第10話 「不良の楽園」その1
冒頭で、若干わいせつな表現がありますが。
出来るだけ差し支えの無い程度に抑えたつもりです。
指摘とかありましたら御連絡下さい。
暗い夜道を歩くOL風の若い女がコツコツとヒールの音を響かせる。
うっすらと辺りを照らす外灯がチラチラと情けなく点滅し、それをあざ笑うかの様に、子バエが電灯の周りを飛び回っている。
その電灯の下を黒いワンボックスカーがゆっくりと通り過ぎる。まるで、OL風の女の跡を付けている様にも見える黒い車は、ゆっくりとそのスピードを加速させてゆく。
徐々に、スピードを上げていく黒い車が、女の真横の位置まで来た途端、サイドドアが開き、無数の手が女を車の中に引きずり込む。
何が起きたのか気付く間もなく、女は黒い車に押し込められ猛スピードでその場から消え去った。
◇◇◇◇◇
都内の古びたアパートの一室。深夜4時にも関わらず、照明の光が窓から漏れ、男達の笑い声・女の叫び声が外にまで聞こえていた。
ズボンの黒い革製のベルトを締め上げ、口にタバコをくわえる龍二。その姿に隣にいた若い男がライターの火で龍二がくわえているタバコの穂先を炙る。
全裸で、ピクリとも動かない女を優越感に浸った表情で眺めながら、ソファーに腰を降ろした龍二はタバコの煙を肺の奥まで吸い込みゆっくりと口から吐きだした。
「お前ら、その女好きにして良いぞ」
龍二の掛け声で、女の周りで息を荒立てていた5〜6人の学生服を着た、如何にも不良に見える男達は、一目散に女の元に掛け寄り、目の前の裸体の女をゾンビの様に貪りだす。
ソファーに腰掛けて、汚されてゆく女の様を見て楽しんでいる龍二の横で、先程、龍二のタバコに火を着けた男がフローリングの床で正座をしている。
どう見ても、学生服の龍二よりは年上に見えるその男。二十歳くらいだろうか。だが、明らかに上下関係は龍二の方が上に見える。
「山下さん、今日も運転ご苦労」と、偉そうに紫煙を吐き散らしながら、正座をしている男に話し掛ける龍二に「いえいえ、龍二さんの為ならこんな事くらい」と、恐縮しながら年上の山下は龍二に答えた。
「あぁ、そう。んで、この間頼んでた20万はもう用意出来てんのかよ?」
山下の表情が強張り出す。
「あの…まだです」
その返事を聞いた瞬間、龍二の裏拳が山下の顔面を弾いた。あまりの衝撃に鼻から血が流れ出し、必死に痛みを堪え、手で鼻を押さえる山下。
ダルそうに龍二が口を開く。
「ノロノロしやがって、引ったくりでもカツアゲでも何でも良いからさっさと用意しやがれ。糞が」
「はい、すんません」と涙を流す山下。
「年上が泣くんじゃねーよ、情けねぇ。それと、連れてきた女を後で公園か、どっかに捨てといて」
そう言って山下の部屋のドアを開けて出て行く龍二。
その姿に、5〜6人の男達は「龍二さんお疲れ様です」と挨拶をし、再び女で遊び続けた。
◇◇◇◇◇
タバコを口にくわえながら、龍二は一人、夜道を歩いていた。
ゆっくりと顔を出す太陽に、徐々に明るみを帯びてくる空。
見飽きたと言わんばかりに舌打ちをする。
「いつの頃からだったかな? 太陽の光がやけに眩しく感じる様になったのは」
今の龍二には、月の光こそがふさわしい。それが自分自身で分かっているだけに、彼はもう普通の生活は送れないのだということを知っていた。
−−「龍二、男らしく強く生きて行くのよ」−−
そういつも自分に暖かい心で接してくれていた母はもう居ない。
3年前にガンに侵され死んでしまったのだ。
あんなに真面目で、困っている人を見過ごせない様な心の綺麗だった母が、何故、心の汚い私利私欲に満ちた人間達よりも先に死んでしまわなければならないのか…。
母を騙し、利用バカリしてきたアイツら…家が少し大きいからとの妬みなどで、嫌がらせを母にしてきた近所のアイツら、そう言う奴らが健康で元気で今でも笑って生きている…世の中不条理だ。
神様なんていない…。
恨みが、憎しみが…俺を黒くした。
洋風の一軒家の前で足を止めた龍二。そこそこ大きな家だ。
「沢田」と書かれた表札の横にある門を開け、家のドアを開ける。
相変わらず薄暗い玄関。
照明で照らされた玄関へ帰ったのは遠い昔の記憶だ。
その時、玄関の脇にある階段から忙しなく階段を降りてくる足音が聞こえた。父親だ。
帰ってきた龍二を見るなり眉間にしわを寄せ口を開く。
「また朝帰りか、どうせまた良からぬ事をしてるんだろ」
その言葉に食って掛かる龍二。
「さぁ、どうかな」
「まぁ、どうでも良いが、親が呼び出される様な事はするな。警察の息子が警察に捕まる程間の抜けた話は無いからな」
「また、テメェの面子の事か」
「当たり前だ」
そう言って、家のドアを開ける父親。
門の外で覆面パトカーが既に待機しており、若い警官が出てきた。
「おはようございます、沢田さん」
玄関のドアが大きな音を立て視界を遮った。
つづく