第25話 「分裂する心」その2~Story of 神城 空(前編)~
陰陽寮に向かい、都の中を歩くソラとユキ。
鉛色の空は、今にも雨が降り出しそうな程、重々しく澱んでいた。
「やっべぇ雨降りそうだな」
「急がねばならんな」
ソラとユキは、上目使いで空の機嫌を伺いながら小走りを続けた。
すると、道の向こう側から清明がやってきた。
「あっ、清明さん」
ソラとユキは、笑顔で駆け寄った。
「2人だけで何をしておったのだ?」
「陰陽頭に頼まれ、吉野山で、翡翠を集めていました」
ユキは、巾着の口を広げ、中に入っている翡翠を見せた。
「ほぉ。恐らく、陰陽の数珠を作るつもりだろうが、それだけでは足らぬぞ」
「でも、今日一日掛かってこれだけだったんです。もう天気も悪いですしね」
ソラは、曇り空を見上げながら手を上げた。
「御影山には行ったのか?」
清明の質問にソラとユキは顔を左右に振った。
「いえ、行ってませんが」
「あそこの方が、大きな翡翠が湯水の如く土の中から出てくるそうだぞ」
「本当ですか!?」
その言葉にソラとユキは、目を輝かせた。
正直、陰陽頭賀茂忠行に課せられたノルマには程遠かった。
「俺も共に行こう」
清明の提案に、二人は笑顔で応えた。
京の都から外へ出る大きな門。
朱雀門を、出ようとした時、源 博雅と偶然に出会った。
「清明。それにソラとユキまで。一体、今から何処へ行くのだ?」
博雅も、黒い衣冠の袖を捲り、帽子を手で押さえながら、空の機嫌を伺うように上を見上げた。
「清明さんに、『御影山』で翡翠が大量に採れると教えて頂いたので、これから向かうんです」
「こんな天気でか?」
博雅は、『正気か?』と言わんばかりの、不安げな表情を浮かべた。
「清明様が、着いて来てくれると」
ユキの言葉に、博雅は笑顔で、「そうか。清明がいれば安心だな。私は、帝に様があるので、これで失礼する」と言い、小走りで内裏へと向かった。
清明達は、草木が生い茂る畦道を進み、御影山の麓を越えた。
暫く歩いていると、山の中腹に平地が現れた。
そこで歩みを止める一同。
清明は振り返ると、「ここがそうだ」と言い、ソラとユキは、持っていた小刀で草を刈り、土を掘り始めた。
硬い、石と土が突き刺さる小刀の刃を跳ね返す。
一心不乱に土を掘っていると、雨粒が背中を弾き、次第にソラ達の周りの草木がざわめき出した。
「クソッ。雨が降って来たぞ」
「しかし、何処まで掘り進めば大量の翡翠が現れるのですか?」
ユキが、顔を上げ、清明に訊ねた。
その時、木々の隙間から四体の鬼が現れた。
それは霊の類では無く、実態がある操られた鬼だった。
すぐさま立ち上がり身構えるソラとユキ。
「清明さん。またコイツらがッ!!」
「コイツら?」
清明は不思議そうな顔で二人の顔を見た。
「この鬼共は、私の式神なのだがな」
「はぁ?」
その言葉の意味が分からず、ソラの声が裏返った。
清明がこのような邪悪な式神を操る訳がない。
そして、この鬼達は、首下に道満の呪符が貼り付けられた者達だ。
「まさか……」
ある最悪な予感がソラを襲った。
その予感はユキにも伝わった。
「嘘だと言って下さい、清明様」
だが、目の前の清明は、ソラ達が感じた最悪の予感通りだった。
「清明? ワシはその名では無い」
雨に濡れる清明の顔が溶け落ち、ソラがあの日見た、蛇のような顔が現れた。
その顔を目の当たりにし、今まで見た事が無いほど、ユキの顔が憎しみと憎悪で歪んだ。
「おのれ、道満ッ!!」
ユキの怒りを、あざ笑う道満。
むしろ、喜びさえ感じていた。
「良い顔をしておるなぁ。憎しみや、憎悪が、人の心に無限の力を与えるのだ。だが、お前は脆弱過ぎる。ワシが欲しておるのはお前では無い」
そう言い、道満は雨に濡れる人差し指をソラに向けた。
「ワシは、お前の力が欲しいのだ。あの晩見たお前の力は、想像を絶するものだった。お前の中に眠る悪の心をワシが引き出せば、アヤツと3人でこの都、いや、この世を支配出来るのだ」
道満は、この世の支配に思いを馳せ、喜びに肩を震わせた。
「清明さんへの復讐が目的じゃ無かったのか?」
ソラの言葉に道満は鼻で笑った。
「ふん。もはやアノ男など、ワシの力には到底及ばんて」
「では、何の為に、お前は我が親を殺めたのだ?」
ユキは道満を睨み付けながら訊ねた。
「お前の親ぁ? 記憶に御座いませぬなぁ。殺めた数が多すぎる故」
その言葉にユキは激怒した。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
ユキは、手に持っていた小刀を握り締め、道満に突進した。
道満は、自分に向けられる憎しみや憎悪、殺意が、最高の快楽だった。
全身を伝う快楽に綻ぶ顔で、ユキの突進をさばく。
ぬかるむ泥溜まりに突っ込んだユキは、顔に付いた泥を狩衣の袖で拭うと、胸元から取り出した呪符に念を込めた。
一気に突き出した手から飛び出した呪符が、雨の間をすり抜け、道満の動きを封じようとした。
しかし、道満は、うるさいハエを払うように手を振ると、呪符は軌道を変え、ユキの首に貼り付いた。
ユキの細い首を締め付ける呪符に、水溜りの中で、もがき苦しむ。
その姿にソラが駆け寄ろうとした。
「ユキさんッ!!」
だが、ソラの前へ立ちはだかる四体の鬼。
「どけぇっ、テメェらッ!!」
怒りに歯を食いしばるソラを見ていた道満がニヤリと笑った。
「そうだ、もっと怒れ。憎しみに心を委ねてみよ」
「黙れぇッ!!」
ソラは、余裕の笑顔を見せ付ける道満目掛け、拳に力を込め、突進した。
だが、立ちはだかる鬼達が、それを許す訳が無かった。
紫色の豪腕が、ソラの頬を弾き飛ばし、別の鬼の膝が、腹部をくの字に曲げた。
鬼が宿った怪力に対して、バトルスーツを着ていない生身のソラは、想像を絶する苦痛に、息が出来なく崩れ落ちた。
「なんだ。お前の憎しみはそんなモノか」
「うるせぇ……」
ソラは、苦痛に震える膝で立ち上がると、再び身構えた。
つづく