第21話 「召喚獣と神獣」その1~Story of HIKARIチーム(前編)~
巨大な洞窟の前にある岩に腰を降ろす二人。
物思いに更け俯くアンリの傍で、木々の隙間から差し込む太陽の光を見上げるルナ。
日差しに照らされたルナの白い肌がさらに透き通って見える。
アンリの心の中にある物……それは。
――ソラが消えてしまったのは自分の責任なんだと言う事。
あの時……、宇宙船の中で謎のオーロラが迫ってきた時、ソラの手を取っていれば……。いや、もしソラの手を取っていれば、代わりにリュウセイが消えていたのかも知れない。
そんな思いがアンリの中で幾度と無くループしていた。
「離れ離れになーっても 繋がる心があーればぁ……」
突然歌を歌い始めるルナ。
そよぐ風に長い髪がふわりと喜ぶ。
「何にもー 負けることの無い力がぁー 湧くのぉー Wo 」
「5つのハート(心)とスピリット(精神)がぁ 輝ける未来を紡いでくぅ 信じてぇー 自分の強さをー 仲間との絆をー この胸にぃ」
何故かこの歌の歌詞がアンリの心に響いた。
顔を上げたアンリは、ルナの顔へ目をやった。
アンリの視線を待っていたかのように、ルナが目を合わせる。
「今度CDで出す歌なんだ」
ニコリと笑うルナ。
「歌詞が、今の私達に凄くリンクしているように感じて……驚いちゃった」
「私も、自分の歌の歌詞が、今の状況で浮かび上がってきちゃって」
ルナは、アンリの方へ体を向けると、一番伝えたかった思いを口にした。
「神城君……の事でしょ?」
ゆっくりと頷くアンリ。
「うん」
「自分を責める事は無いわ。アレはどうしようも無かった事。だから今は……「わかってる」」
ルナの最後の言葉を遮ったアンリ。
その先の言葉はアンリ自身、何度も自分に言い聞かせてきた。
「ありがとう。琴嶺さん。どうしようも無かったのよね……どうしようも……」
「ルナで良いよ。ってかそう呼んで。いつもそうだしさ」
優しい眼差しを送るルナに、少し心が軽くなったアンリは、やっと笑顔を返した。
――「だから今は、神城君が生きている事を信じ、その思いに自分が潰されない為にも、前を向いて進まなくちゃいけない」
暗闇の中で通路を遮る岩盤に右耳を押し付けるリュウセイ。
「なぁ、アウル。中を透視できるような魔法は無いんか?」
「魔法使いは便利屋じゃないんだ。そう都合の良い魔法は聞いたことがなし、あったとしてもまだ覚えてない」
痛む体に、回復魔法の光に包まれる手を当てるアウルが、皮肉に近い言葉を発した。
リュウセイは、ブレスレットからスフィアランチャーを呼び出し、目の前の岩盤に照準を合わせたが、ふと我に返ると、直ぐに帰還させた。
「あかん。恐らく無駄弾や」
リュウセイの悔しさが篭った舌打ちが洞窟内に木霊した。
強く握られた拳から、白い光が吹き荒れる。
超人的跳躍を見せ付けたリュウジは、一瞬にしてバルシェログの右側頭部に拳を突き込んだ。
グラつく頭部から、白い光が弾け飛ぶ。
苦痛に歪んだライオンに近い鳴き声が洞窟内に轟いた。
「まだ早いぜクソがッ!!」
そう言い、突き蹴りの連打を放つリュウジに負けじと、大きな掌を振り回し、掴まえようとするバルシェログ。黒く鋭い爪がリュウジの額を掠める。
だが、リュウジは巧みに相手の体を利用し、振り出された腕に飛び乗り肩を覆うカタパルトに移り、再び光を纏ったパンチを放った。
