖なる文字が刻み込まれている。スフェニスソードの真の力を発揮できるのは、勇者の血を受け継ぐ者だけだ。
銀髪のロイドはそっと目を開くと、鉄格子の向こう側で、木製の椅子に座り見張りをしていた兵士に声を掛けた。
「退屈そうだな」
明らかに農夫のその男は、鼻で笑うと石造りのテーブルに肘を付き、水が入ったコップを口に付けた。
「いつから兵士に?」
「あんたが牢屋に入ってからだ」
不機嫌そうに答えた兵士。
「そうか。悪かったな」
「まぁ良いさ。どうせ、畑も枯れて家畜はモスが一匹。この仕事なら生涯安泰さ」
その言葉にロイドは、疑問に思った所があった。
「お前の畑はこの国で一番出来が良かったじゃないか。緑で覆い尽くされた畑から取れるモシュタルが市場に並ぶのを心待ちにしていた物だ。なぜ?」
すると、兵士は溜息混じりに答えた。
「分からない。俺も聞きたいくらいさ。一ヵ月程前から、土が急激に腐り始め、水からも元気が無くなった。まるで栄養分がない。おまけに風も吹かなくなり、農作物には最悪な環境が続いたんだ。今じゃ市場に並ぶ食材は枯れた物ばかりだ」
兵士は、震える声で拳を強く握った。この国の農夫は先祖代々から畑を受け継ぐ。自分の代で、畑を枯らしてしまった罪の意識と不甲斐無い思いが彼をずっと苦しめて来たのだろう。
その原因に心当たりがあるとすれば、水・土・風のマナを司る神獣が、魔術師セーデンと闇の軍勢によって殺されてしまった事だろう。
だが、ここまで深刻な事態になるとは予想外だった。
「このままでは、この世界は人間が住めなくなってしまう。神獣が次々と殺されているんだ。いくつもの国が滅んだだろう。次はこの国が崇めるフェニックスだ」
「何を言っている。この国の外に国がある訳無いだろ。死の世界だぞ」
それが彼らの常識。そう教育されているのだ。
バーンニクスの外には国などない。無限の地獄が広がっている。そう教え込まれていた。
「だが、間違いないのは、もう間も無く……闇の軍勢がここに押し寄せる。そして皆殺しが始まるんだ」
ロイドが口にした言葉は兵士にとってはおとぎ話の程度だった。小馬鹿した笑い声を上げた。
「だが、事実だ。お前にも家族が居るんだろ? 俺にもいる。子供も間も無く生まれる。お前は家族を守りたくないのか?」
ロイドは、真剣な眼差しで兵士に訴えかけた。
バーンニクスの城壁を乗り越え、エクスフェリオンが強引に城下町の市場に着陸した。
砂埃を巻き上げ、市場の暖簾を靡かせる。
城門を開けて貰えないのなら、強行突破を試みたのだ。
再び飛び降りたリュウセイ達は、目の前の光景に息を呑んだ。
彼らの前には、なんと、民衆が震える手で農具を構え、こちらへ向けていたのだ。
リュウジが前へ出た。
「テメェら、争いを禁じられているんじゃ無かったのか?」
すると、民衆の一人が引きつる声で言った。
「こ、この脱獄者めっ……。王の命令だ。この国を守れと……」
「んだと?」リュウジの眉間にシワが寄る。
今度はリュウセイが前に出た。
「お前等、まだあの『ぬーん野郎』の命令を聞いてるんか?」
「生きて行く為には仕方無いんだッ」別の男が言った。
「そうだぬーん。僕に逆らったらこの国では生きて行けないぬーん。あっと言う間に壁の向こうだちょんよー」
張り詰めた空気の中、あの口調を持つ者が斜面の上に現れた。
金髪のボサボサ頭から、今にも鼻水が垂れそうな幼稚な表情のペトレ王が、高価な装束に身を包んでいる。
ペトレ王は、突き出た腹を擦りながら、手に持っていた果物を齧った。
そんな彼が現れた途端、民衆が跪いた。
腹を空かせた小さな子供が、ペトレ王が手に持つ丸い果物を、物欲しそうに見つめている。そんな子供にペトレ王は人差し指を突きつけた。
「ちみ。頭が高いにょ」
無礼に値する行為をさせてしまった母親は、慌てて詫びながら、息子の頭を地面に押し付けた。その様子をペトレ王は優越感に浸った顔で見下ろし、果物を齧った。
滴る雫。
アウルは、王の態度に舌打ちをした。
「まだ子供だろ? 貴方の父上。『ニグス王』は、もっと国民に対して愛情を注いでいた。国民は皆、笑顔が溢れていた。争い禁止条約が無くとも、争いなど起きなかった。だが、ニグス王が亡くなられてからは、ペトレ王。貴方は、国民を苦しめ血税を搾り取り、税の限りを尽くした」
心の中に溜まっていた王への怒りが止め処なく噴出すアウルにペトレ王も激怒した。
「アウルッ、貴様。誰に物申しておるかぬん。無礼者め!!」
「そうやって、貴方は争い禁止条約を作った。貧困に喘ぐ国民が何時反逆を犯すか怖かったんだ。もちろん、その中に俺と兄もいた。二人が手を組み国民を見方に付ければ貴方の地位は完全に排除される。だから、俺と兄を国宝剣士制度で切り離したんだ。そして、タイミング良く夫婦となった兄を、貴方は権力で脅し洗脳した。兄が逆らえば、家族はこの国では生きて行けないと」
「貴様、言わせておけば……。お前達ッ、この者共を殺せ!! 殺してしまえッ!!」
民衆に、アウル達を殺害させようと命令するペトレ王。だが、人を殺すどころか、争いさえした事が無い彼らには、手に持っている農具をどう使えば良いかも分からず、自分が人を殺すなど考えられなかった。
