第19話 「アナザーワールド」その2
メインドライブルームの巨大なスクリーンが青空と大草原の映像を映し出した。
「粋な事しやがんなぁ、博士」
リュウセイは流れる雲を見ながら笑顔を零した。
何も見えない宇宙で、少しでも気持ちが明るく成るようにと、博士が気を利かせてくれたのだ。
「よし、もうエエで、ベルト外して」
そう言うと、全員、安全ベルトを外し立ち上がった。
肩を廻すリュウジ。
船内をキョロキョロと見回すソラ。
壁面のモニターを覗き込むアンリ。
「思っていたより揺れないね」
アンリも船内を見回した。
「そりゃ今現在最強の宇宙船やもんなぁ」
バトルスーツのジャンパーウェアを脱ぐと、リュウセイは再びリクライニングチェアーに座った。
ソラは、一度自分の部屋に向かおうと、メインドライブルームを出て、ルームエリアとを繋ぐ渡り廊下に向かった。
渡り廊下には、新幹線の車両間のようなトイレ、手洗い場などが設置されている。
トイレの前を通り過ぎようとした時、トイレとは反対方向の物置部屋の扉が半開きになっている事に気付いたソラは、おもむろに扉を開いた。
「ここにも転送台があるんですね」
アンリは、メインドライブルームの中央にある、五つの円柱形の台座に目をやった。
「別の宇宙間通しでは、ノアからの武器転送ができへんねん。だから今もこうして宇宙船で向かわなあかんねんやけどな。この宇宙船に転送機能があれば重い武器とか持ち歩かんでも、ブレスレットに転送できるやろ」
「あぁ、なるほど」
リクライニングチェアーに腰を下ろしたアンリは、引き込まれるようにスクリーンを見上げた。
その時、禁煙のストレスから貧乏揺すりを繰り返すリュウジの目の前の、自動扉がスライドした。
先ほどとは打って変わった蒼白な顔を、一同に向けるソラの唇が小刻みに震える。
「あ、あの。寺村さん……も、もも、物置部屋に……」
次の言葉に一同は息を呑んだ。
――「琴嶺 瑠奈が……乗ってる……」
「なんやってっ!!?」「嘘でしょ!?」「マジかよ!?」
驚きと怒声が入り混じり、即座に立ち上がったリュウセイに、アンリとリュウジが続く。
通路の物置部屋の扉を開けたリュウセイ達の目に、床ですやすやと眠っているルナの姿が映った。
リクライニングチェアーに座った一同は、凛とした表情で立つルナを囲んでいた。
まず、口を開いたのはリュウセイだ。
「どうやって、あの部屋を抜け出した。そんでどうやってこの宇宙船に乗り込んでん?」
「あの部屋にアナタに閉じ込められて困っていた時に、勝手に鍵が開いたの」
ルナは反省する素振りも無く答えた。
「勝手にぃ?」
リュウジの眉間にシワが寄る。そして、俯き何かを思案し始めた。
「じゃあ、どうやってこの宇宙船に乗り込んだの?」
アンリは、リュウセイの質問を繰り返し、出来る限り柔らかく訊ねた。
「扉が開いて、殺風景な白い廊下に出たの。どこがどこだか分からずに通路を進むと、白衣を着た人達に会って、あなた達の居場所を聞いた。で、あなた達に気付かれないように、この宇宙船にのりこんだの」
すると、リュウジが皮肉交じりに鼻で笑った。
「てめぇ馬鹿か。わざわざ匿ってやったって言うのに」
その言葉に、ルナがリュウジの顔に視線を向けた。
「あなた言ったよね? 私たちはずっと昔からの仲間だって。理由も解らずに閉じ込められるのは御免なの。だったら、私も一緒に行くわ」
リュウセイ達が、真剣に語るルナを見据える。
「タクシーで私を連れ去ったローブの人も言っていた。私の生まれ変わりがどうとか、スピリットがどうとか……知りたいの。真実を」
「やったら教えたるわ」
そう言いながらリュウセイは、リクライニングチェアーの肘掛に肘を付いた。
