第7話 「アンデッド」その2
「9F」と書かれている廊下を歩くアンリ。よく怖いテレビドラマなどに出てくるシーンと同じような、不気味さと静けさがそこにあった。以前の自分と比べると今の自分の方が、スーツの力と言うのもあるが肉体的に強くなっている。しかし、体全体に響き渡る心臓の鼓動と、ガクガクと震える足が、精神的な弱さを物語っている。
ローブの女を捜す為、リュウセイとソラと別れる事になったが心細くて堪らない…
アンリが「906」号室の前を通りかかった時、病室の中から小さな物音が聞こえ、歩みを止めた。
「絶対誰かいるよぉ…」
アンリはゆっくりと病室の扉を横に開いた。病室の中にはベッドが6台並んでいるが、その上で寝ているはずの患者は誰一人と居なかった。床には、点滴の袋が破けて中の液体が零れており、ベッドシーツがグシャグシャに散乱している。
耳に神経を集中するアンリ。どうやら左の3つのベッドがある内の、手前から2台目と3台目の間から何かしらの気配を感じる。
「大丈夫…私ならやれる」
蚊の泣くような小声で自分自身を勇気付けるアンリ。アンリの右腕のブレスレットが淡く蒼い光を放った途端に、手の中に片手で扱える様な手頃な剣が現れた。ソレをしっかりと握り締め、いつでも斬り掛かれる様に身構えながら、気配の感じるベッドへ近づく。
意を決したアンリは大きく息を吸い込み、一気にベッドの間を覗き込んだ。
「キャャャャッ!」
甲高い悲鳴が病室に響き渡った。アンリは驚いて心臓が飛出そうになり、声も出なかった。悲鳴を上げたのは10歳くらいの、クマのぬいぐるみを抱き抱えた女の子だった。
一瞬、アンリは目の前の女の子がアンデッドかと疑ったが、アンデッド特有の「無意識に動いている」様には見えなく、操られている感じがしなかった。
「ねぇ、大丈夫?」と優しく笑顔で声を掛けるアンリに対し、「お姉ちゃんも、あの悪い人達の仲間なの?」と怯えながら問い返す女の子。
おそらく、女の子が言っている「悪い人達」とは、アンデッドの事なのだろう。
「違うよ、どちらかと言えば、悪い人達の敵って事かな。あなたの味方よ」もう一度、笑顔で返すアンリ。
女の子はアンリの足にしがみ付き、泣き出した「怖かったよぉ」
「5F」と書かれている病棟の廊下には、沢山のアンデッドが倒れている。その向こう側のナースステーションの扉が開いた途端に、看護士の格好をしたアンデッドが向かいの廊下の壁に激突した。
「舐めとるわぁ、ハズレやんけっ!」
額に滲む汗を腕で拭うリュウセイに襲い掛かる白衣のアンデッド。
「スピリットをよこせぇ」
「だから、やらんって言ってるやろ、ボケぇっ!」
白衣のアンデッドの顎に強烈な蹴りが炸裂し、天井の石膏ボードに上半身がめり込んだ。
「出て来いっ、このクソアマがぁ」
どこを探せど、現れるアンデッドに苛立ちを募らせるリュウセイは、4階を目指し階段を下っていった。
しかし、リュウセイは途中で足を止めた。目の前の階段の踊り場で、老人がリュウセイに助けを求めている。
「助けてくれぇ」小さな声を振り絞っている老人は、アンデッドには見えなかった。
「どうしたんや?大丈夫か?」必死の掛け声にも虚しく、リュウセイの腕の中で老人は息絶えた。
「ローブの男が死んだ事で、アイツらに洗脳されてた人間達が正気に戻ったんや。って事は、アンリちゃんが言ってた後一人の女を倒せば全てが元に戻るかも」リュウセイは4階の鉄製扉を開けて突き進んだ。
「みんなと別れたけど、俺、どうすりゃ良いんだよ? 親父っ…必ず迎えに行くからな」
黒いバトルスーツに身を包んだソラは、グルグルと非常階段を下りて行き、行き止まりの「1F」と書かれた鉄製の扉をゆっくりと開けた。目の前には、総合受付の大きなウエイティングホールが広がっている。
ソラが、巨大な空間に視線を巡らせていると、ウエイティングホールの座席に黒いローブを頭から被った者が後ろ向きで、静かに座っていた。
そして、そのローブを纏った者は、ゆっくりとソラの方へ振り返った。
「良かったわ、お前一人が相手で」
怒りに満ちた般若の様な顔をした女はゆっくりと立ち上がった。ソラが気付いた時にはアンデッドに囲まれた後だった。
「やってやる…本当に俺に力があるのなら!」
つづく