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第25話 「分裂する心」その3~Story of 神城 空(前編)~

 みかどが居る屋敷へとやって来た源 博雅みなもとのひろまさ

 一段上がった畳の上で、体勢を崩しながら、もう一人の男と話をしていた。

 その男を見て、博雅は疑問に思った。


「あれ? 清明ではないか?」

 目の前の男は、博雅が先ほど目にした清明だったのだ。

「どうかされましたか? 博雅殿」

 清明は、帝の前だったので、敬語で訊ねた。


 博雅は、帝に一礼をすると、清明に訳を説明した。

「先ほど、お前に会ったぞ」

「先ほど? 私はずっと此処に居ましたが」

 不思議そうな表情を浮かべる清明。

「朱雀門で、ソラ殿とユキ殿を連れて、『御影山』に向かうと言っていたではないか?」

「存じ上げて御座いませぬ……」

翡翠ひすいを探しに行くと……」

 すると、帝が口を開いた。

「はて? 御影山に翡翠があるとは初耳だ。あそこは、硬い石と土で出来た山だが……」


 すると、清明は、嫌な気を感じ、慌てて立ち上がった。

 その様子に、博雅も気付いた。

「まさか……道満か?」

 清明は、頷くと帝に一礼し、踵を返した。

「行きましょう。 博雅殿」




 ソラの悲鳴が見景山に響き渡った。

 鬼の拳を受けたつもりだったが、凄まじい衝撃で骨が折れてしまったのだ。

 骨の折れた左腕を右手でかばいながら、ソラは、雨の中、泥だらけの地面でのた打ち回るユキを救おうと、駆け寄ろうとした。

 しかし、立ちはだかる鬼は鉄壁だった。

 額に脂汗が滲み出す。


 ユキは、首を締め付ける呪符に爪を引っ掛け、何とか破る事に成功した。

 むせながら、力なく立ち上がると、鬼と闘うソラを見た。


 爪がいびつに伸びた紫色の拳を、ソラは額のギリギリで交わすと、後ろから伸びてきた拳を体勢を逸らしさばいた。

 前方から迫って来た鬼に、肩を掴まれ、骨の折れている腕に激痛が走る。

「ぐわぁっ!!」

 そこへ、タイミングを合わせ別の鬼が鋭利な爪で、引き裂く様に手を振りかぶる。

 一掻ひとかきでも喰らえば、はらわたが飛び出るだろう。

 ソラは、痛む腕を振り払い、素早く地面に伏せた。

 鬼が振りかぶった爪は、ソラを掴んでいた鬼を引き裂き、どす黒い血が飛び散った。

 一瞬でも気を許せない死と隣り合わせの状況に、目を忙しなく動かし、鬼達の動きを見定めようとする。


「あの時の力を見せてみよ」

 高みの見物をしていた道満が、優越感に浸った笑みを見せる。

 それを見ていた、ユキが、傍に落ちていた小刀を掴み、再び道満に突進した。

「両親の仇ッ!!」

「馬鹿な小娘めが」

 道満が、雨を弾き突き出した掌をユキに向けると、持っていた小刀が遠くに吹っ飛び、小刀を握っていた両手は、ユキの細い首を掴んだ。

 苦しそうに、首を押さえるユキ。

「い、息が……」

 道満は、突き出した掌にもう片方の手を添えた。

 雨に滴る黒い狩衣の袖。

 そして、術を唱え始めた。

「アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ。アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ。アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ」

