第27話 「炎の社と闇の戦士」その2~Story of HIKARIチーム(中編)~
広大な牧草地の草を巻き上げながら、エクスフェリオンが地上に着陸した。
「ココの何処に炎の社があんねん?」
そう言うリュウセイの目の前には、石造りのアーチがあるだけで、『社』(やしろ)など何処にも見当たらなかった。
「いや、ここで間違いない」
アウルは、船の甲板から飛び降りた。
六メートルはあったが、全く辛そうな素振りも無く。
マリカに続きリュウセイが飛び降り、続いてガイがロープを伝い降りる。
「お前はココに居ろ」「えっ!? ちょっと!!」
リュウセイは、生身のルナに危害が及ばぬよう、船に置いて行った。
「よしッ、僕も」
そう言い、飛び降りようとしたパルを、アウルが制止した。
「お前もだ」
予想外の言葉に豆鉄砲を食らったような顔をしたパル。
「師匠……どうし「だから、そこで待ってろ!!」」
アウルのいつに増して、威圧的な態度に萎縮したパルは身を引いた。
その様子を横で見ていたリュウセイ達は、きっとアウルにも何かしらの事情があるだろうと思い、仲立ちしようとはしなかった。
薄い石のアーチ。
人が二人通るのがやっとな幅の向こう側には、視界に移る同じ景色が広がっている。
これの何処に炎の社があるのだろうか?
アウルは、ダークグリーンのジャケットの懐にしまっておいた魔法の通行証を取り出した。
バーンニクスの牢屋から脱出する際に、アウルの兄であるロイドが手渡してくれた物だ。
掌二つ分の羊皮紙に描かれた赤い紋様をアウルは指でなぞり始めた。
「アキトテェムン オムニス フェニックス ユヴェータ ナル」
呪文を唱え終えると、持っていた通行証をアーチの右側に貼り付けた。
「よし、入れるぞ」そう言うと、アウルは石のアーチを潜った。と同時にアウルの姿が消失した。
「なるほど」
リュウセイとマリカは、驚く素振りも見せずにゲートを潜った。
リュウジは、船の甲板から自分を見下ろすルナの顔に視線を向け、ゲートに足を踏み入れた。
一瞬にして、視界内に朱色に塗られたアーチが無数に立ち並び、フェニックスの許であろう場所まで一本の道を示していた。
驚き後ろを振り返ったリュウジ。
そこには、先ほど通った石のアーチが立っていたが、その向こう側も、今見ている景色同様、どこか遠くへと朱色のアーチが続いている。
「置いてくぞヤンキー」
遠くで、叫ぶリュウセイの言葉にリュウジが憤りを表した。
「んだとッ……って、否定はできねぇけど」
まるで、神社の鳥居のような朱色のアーチを潜り続ける一同。
「ところでさぁ、アウルってどうしてバーンニクスを抜け出して旅をしてたんだ?」
そう聞いたのはリュウジだ。
バーンニクスの住民は、外の世界を「死の世界」と呼び、恐れていた。そんな世界に出てまで何をしたかったのか?
アウルは、道を進みながら答えた。
「国宝剣士制度ってヤツさ」
「何やそれ?」リュウセイが訊ねる。
「勇者の血を受け継ぐ兄と俺。だけど、勇者の剣『スフェニスソード』は一本しかなかった。ペトレ王は、争い禁止条例を施行している中で、唯一、勇者を継ぐ者だけには特例を認めた。決闘を行い、勝った者には剣を与え、負けた者は、条例に基き争いを行わず生涯を送るか、外の世界へ追放されるかのどちらかだった」
「それで、負けてしまったのか」
リュウジは、アウルの心に傷が付かぬよう、流すように言った。
「決闘で負けた俺は国を出た。途中出くわしたヘルファングの牙を武器にして荒野を彷徨い続けた。そしてまだ見ぬ世界を目の当たりにし、国の中では生涯知る事の出来なかった真実を知った。外の世界にも国があり人が居る事を知った」
「そっか、じゃあバーンニクスの住人は外の世界を恐れて何も知らないんだな」
「あぁ、殻に閉じこもったままでは、何も見えないと言う事だ」
「それを聞かせてやりたい人間が俺等の世界にもぎょーさん(大勢)おるわ」
リュウセイが、頷きながら言った。
「だけど、パルだけは違った。アイツは国を捨て、俺に付いて来たんだ」
「二人で協力して旅を続けてたって訳か」
「実際、アイツが居なかったら、俺が死んでいたかも知れない。お陰で心細い思いはしなかった。ソレが唯一の支えだったのかもって、今になって思うよ」
アウルは、色々な旅の思い出を振り返り、ニコリと笑った。
「その旅の途中に、俺は大魔術師フェルドゥグに出会ったんだ。彼の全てが衝撃的だった。掌から炎を吐き出し、湖を氷結させた。雷撃を操り、土を意のままに動かした。何よりも驚いたのが召喚獣だった」
アウルは、過去の記憶に興奮気味になり、会話のスピードが速まった。
「彼は、迫る老いもあり、もう弟子は取らないと言った。だが、俺とパルは喰らいついた。剣技では繰り出すことの出来ない新たなる力をどうしても覚えたかった。そうする事で、俺は別人として生きて行けそうな気がしたんだ。魔術師として」
「それで、大魔術師を説得して、魔術師アウルになったんやな」