「なんでお前を匿ったか? スピリットも無く力も無いお前を戦場に駆り出してどうなる? 悲鳴を上げて殺されるんがオチや。ましてやそのまま地球におらしても、残りのゲラヴィスク教がお前を殺しに来る。ああするしか無かったんや」
今まで、別の世界の言葉だと思っていた『死』が、身近に迫っている。そして、考えられない事態によって、自分が築き上げてきた華やかな世界が虚構へと変わっていく。
そんな絶望感が少しずつ心と脳に染み渡って来たルナは、ゆっくりと崩れ落ちた。
その心境は全員が痛いくらいに理解できた。
ソラにアンリ、リュウジ……リュウセイ。それぞれが通ってきた『門』だ。
この門を潜った時、これまでの人生と別れを告げ、前世から続く壮絶なる戦いの世界へと身を投じてしまう。
でも、そうするしかなかった。
「知りたいんやろ? 教えたるわ……全てを」
ルナと同じ目線に立ち、優しい瞳を向けたリュウセイに、気力を失っていたルナは、力なく頷いた。
リュウジの腕時計の短針が一周した。
メインドライブルームで、時間を潰していたソラとリュウジの元へ、リュウセイとアンリが戻ってきた。
「琴嶺は?」と訊ねるリュウジに、アンリは「今は気持ちの整理が付くまで、自分の部屋でそっとさせてる」と答えた。
「大丈夫かな?」
ソラの不安げな様子にリュウセイがニコリと笑った。
「大丈夫やろ。アイツも頭は悪く無いんや。きっと理解してくれるわ」
「そうですね」
「そんじゃ、そろそろ晩飯食って明日に備えて寝るか」
手を叩き気持ちを切り替えるかのようにリュウセイが提案した。
「おぉっ!! 丁度腹減ってたんすよ」
リュウジが待ってたと言わんばかりに喜ぶと、アンリとソラは、持参したカバンから缶詰を取り出した。
その缶詰を指差し、リュウジが名前を読み上げた。
「えっとー。『さばの煮付け』『さばの味噌煮』『サンマの塩焼き』『アジの煮付け』『イワシの煮付け』に『マグロの缶詰』と『ツナ缶』………………」
リュウジの心の叫びをリュウセイが代弁した。
「偏り過ぎやろぉぉっ!!」
巨大な円盤は、この間も留まる事無く瞬間移動を繰り返していた。
いくつの銀河を越えてきただろう。
いくつの生命が住む惑星を越えてきただろう。
いくつの文明があったのだろう。
気付けば、住み慣れていた母星は遥か彼方の銀河へと消えていた。
ベッド脇のデジタル時計が『9:00』を知らせていた。
ソラは、眠気眼でアラームのボタンを押すと、再び襲い掛かる睡魔に身を委ねた。
その時、宇宙船内に警報が鳴り響いた。
驚き、一気に飛び上がったソラの鼓膜に、この度最初の難関の知らせが舞い込んできた。
『間もなく重力場へ差し掛かります。間もなく重力場へ差し掛かります。船内が少し揺れる恐れがあります。速やかにメインドライブルームに集まり、安全ベルトを装着して下さい』
「マジかよマジかよ……」
ソラは慌ててバトルウェアを手に取った。
レザージーンズを履き、サイバーシューズを履く。タートルネックのレザーシャツを着て、シルバーの装飾が施されたロングコートを羽織る。指が突き出るバトルグローブを手に装着し、部屋を出た。
通路を走り、メインドライブルームの扉を潜った時には、全員が揃っていた。
「おい寝坊すけ。さっさとベルトしめろ」
リュウジの横に座ったソラ。
「いよいよか」
そう言うソラの隣にはルナがいた。
再びアナウンスが流れる。
『これより重力場に突入します。転送用スピリット射出後、転送を開始します』
「お前らいよいよやぞっ、これを越えて不死鳥の御霊を手に入れるぞ!!」
リュウセイが全員に気合を込める。
だが、次の瞬間、衝撃的な事実がアナウンスから流れてきた。
『スピリット射出口に損傷有り。スピリット射出できません。繰り返します』…………。
その冷酷な言葉に、一同の全身から血の気が引いた。
つづく