第17話 「アンデッド再び」その1
「私共に次の指令を頂きたい。『彼等と戦いスピリットへ導く』と言う使命を頂きましたが、ガジャル様復活の阻止に力を貸しているようにしか思えません。 このままでは……。 セラス様の許可が頂ければ、今すぐにでも次の手を打ちたいのですが」
――「……まだ動く時では無い」
「では何時っ?」
――「合図は俺が出す」
「では、今すぐにでも。こちらは何時でも動けます」
――「そう急かすな。分かった、明日に実行だ」
「承知」
――「こっちは引き続き、奴等と行動を共にする」
「あの戦い以来、セラス様の居場所が掴めず焦る日々が続いておりましたが、まさか彼等の中に潜り込んでおられたとは……。 病院での戦いまでは、気付きもしませんでした」
――「あぁ、全ては計画通り。後は、ゲートを探すだけだ」
マンションの一室。
白と黒の家具で統一された、どこか冷たくシックなインテリア。
鏡と会話をしていた黒いローブを纏いし者。男か女かは、声からも掴むことは出来ない。
振り返る先に、ソファーに腰を預けるレグザがいた。
「何て仰られていた?」
「明日、作戦開始だそうだ」
「明日か。 しかし、殺してはならぬと言う命令がいまいち理解できん。 先の戦いでもわざと逃がしてやったが……殺そうと思えば容易かったものを」
レグザは、ガラステーブルの上にあるワイングラスに口につけた。
「計画通りだそうだ。 我々は、黙ってセラス様の言う通りにすれば良い」
「わかった」
レグザは立ち上がると、ガラス戸を開け、漆黒の街を彩るイルミネーションを見下ろした。
「地球の資源を食い荒らし、己の事しか考えない愚民共……間もなく制裁が下されようぞ」
レグザの隣へと歩み寄ったローブを纏いし者は、フードの奥から不気味に光る眼を覗かせると、何かを訴えるかのように地上を見下ろした。
澄んだ空を学校の屋上に座り込み、眺めるアンリとソラ。缶ジュースを片手に肩を並べ、談笑していた。
「だいぶサマになってきたじゃん。 良いパンチしてたよ」
「えへぇっ。 本当ぅ?」
アンリは、あからさまなお世辞に笑って答えた。
「まぁ、パンチ以外にも色々覚えないといけない事は多いけどね」
「そうだよねぇ。 大変だぁ」
アンリは、ジュースを一気に飲み干した。
その横顔に釘付けになるソラ。
昼休憩を使ってのアンリへの武術特訓だが、ソラにとっては最高に幸せな時間でもあった。
つい最近までは、教室の窓際からアンリを見つめる事だけで精一杯の胸のトキメキを感じていたが、『あの事件』以降、急激に距離が近づき、話すことや、間近で見つめることが出来るからだ。
皮肉にも、ゲラヴィスク教による事件のおかげかもしれない。
だが、不安もあった。 時折感じるリュウセイへの甘い視線……。
――『恋心』…………。
その不安をソラは、ジュースと一緒に飲み込んだ。
五時間目の授業は、現代国語の授業だ。
教室の扉が開くと、「倉本」教頭先生が入ってきた。 恰幅の良い中年の女性だ。
先日のリュウジの暴力事件の際、頭部に重症を負った加藤先生は、未だに入院中の為、教頭先生が受け持つことになったそうだ。
「はい、授業はじめるわよ」
「起立」
「礼」
「着席」
お馴染みの挨拶の後、教頭先生は歯抜けになっていた座席に気付いた。
「まだ三人ほど席についていないけど、誰か知ってる?」
そう言われ周りを見渡すと、ソラの友達の「シンジ」と「タケル」の姿が見当たらなかった。
同時にアンリも教室を見渡したが、親友の「みつほ」の姿も無かった。
不覚にも、お互い、友達がいない事に気付いてなかったのだ。
すると、教室の後ろの扉が開き、三人が入ってきた。
「あなたたち、授業が始まってるの。時間は守りなさい」
遅れた三人に注意する教頭先生に、返事をする事も無く、力なくそれぞれの座席に近づく。
だが、明らかに彼らの雰囲気は今までと違っていた。
首が座ってなく、虚ろな目をし、口からは唾液が糸を引いている。
その姿に、息を呑む生徒達の中、その症状の理由がわかっているソラとアンリに衝撃が走った。
――「洗脳……されてる……」「みっちゃん……冗談でしょ……」
間違いなくそれは、『アンデッド化』特有の症状だ。そして、そう変えたのは紛れも無くゲラヴィスク教。
ゆっくりと視線をソラとアンリに向けたシンジ、タケル、みつほ。すると、いきなり二人に殴りかかった。
「こんな所でっ!!」
咄嗟に避けた二人の机が真っ二つに割れ、驚いた生徒達が飛び魚のように席から離れた。
「なんなんだよこいつ等!!」「どうしちゃったの?」「変だぞコイツ!! まるで化け物だっ!!」「机が真っ二つになるなんて……」
騒然とする教室内……。
教頭先生が、廊下に飛び出し、大声で他の先生を呼んだ。 同時に逃げ出す生徒達の中、親友に対し身構えるソラとアンリ。
「スーツ着てねぇぞ、俺」
アンリは、床に転がっていた自分のカバンの中から、スフィアブレスレットを取り出すと右手首にはめた。
だが、スーツを呼び出し着替えるだけの時間はありそうにも無かった。
そうこう考えている内に、アンデッド達が再び襲い掛かってきた。
両拳を振り上げ、一気に振り下ろすタケルの攻撃を、バックステップで交わすソラの後ろで、みつほの細い腕が鞭のように撓り、アンリの頭部を掠った。
誰もいない教室で闘うソラ、アンリを、廊下から大勢の生徒達が野次馬のように見物している。
「クソっ、俺達の正体がバレちまう」
「そんな事言ってられないよ!!」
次の瞬間、シンジの拳がまっすぐアンリに伸びてきた。
慌ててクロスガードを取ったアンリだが、ソラには、アンリの腕の骨が粉々になる事が目に見えていた。
咄嗟に、側にあった木の椅子をアンリの目の前に伸ばす。
アンリの目の前で、木の椅子が粉砕した。
「大丈夫か!?」
「ありがとう、大丈夫」
再び身構えるソラとアンリの前で、ふら付く足取りで近づいてくる三人……、いや、三体と言ったほうが適確だろうか。
ソラに近づいたタケルが、唾液を吐き散らしながら、空手部で培った太い腕を振りかぶった。
その時、黒い服を着た男が目にも止まらぬスピードで、教室の窓ガラスを突き破り、タケルの左頬を弾き飛ばした。
廊下側の支柱に激突した、タケルの前に現れたのは、バトルスーツを着たリュウジだった。
「手加減してたらこっちがやられちまうぞ」
三階の窓を突き破り現れたリュウジに、声をあげ驚く生徒達。
「アイツ、この間の……」「何しに来たんだ」
「そんな事わかってるさ」
そう言い、廊下の群集に目をやったソラは、その中に紛れ込み、こちらの様子を伺うローブを纏う者「ゲラヴィスク教」を発見した。
「アイツッ!!」
術者を倒せば、洗脳術が解けると知っていたソラは、怒りを露にし群集を掻き分けた。
「神城君!!」
「こっちは任せろ」
親友達の事をリュウジに任せ、アンリはソラとゲラヴィスク教を追った。
つづく