第15話 「沢田 龍二」その1
前回までの、大バトルとは一変、ドラマ性が主体の内容へとなっています。
この話しで、リュウジと言う男の味が伝われば良いなぁと思ってます。
パート3を見終わった後に、「リュウジって、メッチャ良いやん!」て印象になれば大成功だと思ってます。
主要キャラが増えるごとに、新たなるスパイスが加わり、話に深みが出ることを期待して、執筆しております。
黒いセダン車が、警察署からゆっくりと夜の街へと走り出した。
「次は無いぞ龍二。いくら俺でも、お前の尻拭いにも限界がある」
ベージュのロングコートに身を包む沢田は、後部座席でふてぶてしく外を眺める龍二に話しかけた。
リュウジは、父親の言う事には聞く耳を持たないと言った感じで、無視を続けていた。
痛む肘が思い出させる前日の出来事が、リュウジの脳裏に蘇る。
――「俺と勝負しろ、神城 空……タイマンだ。俺が負けたら潔く去ってやるよ」
――「もう止めろ、これ以上闘っても無意味だ。お前に俺は倒せない」
神城 空の言葉を思い出した瞬間、怒りが込み上げて来る。
「馬鹿にしやがって……」
リュウジは、窓の外のネオンを遠くに見つめながら、小さく囁いた。
車が沢田邸の前で停車すると、家の中の照明が夜道を薄っすらと照らしていた。
「もしかして……!」
リュウジは、車を慌てて降りると、期待に膨らむ思いを押し殺す事が出来ずに、家のドアを全力で開けた。
「ただいまっ、功輝やっと退院したのっ……!?」
リュウジの目の前に、満面の笑顔を作る三十代半ばの女がいた。
リュウジは状況が把握する事が出来ずに、しばらく固まったままだった。
「おかえりなさい」と言う謎の女。
軽くパーマがかったセミロングヘアーに、目元の小さな黒子が見え隠れしている。
エプロンを身に纏うその女を見たリュウジは、家を間違えたのかと錯覚した。その時、沢田がドアを開けた。
いきなりリュウジに対し改まる沢田に、女も改まった。
「龍二、この方は、香織さんだ。お前には中々話す機会が無かったが、俺と香織さんは再婚する事にした」
「よろしくお願いします」と、沢田の言葉に続いた香織。
徐々に状況が掴めて来たリュウジだったが、瞬時にとてつもない怒りが込み上げてきた。
後ろを振り返り、沢田の胸ぐらを掴むと玄関の壁に叩き付けた。驚く香織。
「テメェ……そこまで腐ったか。母さんの仏壇を埃まみれにしていると思えば、どこぞの女とイチャイチャしてたって訳かっ!!」
リュウジの反抗に負けじと沢田が反論を始めた。
「いいか、コレはお前や功輝の為でもある。仕事で家事が出来ない俺に代わり、お前達の世話を自らして頂けると言ってくれた!!」
「黙れっ!! 功輝の為とか言いながら病院にも顔を出さねぇテメェに口にする資格なんかねぇ!!」
「お前に俺の何が解る!!」
「知りたくもねぇよ、テメェの事なんか!!」
近所にまで響き渡る親子喧嘩に、ただ黙って聞くしかなった香織。その後ろで、まだ小学校の高学年にも満たない程の男の子が、香織の手を怯える手で握っていた。
恐らく、連れ子だろう。
リュウジは、沢田の胸ぐらを振り払うと「貴様は最低の父親だ……」と捨て台詞を吐き、家を飛び出した。
深夜前の暗闇に、ジッポライターの蓋を押し上げる金属音が鳴り響いた。タバコの穂先を火で炙り、熱風を肺へ送り込む。
逆立った金髪を手でいじるリュウジの目の前には、今日も満月が顔を出していた。
思えば、この間、数ヶ月ぶりに空に昇る太陽を見たリュウジ。堪らなく不快だとリュウジは感じた。
見上げるのはいつも月ばかりだった。
リュウジは、月の方が不思議と見ていて落ち着きを覚えていた。
鳥のさえずりも、子供のはしゃぎ声も無く、静寂が包み込む暗黒の世界をしっかりと覗き込む黄色い目。
自分自身と月との存在が重なり合っているという感覚が、更に、リュウジの心の闇の拡がりに拍車を掛けていた。
「世の中クソだ……。なぁ、母さん」
