第9話 「新たなる決意」その3
−−「すごく心地良い…」−−
体を包み込む柔らかい何かは冷んやりとしていて、まるで液体の様だ。この心地良い感覚には覚えがある。中学生の頃に、ママとパパと3人で行ったグアム旅行、ぷかぷかと浮かんでいた海に似ている。
蒼く透き通る海辺で私を見ながら笑顔で笑っているママとパパ、聞こえるのは、柔らかな波の音に、ヤシの葉を優しく揺らす風の音。
ママが私に向かい、何かを言っている。その口元、声に集中する。
「杏里、起きなさい…」
「!?」と思った瞬間、何かに、足を掴まれた。海に顔を沈め足元を見ると、血だらけの女の子が自分の足を掴んでいた!
「お姉ちゃん…、助けてくれるって言ったのに…私、死んじゃった。どうして助けてくれなかったの?」と言う女の子は、自分の目の前でアンデッドに殺されてしまった「詩織」ちゃんだ。
悩ましげ…恨めしそうな蒼白の顔から向けられる大きな瞳に、全身が硬直しているかの様な感覚に襲われる。
気が付くと、自分が液体の中に浸されている。驚き、声を出そうとしたが、口と鼻を覆う呼吸器のせいで、声が籠もり、自分でも何と叫んでいるか解らない。
ただ、声の代りに、呼吸器の穴から自分が吐いた息が無数の泡となり、ボコボコと音を立て、目の前を上へと昇っていく。
透明の液体の向こう側にガラスがあり、その向こう側では白衣を着た人達がこっちを見ている。
その中に、救急治療部門のヒール博士の顔を見つけ、今、自分はキュアラクトの中で治療されている事を知った。
足下の排水溝が開き、体を包み込んでいた透明の液体が流れ出ていく。
全ての液体が流れ出たと同時に、目の前のガラスの扉はゆっくりと上へ開いた。
「お目覚めかい?」
そう言いながら、バスタオルをアンリに差し出すヒール博士。
「私いったい…?」
一体、どうやって此処に来たのかを覚えていないアンリ。目の前で、クマのぬいぐるみを持った女の子「詩織」ちゃんが殺されてしまった所からの記憶がない。
「リュウセイだよ、君を担いでフラフラで戻ってきた」
そう言いながら、ヒール博士は、隣のキュアラクトを指さした。アンリが、その指先が示すキュアラクトに目をやると、傷だらけのリュウセイが透明の液体の中で安らかに目を瞑っていた。
眼鏡のフレームを中指で押し上げ、ヒール博士がアンリの元へ歩み寄ってくる。
「君は、覚醒した御陰でほとんどダメージが無かったが、リュウセイはボロボロだったよ。だから君よりも回復に掛かる時間が長いんだ」
「寺村さん…」
そこまでして、自分を助けようとしてくれたリュウセイに、言葉にならない程の感謝と、それとは別の感情が胸を締め付ける。
ふとアンリは、他のキュアラクトを見回したが、ソラの姿がない。
「あの、神城君は?」とヒール博士に問いかけた。
「あぁ、訳があって置いてきたそうだ」
訳ってなんなのだろう?とアンリは考えた。
考え込んでいるアンリにヒール博士は「取りあえず、そのバスタオルで体に付いている治療液を拭いて、服も着替えてきなさい」と言った。
「あ、解りました…」
そう言ってアンリは、部屋の隅にある更衣室へ向かった
◇◇◇◇◇
あれから何時間が経ったのだろう?