再び重い衝撃音と共に白い光が飛び散った。
勝利を確信したリュウジに若干の笑みが伺えた。
どこからとも無く湧き上がる大きな力に喜びと興奮を覚える。と、同時に、引き出そうとする程に湧き上がる底知れぬ力に、リュウジ自身恐怖を感じた。
――「一体、俺は何者なんだ……?」
明らかに人間の限界を超越しているこの力の源は、紛れも無くスピリットによる物だろう。ただ、それを作ったのはリュウジの前世だと言う事実が、当時の『自分』の中に眠る力のキャパシティの深さを物語っていた。
十数メートルの巨大な魔物を目前にしても、今は怯む事もないリュウジは、ほぼ無意識で脇の下に引き込んだ掌にエネルギーの塊を作り始めた。
トレーニングで小さな物しか作れないリュウジにとって、今の段階でも、それを遥かに上回る大きさになっていた。
勿論、作り方さえ知らないし、この先にどうすれば良いのかも意識できない。
ただ、体……? 魂がリュウジを突き動かしていた。
「うぉぉぉおおおっ!!」
突き出した掌から飛び出す光の塊。
暗黒の洞窟内を晴天の世界の様に照らす。
真っ直ぐにバルシェログへ向かい突き進む光の塊が、大気を掻き分ける。
「グルルルゥ!!」
バルシェログの鋭い眼が一瞬光った。
直径二メートル程の光の塊に、自ら突進し、巨大な拳を放つ。
光の塊に勝負を挑んだのだ。
眩い閃光と洞窟内を揺るがす衝撃波が炸裂した。
大木の様な豪腕から繰り出される岩石のような拳が、光の塊と激しくぶつかり合った。
光の塊は、勢力を失う事無くバルシェログの拳を弾き飛ばそうとするが、バルシェログの拳も、負ける事無く光の塊を押し返している。
「ガァァァッ!!」
握り拳を広げ、光の塊を包み込む。
そして、断末魔に近い雄叫びをあげ、光の塊を握り潰した。
拡散した、光のエネルギーが指の隙間から飛び散り、拡散弾のように降り注ぐ。
「マジかよっ!?」
今のエネルギーを握り潰された事に驚くリュウジ。
「オマエ 思ったイジョウニ 強い」
「ありがとよ、やっと認めやがったか」
胸の前で両腕を組むリュウジを見下ろし、バルシェログは不適な笑みを零した。
「感謝スル」
「どう言う事だ?」
「500年ブリニ 本気ガ ダセル」
「何だと?」
リュウジの言葉を遮りバルシェログは腰を屈め仁王立ちになり、両腕を脇の下で引き締めた。
黄金の鬣の下から鋭い眼が赤く光った。
口元にシワが寄り、白い髭が逆立つ。
すると、小さな光の粒がバルシェログの体に吸い寄せられている事に気付いた。
一つではない、その数は徐々に増してゆく。
肉眼でもハッキリと分かる無数の光の粒が、バルシェログの体内に溶け込み、体表が蒼く輝きだす。
「ちょっとマズイかも……」
不吉な予感を感じ取ったリュウジは、地面を蹴り、次の攻撃の準備が完了する前に息の根を止めようと試みた。
だが、次の瞬間。
バルシェログの気合と共に開いた胸、腕。と同時に強烈な蒼光の爆風がリュウジを岩壁に叩き付けた。
岸壁にめり込むリュウジの目の前に、先ほどまでとは雰囲気の違ったバルシェログが戦闘態勢で身構えていた。
金色の鬣は、蒼い鬣へと変わり、全身から青白いオーラを発している。
重厚なボディーアーマーは、より装甲力を高めた物へと変貌していた。
変わったのは見た目だけなのだろうか?
