第22話 「平和過ぎる国」その1~Story of HIKARIチーム(前編)~
既に日は暮れ、闇が広がっていた。
リュウセイ達の視線の先に、巨大な山脈の一角にそびえる城国の灯りが見えた。
頂上に聳え立つ立派な城から、城下町が山の麓まで続いており、その全てを五メートルはあろう城壁が外敵から人々を守っていた。
そこへ辿り着くには、目の前のシャムシレイドを倒さなくてはならなかった。
浮遊するボロ布切れのモンスター。
人が大きな布を頭から被っているように見えるが、人は居なく、その形を保ちながら、リュウセイ達に襲い掛かっていた。
ボロ布の裂け目が、大きな口となり唾液がほどばしる鋭い歯がリュウジの頬を掠めた。
シャムシレイドの恐らく腹部であろう場所に、バトルスーツの力を発揮した、リュウジの拳が直撃した。
しかし、手応えが全く感じられず、シャムシレイドの余裕がダメージの皆無を物語っていた。
「フワフワしやがって、この野郎ッ!!」
「下がって!!」
アンリの叫び声に咄嗟にバックステップをしたリュウジの目の前を、複数のレーザーアローが通り過ぎ、シャムシレイドを貫いた。
甲高い断末魔を上げるシャムシレイドの後方で、三匹のシャムシレイドに、アウルとパルが炎の魔法を放っていた。
砂利道が裂け、煉獄の火炎が噴出し火柱となって、シャムシレイドを飲み込む。
三匹のシャムシレイドは、瞬く間に灰となった。
怯えるルナに被害が及ばないよう、匿うリュウセイがアウルに訊ねた。
「もうエエんか?」
「あぁ、今の内にバーン二クスの城下町に入ろう」
パルは、大きなリュックサックを颯爽と担ぐとアウルの後ろに付いた。
「グミのモンスターに鳥のモンスター。木のモンスターにボロ布のモンスター。どんだけ野蛮な世界なのよぉ」
額に滲む汗を拭いながら歩き出すアンリにリュウジが続く。
「あぁ~タバコ吸いてぇ~。ニコチン、ニコチン、タール、タール」
長い道のりを経て、やっとバーン二クスの城門へと辿り着いた一同。
城門の上で見張りをしていた番人がアウル達に気づくと問いかけてきた。
「こんな夜中に、何してんだお前達? 幽霊か?」
「俺達は、ペトレ王に会いに来た。どうしても伝えたい事がある。開けて貰えないだろうか?」
アウルは、城門の上で佇む番人を見上げ大声で答えた。
番人と言っても、兵士にも見えない。
痩せ細っている普通の男だ。
「危険な外の世界を歩いて旅なんか出来る訳が無いんだけどなぁ」
番人は首を傾げた。
アウル達の到着が余程に不自然なのだろう。
「俺達は、死んでなんかいない。俺は『ヴェルターナ』だ。ペトレ王にそう伝えてくれればそれで良い」
二人のやり取りを目で追うアンリ達。
「わかった。少し待ってくれ」
そう言うと、番人の男は、頂上の城を目指し走って行った。
それから一時間が経過した。
荒い呼吸で、番人が戻ってきた。
ふら付く足で、疲れから顎が上がっている。
城門につくと、閂を上げ、門を開いた。
「はぁ、はぁ、よう……こそ。ヴェルターナさん。はぁ、ひぃ」
紋章が彫られた重々しい鋼鉄の扉が、低音の金切り声を上げながらゆっくりと開いた。
深夜の城下町。
今は、静まり返っている商店街に灯るキャンドルが、二列のラインを引き傾斜面の頂上に位置する城へと続く。幻想的な雰囲気が一同を包み込む。
「へぇ~。綺麗ぇ」
アンリとルナの声が揃った。
リュウセイとリュウジも久しぶりに見る綺麗な光景に癒されていた。
ずっと戦いの中にいたが故、無理も無かった。
すると、番人の男が、アウル達の前に立つと前方に建つ宿へと手を向け促した。
「王が、会うのは明日にしてくれとの事で、宿は、無償で御持て成しをするとの事です」
「感謝します」
アウルの一礼に、リュウセイ達が続いた。
翌日。
宿の前に全員が集合したのを確認し、山の頂上の城を目指し、斜面を登り始めた。
商店街では、食料や衣類を販売している中年の女性や、男性が、ぽつぽつと前を通る町人に声を掛けている。
それほど活気があるわけでもなく、静かな商い場のようだ。
店頭に並べられている食料も、痩せ細った穀物に、萎れた野菜。
山の中腹にある住宅街に差し掛かると、斜面に建てられた四角い建造物がちらほらと現れた。
山の木々を伐採し、その木材で作ったログハウス。
すると、町人達がアウルを見るなりコソコソ話を始めた。
「おい、ヴェルターナ家の弟だぞ」「よく帰ってきたもんだ」「今更何をしにきたんだ?」
そんな言葉が、アウルや、リュウセイ達の耳にも聞こえてくるが、アウルは何食わぬ顔で頂上を目指した。
山の頂上に到着した、一同の目の前で、大きく立派な城が城下町を見下ろしていた。
「でけぇー」
直射日光を手で遮りながらリュウジが言葉を洩らした。
白く塗られた高価に見える岩を、レンガ作りの家のように並べられ、彫刻が彫られている。
「こんな所に、これだけ大きな岩を持ち運ぶなんて大変だったでしょうね」
下に見える城下町から城に視線を移しながらルナが言った。
城の門番が、アウル達を中に促す。
