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第15話 「沢田 龍二」その2

 全裸で気を失っている女子大学生を黒いワンボックスカーに乗せ、近くの公園へ降ろしに行った山下を確認し、リュウジは曇り空の中、タバコに火を付け歩き出した。



 聖南せいなん大学付属病院の小児科にやってきたリュウジ。

 病棟の廊下を歩く看護士や入院中の子供、その保護者達が、場違いな格好で歩く男をなるべく見ないようしている。

 逆立った金髪、両耳にはめられたリングピアス、『俺は不良だ』と示すかのように、ボタンが全快に開けられた黒い学ランの中から顔を出すスパンコールのドクロ。

 普通の人間なら、あまり関わり合いたくない人種だ。


 リュウジは、『831号室』と書かれている病室の扉を開いた。

「あ、兄ちゃん」と、ベッドで横たわる功輝こうきが、久しぶりの笑顔を見せ付けた。


 部屋の左右に三台ずつ並べられたベッドの内、一番右奥のベッドを使う功輝。

 窓際の方が、外の景色を眺める事が出来ると言う理由で、リュウジが看護婦長に掛け合ったのだ。


「体の方はどうだ?」

 リュウジは、ベッド脇のイスに腰を下ろした。

「うん。良い感じだよ」

 微笑む功輝だが、リュウジから見ても、衰弱のレベルは前より増していた。


 リュウジより、五つ下の十二歳。

 病名は、『拡張型心筋症』と言う、心臓の細胞が変化し、特に心筋が伸びてしまう心疾患である。通常より心筋が薄く延びてしまうため、心臓のポンプ機能が著しく低下し、病状が進行すると重篤なうっ血性心不全や治療抵抗性の不整脈を起こしてしまう。

 治療法は大きく分けて二つ。

 一つは、「バチスタ手術」と言われる最近増え始めた術式だが、難易度が高く、相当な腕の医者が必要らしい。

 だが、功輝の心臓の状況は極めて良くないらしく、バチスタ手術でも、希望は持てないとの事だった。

 もう一つは、心臓移植だ。

 ただ、功輝の年齢では、日本では心臓移植が認められてなく、移植可能なアメリカへ渡米すれば、莫大な費用が掛かってしまう。

 リュウジの父親は、家を売り、全財産をつぎ込もうと考えたが、それでも足らないと医者に言われ、第一、心臓の提供人が現れるかも分からず、全ては暗礁に乗り上げていたのだ。


 ――「もっと金がいる……どんな汚い事をしてでも、どんな手を使ってでも……金がいるんだ」


 窓から外の景色を眺めるリュウジの拳を、功輝の掌が包み込む。

「兄ちゃん、どうかしたの?」と、顔を覗きこむ功輝に「いや……」と返した。

 功輝に手を包み込まれた瞬間、母親との最後の記憶がデジャブの様に蘇った。

 

 ――「龍二、男らしく強く生きて行くのよ」

 酸素吸入器越しに話す母親の手が、三年前のリュウジの手を包み込む。

 長きに渡る近所の主婦や、姉妹の嫌がらせ、信じていた者の裏切り。それによる、悲しみ、苦痛の末、気付いたときにはガンの末期だった。

 ガンにも、先天的な症状と、ストレス型の症状があり、母親は間違いなくストレス型だと、担当医に告げられた。

 母親は、自分を苦しめた者達によって間接的に殺されたのだ。

「龍二。功輝を守ってやってね」と、言い残し、母親は悔し涙を流しながら世を恨み死んでいった。

 涙で目を腫らしながら、「神様、お願いします」と何度も神に祈ったリュウジだったが、それ以来、神に対して「クソ野郎」と言うようになり、髪を染め態度を変え、世を恨み、復讐を誓った。


「お前だけは絶対に救ってみせる」

 リュウジは、功輝の手を握り返した。

 その思いだけが、唯一、リュウジを『人』として、存在させていた。この思いを失ってしまえば、リュウジは、漆黒の悪の権化ごんげへと変わっていただろう。



 急に反抗的な態度に変わったクラスメイト。

 リュウジの嫌な予感は、教室の扉を開けた瞬間から現実のモノへとなる。

 好き勝手に、数学の講師を無視し、遊び呆けるクラスメイトだが、誰一人リュウジに、気付かぬフリをしていた。

 リュウジは、何食わぬ顔で自分の席に着くと、タバコに火を付けた。

 ふと机の上を見ると、『負け犬 龍ちゃん参上!!!』と油性マジックで落書きをされている事に気付く。

 リュウジは、腹が立ち机を蹴り倒した。大きな衝撃音が教室に木霊したが、誰一人、気に留める者はいなかった。

 すると、隣の席でタバコを吸っていたピアスだらけの不良が、ニタ付く顔で笑い出したのをリュウジは見逃さなかった。

「おいコラっ!! 聞いてんのか? クソが」

 リュウジの言葉に、顔だけ向ける不良学生。

「あぁ、聞いてるぜ。負け犬の遠吠えをなぁ」

「なんだと……」

 リュウジの眉間にシワがよった。

「今まで、偉そうに俺等をコキ使いやがって。神城 空の学校に殴りこみに行ってどうなった? あぁ? みんなポリ(警察)に捕まって、刑事の息子のテメェはおとがめ無しか」

