第24話 「禁断の恋」その3~Story of 神城 空(前編)~
青々と茂る草原の中、心地よい風に吹かれながら、ソラは立ったまま目蓋を閉じていた。
寝ている訳ではなく、目の前に突き出した人差し指に全神経を集中させていたのだ。
白い狩衣の袖が風になびき、音を立てる。
――「ええか、考えるんとちゃう。体で、心で感じ取るんや。スピリットの力を」
フォースライドのトレーニングルームで行われた、リュウセイの特訓の言葉が甦る。
体内のスピリットのエネルギーを自在に引き出す特訓だった。
指先一点に感覚を研ぎ澄ませ、感じるエネルギーを集中させるようにイメージする。
深く深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせながら、目を開けた。
すると、指先に小さな光の粒が現れていた。
「よし、やっと出来た。まだ……3回目だけど。感覚が掴めてきたぞ」
ソラは顔を綻ばせると、その光の粒を大きくする為に、再び集中し始めた。
元の世界に戻る手掛かりも無く、逸れてしまった仲間に会える可能性も見つからずに途方に暮れる中、清明に教えられた『綺麗な色』を探そうと、ソラは今、自分に出来そうな事を探していたのだ。
鬼と戦った時に感じた大きな力。
偶然だったが、出せた力は事実上の自分の力だった。
そうなら、再び引き出す事が出来る。それも自在に引き出せれば、これからの大きな心の支えになるだろう。
この世界で大切だと思える人を守る事が出来るかも知れない。
ソラは、そう前向きに物事を考え始めたのである。
だからと言って、スピリットの仲間達の事を忘れようとは思っていない。いつかは会えると言う期待は常に持っていた。
平安の都を見下ろす事が出来る山の岬で、ソラは集中し続けた。
次の日。
陰陽寮で、清明の授業を受けていたユキが、筆を忙しなく動かしていた。
星が指し示す兆しの読み解き方と、導き方。
平安最強の陰陽師と噂される清明の授業は、とにかく人気が高かった。
その様子を、教室の隅から眺めていたソラ。
先日のユキの言葉が脳裏に甦る。
――「お願い……。目を逸らさないで。もう少しこのままで……」
正直、惚れてしまいそうになったが、心中複雑ではあった。
目の前の女の子は、ユキであってアンリでは無い。
姿形が瓜二つであってもユキはユキなのだ。
そして、ソラが人生で初めて恋をしたのはアンリ。
いつか会えるかも知れない。そんな期待を持ち続けている以上、中途半端な事はしたくなかった。
ソラは、そんな事を思いながら、黒い帽子の位置を修正した。
その時、乱暴な無数の足音と共に、胸当て等の鎧を身に纏った検非違使と呼ばれる治安部隊が、清明が授業をする教室へと入って来た。
何事かと、手を止める一同。
そして、ソラを包囲した。
「お、俺?」
騒然とする中、ソラは、兵士達に連行された。
宮中の紫宸殿へと連れて来られたソラは、縄で両手を背後で縛られ、跪かされていた。
ソラを見下ろす官僚の一人、右大臣が、血気を露にした形相で睨み付けていた。
追いかけてきた、清明とユキが宮中の紫宸殿に入って来た。
「あの。何かしました?俺……」
「黙れ、鬼の化身めッ!!」
「へっ?」
完全なる誤解に、困惑するソラ。
何を根拠にそう決め付けるのか……。
「昨日、山中の岬にて、お前が手から怪しき光を出す所を見た者が居るのだっ!!」
怒鳴りつけるように、括弧たる事実を突きつける右大臣。
どうやら、誰かがソラの特訓を目撃し、鬼の化身と間違えたのだろう。
「あれは違います」
「鬼の化身でなければ、何と申すのだ!!」
「……俺は俺です」
右大臣は鼻で蔑むように笑った。
「お前の生い立ち。全てが誰も知らんのだ。答えれる物なら答えて見せよ」
理由を求める右大臣だが、その理由は答えれる訳がない。
本当の事を言った所で、更に状況が悪くなる事は目に見えていた。
すると、右大臣は、何かに気付いたのか、口を開けた。
「お前は、もしかすると、怪しき星に予言される『この世を滅ぼせし者』」
「違いますッ!! 絶対に違います!!」
「では、それを証明してみせろ!!」
証明したいが出来ない事への苛立ちで歯を噛み締める。
「クッ……」
その様子を不安そうに見つめるユキが、清明の袖を力強く握り締めた。
清明は、ゆっくりと右大臣の方へ歩み寄った。
「右大臣様、お待ちください」
「おぉ。清明か。この者がお前が暗示する悪しき星の兆しなのか?」
すると、清明はきっぱりと否定した。
「この者が、怪しき星の兆しでは御座いませぬ」
「何だと? では、手から出した光は何と説明するのだ?」
「あれは、私が伝授した、新しき術に御座いまする」
何の躊躇いもなく嘘をついた清明。
「新しき術?」
右大臣の声が裏返る。
