第23話 「もう一つの世界」その1~Story of 神城 空(前編)~
真紅の光が、けたたましい警報音と共に、電子盤が円形に囲む部屋を包み込む。
五つのリクライニングチェアー。目の前の様々な形状のアナログメータが『0』を指す。電子盤に埋め込まれたモニターの九十九パーセントが暗い沈黙を続ける。
凄まじい振動がそれらを強引に揺らしていた。
『スフィア手動射出失敗。射出口が損傷しています』
「このボケぇえ!!」
リュウセイは、やり場のない怒りを拳に込め、操作パネルを殴った。
すると、アナウンスより『スフィア射出完了。設定経路から大きく離脱しています』と、どうにか発射させることに成功したが、結局目標に向けて飛んでいない事が判明した。
そして……。
『スフィアシグナルロスト。スフィアシグナルロスト』と繰り返す。
その時、謎のオーロラが船内に現れた。
「アレは何なんですか?」
「わからん、初めて見る」
アンリの質問が終わったとき、再び船体が逆方向に傾いた。
バランスを崩し、壁に寄りかかるアンリに謎のオーロラが急接近してきた。
「あぶない」「あぶないぞ!!」
アンリを助けようと飛び込んだ、ソラとリュウセイが同時に手を差し伸べる。
二人の必死な気持ちに答えようにも、二人の手を同時に掴むのには距離があり過ぎた。
どちらかの手を取らなければ……。
どちらかを…………。
アンリが咄嗟に掴んだその手……大きく繊細で、頼もしい手。
リュウセイの掌。
アンリを引っ張り抱き寄せるリュウセイの横で、ソラが壁に衝突した。
そして、次の瞬間。
虹色のオーロラがソラを包み込んだ。
ソラの視界が、瞬時に薄れてゆく。
「えっ!?」
途端に、何かに背中を引っ張られるような感覚が全身を伝い、白と黒のオーラが入り乱れる空間を体一つで突き進んでいた。
「ここは……一体……」
そして更に体を引っ張られる。
次第に、白く染まる視界。
全てが純白の世界へと変わったと同時にソラの意識が途絶えた。
――「ここは?」
「行かないでっ」
亜麻色の長く艶やかな髪が風に吹かれ乱れている。
まだ十八にも満たない年齢の女は泣きながら必死に訴えた。
――「誰だ? 松之宮?」
アンリにどこか似ているが、別人の女の子が巨岩の上で、一人の男の足にしがみ付いていた。
「ゴメン……こうする他無かった。次の俺達の生まれ変わりに全てを終わらせて欲しいんだ。負の連鎖を断ち切って欲しい……」
全身傷だらけの同じ歳程の男は、怪我をしている左肩を右手で押さえながら、涙を流す女に優しく言った。
――「こいつは……、もしかして俺か?」
話している内容から、ソラに関わりがある事がわかる。
普通に考えても、前世の記憶だ。
そして、そこにいるのは、直感で分かった。
ソラと、アンリの前世だった。
真っ暗な世界に、巨岩の上に佇む二人の姿しか見えない。
まるで、スポットライトを浴びたステージのような……。
「私達、まだ……何も。だから、こんな別れ方って嫌だよっ!!」
悲愴感漂う女は、男の足にしがみ付きながらも膝から崩れ落ちた。零した大粒の涙が、二人が立つ巨大な岩石の表面に小さな染みを作る。
男は崩れ落ちる女と同じ目線に立った。
「俺もさ。どれだけ悔しいか……結局、今の俺達でも運命を変える事が出来なかった。だからこそっ、誰かがこの流れを変えないと」
女を優しい口調で諭そうとする男。
「だけどっ……」女は泣きながら震える声を振り絞った。
「何度も言おうと思って、言えなかった言葉を言わせてくれ……ずっと好きだった。初めて会った時から今も変わらず、瑠璃香を愛している。」
その言葉を聞いた瞬間、瑠璃香は泣き崩れた。
「大地……」
大地は骨が砕けている肩の痛みを堪え、血が流れている口を開いた。
「今度生まれ変わっても俺達は必ず巡り合う。そして次こそこの戦いを終わらせてみせる。そしたらさぁ、結婚してずっと一緒にいような」
そう言うと大地は満面の笑みを瑠璃香に見せ、立ち上がり後ろを振り返った。