リュウジは、全身に力を込め、岩壁から抜け出そうとした。が、次の一瞬には、バルシェログの拳がリュウジの全身を更に岩壁に押し付けていた。
そのまま、岩壁を抉りながらリュウジを掴むと上空へと投げ捨てた。
「ぐわぁっ!!」
体勢を立て直す隙も与えず、バルシェログの猛攻撃が始まった。
暗闇に、一筋の蒼光を残しながら、光速でリュウジに突進する。
吹き飛ばされたリュウジの前方から、ほぼ同時にバルシェログの突撃。
横に弾かれたと同時に反対側からダッシュアタック。
縦横無尽に弾き飛ばされ、弄ばれる。
「く……この、野郎っ」
今の自分が上を向いているのか、下を向いているのか。それとも横かさえ分からなかった。
次の一撃で、地面に叩きつけられ、地上に戻ってきた事が分かった。
地上に降り立つバルシェログを前に、全身の痛みに耐えながら立ち上がるリュウジ。
「こんなモンじゃねぇんだよ……俺の力は。まだまだイケんだよ」
リュウジの戦闘意欲と反して、引き出しきれない力。
底知れぬ力がある事は、リュウジ自身も感じているが、それを余す事無く引き出す術が分からなかった。
感覚の問題か?
大きな湖で水を掬うのに、バケツで救いたいが、コップしか持っていない感覚に近い。
焦るリュウジにトドメを刺すべく、バルシェログの体から発せられるオーラが口に集中し始めた。
凄まじい、プレッシャーに後退りをするリュウジ。
リュウジは、全身に死を感じていた。
バルシェログの口に集中するエネルギーは、まるで核爆弾のようにも感じる。
実際に核爆弾のダメージを経験した事は無いが、脳裏に写るビジョンは、そう警告していた。
「マジでやべぇ……」
そう思った時、リュウジの心臓が大きく脈を打った。
「えっ?」
そして、どこからとも無く声が聞こえてきた。
――「ショボイ喧嘩しやがって」
「誰だ?」
――「俺か?スピリットだ。ちなみに名前は『テラ』」
「んだと?」
――「力を引き出せんのは、オマエの器が小さくなったからだ」
「何?」
――「不良トップ時代のオマエなら引き出せたはずだがな。正義の為に立ち上がったと同時に牙まで抜けちまったか?」
「…………」
――「オマエの取り柄は『野生の本能』だ。忘れたなら、俺が教えてやる」
「ちょっ、おい待て!!」
リュウジが気付いた時には、意識と関係なくバルシェログに飛びかかっていた。
リュウジを待っていたかの如く、放たれるエネルギーの砲撃。
テラは、闘いを楽しむかのように笑みを見せつけながら突き出した掌から、光の砲撃を放った。
ほどばしる閃光と、轟音が洞窟内を駆け巡る。
「それが必殺技か?ライオンちゃん」
バルシェログの口に砲撃を押し返すテラ。
「ははは!頭吹っ飛ぶぞ」
テラが、更にプレッシャーを高めた時、口の中へと押し返されたエネルギーが、バルシェログの後頭部から逆噴射した。
断末魔を上げ、膝から崩れ落ちるバルシェログの口からは煙が、後頭部からは大量の血液が流れていた。
テラは、バルシェログの鬣を鷲掴みにすると、ヘッドバット喰らわせ、スフィアブレスレットから召喚した長剣を右目に突き刺した。
――「やめろ!!もう良いだろ?」
「まだだ」
――「うるせぇ、俺の体だ。勝手な事すんじゃねぇ!!」
そう叫んだ時、リュウジの意識と体が一致した。
目の前には、無残な姿のバルシェログが命の限りを待っていた。
痛み苦しむその姿に、リュウジはある提案をした。
「楽にして欲しいか?」
別に、勝利に浸る気分も、見下す気も無かった。
ただ、どんな敵であれ、苦しむ姿を見ていられなかった。
不思議と、弟の功輝が心臓病で苦しんでいた時と、デジャヴしたような感覚が蘇ったのだ。
スピリットが言う通り、『牙』がぬけてしまったのかも知れない。
そんな迷いをバルシェログの悲痛な一言が断ち切った。
「頼ム……」
リュウジは、ゆっくりと頷いた。
つづく