リュウジは月の傍らで一際光り輝く星を見つめながら言った。
その時、リュウジの背後でアスファルトを靴が擦る音が聞こえた。
振り返るリュウジの目の前に、黒い服を来た神城 空が立っていた。顔に描かれた血と土のグラデーションが、外灯に照らされ、弱弱しい出で立ちで荒い呼吸を繰り返す。
リュウジは、「何をしに来た」と口には出さず、目で訴えかけた。
「いきなりこんな事を言うのは、変だとは思うけど、俺達と一緒に世界を救って欲しい」
そう言うと、ソラは、ポケットから取り出した水晶玉をリュウジに見せ付けた。
鼻で笑うリュウジ。
「このガラクタをしまえ。そして二度と俺の前に姿を現すんじゃねぇ」
「これは、ガラクタなんかじゃない。スピリットさ。お前の前世での力の結晶だ」
「お前オタクだったのか……? 俺も馬鹿にされたもんだ」
そう言うと、リュウジは短くなったタバコを足で踏み潰した。
「おい、頼むよ。前世では俺達仲間だったみたいだし」
その言葉にリュウジの額に血管が浮き上がった。
「仲間ぁ!? テメェなんか死んでも仲間になんねぇ」
「だけどっ……おっ……」
ソラが何かを言いかけた瞬間、苛立ちを抑えきれなくなったリュウジのストレートパンチが、綺麗に『こめかみ』(耳の上、目のわきの、物をかむと動く所)を捕らえた。衝撃で脳が揺れたソラは、一瞬にして気を失った。
反動で、宙に浮いた水晶玉にリュウジの顔が映り込む。隣の家の塀にぶつかり、アスファルトの上に転がった。
「ざまぁ見ろ」
リュウジは、二本目のタバコに火を付けながら、深い闇へと歩いていった。
山下と言う、パシリ役の大学生が住むアパートの前にやってきたリュウジ。目の前で、黒いワンボックスカーの中から、女子大学生がリュウジのクラスメイトに引きずられ、山下の部屋へと担ぎこまれた。
「あいつ等、俺抜きで『狩り』をやってんのか」
車を駐車場に止め、運転席から出てきた山下がリュウジに気付いた。
「あっ……リュウジさん」
「テメェ等、何やってんだ。しかも俺を差し置くってのわ」
リュウジの不機嫌な態度に、萎縮し、しどろもどろな言い訳を始めようとする山下。
「言い訳はもういい。取り合えず明日の昼までに二十万用意しとけ」
「に…二十万はちょっと……。二日前に二十万円を渡したバカリじゃ……」
直ぐに用意できる訳もなく、苦笑いをする山下の下腹を、リュウジの膝が食い込んだ。
膝から崩れ落ち、嘔吐する山下。リュウジよりも五歳は上だ。
「前にも言ったろ。引ったくりでもカツアゲでも何でも良いからさっさと用意しやがれ。クソが」
そう言うと、リュウジは、鉄の階段を昇り、山下の部屋のドアを開けた。
クラスメイト数人が半裸状態で、泣き叫ぶ女子大生の服を、子供がプレゼントの包装紙を破くように脱がせている所だった。
「あっ……リュウジさん……」
クラスメイトの一人が、リュウジに気付き、機敏と立ち上がり、他のメンバーも手を止めた。
「お前等、何勝手に『狩り』をしてんだ」
リュウジの問いかけに、ソフトモヒカンの学生が皮肉混じりに口を開いた。
「あんたもう、『番』じゃねぇだろ? 神城 空に二回もぶちのめされて……ざまぁ無いぜ」
すると、半裸状態の不良達が一斉にリュウジに襲い掛かって来た。
彼等の心境はみな同じだった。
――「もうお前の舎弟じゃない」
破れたシャツで、胸元を隠す女子大生の前で、不良学生を叩きのめしてゆくリュウジ。
力の差は圧倒的だった。
血まみれの不良学生を目にし、女子大学生が、救世主を見るような眼差しでリュウジを見つめる。
「助けて頂いてありがとうございました」
涙を拭いながら、震える声で礼を言う女子大生。
「勘違いするな……」
荒い呼吸で冷たく言い放つリュウジ。
額に滲む汗が、正気を失っている目の横を流れ落ちる。
「えっ……?」
リュウジは、やり場の無い不満や、爆発しそうな憤りを、目の前の玩具に狂人の如く叩き付けた。
女の絶望の悲鳴が、明け方まで続いた。
つづく