第40話「流星の涙」HIKARI(光)特別編 エピソード0.5 その2
一気に跳躍したレン。
ビルの五階位までの高さだろうか。
レンを仕留めようとローブの男達も飛び上がる。
エアコンの室外機に飛び乗り、更に跳躍したレンは、雑居ビルの屋上へと到着した。
これには二つの狙いがある。
一つは、リュウセイとミカから敵を遠ざける事。
そして、もう一つは……。
ローブの男が、路地裏から屋上へと飛び出た瞬間、不意を突いた強烈なダッシュパンチが顔面に炸裂した。
「どわぁぁ」
遠くへ吹き飛ぶ男を尻目に、更にタイミングを合わせ後ろ廻し蹴りを追尾の男に喰らわせた。
そう、視界、タイミング、全てが有利になるからだ。
向かい側のビルの屋上に転げ落ちたローブの男達は、怒りから顔を紅潮させ、フードと仮面を脱ぎ捨てた。
二人とも、街中で弱者と女を求め脆弱な力を誇示しようとする、ならず者達と風貌からそっくりだった。
普通の人間なら間違っても遭遇したくない人種だが、数々の経験を積んできたレンには、少し毛の生えた人間だ。
「何だ、もう本気モードかよ。てか、お前等、結局脱ぐなら初めっから身に付けるなよ」
レンが小馬鹿にするのも無理は無い。
今まで出会ってきたゲラヴィスク教は、本気を出す時、必ずと言って良い程、身包みを剥ぐのだ。
宗教的な正装なのかもしれないが、毎回同じパターンも見飽きてしまい、呆れ果てていた。
「ほざけぇッ!!」
同時にレンに殴り掛かる男達。
ビルとビルの間を飛び越え、一人がレンの後方へ素早く移動し、前後からの攻撃を繰り出した。
タトゥーが彫られた腕が、レンの頬を掠め、血管が浮き出た別の腕が腹を掠める。
顔面に向けられた蹴りを掌でするりと交わし、突進と同時に向けられた頭突きを、首根っこを掴み振り払った。
彼等の動きを完全にレンは読んでいた。
何故なら……。
「お前等じゃ相手になんねぇよ。ジークスに比べたらカス同然だ」
「何をッ!!」
彼等が逆上すればする程、レンには相手が詰らなく感じた。
本当に力のある者は、相手の強さを直ぐ様計算し、より冷静に、そして策士に徹する。
だが、いわゆるチンピラのような人種は、相手の挑発をストレートに捉え、力の分別も出来ずに、無駄吠えをするのだ。
背後を狙って来た男の顔面に、レンの裏拳が炸裂した。
ぐしゃりと鈍く湿った音が木霊する。
間違いなく、鼻の骨が粉々になっているだろう。
間髪を入れず、振り返り様に、男の髪を鷲掴みにした後、体の遠心力を利用した下突きが腹に減り込んだ。
後方から飛び掛ってきたもう一人には、後ろ蹴りを浴びせ、怯んだ所に顔面血だらけの男を投げ飛ばした。
そして、更に追撃を繰り出そうとしたレンだったが、目の前の男達を見て、手を下ろした。
血と涙で滲んだ表情に戦意が見えなかったからだ。
本当の獅子の心を持つ者なら、この逆境の時こそ、燃える様な眼差しを向けるモノだが、羊と化してしまっては、話にならない。
どんなに力の弱い者であろうと、この逆境にどれだけの根性を出せるかで、今後の飛躍が伺える。
つまり、最後の篩いに掛けられるポイントなのだ。
そんな戦いの美学をいちいち振りかざすレンでは無いが、本能でそう感じたが故、このまま戦っても無駄だと解ったのだ。
だが、相手がジークスなら別だ。
レン自身もこれ程に冷静に対処は出来ないだろう。
レン本人は気付いているかは知らないが、この戦いで使用したエネルギーは零だ。
スピリットを手にした当時のレンなら、気弾を飛ばしたりオーラを纏ったりと、どんな相手にも力の限りを尽くしていた。
だが、今では、冷静に相手を読み解き、必要なエネルギーを調節する。
