第27話 「炎の社と闇の戦士」その1~Story of HIKARIチーム(中編)~
連載再開です。
またよろしくお願いします。
ディアグロドラゴンに連れ去られたアンリを探すべく、前進する巨大空賊船エクスフェリオン。
船首から下を見下ろすリュウセイ達。
「あのクソドラゴン。見つけたら今度こそギタギタにしたるからなぁ」
歯を食いしばるリュウセイの横で、アウルが遠くの何かに気付いた。
「あそこだッ」
全員に知らせる様に、遠くの空を指差した。
断末魔をあげるドラゴンが一瞬にして爆発。
爆発の波動が雲を吹き飛ばす。エクスフェリオンの船長であるガイは、長年の経験から慌てて舵を切った。
「みんな何かに掴まれッ!!」
船体を大きく反転させた時、爆風に船が押しやられ、大きく仰け反った。
船員達やルナの悲鳴。
船首の舳先に掴まっていたリュウジは、直立したエクスフェリオンの船尾で、マストから垂れたロープにしがみ付き絶叫するルナの許へ飛び降りた。
「手ぇ離すなよッ」
普段、掛かるはずの無い重みやバランスに船体が音を立てて軋む中、空中へほおり出されるタルや土嚢と一緒にリュウジが急降下する。
もし、ルナを掴む事が出来なければ、リュウジもタルと同じ末路を辿るだろう。だが、目の前で泣き叫ぶルナを前にして、我が身の無事を願うリュウジでは無かった。
ルナの掴むロープが大きくうねり、そして撓る。
その衝撃でルナの指がロープから離れてしまった。
離れ行くロープが、ルナの末路あざ笑うかの様になびく。
声を出す事も忘れ、思考回路も停止する。狭まる視界に最後まで残るロープ。
遠のきそうになる意識の中、ぼやけて聞こえる誰かの声。
そして、ロープの前に現れた見た事のある大きな掌。
リュウジは、ルナの手首を掴むと、ルナが掴んでいたロープを握りしめた。
「このクソがッ!!」
気合いと共に、リュウジのバトルスーツが起動し、スピリットの力を糧に腕力が大幅に上昇する。黒いジャンパージャケットから伸びる黒いシャツが膨らみ、バトルグローブが更に軋む。
リュウジは、ルナの体を軽々と抱き寄せると、ロープを上った。
「うぉぉぉぉぉおおおおっ」
ガイの雄叫びと共に、船体が水平へと戻った。
「みんな大丈夫か!?」
舵場から振り返るガイの前で、メインマストのロープに絡まれたパルが、天辺付近でバタバタと暴れる。
「助けてぇぇ、高くて怖いよぉ」
「それぐらい自分で何とかしろよ」
アウルは、パルの滑稽な姿に笑い声をあげた。
「笑っている場合じゃないですよぉ」
立ち上がるリュウセイと、ガイが甲板の被害状況を確認する。
置いていた物は綺麗に無くなりはしたが、船員達も全員無事で胸を撫で下ろす。
だが直ぐに、アンリの行方が気になった一同。
先程の爆発の原因を探すべく辺りを見回すリュウジ達。
「アイツどこ行ってん? もしかして地上に落ちてしもたんか?」
「わかんねぇ。でも、だったら、ドラゴンはどうして吹き飛んだんだ?」
船首から再び下を見下ろす二人に、聞きなれた声が聞こえた。
「安心しろ。体は無事だ」
それはアンリの声だった。
驚き振り返る二人の前に、白い羽衣を身に纏う美しい女性が立っていた。
風に靡く金の髪。
「テメェ何者だ?」
歩み寄るリュウジを手で押さえ、リュウセイが前に出た。
「覚醒したんか?」
「彼女が余りにも脆弱だからな」
涼しげな表情で答える。
「もう、ドラゴンは倒したやろ。早く戻れや」
「断る」
「断る? どう言う事やねん」
リュウセイは、眉間にシワを寄せた。
「残念だが、もう彼女は戻ってこない。私がこの体を支配させて貰った」
「なんやと?」
「松之宮 杏里。長い間、私は彼女を見て来た。しかし、前世である私が恥をかくほどの脆弱ぶりに、最終手段をとったのだ」
そこへ、ルナが歩み寄る。
「アンリちゃんはもう帰って来ないの?」
「それは彼女次第だ」
「どう言う事や?」
すると、マリカは顔に掛かる髪を掻き上げ、不敵な笑みを見せつけた。
「彼女は、今、心の中で戦っている。もし、勝つ事が出来ればこの体は返す。だが、負ければ、私がこの体でガジャル封印を実行する。それが最終手段だ」
リュウセイは、マリカの許へと歩み寄ると、羽衣の胸ぐらを掴み上げた。
「アイツが負ける訳ないやろ。松之宮は心の強いヤツや」
「そうであって貰いたい」
エクスフェリオンが大きく旋回した。
「炎の社から大きく離れてしまったな」
ガイは、甲板に埋め込まれた大きな羅針盤を見下ろしながら、舵を操作してゆく。
アウルは、ガイが船を操る舵場へ近づいた。
「今はどの辺りだ?」
「そうだな、バーンニクスから80ティトってとこだな」
木製のハンドルに手を掛けながら、ガイは答えた。
「ファヌン大平原を越えた辺りだな」