「そう言う事だ」
湾曲している道を抜け階段を上ると、ゲートの終わりの向こう側に巨大な岩が顔を出した。
岩と言うのも語弊がある。見た目はドーム型だ。全長は五百メートル程。途轍もなく大きな岩石を、注連縄が囲む。
神を崇めるかの如く、注連縄の周りの松明の火が揺れている。
リュウジは、岩石の天辺を見ようと顔を上げたが、角度が足らなかった。
「高けぇし、デケェなぁ」
「入るぞ」
アウルは、リュウジの言葉に耳を傾ける事も無く、麓にある朱色の鉄扉を開いた。
それに続く、リュウセイ、リュウジにマリカ、ガイ。
「また暗闇やし。何も見えへんぞアウル」
「ちょっと待ってくれ。アスディケール・エルペェンタム」
アウルが呪文を唱えると、全員の視界がクリアになった。
「わぉ、魔法って便利だな」
ガイは、そう言うと、下り螺旋階段を下りていった。ガイに続く一同。
臭いは無く、暑苦しくもない。
ただ、足音の反響が延々と木霊していた。
「こんな地下深くに住み着きやがって。どんなけシャイやねん」
リュウセイは、いくら降りても変わらない光景に苛立ちを覚えていた。
すると、アウルがガイに訊ねた。
「今度は、お前の番だろ?」
「何がだ……」
アウルは、ガイの白々しい態度に鼻で笑った。
「俺だけ過去の赤裸々(せきらら)な体験談を語って終わりか? お前も喋れよ」
「聞いて何になるんだ? 俺のは暗いから辞めておけ」
「俺なんかもっと暗いぞ」リュウセイが不気味な笑みを零す。その明暗の濃淡で浮かび上がる顔にリュウジは嫌悪感を抱いた。
「リュウセイさん。キモイっすよ」
「黙れ」
ガイは、重い口を開いた。
「俺の生まれは、商業国ロシュハーベルだ」
国の名前を聞いた瞬間、アウルの表情が固まった。
「ロシュハーベルって、さっき襲われた国……」
その衝撃的な告白に、リュウセイとリュウジの視線がガイに注がれた。さすがのマリカでさえ、目だけ動いた。
「俺には、マルクと言う弟がいた。そんな兄弟が、物心付く前に親に捨てられ、スメルタウンと呼ばれる荒れた物騒な地区で、ゴミ箱をあさって生活をしていたんだ」
ガイの声が反響を続ける。
「たまに、市場に出ては弟や仲間と盗みを働き、ゴミの山の頂で食料を分け合った。そんな生活が長く続いたある日の深夜。市場が赤々と光っていた。俺達は、その揺らめく光の方へ進んだ。すると、市場は真っ赤な炎で覆われ、盗賊が食料を布袋に詰め込んでいたんだ。だが、貧しい商人からは一切盗みをせず、腹の出っ張った裕福層から盗みを働いていた。どこからやって来たのか? 空を見上げれば大きな船が幾本のロープを垂らし、宙に浮いている。俺は、その時、初めて空賊を知ったんだ」
「で、憧れたんだな」リュウジの言葉にガイは頷いた。
「ロープを掴み、颯爽と引き上げられ去っていく。噂では、彼らは、評判の良くない盗賊を懲らしめ、報酬次第では国さえ守った。正義の悪党……俺の憧れだった。俺もいつか空賊になる。そう硬く誓った」
――「なぁ、マルク。俺は次の襲撃があった時、空賊に入れて貰えるように頼み込むよ」
――「じゃあ、僕も行くよ兄ちゃん」
――「それはダメだ。空賊は危険が付き物だ。一歩間違えれば死ぬ事だって有り得るんだ。マルクをそんな目に会わせたくない」
――「兄ちゃんが居なくなるなんて嫌だ。いつも一緒だって、兄ちゃん言ってくれたじゃないか」
――「分かってくれ、兄ちゃんを困らせるんじゃない。良いか、俺が立派な空賊になったら、お前に腹いっぱい美味いモンを食わせてやる、何でも買ってやる。そして何があろうと守ってやる」
「そして、その日の晩に襲撃が起きて、俺は空賊になった。ある程度経験を積み、自分の船を手に入れ仲間を手に入れた。そして今に至るって訳だ」
「じゃあ。襲撃された国にガイの弟が……」アウルが静かに言った。
「恐らく……」
すると、いきなりリュウジは、ガイの胸ぐらを掴み壁に叩き付けた。
「何で助けなかったんだよ。何で!?」
顔を伏せるガイ。
「大切な弟だろ? 守るって約束したんだろ? 答えろよッ!!」
憤り怒鳴るリュウジの肩をリュウセイは引っ張った。
「おい、もう良いやろ。辞めとけ」
「俺は、俺を信じて船に乗り込む六十五人の仲間がいる。お前達もそうだ。全員の命を預かっている以上、自分の私情で、みんなのを危険な目に会わせる訳には行かないんだ!!」
ガイは、リュウジの目を見ながら強く訴えた。
すると、ずっと口を開かなかったマリカが喋った。
「ガイの言う通りだ。船長は、船員の命を預かっている。全ての状況を判断し、危険な行動は絶対に取らない。あの時、助けに行っていれば、帰って来れたとしても半数以上の船員を失っていた事だろう」
その言葉を聞き、冷静になったリュウジは、ガイに謝った。
最深部まで階段を下りた所で、今度は、長い通路が待っていた。
「この先だ」
そしてアウル達は、通路の奥に広がる巨大空間へ足を踏み入れた。
「このお方が、不死鳥だ」
つづく