第7話 「アンデッド」その3
月の光と館内の誘導灯の緑色の光が、怪しく、不気味に1Fのウェイティングホールを照らす。
ゆっくりと両拳を顎の前で構えるソラ。不思議と恐怖と言うモノは感じなかった。ただ、目の前の黒いローブの女と、自分を取り囲むアンデッド達の「現実離れした」光景が、今でも信じきる事が出来ずにいた、と言うよりも信じたく無かった。
やっぱり、全ては夢なんじゃないのか? あの植物園から…もし、そうなら…と、どこか安堵な期待をしたが、体中に感じる痛みや額に滲む汗、不気味な程の胸騒ぎが、自分を、考えたくもない現実に引きずり込んでいく。
だが、これが現実だ…認めたくは無いが。逃げる事は出来ない、やるしか無いんだ。ソラは拳を強く握った。
「あの時に、さっさとスピリットを渡していれば、苦しまずに死なせてやったモノを…」
黒いローブの女、いや、カルマは、そう言うと右手の掌に紫色の炎の固まりの様な物を浮かび上がらせた。途端に、辺りの温度が一気に上昇してゆく。
「死ねっ、クソガキ!」
アンダースローを投げるような形で紫の炎を投げ飛ばすカルマ。
猛スピードで迫り来る炎の玉をソラはギリギリでかわした。途端に、ソラの後方にあるベンチが爆発音と共に、5台ほど4メートルはある天井にぶつかるや否や、焼け消えた。
「くそっ、外しっ!」カルマが言い切る間もなく、ソラの拳が顎を捕らえた。カルマは、中央にある大きな石の柱に激突した。
「ねぇ、名前は?」
「しおり(詩織)だよ」
アンリは、10歳の詩織の手を繋ぎながら、「906」と書かれた病室を後にした。突き当たりの角を曲がると、西病棟と東病棟を繋ぐ連絡通路があり、中間にはくつろぐ事ができるベンチや自動販売機が設置されている。
「お姉ちゃん、私、ジュースが飲みたいの」
「えぇっ、こんな時に?」
「私、病院の先生から貰ったお薬を飲むと、凄く喉が渇いちゃうの。先生が、喉が渇いたらしっかり飲み物を飲みなさいって」
正直、くつろいでいる余裕は無かった、いつアンデッドが襲ってくるかもしれないし、カルマを探さなければならない。壁に掛かっている時計に目をやった。
−−「0時25分」−−
「じゃあ、五分だけ休もっか」
と言ったモノの、アンリ自身、精神的・体力的に疲れ切っていた。アンリは、自動販売機で自分と詩織のジュースを買い、ベンチに腰掛け冷たいジュースを飲み干した。熱く、熱がこもった様な体を中からクールダウンさせてくれ、少しばかり安堵の吐息を吐いた。
その時、男の悲鳴が通路に響き渡った。アンリは、すかさずその場から立ち上がり、詩織の手を掴んだ。
自分達がやって来た西病棟から2人のパジャマ姿の男が走ってきた。
「何してるんだ、お前ら!早く逃げろっ」
男がアンリ達に声を掛けたその時、西病棟から無数のアンデッドがこっちに向かってくる。
アンリと詩織は男達と一緒に、東病棟へ走った。
4階の物静かな廊下を歩くリュウセイ。
「さっきの老人が正気に戻ってたって事は、普通の人間も混ざってるって事か。でも厄介やぞ、アンデッドは目標の障害になるモンは排除する習性があるから、一般人も巻き添えを食らうかも知れん」
その時、リュウセイの目の前に、10人程のアンデッドが倒れているのに気付いた。
「誰がやったんや? アンリちゃんは上の階やし、神城では無いやろ…」
リュウセイが辺りの様子を伺うと、すぐ近くの「424」号室の扉のノブに血液が付いているのが見えた。中からは、シクシクと鳴き声が聞こえる。
リュウセイが病室の扉を開けた瞬間、スチール製のパイプ椅子がリュウセイの頭部に激突した。
〜次回 第8話「闇夜の果てに…」〜
一体、リュウセイの身に何が起きたのか?
東病棟に詩織達と逃げるアンリに待ち受けている事とは?
そして、カルマと闘うソラに勝算はあるのか?
戦慄の病院バトルは、いよいよクライマックスへ!