 すると、ユキの足元から、黒い鎖の紋様が、体を這いずり上がって来た。

 陰陽の術とはまるで違う謎の術に、ユキが驚愕する。

「何だコレはっ!?」

 そして、黒い鎖の紋様は、ユキの体を締め付けるように絡み合い、ユキの体に溶け込んだ。

「今のは、魔界に住む鬼の術。もはやお前は動けぬ。その身を封じたのだ」

 体を動かしたくても動かないユキ。

「クソッ!! 放せッ!!」

「お前は、そこで見物していろ。あの男の身に起こる一部始終を」

 その言葉にユキは、絶叫した。

「ソラぁぁぁぁッ!!」


 四体の鬼から飛び出る八本の豪腕。

 元は、都で餓えに苦しむ町人達だ。

 老婆に娘、男に治安部隊の検非違使けびいしまでもがいる。


 ソラは、清明がやっていたように、鬼達の首下に貼り付けられている呪符を剥そうと覚悟を決めた。

 それしか、彼らを止める手段が無いからだ。

 骨が折れ、痛む腕の事など気にしている場合じゃない。

 生き死にが懸かっているのだ。


 鬼が突き出した拳を間一髪避けたソラは、背後に回り、首に貼り付けられていた呪符を剥した。

 すると、鬼はみるみる内に老婆へと戻り、雨の中、地面に倒れ落ちた。

「よし、まずは一人目」

 ソラが、鬼を一人解放した喜びに顔を綻ばせたのも束の間、身動きが取れないユキが、警告し叫んだ。

「ソラッ、後ろ!!」

 その言葉に慌てて振り返ったソラだが、鬼の頭突きがソラの額を弾いた。

 黒い帽子が音も無く、地面に倒れ落ちた。

 鈍い音だけが雨の音を掻き分け、道満とユキの耳に届く。

 頭が割れる程の衝撃に意識が飛びそうになったソラは、全ての視界が縦のラインを残し、気付いた時には、泥でぬかるむ地面に顔をうずめていた。


 二体の鬼がソラの両腕を掴み、引きる様に持ち上げる。

 顎と、靴の先から雨水が滴り落ちる。

 朦朧とする意識の中、ソラは道満を睨み付けた。

「ほう。まだ目に光が灯っておるのぉ」

 道満は、一体の鬼に顎で合図をすると、二体の鬼に掴み上げられているソラの腹部を幾度と無く殴り込んだ。

 重く鈍い音が、地面を突き刺す雨音と同化する。


 体が全く動かないユキは、目の前の残酷な光景から顔を逸らす事も出来ずに、涙だけが頬を伝い、雨と交じり合った。

 次第に、口から血を吐き始めたソラ。

 何度も意識が飛びそうになるが、瞬時に全身を貫く激痛に、我に返る。


 そこへ、ぬかるむ地面を踏みしめ、安倍清明と源 博雅が、雨に打たれながら現れた。

「ソラッ!!」

 目の前で、拷問を受けるソラを目の当たりにし、博雅が叫んだ。

 だが、その声も、清明達が駆けつけた姿も、今のソラには届いていなかった。


「道満。ソラとユキを放せ。何故なにゆえソラを付け狙うのだ?」

「黙れ清明。黙って見てるのだ」

「博雅」

 清明の言葉に首を縦に振った博雅は、ソラを助けようと腰に差していた刀を抜き、鬼に近づいた。

 それを静止する道満。

「止められよ源 博雅。それ以上近づけばソラは、二度と明日と言う名の空を見る事ができぬぞ」

「何だと!?」

「この鬼が本気を出せば、アヤツの体は弾け飛ぶ」

 道満の目を睨み付ける博雅だが、その目に『偽り』は見えなかった。

 博雅は、刀を鞘に納めると、清明の元へと戻った。


 清明は、すかさず指を絡め、術を唱え始めた。

陰怨亜彌伽おんあびきゃ陰邪堕霊おんじゃだれい洸殺魔ッ「アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ。アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ。アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ」!?」

 清明の術を掻き消し、素早く術を唱えた道満。


 清明と博雅の足元から黒い鎖の紋様が現れ、二人の体を這いずり上がる。

 それを振り払おうとするが、その手が強制的に下ろされる。

 そして、二人は完全に身動きを封じ込められた。

 その光景に、歓喜の声を上げた道満。

「はっはっは。都一の陰陽師もその程度かぁ。もはやワシの敵ではござらぬ」

 清明の唯一動く口が開く。

「道満。鬼に魂を売って、術を会得したか……?」

「あぁ。お前に術比べで負けてワシは全てを失った。ワシの信用は都から消え去り、雅人みやびびとからは後ろ指を指され、町人からはさげすまれ、都を追い出された」

 序々に道満の表情が憎しみに歪み、声が荒ぶる。

「病の父には薬を買う事が出来なくなり、世を恨み死んでしもうた。ワシは、お前を恨んだ。心の底からなぁ。そして、復讐だけを考えて生きてきた。だが、そんな時に聞こえたのよ……魔界に住む鬼の声が……」