アウル達は一礼をすると、城門を潜った。
城内も、高級感溢れる仕様で、赤に金の装飾が施されたカーペットが、奥の階段へと続き、王の下へと案内している。
大きな階段を上り、長い廊下を奥へと進む。
ヴェルサイユ宮殿のような造形美が、延々と続いている。
王室の金銀の彫刻が施された扉を開くと、部屋の中心に宝石が散りばめられている王座に深く腰を預けたペトレ王が、アウル達を待っていた。
「良くぞ参られたぬーん」
王座に座るペトレ王が朝食の果物を食べながら挨拶をした。
まだ、あどけなさが残っているが、もう良い歳だ。
二十歳前後と言った所だが、アンリ達が映画の中の世界で見る王様が放つ風格はゼロに等しかった。
「ぬーん?」
不思議な語尾を繰り返すリュウジの頭を押さえつけ、アウルが王に跪いた。
「心温かな歓迎。感謝し尽せません」
「面を上げにょーよアウル。勇者の血を引く者に頭を下げられると照れちゃうぬーん」
「ぬーん?」
リュウジと同じく引っかかる滑稽な語尾に口元が綻ぶリュウセイとアンリ。
「で、アウルよ。仲間を引き連れ死の世界を生き抜き、ここへ戻ってきたからには何か伝えることがあるのキャン?」
「キャン?」
語尾を繰り返すルナの手を引いたパルが、跪くように促す。
「ハイ。闇の魔術師セーデンが、この世の終わりをもたらそうと、神獣を次々と殺めております。既に四体の内三体が……。残るは、この地に住む『フェニックス』のみです。今も闇の軍団を引き連れこちらに向かっていると……」
緊迫したアウルの言葉とは裏腹に、果物を齧るペトレ王。
「そんなの大丈夫だぬーん。フェニックスが負けるはずないぬーん」
「でも、三体も殺されてるんやったら、フェニックスも危ないのは明白やん」
言葉を洩らしたリュウセイに顔を向けたペトレ王に、アウルが紹介を始めた。
「こちらが、あの『HIKARI』です」
すると、ペトレ王は、手に持っていた果物を銀の皿に置き、目を見開いた。
「あの伝説の『HIKARI』なのかぬーん」
「はい」
「だったら、彼らに任せておけば良いぬーん。全て解決してくれるのぬーん」
そう言うと、ペトレ王は、金の杯に入ったワインを飲み干した。
「でも、無限の軍勢を私達だけで相手にするなんてまず不可能です。この国の兵士がいれば協力して頂けないでしょうか?」
跪くアンリが訊ねる。
「兵士? そんな野蛮な人種はこの国にはいないのぬーん」
「じゃあ、どうやってこの国を守るのですか?」
「だから、君達が来たのねーん。この国は『争い』や『戦い』と言う物を完全になくした国ゆえ、誰も戦える者がいないのぬーん。勇者の血筋の者以外はねーん」
「なんちゅう呑気な……」
リュウセイは小声で呟いた。
「しかしアウルよ」
「はい」
「伝説上の『HIKARI』は5人のはずだが、何故1人足りないのねーん?」
それに気づいたアウルの言葉が詰まる。
リュウセイ達も同じだった。
脳裏に蘇る宇宙船での惨劇。
忘れた訳ではなかったが、前を向いて進むために、心に封印していた記憶。
「神城……君」「神城ぉ……」
それぞれが、呟く。
「まさか、アウルよ。僕を楽しませようと偽者を連れてきたのかぬーん?」
「いえっ、それは違います。彼らの強さは本物です」
「だったら残りの1人を連れて来るのぬーん。5人揃わないと伝説通りにはならないぬーん。不完全な伝説では駄目ぬーん」
だが、その一人が、絶対にこの世界にいると言う保障はどこにも無かった。
リュウセイの元へ振り返るアウル。
はっきりと、行方不明になった旨を伝えるべきか、あらゆる選択肢が脳内を疾走する。
「実は……」
「俺がその1人だ!!」
出入り口を振り返る一同の目の前に、一人の男が立っていた。
逆立った金の髪に、傷の入った頬。
貴族的な服装の上から、皮製のグローブと腰巻、ブーツを履いている。
だが、その男が『神城 空』で無いことはリュウセイ達が知っていた。
その男を見るなり、ペトレ王が鼻で笑った。
「どうやって牢屋を抜け出したぬーん。空賊のお前が『HIKARI』の訳がないぬーん」
「ところが、そうなんだよな。な?」と、リュウセイに目で合図をする男。
男の意図は見えないが、リュウセイ達にとっても、彼を残りの一人と認めた方が都合が良かった。
「は、はい。彼が残りの1人です」
「本当かぬーん?」
疑惑の意を込め目を細めるペトレ王。
「彼には、先にこの世界に来てもらいました」
そう、嘘をついたリュウセイ。
「だったら、良かったぬーん。これでこの世界も救われたぬーん」
複雑な気持ちはあったが、一堂から安堵の溜息が漏れた。
「と言う訳だ。これで俺は自由だよな?」
ペトレ王に訪ねる男。
「仕方ないのぬーん」
ペトレ王が指で合図をすると、広間の奥から年老いた執事が現れた。
「今夜は歓迎の宴を開くのぬーん。町中のみんなを呼んで盛大にするのぬーん」
「はい、かしこまりました」
そう言うと、執事は去っていった。
「彼らがいれば、セーデンなんて怖くないぬーん」
ペトレ王は、終始幼げな笑顔を放っていた。
つづく