第11話 「前世が残した遺跡」その1
三百六十度、広大な銀河を見渡す事ができるフォースライドのラウンジで、ソラ、アンリ、リュウセイの三人は、クリスタル製のテーブル席に着いていた。
二人掛けの椅子にアンリとリュウセイ、テーブルを挟み、ソラが神妙な面持ちで床から透けて見える蒼い地球を眺めていた。
「マジすか……? 地球が二十五代目だなんて」ソラはゆっくりとリュウセイの顔を見上げた。
「まぁな」胸の前で両腕を組んでいるリュウセイは息を吐きながら言った。
「でも、本とかで読んだ事がありますけど、地球は太陽と同時期に生まれたんでしょ? それに、地球は奇跡的に人間が生きていける環境の星になったって言うのに、二十五回も同じ事が起きるんですか?」
ソラは、まだ信じられない様子でリュウセイに問いかけた。
「二十五回も同じ事が起こるんや」
ソラの顔に自分の顔を近づけるリュウセイ。
「どうして?」
「そんなん知るか、神さんにでも聞けや。俺は本が嫌いで、しっかり読んでないけど『宇宙文献』でそんな事が書いてあったわ」
そう言いながらリュウセイは顔を引っ込めた。
「言っとくけど、地球にある『学者の定義』なんて宇宙から見ればデタラメやで。地球が誕生して四十六億年とか、お前が言ってた太陽と同時期に地球が生まれたとか。どんな計測機器を使ってるか知らんけど、そんなモンで測れるモンや無い。所詮は人知の物差しの中での仮説や」
皮肉混じりにリュウセイは答えた。
そんな二人の会話を目で追いながらアンリは、コーラの入ったグラスを両手で持ち、口に付けたままでいた。
「なんか未だ納得は出来ないですけど、要は、この地球が再び滅ぼされないように僕達で守らなければならないって事ですよね、その……グラビスク教とか言う奴らから」
「グラビスクやない、ゲラヴィスクや。まぁ、どっちでもエエけど」
リュウセイは空かさず否定した。
「でも、まさか自分がこんな使命をもって生まれて来たとは思わなかった」そう言いながら、ソラは水滴がびっしりと付いているコーラが入ったグラスに初めて口を付けた。
「まぁ、誰しもが色んな使命を持ってこの世に生まれて来てるし。お前は、地球を救う使命を持って生まれて来たって訳や。それが良い事か悪い事かは知らんけどな」
再びソラの視線が足元へと沈む。
一呼吸置くと、リュウセイは立ち上がった。
「そんじゃそろそろ行こか、次のスピリットを探しに」
「マジっすか?」
誰が聞いても、今、ソラが言った「マジっすか?」は嫌嫌なのが伝わってくる。
「マジっすよ!」
リュウセイは、「そうだ」と言わんばかりに答えた。
「また、この間病院に現れた奴らと闘うと思うと……寿命を全うできるかカナリ不安っす」無理に笑顔を作ろうとするソラ。
その時、今まで一言も喋らなかったアンリが口を開いた。
「アンタ男でしょ? 私だって凄く不安で堪らなく怖いけど、ヤルしかないのよ。みんなで力を合わせれば大丈夫」
ソラを優しく説得するアンリの姿に、口を出しかけたリュウセイは、少し微笑みながら振り返り、ラウンジの中央にあるエレベータに向かった。
三人が歩く広い通路は、横一列にならんでもまだ余裕があるくらいだ。
床は、大理石の様な模様のタイルが連なり、左側にある窓ガラスには、相変わらず無限の宇宙が広がっている。
その先に、上下に開くかと思われる重々しい鉛色の扉が現れた。
立ち止まり、リュウセイは慣れた手付きで扉の脇にある『テンキー』に四つの暗証番号を入力し、指紋センサーらしきプレートに人差し指を乗せた。
「ロック カイジョ」とアクセントの無い、如何にもロボット的な声が扉から聞こえ、瞬時に目の前の扉が上下に開いた。
するとソラの目の前に現れたのは、数々の武器だった。
この間、着た黒い服も壁に掛けられている。
剣だけでも数種類、見た事のない銃や不思議な兵器、弓に斧や槍、それらが広い部屋の壁に整理され飾られている。
そして、部屋の中心には、五つの蒼く光る直径一メートル程の小さなサークルが、五つの機械仕掛けの台座の上に映っているのが見える。
慣れた感じで入っていくリュウセイ。
アンリは、振り返りソラに説明し始めた。
「ここが『戦闘準備室』って呼ばれている所で、バトルスーツと、別に、武器やその他の物が三つまでなら、あの台座からブレスレットまで転送する事ができるの」
ソラは、唖然としながら、部屋内に視線を巡らせる。
「俺らの前世が、全宇宙中、世界中からかき集めてきた武器や。数も一つの物もあるから早い物勝ちやぞぉ〜」
リュウセイは、自分と同じ背丈程の長剣を片手で素振りしながら、使いやすさを吟味している。
アンリは、ソラへの説明が終わると、真っ先に正面の壁に掛けられている機械仕掛けの弓を取り上げた。
あの病院で使用した物と同じ物だ。
ソラは、まるで新しいバイト先に行った時の様な恐縮感を抱きながらも、ぎこちない足取りで部屋中の武器を選別し始めた。
その時に、アンリが手にした弓を見ながらソラが口を開いた。