今回の相手が特段強くなかった事を考慮しても、レンの戦闘能力はより磨きが掛かっているのは明確だ。
「これ以上やるならもう容赦はしないぜ。お前らのレベルじゃゲラヴィスク教でも上には行けない。なら足を洗う事だな。どうする?」
これはレンが最後に掛ける情けだ。
今まで戦ったゲラヴィスク教のメンバーも、この場面で改心する者が幾人が居たからだ。
本物のゲラヴィスク教は幹部レベルの数人だが、彼等には同胞を増やす術がある。
心に悪を抱える者なら容易く力の片鱗を与え、情報網として使うのだ。
逆に言うと、ゲラヴィスク教に染まり切っていないのだ。
自分の心次第で、ゲラヴィスク教を断ち切る事ができる。
ゲラヴィスク教がその後の彼等にどういった対応をするかは知らないが。
結局、目の前の男達は、背を向けて立ち去って行った。
☆ ☆
その直後、男達が消えた方角から断末魔が響き渡った。
その声は間違いなく、彼らだろう。
振り返るレンの視線の先……。
誰も見えない。
すると、二つの丸い塊が放物線を描きながらレンの足許であるビルの屋上に転がり落ちて来た。
湿った音と飛び散る赤い鮮血。
それは見るまでも無く、彼らの引き裂かれた生首だった。
「やはり来たか、寺村 蓮」
紳士的で落ち着きのある透き通った男の声が聞こえた。
声の主はどこにいるのか?
辺りに視線を巡らせる。
向かい側のビルの屋上。
その奥に建つ広告塔。
後方に立ち並ぶ飲食店兼オフィスビル。
「こっちだ」
その声に視線が導かれると、生首が飛んできた方角からゆっくりと宙を上昇してきたローブの男。
先程までのゲラヴィスク教とは違うと、レンは直感で気付いた。
全身から抑えていても滲み出る覇気。
悲しそうな仮面の奥で鋭く光る双眼。
ジークスから感じるモノでは無かったが、目の前の男も幹部クラスの大物だろう。
「珍しいな、お前クラスの奴が動くとなると、よっぽど重要な任務だって聞いた事があるけど。降格したのか?」
皮肉交じりに罵ってみたが、その目は笑っていない。
恐らく、以前にレンが戦った時のジークスと同等の強さはあるだろう。
そして、それが裏付ける事実は、もし、ジークスが以前のジークスなら、今、目の前にいるのは彼だろう。
だが、違うと言う事は、ジークスは更に上を行っている。
眼前の敵の屍を越えない事にはジークスに辿りつかないのだ。
男は余裕そうに鼻で笑って見せた。
「噂通りの男だ。ジークスが一目置くだけの事はある」
「ジークスだと?」
因縁の名が目の前の男の口から飛び出し、レンの心を締めつけた。
セラスの器と同じ程探していたが、やっと、彼に繋がる者と巡り合ったのだから。
「あの野郎、今何処にいる? ここに連れて来いよ」
「今、アイツは忙しいんだ。お前にかまってられないってさ」
「何だと?」
「知ってるだろ? 聖杯が現れた」
「セラスの器か……」
「そうだ。セラス様の器を手に入れた時、我らの勝利は確約されるのだ」
「ならお前は、俺の足止めに来たって事か?」
もう一度笑って見せる男。
「何も知らぬ馬鹿め。お前の天然ぶりを見ていると反吐が出るよ」
怒りが込み上げるレンの姿を嘲笑うかの様に、右手に刀を出現させた男。
「俺は、ロデゥーン。ジークスに変わってお前を殺す者だ」
自己紹介と同時に、一気にレンに刀を振りかぶったロデゥーン。
反身になり、軌道を逸らしたそばから瞬時にエネルギーソードをブレスレットから召喚した。
一瞬の内に、エネルギーのフレアを硬質な刀身へと変化させ男の額に水平に振りかぶる。
ロデゥーンは屈伸し、頭上を剣が通り過ぎたと同時に、蹴りをレンに放ったが顎を掠め、レンの放った拳が空を切った。