「鬼が求めた物は、お前の魂だけでは無いはず……。後は何を捧げたのだ?」

 道満の怪しい口元がゆっくりと開き、低い声で答えた。

「108の人間の魂よ」

「何だと!?」

 博雅の口から、恐怖を通り越した驚愕の声が飛び出した。

「初めはワシとて、苦しんだ。罪も無き人々を殺める事など。だがなぁ清明。その心は、お前への復讐心が溶かしてくれたぞ。50の魂を殺める頃には、復讐心よりも快楽の方が強くなっていた。人の命がどうとか言う道理は消え失せていた」


「ならば、俺を狙えば良い。何故、このような事を?」

「もはや、ワシの中では、お前に対する復讐などどうでも良い」

「何だと?」

「お前を殺める事など、ワシの計画の通過点にしか過ぎぬ」

「何が目的なのだ?」

 博雅が訊ねる。

「ワシを蔑み、罵りはずかしめた王都。平安京を滅ぼす。そして、ワシが納める新たなる王都を築き上げるのだ。そして、行く行くはこの世も全て、ワシが納める理想郷へと変えてやるわい」

 道満は、岬から見える、雨に霞んだ平安京を遠くに眺めながら言った。


「お前が鬼の力を手に入れる。そんな事の為に私の両親も殺められたのか? その108の魂の中に?」

 ユキは、唯一動く唇を最大限に広げた。

「さぁな。恐らくその中におっただろうなぁ。ただ数が多すぎて、何時何処でかは覚えておらぬ」

 すると、ユキの唇が震えた。

「お前の復讐の為に……私の母様と父様が……」


 その時、鬼に捕まり拷問を受けていたソラの体から金色こんじきの光が吹き荒れた。

「許せねぇ……。絶対に許さねぇッ!!」

 ソラの顔に生気が戻り、怒りに顔が歪んでいる。

「貴様ッ……ぶっ殺すッ!!」

 気合と共に、両腕を掴んでいた二体の鬼と、拳が血に染まる鬼が吹き飛んだ。

 雨を弾き、土の地面がえぐれ飛ぶ。


「よし、今ぞッ!!」

 道満は、この時を待っていたと言わんばかりに、突き出した両腕で印を結び、術を唱えた。

「ゲンジュム クヮンスタ ゲンジュム コーライ。ゲンジュム クヮンスタ ゲンジュム コーライ。ゲンジュム クヮンスタ ゲンジュム コーライ……」

 途端に苦しみだすソラ。

 体を纏っていた金色の光は消え去り、発作を起こす。


 ソラの視界が二重に重なる。

 全身がマグマの様に熱くなり、臓器が痙攣した。

 心臓の鼓動が胸の内側から激しく叩き、神経と言う神経が錯乱状態に陥る。

「ぐぅぉぉおおおおッ……がぁぁぁぁああああ…………」

 全身が泥まみれになろうと、それどころでは無い程に、悶絶し、のた打ち回る。


 ユキ、清明、博雅が同時に叫んだ。

「「「ソラッ!!」」」


 すると、清明達の目の前で、ソラの背中から別の腕が突き破り出てきた。

 そして、もう一本。

 激痛に背を逸らすと、もう一つの頭がソラの頭から分裂するかの様に糸を引きながら出てきた。

「うぐわぁぁぁぁッッ!!」

 うずくまるソラの背中から、這い出るように、左足、右足と、飛び出す。

 全てがソラの体から分裂した。


 その現れた人間を目にし、三人が驚愕し、唖然となり、道満は満面の喜びを表した。


 朦朧とする意識の中、ソラは、自分から抜け出たその男を見た。

「お……前……は?」


 そして、男は答えた。

「俺はシオンだ」





 一体、ソラの身に何が起こったのか?

 シオンの登場が意味する事とは?

 ユキの恋の行方は?

 清明と道満は?

 そして、次回、ソラが迷い込んだこの世界の真実と驚愕の事実が明かされる。

 最大級の悲しみと絶望がソラを襲う。


 Story of 神城 空(中編)に続く。





 ~次回 第26話「大空賊船エクスフェリオン」Story of HIKARIチーム(中編)~


 舞台は、再び、HIKARIチームへと移る。


 世界滅亡のカウントダウンの中、最後の希望『フェニックス』を守るため、アウルとロイド、ガイと言う仲間を引き連れ、壮大な戦争へと突き進んでゆく。


 リュウセイ達は、この戦いに巻き込まれ、無事に生還する事ができるのであろうか?


神城 空編の前編は如何でしたでしょうか?

HIKARIチームとは全く違うストーリー。


感想など頂ければ、助かります。

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