「松之宮って、確か『弓道部』だったよなぁ?」
「もう、とっくの昔に辞めたわ」
アンリは、ソラの問いを冷たくあしらった。
「そっか……」
今の問いが、アンリに取ってあまり良い問いでは無かった事に気付き、ソラは身を引いた。
ソラは、壁に掛けられているハンドライトの様な筒を取り上げた。
色々な角度から観察したが、思い当たるとすれば、映画「スターウォーズ」に登場する「ライトセーバー」の様に見える。
ソラは、リュウセイの下へと歩み寄り、この筒に関して問いかけた。
思い悩むよりも、確実な答えが返ってくると思ったからだ。
「寺村さん、これは何ですか?」
「あぁ、それは『エネルギーソード』って奴や。映画のスターウォーズに出てくる『ライトセーバー』に似てるやろ」
「やっぱりそうなんですか。凄いっすね、マジでこんなんがあったんすか」
ソラは、頭の中で、自分がこの『エネルギーソード』を振り回している光景を思い浮かべた。
「よし、これにしよう」そう言いながら、ソラは、エネルギーソードを台座の上に置いた。
その時、アンリが、すかさずソラに問いかけた。
「アンタ、剣なんて使えるの?」
「使えるも何も、格好いいだろ? て言うか、普通に生活してたら、こんな武器に触れる事も無いって」
ソラは、ニッコリと微笑んだ。
「確かにそうだけど……」アンリの表情は心なしか曇った様に見えた。
アンリは、ソラが言った「普通の生活」と言う言葉に、どこか悲しい気持ちになったからだ。
心のどこかで、もう悟ってしまっていたのかもしれない……「もう、普通の生活には戻れない」と。
戦闘準備室の奥に更衣室があり、そこで黒いバトルスーツに身を包んだ三人は、それぞれ残りのストック分の武器を台座に乗せた。
「この黒い服って、みんな違うんですね」
ソラは、リュウセイに問いかけた。
ソラ自身は、タートルネックで肩口まであるシャツに、タイトなジーンズ、シルバーの装飾が施された、膝位までのコートなのに対し、リュウセイは、同じ様なタイトなジーンズではあるが、胸元まで見えるシャツに、ダウンジャケットの様な物を羽織っている。
アンリは、タイトなデニムパンツを履き、タートルネックのシャツ、ジーンズジャケットを着ている。
「そうや、俺らの前世が着てた服で、みんなバラバラなデザインやねん。やけど、生地は地球には無い、超硬くて軽い生地を使ってるから、どうしても黒くなってまうって訳」
そう言うと、リュウセイは、自分が武器をセットした台座の縁に掛けられている、小さな蒼い水晶玉の様な物が嵌め込まれたブレスレットを右手首に装着した。
次元転送施設、別名「スフィアルーム」の中央にある、武器を転送する為の台座を大きくした感じの物の中で、ソラ、アンリ、リュウセイは、目的地に転送される時を待っていた。
巨大なホールの中心にポツンとある、転送台「スフィアゲート」の周りでは、白衣を着た研究者達が黙々とモニターに向かっている。
彼らが向かっているモニターの直ぐ側で、キーボードをタイピングしている者が見えるが、その指先にキーボードは無く、空中で、指を動かした所だけ、小さく光っている。
目に見えないキーボードだとでも言うのだろうか。
「で、これから何処に向かうんですか?」
蒼いサークルの中で、アンリはリュウセイに問いかけた。
「エベレストの頂上や」
「そんな所にスピリットがあるんですか?」
アンリは、想像も付かなかった行き先に対し、少し驚いた。
「ちゃうよ、エベレストの頂上が、遺跡への入り口。そっからや」
「了解っ」
アンリはしっかりと答えた。
「さっきも言ったけど、前、俺が行った遺跡同様、あいつ等が来てるかも知れん。二人共、俺から絶対に離れるなよ。そして、闘い方を学んでいけ」
「マジッすか……」
ソラは、これから始まる闘いに、まだ恐怖感が抜けないでいた。
もちろん、普通の人間なら当たり前だ。
「もうビビッてるんか、新米ちゃん。アンリちゃんの方が、頼もしく見えるで。根性出さんかい」
リュウセイは、ソラを小馬鹿にした感じで罵った。
「い、言われなくても解ってますよっ」
「それでエエんや」
「エネルギーチャージ完了」研究者が力強く言い、周りの研究者達も連携を取るようにお互いの行動を呼称し始めた。
「次元転移装置 正常!」
「エネルギー!次元転移装置に送ります!」
モニターに映っている円形のゲージが一周し、MAX値に達した。
「エリミネーター解除!」
スフィアゲートの周りに巡らされてある配管の圧力メーターが、忙しなく針を揺らす。
「真空圧正常!」
「転移先の座標セット完了しました!」
「エネルギーオールクリア!」
巨大モニターに映る全てのゲージが赤から青に変わった。
「スフィアレベル、ディスチャージ!」
掛け声と共に、三人の周りの蒼いサークルが回転を始め、光が徐々に強くなっていく。
「次元転移装置起動!」
周りの機械が世話しなく振動しだし、機械の上のサークルが蒼い光の円柱を作り上げた。
次の瞬間、強烈な閃光と共に、三人は姿を消した。
つづく