民衆の中の華奢な男が、恐怖に振るえ、手に持っていた桑を掲げながら一歩出た。
「おいッ!!」
「は、はい!!」
リュウジの鋭い目つきに怯えた男は、上ずる声で答えた。
「テメェらが、本当に俺等を殺したいなら殺れよ。だけどなぁ、また、このぬーん野郎の下で地べた這いずり回って生きて行くのか? 俺なら絶対ぇにゴメンだ。それに、あと数時間で闇の軍勢がこの国を襲いに来る。奴等は容赦しない。確実にこの国は滅ぶだろうよ」
リュウジの衝撃的な言葉に民衆がざわめく。
怯える者や、小馬鹿にする者、信じようとしない者。
すると、後ろにいたマリカが、正面に見えるファヌン大平原の遠くを指指しながら言った。
「アレを見れば良い」
その言葉に民衆が目を細め、次の瞬間には恐怖に怯え上がった。
じわじわと、着実に暗黒の海が押し寄せていた。
民衆も、それが「悪いモノ」と言う事は直感で理解した。
「あ、あんなモノがココを襲いに来るのか!?」
「だから、俺達は、テメェらを助けに戻って来たんだ。そんな俺達にテメェらは武器を向けている。向ける方向が違うと思わねぇか? テメェらを救うのは、あのふざけた王じゃない、俺達だって事だ」
リュウジは、自分と、後ろにいる仲間に親指を向けた。
「貴様等ッ!!」
ペトレ王は、近くに居た女が握っていた鎌を奪うと、アウルに襲い掛かろうとした。
その鎌を剣がなぎ払った。
甲高い金属音と共に、バランスを崩したペトレ王が尻餅をつく。
王の目の前に現れたのはロイドだった。
ロイドは、スフェニスソードをペトレ王の首に突きつけると、怒りを露にした。
「この人でなしめ。もう、この国はお前の物ではない!! 去れ!!」
初めて味わう恐怖。
自分に突き刺さる民衆の冷たい目線。中には憎悪を感じる目線。
ペトレ王は、近くにいた自分の側近の大臣にしがみ付いた。
「助けてくれだぬーん。いつもひいきしているだろ? アイツらを殺せぬーん」
媚び諂う(こびへつらう)王を、大臣は蹴り倒した。
「私にも家族がいるのですよ。ペトレ王。だが、貴方には守る事が出来ないでしょう」
ペトレ王は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、城へと一目散に逃げていった。
「ぬーーーーーーん!!」
ロイドは、民衆に向かった。
「民よ。リュウジと言う男の言う通りだ。間も無くこの国は今までに経験した事のない事態に襲われるだろう。もちろん我々も立ち向かう。だが、確実に数が足りない。戦士が足りないのだ。志願する者が居れば一人でもありがたい」
だが、民衆から帰って来た言葉は予想外の言葉だった。
「俺達は、ただの市民だで。戦った事も無いのにどうヤレって言うんだ?」
「殺されるのは目に見えている」「みんな殺されるんだ」「戦うよりも逃げた方がよかねぇか」
口々に思いを語る民衆。
しかし、一番多かった言葉に、リュウジは激怒した。
――「あんたらだけで戦ってくれよ。勇者の兄弟に、あのHIKARIだろ? 俺達は、野蛮なタイプじゃ無いんだ。城で身を潜めてるから、パパッと退治してくれよな」
「テメェらの国だろうがぁッ!!」
リュウジの怒声が鳴り響く。
そして、リュウジは、急に冷めた態度で後ろを振り返った。
「リュウセイさん。帰ろうぜ。俺はもう知らん」
「そうやな」
リュウジと同じ思いのリュウセイ、マリカは、踵を返しエクスフェリオンに歩み寄る。
その姿に動揺した民衆が、ざわついた。
「嘘だろ!? 俺達どうなるんだよ」「見捨てるのかよ!?」
その言葉にリュウジは振り返った。
「勝手な事言うんじゃねぇ!! 俺達は野蛮なタイプじゃない? ふざけんなッ。そうやってテメェらは逃げて来たんだろうが。やろうと思えば王にだって逆らえたはずだ。一人ではダメでも、全員が一つになればできたはずだ。これが最後の時になるかも知れねぇのに、この期に及んでまで逃げるのか? それでも良いのか? 何故殻を破ろうとしない!? 家族や恋人。もし命を捨ててまで何かを守ろうとするのなら。命を捨てる価値があるのなら……それは今じゃないのか!?」
リュウジの必死の言葉に民衆が静まり返る。
そして、誰かが言った。
「確かに、その通りだよ」「そうだ」「そうだな」
徐々にモチベーションを高める。
「やってやるよ」「どうせ殺されるならヤッてやる」
その光景に顔が綻ぶリュウジ達。
そこでリュウセイが一言言った。
「全員が無事って事はありえんやろう。もしかしたら大半、最悪全員が殺されるかも知れん。やけど……生き残れ。しぶとく生き残れ。反対の事を言ってるかも知れん。やけど命有っての物種や」
リュウセイの言葉に真剣に耳を傾け、今までに無いくらい熱い眼差しを向ける民衆。
その光景にロイドの目に熱い物が込み上げてきた。
「国が……歴史が動いたな」
感極まりアウルに言葉を漏らす。
ここまで国の民が一つになった事自体奇跡だった。
やはり、それはHIKARIがもたらした奇跡なのかも知れない。そして、伝説の通り、HIKARIが世界を救うかも知れない。
そんな期待が彼の胸の中で膨らんだのだ。
「あぁ、だから、ココで終わる訳には行かない。絶対に救ってみせる」
強く拳を握ったアウル。
「そうだな」
ロイドは力強く答えた。
つづく