「はい。それ故、この者は何も怪しくは御座いませぬ」
清明は最後に一礼をすると、ソラの縄を解き始めた。
駆けつけたユキも縄を解くのを手伝った。
「ありがとう。清明さん、ユキさん」
「しっかし危なかったぁ」
清明の屋敷で、月を見ながら餅を食べていたソラが言った。
その横で、源 弘雅と清明が杯を交わしていた。
「私も、一時はどうなる事かと……」
心の底から心配してたであろうユキが自分の胸に手を当てた。
「いささか、慌て過ぎだと思うたのだ。あの右大臣様が、ソラを捕らえて斬ろうとするなど」
弘雅は、ソラに食べかけの餅を向けながら言った。
「そうだな。まさか、右大臣様までもが操られておったとわな」
清明は、狩衣の懐から取り出した呪符を見つめた。
――『呪殺 神城 空』
呪符にはそう書かれていた。
「一体誰が……」
弘雅は、見えぬ敵を思案し始めた。
「この呪符は、陰陽のモノだ」
清明の言葉に、弘雅が続いた。
「つまり?」
そして、ソラは、恐らくその者であろう名を口にした。
「蘆屋道満」
その名を耳しに、ユキの表情が凍りついたのを、清明とソラは見逃さなかった。
「やはり道満か……」
弘雅は残りの餅を口に入れた。
「しかし、何故ソラを狙うのか……」
清明は、右手に持っていた扇を閉じ、顎に当てながら思案した。
その時、ソラは、道満と会った時に見た事を思い出した。
「清明さん」
「何だ?」
「そう言えば、この間、清明さんと道を歩いていて蘆屋道満と会った時なんですけど。アイツの目が紅く光ったんですよ。そんな事って……普通変じゃないすか?」
「それは本当か?」
清明は姿勢を正した。
「あ、はい。間違いありませんけど」
「道満。鬼に魂を売ったか……」
清明の表情が険しくなった。
「何故、鬼に魂を売らなくてはならんのだ?」
弘雅の問いに清明が答えた。
「恐らく、鬼の力を身に付けたのであろう」
「鬼の力……」
ユキが繰り返した。
「鬼の力を手に入れた者は、あらゆるまやかしを操る事が出来ると」
「だったら、さっさと倒すしか無いって事だな」
ソラは、清明の目を見ながら言い放った。
清明の屋敷の離れで泊まる事になったソラとユキ。
離れの屋敷でも豪華な寝殿造りだった。
襖一枚を隔てて、ソラとユキが布団で眠りに就こうとしていた。
「なぁ、ソラ」
襖の向こうから声を掛けるユキ。
「何?」
「お前が無事で良かった」
「ありがとう……」
ソラは、もう出来るだけ、ユキに心を向けないで置こうと決めていたのだ。
これ以上好きにならない為にも。
そして会話が途切れる。
「なぁ、ソラ……」
「……何?」
天井を一点に見つめ、雑念を払おうとするが、胸が痛くなるソラ。
ユキの心が伝わってくるだけに……。
「私は……怖い。お前がいつか、私の目の前から消えてしまうのでは無いかと……」
「………………それは…………」
分からなかった。
帰りたいが、帰れない。でも、もしかすると帰る事が出来るかも知れない。
そうなると、もうユキとは会えなくなる。
ソラの言葉の続きを、心のどこかで感じたユキ。
――ソラは、本当に居なくなってしまうのかも知れない。
すると、また、ユキの中で抑えられない感情が込み上げて来た。
「不思議なのだ……」
「何が?」
「何故だか分からぬが、私は……ソラが愛おしい……」
「………………」
ソラの心臓が鋭い槍で貫かれた様な痛みが走り、呼吸が苦しくなった。
「ソラに会うて、間もないが……ずっと前から知っていたいたかのような……」
襖越しにユキが鼻を啜る音が聞こえる。
「泣いてるのか?」
ソラの問いに、ユキの言葉が返ってこない。
不安になったソラは、ゆっくりと襖を開いた。
すると、涙ぐむユキが抱きついてきた。
驚きを隠せず、慌てるソラ。
「おっ、おいッ!!」
月明かりに照らされる白く細い腕がソラの背中へと伸びる。
「頼む、このままでいさせて……」
ソラの胸の中で、涙を流すユキに、声を掛けれなかったソラ。
何故、ここまでして、自分に好意を寄せてくれるのか?
その理由が分からなかった。
理由なんて無いのかも知れない。
でも、自分は、ユキの気持ちに答えてやれるのか?
それが大きな不安でもあった。
愛してはいけないのか……。
別世界の人間同士、それは禁断なのかも知れない。
――「俺はどうすれば……」
ソラは、すすり泣くユキの顔を見ながら、彼女の背中を抱き寄せてやる事ができなかった。
~次回 第25話「分裂する心」Story of 神城 空(前編)~
ユキの心に答える事が出来ずに苦悩するソラ。
そして、蘆屋道満の計画が動き始める。
何故、ソラを狙うのだろうか?
その理由が明かされる時、想像を絶する出来事がソラを襲う。
そして、来たる第26話からは、再びHIKARIチームの物語が動き出す。