そして、気合いと共にまばゆい白い光に包まれた大地は、一筋の光を残し目の前の敵に向かい飛び掛かった。
「ガジャルッッッ!!」
暗黒の空を突き抜ける輝く流星を見つめ、瑠璃香は悲鳴にも似た大声で叫んだ。
「だいちぃぃっっ!!」
そして全ての世界を光りが包み込んだ……。
虫のさえずりの中、月の光がソラの顔を柔らかく照らす。
ゆっくりと目を開らいたソラは、草が生い茂る地面で上半身を起こした。
「夢? っでも、そんなんじゃない感じが!?」
気付くと、顔が涙で濡れていた。
「俺、泣いてたのか?」
長く伸びた草原から、起き上がる。
状況も掴めない。今見た映像の理由、意味も分からない。
混乱し、思考回路が停止する脳内で、立ち尽くす。
ただ、虫のさえずりと、風になびく草の音が鼓膜を突っついていた。
やっとの事で、思考回路のみが機能し始め、辺りを見回すソラ。
「どこだココ。みんなはどこに行ったんだ?」
見渡す限り草木が続く暗黒の草原。
灯り一つ無い。
「とにかく……。どこかに進んで、人がいる所を目指さないと」
そう一人で呟くと、宛ても無くソラは歩き始めた。
しばらく進むと、ソラは異変を感じ取った。
「ん?」
一瞬空間が歪んだような、重たく、冷たい感覚が全身を這いずり回る。
すると、どこからともなく、禍々(まがまが)しい女の声が聞こえてきた。
「遊んでけじゃれ」
「へ?」
「遊んでけじゃれ」
ソラの鼓膜を不快に掻き毟る謎の声。
振り返るソラの目の前に、薄汚れた十二単を身に纏う、血塗れの女が現れた。
頭部が鋭利な物で斬られたのか、大きく裂け、血液が垂れ流れる。
瞬時にソラの背筋が凍りつく。
それは、幽霊と表現するのが簡単であったが、ソラ自体、そのような類のモノを見るのは初めてだった。
「また夢なのか?」
その時、突如ソラに向かって直進した女の霊。
手を力なく前へ振ると、ソラの体が大きく宙を舞い、地上に叩き付けられた。
強制的に飛び出た息。
「かはッ!!」
この痛みはまさしくリアルなモノだった。
「マジかよ!?」
ソラは立ち上がると、バトルスーツの力を解放した。
スピリットの力を糧に一気に膨れ上がるスーツ。
ソラは、女の霊に近づくと一気に拳を振りかぶった。
だが、ソラの予想通り、実体がなかった。
勢い良くすり抜けるソラの拳。
「くそッ、やっぱりか……」
「遊んでけじゃれ」
途端に、ソラの心臓の脈が急激に早まった。
それは、苦痛を通り越していた。
胸を鷲づかみにし、もがき苦しむソラ。
女の血塗れの表情が、妖艶な笑みを見せる。
心臓の鼓動が全身を伝い、内側から胸を激しくノックする。
ソラは、膝の力が抜け、崩れ落ちた。
「くそッ……こ、ここで終わりなのか?」
死を感じ取ったソラの額から冷たい汗が流れた。
最後の力で、ブレスレットを輝かせたソラ。
しかし、届くはずの武器が現れなかった。
「そ……んな」
「遊んでけじゃれ」
その時、どこからともなく男の声が聞こえてきた。
「怨亜彌伽陰邪堕霊洸殺魔除」
その言葉に急に狼狽し始める女の霊。
「怨亜彌伽陰邪堕霊洸殺魔除」
幾度となく繰り返される謎の言葉。
まるで呪文のような……。
「怨亜彌伽陰邪堕霊洸殺魔除」
その言葉が草原を包み込む。
すると、闇の中から、一人の男が歩み寄ってきた。
狩衣と呼ばれる神官が着る衣を身に纏う男。
「急急如律令!!(きゅうきゅうにょりつりょう)」
男が一喝すると、女の霊の足元に光のラインが現れ、それぞれを結び始める。
そして、その光は五芒星の形を作り、金色の光を噴出し始めた。
その光が女の霊を飲み込む。
女の霊は、凄まじい断末魔を上げながらその姿を消し去った。
心臓の鼓動が治まったが、ソラは、強い目眩を感じながら、地面でうずくまっていた。
男はソラの元へと近づくと、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
「無理に動かずともよい」
涼しげで冷静さを感じる声の男。
「あんたは?」
ソラは朦朧とする意識の中訪ねた。
「清明だ。安倍清明」
そして、ソラの意識は途絶えた。
つづく