ガイが答えた距離を頭の中で算出し、アウルは、船尾に見える山に目をやった。
「あのグラナド山脈を越えた先辺りだな……」
「そうだな……」
二人の神妙な表情を見逃さなかったリュウセイが歩み寄る。
「なぁ、あの山の向こうが何なんや?」
「恐らくセーデンの闇の軍勢はグラナド山脈を越えて来る。それも間もなくだろう」
「無限の軍勢か。こっちに勝算はあんのか?」
アウルは、胸の前で腕を組み考え込んだ。
「恐らく……セーデン本人を殺せば軍勢は消滅するだろう」
「そのクソ野郎は何処にいるんだ?」
隣で話を聞いていたリュウジが訊ねる。
「グラナド山脈を越えて740ティトだ。この船のスピードなら1時間ってとこだが、走ってだと半日は掛かる」
「だったらこの船で今から奇襲すれば良いんじゃねぇのか?」
リュウジの言葉に納得したリュウセイが掌を拳で叩いて称賛した。
「そうやん。わざわざバーンニクスが攻められるのを待つよりも、こっちから攻めたったらエエやんけ」
「駄目だ」
そうあっさりと、リュウジの案を棄却したマリカ。
「半端な作戦で乗り込めば必ず返り討ちを喰らうだろう」
「だったら指を加えて見てろって言うのか?」
マリカは、船尾から見えるグラナド山脈の頂上へと視線を向けた。
「来たぞ」
落ち着いた様子で、マリカは言った。
マストの上でロープに絡まったままのパルが、腰に隠していたナイフを器用に使っていた。
「なんて硬いロープなんだ……ん?」
パルは、グラナド山脈の雪に覆われた頂上の異変に気が付いた。
視界全てに広がる山脈の輪郭が黒くなり、それが太くなってゆく。
そして、その黒い影は、ゆっくりと山の中腹へと下っていた。
影の跡には影しかなく、それ自体が歪に蠢いている。その全てがセーデンが操る闇の戦士達なのだ。
それは、ガイが言っていた通り、黒い大津波。そして、その後ろから延々と続く暗黒の海だった。
まさに無数。
「師匠ッ!!」
「あぁ、俺も見えてる……ッ」
パルは、ロープを切ると、マストを滑り降り、アウルの許へと向かった。
アウルは、船首の先に見えるバーンニクス城を視界に捉えると、唇を噛み締めた。
「間違いない……あと……」
「4時間程でバーンニクスに到着だな。そして、城の西にあるポリカの湖を越えた所にある炎の社。あそこに辿りつかれたらこの世は終わりだ」
アウルの言葉にガイが続けた。
目の前のおぞましい光景に、ルナは全身の身の毛が弥立ち、後退りした。
「何なの……冗談でしょ?」
「こんなんにオチなんてあるかい(ある訳ないだろ)」
その時、リュウジは地上で何かを見つけた。
「おい、アレは!?」
その言葉に一同はグラナド山脈の麓に目をやった。
グラナド山脈から進行を続ける闇の軍団に立ち向かおうと、小さな商業国の、兵士や戦士が陣形を組んでいたのだ。
街の志願兵はおよそ百人。兵士が三十人に鎧姿の戦士が三人。
城国バーンニクスよりも戦闘人数は上だ。
陣形の先頭で国旗が括り付けられた槍を持つ戦士が、跨る馬を足で刺激した。
馬があげた雄叫びと共に、陣形が一気に闇の軍勢へと向かって行く。
「あの人達、どうして逃げないの?」
ルナは、誰かが答えてくれると願い、周りの人間全てに問いかけた。
答えたのはガイだった。
「逃げれる訳がないんだ。彼らは戦士だ。誇りを持って死んで行きたいのさ」
「俺達も加勢しようぜッ」
リュウジは、そう言うと、船首の側壁に足を掛けた。
だが、マリカはリュウジの肩を掴むと引き下ろした。
「もう手遅れだ」
「何だと!?」
「言っただろ。馬鹿みたいに突っ込めば返り討ちに会うだけだ」
「うるせぇ、知った口訊きやがってよぉ」
リュウジは、マリカに詰め寄り鋭い眼つきを向けた。
「私は過去に戦っているから言っているのだ。瑠璃香としてな……」
言い返しようの無いその言葉に、リュウジは言葉が詰まった。
一同はただ目の前の現実を見届けるしかなかった。
目の前で大勢の人間の命が一瞬にして消え去る。
そんな光景を、リュウセイ、リュウジ、ルナは、初めて目にする事になるだろう。
想像は付いた。
リュウセイ、リュウジでさえ、目を塞ぎたくなる思いだった。
最後の雄叫びを轟かせながら、暗黒の軍勢に突進する戦士達。
それを物ともせず飲み込む影。
その影は、一瞬にして戦士達は愚か、商業国を飲み込んだ。
まるで、世界の最後が描かれた映画のワンシーン。巨大津波が街を飲み込むソレと同じだった。
言葉を失う一同。
目の前の残酷な光景に嘔吐する船員もいた。
「あと4時間かよ……ふざけんなや」
リュウセイは絶望を噛み締めながら、闇の軍勢を見下ろしていた。
「ちくしょう……安らかに眠れ、弟よ……」
ガイはそう呟くと、船を炎の社に向かわせたのだった。
つづく