第23話 「もう一つの世界」その2~Story of 神城 空(前編)~
目を覚ますと、木目の天井が見えた。
ソラは、白い布団の上から起き上がると、辺りを見回した。
そこは、風情豊かな日本の屋敷のようだった。
縁側から見える大きな庭。
長く続く木製の廊下。
畳の臭いが、ソラの鼻腔をくすぐる。
この寝殿造りの屋敷が、ソラが知っている時代とのギャップを生んでいた。
「助かったのか? ……俺」
ソラの記憶が確かならば、宇宙船で謎のオーロラに包まれ、不思議な前世のワンシーンを見た後、暗い草原で目を覚まし、不気味な女の幽霊に襲われた。
……そして、『安倍清明』と名乗る男が現れて、幽霊を退治してくれた。
「目を覚まされたか」
今置かれている状況もあやふやな中、その言葉に振り返ったソラの前に、木の柱に背を預け、酒を嗜む清明がいた。
高さのある黒い帽子を被り、白い装束を着ている。
ソラは、すぐさま清明の方へ体を向け、正座をした。
「あのっ。昨日は助けて頂いてありがとうございました」
一体どれだけ気を失っていたのか? 検討は付かなかったが、一応『昨日』と期限を決めた。
その言葉にクスッと微笑した清明。
「俺がお前に救われた」
そう言うと、清明は手に持っていた酒に口を付けた。
「救われた?」
清明を救った覚えも無く、むしろ救われた方だった為、ソラの声が裏返った。そして、ある可能性が脳裏に蘇った。
「まさか……」
「お前が気を失った後、大勢の鬼が現れてな。危うくなった所で、お前が立ち上がり鬼共を一掃した」
「やっぱり……クソッ」
それは明らかに『覚醒』を物語っていた。
リュウジがスピリットの意識を自分の精神力で支配できる中、未だに意識を乗っ取られてしまう自分が歯がゆく、焦りを募らせていた。
「ところでお前の名を聞いていなかったな」
「あっ、そうですね。神城 空です」
「ほう。珍しい名だな」
すると、清明は、酒の入った瓶を脇に置くと本当に聞きたかったであろう事を問いかけてきた。
「ソラ殿。幾つか聞かせてくれぬか?」
「あっ、はい。分かる事だったら。何でも」
「お前のその衣は何なのだ? そして、あの鬼共を消し去った力。私の力を大きく上回っていた。そしてお前は何処から来たのだ?」
ソラの心まで見通すかの眼を向ける。
しかし、答えようにも説明ができない。
この服は『バトルスーツ』で、自分の力は前世から引き継がれた物など言える訳が無かったし、理解して貰えそうでもない。
第一、この世界に来た理由が自分自身全く分からない。そんな状況が依然続いている。
「あっ……えっと」
何度も頭で考え、チェンジした言葉が喉元を逆流する。
返答に苦悩するソラを見かねたのか、清明の方から諦めの言葉が返ってきた。
「もう良い。お前が誰で、何処から来ようと関係ない。俺も生まれが怪しき男ゆえ」
「えっ? それは一体……「清明っ、清明はおらぬか?」」
ソラの言葉を男の声がかき消した。
慌しく廊下を歩く男がソラと清明がいる部屋へと近づく。
「ここに居たか清明」
衣冠と呼ばれる黒い装束を身に纏う若い男が、険しい表情を浮かべ現れた。
「どう成された? 博雅殿」
清明は、一尺程の扇で顔を扇ぎながら訪ねた。
清明に事情を話そうとした博雅の目にソラが写り込み、その異様な様に驚く。
「お前は、何者だ!?」
「この方は、神城 空殿。昨夜会うたばかりの友だ」
ソラの方へ扇を傾けながら博雅にソラを紹介する清明。
「おう、そうか。私は源 博雅」
爽やかな笑顔を見せる博雅にソラも答えた。
「神城 空です。よろしくです」
ソラは軽く会釈をした。
「それよりも、この俺に何か用が有るのではないか?」
「そうだ。道摩法師が都へ帰って来たそうだ」
「道満か……」
清明は、その名を口ずさむと、扇を閉じた。
「道満って?」
ソラが、清明に訪ねると、博雅が変わりに答えた。
「蘆屋道満。道摩法師とも呼ばれている陰陽師だ」
「陰陽師?」
陰陽師と言う言葉を以前にうっすらと聞いたことがあったが、全くと言って良い程知らなかったソラ。映画か何かで聞いた程度だった。
「お前、陰陽師を知らんのか?」
この世界の常識であろう事を知らないソラに驚きを隠せない博雅。
「まぁ、良いではないか」
すかさずフォローを入れた清明。
「陰陽師とは天体観測、占星、暦の作成、吉日凶日を判断し、時には鬼神をも操るとされている。特に清明は、都一の陰陽師と噂されており、清明の占いは外れる事がないと言われている」
「へぇ、そうなんだ。すげぇ」
ソラは、尊敬の眼差しを清明に向けた。
「で、道満って言う陰陽師が帰って来るんですよね?」
「あぁ、5年前に清明に術比べを申し出でて、負けたのだ。そして、口約の通り、道満が都を去ったのだ」
「そんな事があったんですか」
「あぁ、新たな呪術を身に付けたとも噂されている」
博雅は心配するかの如き視線を向けた。
「案ずるでない博雅。俺は負けたりはせん」
清明は、博雅とソラを安心させるかのように優しく笑った。
宮中の紫宸殿で、行われる陰陽の儀。
帝を前に、左大臣、右大臣、それを囲むように各役人が座る。その中に博雅もいた。
彼らに向かう形で、陰陽頭『賀茂忠行』を筆頭に、清明を含めた陰陽寮の中でも位の高い陰陽師が後ろに付いていた。
帝は、一段上がった畳の上で脇息と呼ばれる肘掛に体を預け、天井から垂らされる御簾と呼ばれるすだれで日光を防いでいる。
のほほんとした言葉遣いで、ゆっくりと陰陽頭に問いかける。
「忠行よ。先日に予言した悪しき星に関する事だが、その後どう出ておる?」
すると恰幅の良い賀茂忠行は、帝の顔色を伺いながら答えた。
「恐れながら。依然お変わりございませぬ」
「そうか。お前の力を持ってしても防げぬと申すか?」
忠行はふかぶかと頭を下げた。
「天より現れし者がこの世を滅ぼす……。まるで夢物語でござりまする」
一人の役人が陰陽師を小馬鹿にした態度で発言した。
それに釣られ、数人の役人が黒い装束の袖で口元を隠し、肩を震わせた。
その姿に眉を潜める博雅。
宮中の中にも、陰陽師を認める者と認めない者がいるようだ。
帝は認めている方に入る。
「清明。お前はどう思う?」
帝は、清明へ問いただした。
「恐れながら御上。怪しき星の兆しは依然色濃く残っておりまする。間もなく、いえ、もう既に、その者は現れているやも知れませぬ」
「そうか」
沈む声で答えた帝。
清明の目に、ソラはどう写っているのだろうか?
つづく