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第25話 「分裂する心」その1~Story of 神城 空(前編)~

 苦悶の表情を浮かべる老婆の口から、漆黒の煙が噴出した。

 民家で、鬼に取り憑かれてしまった老婆を救い出した清明は、何処かへ逃げようとする黒い煙を、目で追った。

 口元に近づけた人差し指と中指に念を込め、術を冷静に口ずさむと、黒い煙は苦しそうに民家内の壁や天井にぶつかり、用意されていた硝子の小瓶に押し込められた。


 長きに渡る苦痛から開放され、滲み出た汗を気にも留めず、老婆は安らかな眠りに入った。


 清明は、鬼を封じ込めた小瓶に栓をすると、安堵し、そして清明に感謝する息子夫婦に手渡した。

「西の方角の土に埋められよ。さすれば鬼は消えよう」

「ありがとうございますっ」

 深々と頭を下げ、小瓶を受け取った息子夫婦を見届け、清明は京の都に戻った。


 その一部始終を見届けていたソラ。

「さっきの黒い煙も、道満の仕業なんすか?」

「いや。あれは、普通の鬼だ」

「じゃあ、どこかで偶然に取り憑かれたんですね」

 すると、清明はソラの方へ顔を向けた。

「さっきの鬼は、あの老婆の亭主だ」

 その返答に驚いたソラの目が大きく開いた。

「妻に取り憑いたって事ですか?」

「あの鬼は、生前から、金を稼いで来いと老婆から暴力を受けていた。度重なる疲労と心労から命を落とし、老婆を呪ったのだ」

「なんか、悲しい話ですね……」

 俯くソラ。

「そうか?」

 清明は、それが普通の事だと言わんばかりに訊ねた。

「人が人を憎み、人が人に手を差し伸べる。影と光。いんようは表裏一体。それがこの世の全てを司る」

「必ず、相反する対極がこの世には存在して、お互いが存在するからこそ、世界のバランスが保たれる……って事か」

 ソラは、考え込むように答えた。

 その言葉に頷いた清明。

「ほう。良く分かっておるではないか。人は、心次第で陽にも陰にもなる。そして、対極する者が現れる」


 ソラ達がいれば、ゲラヴィスク教がいる。

 対極する二つの勢力。


 ソラは、自分達がいるから、対極する勢力が生まれたのではないかと思った。

 そして、自分達が負ければこの世界はどうなってしまうのか……そんな事まで考えてしまった。

「もし、陽が負けてしまう事があったら、この世界は……」

「だが、希望を捨てぬ事だ。希望を持ち続ける限り、どんなに小さな光もその輝きは失われる事は無い。たとえ底なしの闇でもな」


「そうですよね」

「そんな物だ。光があるから闇の深さに気付き、闇があるから光の眩さに気付く。そうでなけば、この世は味気無かろう」


 二人は、そのまま次の鬼退治へと向かった。




 ユキの口から、本日三十二回目の重い溜息が零れた。

「私は、何故あのような事を言ってしまったのだろう?」

 ユキは、ソラに思いを伝えてしまった事に心なしか後悔していた。


 ――「何故だか分からぬが、私は……ソラが愛おしい……」


 思い出すだけで、顔が紅潮し、次の溜息が準備を始める。

「はぁぁッ……」


 ユキは、暦の作成の授業を三分さんぶ程しか聞く事が出来なかった。





 先日と同じ鬼へと奇形してしまった人間と戦う清明とソラ。

 紫に変色し、奇形した女が清明に襲い掛かる。

 振り出された拳を、流すように交わす清明。

「清明さんッ!!」

「お前はそこで待ってろ」

 清明は、豪腕で捻じ伏せようとする鬼の力を逆に利用し、交わしながら、ダメージを与えていった。

 そして、一瞬の隙を突き、鬼の首下から顔を覗かせていた呪符を取り除いた。


 途端に、鬼は元の女へと姿が戻り気を失った。


 直ぐに、清明は、呪符に書かれている内容を見た。


 ――『怨降』(おんこう)『呪殺 神城 空』


 清明は、手の中の呪符を握り潰すと、「道満。何が目的なのだ」と呟いた。




 その様子を、遠くの屋敷の屋根から眺める道満。

「やはり、清明が邪魔だな。神城 空が一人でる所を狙うしかない」

 そして、道満の目が再び紅く光った。

「ワシのこの鬼の目には見えるのだ。お前の名も、正体もな……」

 道満は、懐から呪符を取り出すと、不適な笑みを零しながら、闇へと消えた。




 陰陽寮を歩くソラへ、ユキが近寄った。

「ソラ」

 と言ったモノの、次に話しかける内容が思い付かずに焦る。

「何?」

 あえて、気の無い素振りを見せるソラ。だがその仕草が、ユキの感情をさらに掻き乱している事に本人は気付かない。

「あの……」

「術は、上達したのか?」

 ソラは、全く別の話題を振って、ユキの感情を切り替えようとした。

「あ、うん。私は、呪術に向いていると先生に言われた」

「そっか、良かったな。初めてユキさんに、会った時『私は、蘆屋道満あしや どうまんを殺したい』とか言うもんだから、正直ビックリしたよ」

「今でも、その思いは変わらぬ」

 そこだけは、キッパリとユキは答えた。

 ユキ自身、自分でも驚いた。

 まだ、憎しみの炎は、心の中に根強く息づいていたのだ。無理もない。

 ソラに恋心を抱くよりも、もっと以前から両親を道満に殺された衝撃と、悲しみ、憎しみを原動力として生きて来たからだ。


「でも、清明さんは、復讐をしないとの約束で陰陽の術を授けたんだろ? 授業の後でも、特別授業を組んで貰っているじゃないか」

「分かっておる。私も、復讐など……。だが、自分でもこの心をどう押さえ付ければ良いか分からんのだ。……私は……私は。今の私が分からぬ」

 すると、ソラは、自分にも思い当たる節があるのか、そっとユキの肩を掴み、なだめようとした。

「俺も時々、自分が分からなくなる事がある。自分は一体何者なのだろう? って。気が付けば、とんでもない事をしていたり、別の自分が自分の中に存在したり。でも、今は進むしかないんだ。自分が分からないなら、分かるまで進んでみる」

 そして、ソラは続けた。

「自分が分からなくて、どんな綺麗な絵が描けようか? って、清明さんの言葉。自分の中で、良い絵を描くための『色』を探すんだ。仲間との絆とか、思い出とか……」


 ユキは、ソラの言葉のお陰で心に余裕を持つ事ができた。

「そうだな。私も探してみる。『色』を。そうすれば、自分を変える事が出来るかも知れぬ」

「そうさ。一緒に探そう」

 ソラは、ユキに対して、ニコリと笑った。


 その時、ふとユキの顔がアンリに見えた。

 どうして、自分は今までアンリに対して、こんな言葉を掛けれなかったのか?

 いつも目を逸らし、自分の言葉や思いを伝えずにいた。

 そんな事では、絵を描く筆すら持っていない事になる。


 今、アンリに会える事が出来れば、本当の思いを伝えれそうな気がした。





 つづく


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