第3話 「松之宮 杏里」その2
「おはよーアンリぃ」
アンリが教室の扉を開けると、親友の奈菜瀬 美津穂が笑顔で出迎えた。
美津穂は、アンリが高校へ入学した時に隣の席にいた事もあり、直ぐに仲良くなった。
いつも笑顔で、少し火照った感じに明るんでいる頬がチャームポイントで、アンリ同様中々の容姿をしている。
「おはよぉーみっちゃん」
アンリのいつもと違う雰囲気を感じ取った美津穂は少し心配になり「アンリどうしたの? 何かあったの?」と顔を覗き込んだ。
「別に何にもないよ…大丈夫だから、安心して」
アンリは無理に笑顔を作った。
「あたし達の仲なんだから、隠し事はなしだよ、 ってぇ〜もしかして好きな人が出来たとかぁ?」
美津穂は笑いながらアンリの肩を叩いた。
「ちちっ、違うわよっ!だ・か・ら何でも無いって」
美津穂との会話でアンリにいつもの笑顔が戻っていた。
アンリは水晶玉の事が気になってはいたが、それは神様がくれたプレゼントだと思う事に勝手に自分の心の中で解釈し疑問にケリを着けた。
勿論、今朝の窓ガラスの事も忘れようと思った。
−−「どうせ考えたって解んない」−−
「おはよー…松之宮っ」
オドオドした感じでクラスメイトの 神城 空が朝の挨拶を交わしてきた。
「おはよー」
アンリは抑揚の無い挨拶を交わした。
「神城のやつ、アンリに気があるんじゃない?」
美津穂はアンリに怪しい笑みを浮かべながら目を細くした。
「何言ってんの、みっちゃん!」
「ははははっゴメンゴメン」
美津穂は笑いながら謝った。
神城 空…この時のアンリにはソラはただのクラスメイトでしかなかった。
窓から空をみた…
鉛色の空からはバケツをひっくり返した様な豪雨が教室の窓を容赦無く叩いている。
「お前ら、来週は期末テストだからしっかり勉強しておけよ! 困るのはお前たちなんだかんな!」
担任の加藤はテストシーズンに突入すると、毎回決まって同じことを言う。
「それと遠藤!」
加藤の声にシャーペンの芯を出したり戻したりして遊んでいたクラスメイトの遠藤がビックリして返事した。
「はいっ!」
加藤は無表情で「後で職員室へ来いっ!」と言った。
「そんなぁ〜」
遠藤は悲しそうに叫んだ。
周りの男子生徒は遠藤を指指し笑った。
全員知っての通り、また加藤のネチネチしたお説教が始まるのだろう。 延々と…。
「アンリ、一緒に帰ろうよ」
美津穂がショルダーカバンを肩に掛けながらアンリに問いかけた。
「ゴメン、今日傘忘れちゃって‥雨があがるの待とうかな、なんて‥」
アンリは、今朝のガラスが割れた事で、傘を持たずに家を飛び出してきたのだ。
美津穂は大きなビニール傘を持ちながら「いいよ、あたし傘持ってるし、一緒に入って家まで送ってってあげるよ」と言い、ニコリと笑った。
「ありがとぉ〜みっちゃんっ」
アンリは心の底から美津穂と言う友達に感謝した。
大粒の雨が美津穂の傘に当たり、弾け飛ぶ音が延々と続いている。
「すごい雨だね」
アンリは美津穂の傘の中で言った。
「きょ〜れつだよ!」
そう言いながら美津穂の傘は人目に付き難い団地の間を進んでいく。
その時、2人は背後の怪しい男の存在に気付いた。
男はどしゃぶりの雨の中、傘をささずに2人の後ろを付けていた。
「お姉ちゃん達可愛いねぇ、女子高生がこんな所歩いたら危ないだろうよ〜、襲われても誰も気付かないよぉ〜」
だらしなく髪が伸びきり、小汚いジャージを着た男はニヤニヤしながら雨の中、2人に近づいてくる。
アンリと美津穂は驚きと恐怖で足がすくみ、走って逃げる事もできなかった。
「君も特に可愛いねぇ、足‥白くて長くて綺麗だね」
男はアンリを特に気に入ったようで、距離を縮めてきた。 そして男は一気に杏里に抱きついた!
アンリはあまりの恐怖に声も出ず涙だけが流れた。
その時!
「このキモ男っ、アンリから離れろっ!」
親友の美津穂は男の服を引っ張り、アンリから離した。
男はバランスを崩し地面に倒れこんだ。
美津穂はアンリの腕を掴み、崩れ落ちるアンリを引っ張った。
「逃げるわよ、アンリぃっ!」
だが男は2人の前に立ちはだかり、さっきのニヤニヤした顔とは全く違うほどの恐ろしい形相に変わっていた。
「お前ら‥なめやがって‥俺からは逃げられないっ! こ、こ…殺してやる」
男は懐から包丁を取り出した。
−−「殺される」−−
2人はそう思った…
つづく