第12話 「罠は無邪気の如く」その3
ブレスレットの青い輝きと共に、アンリの手の中に現れた小さな五角形のプレート。
中心にあるグリップを掴むと、プレートの縁全体から薄緑色のエネルギーのヴェールが放射され、人一人を守れる程の盾へと変化した。
残りの武器でも大してダメージを与えられないと悟ったアンリは、防御に徹する事を決めたのだった。
ただ一つ、アンリが懸念している事は、「この盾で『アノ赤い光線』を防げるか?」と言う事だ。
不安と、少しずつ大きくなってゆく恐怖心とも闘いながら、エネルギーのヴェール越しに壁のモンスターの攻撃を伺うアンリ。
その時、モンスターの紅い三つの目が鋭い光を放つと同時に、赤い光線が空を切り裂き音を鳴らした。
咄嗟に身構えるアンリ。
すると、赤い光線は、エネルギーのヴェールに当たるや跳ね返り、壁のモンスターの目を貫いた。
壁でも痛みは感じるのか? 奇声を発しながら少し後退したモンスター。
「よし、いける」
この盾が、モンスターの攻撃を跳ね返してくれると分かったアンリは、次の攻撃に備えて再び身構えた。
壁のモンスターは、痛みを耐え凌ぐと、怒りを露にした。
両手の大きなハサミを振り回し狭い壁を容赦なく叩き潰す。
全身するスピードも上がり、三つの目から光線を連続で発射し始めた。
「やばいっ、メチャメチャ怒ってるじゃん」
連射される赤い光線に慌てて盾を向けるアンリ。
跳ね返る光線にもがきながらも、更に連射する壁のモンスターだったが、とうとう力尽き動きが止まった。
銃弾をも跳ね返すことが可能なバトルスーツを、焦がす程の光線が壁一面に跳ね返り貫いたのだから、この結果は当然なのかも知れない。
アンリのブレスレットが青く輝くと、手に持っていた盾が消えた。
安堵の溜息を漏らすアンリ。
「ふぅ。死ぬかと思ったぁ」
すると、また地面、壁、天井が振動し始めた。
足場がぐらつき壁に背中をつける。
アンリを囲むかのように壁が通路を遮断し、再び箱と化したその部屋。
全身に感じる感覚からすると上昇しているんだとアンリは悟った。
石の壁同士が擦れ合う音が、アンリの鼓膜に不快感を与え続ける。
「今度はどこに連れて行くのよ。はやく寺村さんと神城君に会いたい」
不安が言葉となり現れる。
しばらくすると、部屋の移動が止まった。
アンリの目の前の壁がゆっくりと上へと開く。
眩い光と共に、緑の香りがする風が勢い良くアンリを包み込む。
あまりの眩しさに目を細めながらも、部屋から出ようとしたアンリに誰かが声をかける。
「来るなっ」
女の声が聞こえたが、訳も分からずアンリは部屋に踏み込んだ。
途端に、足場が無くなり急降下する。
「キャャャッ!!」
背中から、地面に叩き付けられたアンリ。
衝撃で、肺の空気が全て出てしまい気を失いかけたが、何とか息を吸うことが出来た。
「だから来るなと言っただろ」
声の主がアンリに近づいてくる。
ゆっくりと目を開き、起き上がる。
そこは、今までのどこか冷たく、閉塞感のあった通路とは違い、森林に囲まれた中庭の様な所だった。
天井が無く、青い空を一望できる。
視線を降ろすアンリの前に、悲しそうな仮面を付けたローブの者が立っていた。
慌てて飛び起き、構えるアンリに、「ちょっと待て」と手を前に出す。
「何で?」
アンリの問いかけに、フードを脱ぎ去り、仮面を外す。
黒く肩口までの髪に、悪人とは思えないほどの「おしとやかな表情」の女……いや、女の子と言ったほうが正しい。
風になびく黒髪を手でゆっくりと横に掻き上げながら、「私は、琥我。別に闘おうなんて思ってもいない」と言い、アンリの目を見つめる。
「じゃあ一体……?」
琥我の意図がまったく見えないアンリに、琥我はこう言った。
――「協力して欲しい」
とてつもなく広く、無数に柱がある空間に、火花と鉄の弾ける音が木霊する。
羅嬬と、リュウセイの剣が衝突の度に激しい火花を散らしていたのだ。
長い緑髪に仏の顔にも似た仮面を付けている羅嬬に、リュウセイの持つ大剣が襲い掛かる。
歯を食いしばり、力むリュウセイを軽々と弾く。
「もう諦めろ。お前は私には勝てない」
「うるさい。俺にはまだ『とっておきの超必殺』があるねんぞっ」
荒い息に顎から垂れる汗が、リュウセイが言う『とっておきの超必殺』が嘘だと言う事を再び物語っている。
無論、リュウセイ自身も分かっていた。
――もう後がないと……
さっきまでは、「まだ行ける」と言う淡い期待があったが、最後の一撃を耐え忍ばれ、一縷の望みも極限まで薄くなってしまった。
だが、そうは思いたくは無かった、無理やりにでも嘘をついたのだ。 自分の為にも……
リュウセイは、気を取り直すと大剣を握り締め、大きく息を吸い込んだ。
だが突然、激しい脱力感がリュウセイを襲った。
手にしていた大剣の重みで、肘が下がり剣先が地面を擦る。
それは間違いなく、ある一つの事実を証明していた。
――「エネルギー切れやんけ……」
リュウセイが持つスピリットの力を引き出すバトルスーツ。
だが、スピリットの力を全て使い切ってしまえば、スーツはただの服となってしまうのだ。
「笑わせよんなぁ」
激しい闘いによって出た汗とは違う、別の汗がリュウセイの全身を伝った。
羅嬬が、振りかざす長剣から雷光がほどばしる。
「さらばだ。スピリットを持つ者よ」
リュウセイは、悔しさと絶望感を押し殺しながら、羅嬬を睨み付けた。
~次回 第13話「守護神降臨」~
絶対絶命の窮地に追い込まれたリュウセイの運命は?
琥我がアンリに協力して欲しい事とは一体何なのか?
そして、邪赦螺と激戦を繰り広げるソラ。
それぞれの物語が終盤に迫ろうとするとき、恐ろしい強敵が彼らの前に立ちはだかるのであった。