自分の両足の間から見える蒼い地球を眺めているアンリ。宇宙を一望できる幻想的なラウンジには、自分以外にも色々な人がコーヒーやお酒を飲んだり、食事をしている人もいる。
−−「ここは一体何なのだろう?」−−
と言うのが率直な感想だ。自分が今まで見てきた、転送室・治療室・会議室・戦闘準備室、そして今いるラウンジ以外にも、恐らく見た事の無い場所が沢山あるのだろう。
宇宙ステーションなのだろうか?でも地球にいる誰もこの施設の存在を知らない。
その時、ラウンジの中央にある、ガラス製の円柱に下の階からエレベータが上がってきた。中から出てきたのは、もちろんリュウセイだった。その姿にアンリの顔から笑顔が零れた。
「マスター、ビールくれ」
その声に、カウンターの奥にいる、マスターは「おう、任せろ」と気合いの籠もった返事返す。
長年の培った手捌きを披露しながら、迅速に、且つ美しくビールをジョッキに注ぐマスター。
カウンターの上に置かれたビールジョッキを握りしめ一気に飲み干すリュウセイ。ゴクゴクと喉を通り過ぎるビールの音。
「くはぁ!めっっっちゃ旨いっ」と言ったリュウセイの口の周りには、ビールの泡が髭のように見える。
「寺村さん、口の周りが髭みたい」と指を指して笑い出すアンリ。
「そうそう、今生えてきてん。ってツッ込めやアンリちゃん」と笑いながら話をするリュウセイ。
ラウンジの丸いテーブルに付くリュウセイとアンリ。
アンリは「もう体の方は大丈夫なんですか?」と心配そうにリュウセイに問いかける。それに対し「あぁ、もうピンピンや」と笑顔で返すリュウセイ。
アンリは、さっき気になっていたソラの事に関してリュウセイに問いかけた。
「あのぉ、神城君をあそこに置いてきたって…?」
「あぁ、神城もフォースライドに連れてきたかったけど、入院してるアイツが居らんようになったら、結構怪しまれるやろ?」
「そうだったんですか。あ、あとローブの女はリュウセイさんがやっつけて頂いたんですか?」と、次の質問を投げかける。
「いやいや、俺ちゃうよ」と両手を顔の前で左右に振りながら答えるリュウセイ。
「自分と神城、覚醒してたみたいやったから、お前らが倒したんやろ。だから、傷も治ってる感じやったし」
「私、できればもう覚醒はしたくない。自分の意識が無い状態で、一体何をしてるのかとても怖いんです」
拳を強く握るアンリ。
「やったらもっと強くならんとな、体も心も」
「無我夢中で、ローブの人達と闘ってましたけど、もう怖いんです。私には…前世からの役割を全する自信がありません」と俯くアンリ。
「俺やって同じや…」
その言葉に顔を上げたアンリ。予想外だった…心のどこかで、もっと勇気付けて貰える様な返答が来ると思っていたからだ。
「やけど、俺らには仲間がおる。杏里ちゃん、神城を含め5人の仲間が。みんなの力を合わせれば、何とかなるかもな」
「でも、まだ3人だし、残りの2人は一体どこに居るんだろ…」
「そこでや」と、リュウセイは1冊の資料をテーブルの上に置き、アンリに差し出した。
「これは?」と冊子を受け取るアンリ。
「次のメンバーが見つかった。スピリットの在り処もな」
アンリは、手渡された資料に目をやった。写真に写っているのは、如何にも不良と言った感じの男だ。
金に染まる髪に、耳に付けられている大きなピアス、鋭い眼光。
アンリは写真の下に書いてある名前を口にした。
「沢田 龍二、17歳」
「リュウセイ、もう一杯いるかい?俺のオゴリでな」と激励の意味も込めてのビールをリュウセイに手渡すマスター。
「おっ、サンキュー!マスター」
「君もだ」
そう言って、マスターはアンリの前にコーラを差し出した。
「ありがとうございます」と微笑む。
「準備が出来次第、神城を連れて、遺跡発掘やな。はやくスピリットを見つけやな」
「そうですね」
そう言って、2人は目の前の飲み物を飲み干した。
〜次回 第10話「不良の楽園」〜
新たなスピリットが眠る遺跡に向かう準備を始める3人。
だが、神城の元に現れ、再び喧嘩を仕掛けようとする龍二。
そして、謎のローブの者達も新たなる戦いの準備を進めているのだった。