 確かに、刑事の息子と言うだけで、リュウジは他の者よりも待遇がマシだっただけに、言い返す事が出来なかった。

 そうしている内に、気付いた時にはクラス全員がリュウジを囲んでいた。

「おまえら……」

 リュウジの側近の仲間までもが、裏切っていた。

「わりぃ、リュウジ。まぁ、こう言う事だ」

 リュウジは、沸々と湧き上がる怒りと、母親が受けたような裏切りに落胆し、大きく溜息をついた。

「上等だぁコラぁ!!」

 リュウジはまず、目の前のピアス野郎を全力で殴り飛ばした。



 学校の生ゴミ保管庫で目を覚ましたリュウジ。流石に、クラス全員を相手にするには分が悪かった。

 ひび割れた腕時計を覗き込む。

「六時間も寝てたのかよ……」

 リュウジは、全身を駆け巡る激痛を堪え立ち上がった。

 朦朧とする意識の中、体を休めようと行く宛てを探したが、裏切り者の所へは行けるはずがない。


 闇夜の中、足が止まったのが偶然か、必然か……皮肉にも自分の家の前だった。

 どうやら、父親も、女、子供も寝静まっているようだ。

 リュウジは家に入ると、玄関とリビングの間にある、六畳程の和室に入った。母親の仏壇と、趣味でもあったトールペイントが飾られてある部屋の中心で仰向けになり寝転ぶと、リュウジは悔し涙を流した。

「母さん。俺……何やってんだろ? 母さんとの約束、守れねぇかもしれねぇ……ごめん」

 リュウジは、一番母親を感じられるこの空間だけは、素の自分に戻る事ができた。

 仏壇の中で、全てを包み込む優しい笑顔を見せる母親の顔を見たリュウジは、ゆっくりと目蓋を閉じた。



 太陽の光が、障子の和紙から柔らかく部屋を照らし、リュウジは目が覚めた。

 太陽に起こされたのは、久しぶりだった。

 ふと気付くと、リュウジの体の上に薄い毛布が掛けられていた。

 すると、何かの視線に気付き、入口の戸に目をやった。

 そこには、香織と言う女が連れてきた幼い小学生が、少し怯えながらも立っていた。

「なんだ?」と、抑揚のない口調で問いかけた。

「マ、ママが、朝ご飯が出来たからって……」

 リュウジは、ゆっくりと起き上がると「いらねぇって、伝えといてくれるか」とだけ言い、部屋を出た。が、タイミング悪く、香織に見つかった。

「龍二君……朝ご飯が用意してあるから一緒に食べないかなぁ?」

 香織は、龍二の機嫌を損なわないよう、細心の注意を払いながら話しかけた。

「テメェの不味い飯が食えるか、ボケっ」

 そう言って踵を返した所へ、父親でもある沢田が階段から降りてきた。

「香織に謝れ」

 沢田がリュウジを睨み付ける。負けじと胸ぐらを掴み上げるリュウジ。

「俺は、お前と違って功輝を見捨てたりはしねぇ」

 その言葉に、香織が初めて怒りを露にした。

「アンタねぇ!!」

「やめろ!! 香織……」

「だって……」

 リュウジは、玄関の新しい花瓶を地面に叩き落とし、家を飛び出した。


 痛く照りつける太陽を睨み付けるリュウジ。

「胸糞悪いぜ。俺をどうしたいんだ?」

 答えるはずも無い太陽に問いかけたリュウジ。それは太陽への言葉だったのか? それとも自分自身への言葉だったのか? 

 リュウジは、宛ても無く街へと歩き出した。



 円柱の透明カプセルの中で、液体に浸かるリュウセイ。

 それを部屋の隅のベンチから眺めるアンリ。

 肉体的ダメージよりも、またしても守りたい者を失ってしまったと言う、心のダメージの方が大きかったアンリに対し、足を踏み潰されたリュウセイは、未だに、カプセルを出ることは無かった。

 そこにやってきたソラ。

「渡せた?」

 アンリはスピリットの事を聞いた。

「ぜんっぜんダメ……。やっぱ俺は嫌われてるぜ」

 ソラは、リュウジのスピリットを取り出し、宙に投げ、キャッチを繰り返す。

「そっか……」

「でも、もう一回行ってみるよ。それでもダメなら無理やりスピリットを体に押し込んでやるぜ」

 そう笑顔で言うと、ソラは、足早に救急治療室を後にした。

「寺村さん……」

 アンリは、リュウセイの目蓋が開くまで、ずっと目を見つめていた。


 フォースライドの通路を歩くソラ。

 アンリの様子を見れば、誰だって気付く。リュウセイに対し、特別な感情を抱いているのだろう。

 複雑な思いを胸に仕舞い込み、ソラは、スフィアルームへの扉を開けた。





 つづく


次回、いよいよ第2章が完結!!!

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