互いの攻撃が紙一重で交わされ続け、疾風と風切り音だけが激しく唸っている。
決して遊んでいる訳でな無い、傍から見れば、絶妙なタイミングで攻守が入れ替わり、命のやり取りをしている様には見えない。
しかし、彼らの目には一つ一つの動きが、致命傷に繋がる危険性を孕んでいる様に見えるのだろう。
次第に剣戟が木霊し始める。
赤い火花と甲高い金属音、エネルギーの刀身が唸る振動音。
彼らの体も、捌きが大きくなってゆく。
当たる事の無い肉弾戦を交えながら。
そして、驚くべきは、二人の立ち位置は、初めとほぼ変わらないと言う事だ。
大きく移動する訳でもなく、地形を変える訳でも無い。
その場での紙一重の攻防を延々と繰り広げている。
それはまるで決着と言う終着点が無いようにも感じた。
ロデゥーンはレンのエネルギーソードを大きく振り払うと、一瞬の隙を見て大きく跳躍した。
レンもすかさず跳躍したが、ロデゥーンはリュウセイとミカが居る雑居ビルの路地裏へエネルギーの塊を発射した。
彼らの身を守るバリアボールを展開していたが、ロデゥーンが放った力に対しては単なる玩具に過ぎない事に気付き、慌てて気弾を追う。
しかし、空中で新たに加速する術は無く、落下速度に頼る他ない。
そこで、レンは、エネルギーソードの刀身をフレア状態に戻し、その推進力で一気に加速した。
「こなクソッ!!」
ロデゥーンの放った気弾は、僅かに軌道から外れ、ビルの屋上のパラペットを爆散させた。
コンクリートの塊がリュウセイとミカの頭上を舞う。
レンは突き出した掌から気弾を飛ばし、致命傷になるであろうコンクリートを次々と破壊した。
粉々になる飛散物を、リュウセイ達の周りで旋回していたバリアボールが青い光線を放ち、無害な状態へと破壊し続ける。
レンの手の中のエネルギーソードが、右手首のブレスレットに填め込まれた小型スフィアへと吸い込まれる様に消えた。
路地裏へと着地したレンへ、姿を消したロデゥーンが話しかける。
「今宵の戦いは挨拶代わりだ。だが、次に会った時が貴様の命日になるだろう」
冷淡で、しかし、しっかりと殺意の篭った言葉が狭い路地裏に反響した。
☆ ☆
危険が去った事を確認し、レンはバリアボールを回収した。
「俺ら助かったんか?」
まだ状況を掴めないリュウセイがレンに恐る恐る訊ねる。
「まぁね。しかし、運が悪かったですね。あいつ等に目を付けられるなんて」
「あいつ等……何やねん?」
得体の知れない恐怖の存在を訊ねたリュウセイを尻目に、レンはパーカーのポケット、ズボンのポケットを何かを探しているのか? 忙しなく手を突っ込んだ。
「あれ? おかしいな。何処行った?」
レンが紛失したかも知れないモノとは、忘却スフィアと言う物だ。
緑色をした機械仕掛けのスフィアで、対象人数に合わせて小振りな物から野球ボール程の物まである。
レンは、手の平サイズの忘却スフィアを探していたのだ。
レンの存在や、ゲラヴィスク教の存在が目撃された際には、必ず使用している。
命の危険に曝された恐怖を取り除いてやる事も目的の一つだが、レン自身の生活、フォースライドの存在を隠す事が一番の理由だ。
コンクリートの破片に埋もれていた忘却スフィアを見つけ出したレンは、その破損具合から本来の機能を発揮する事が不可能だと気付いた。
「あぁ、潰れてらぁ」
「何が?」
と訊ねるリュウセイに「いや、別に」と怪しまれないよう、流すように答える。
一度、フォースライドに戻り新しい忘却スフィアを持ってこようか?
その間、二人をどうすれば良いのか?
そんな事を思案していると、思わずレンの腹が鳴り響いた。
「おわ!?」
と自分でも驚いたレンに、リュウセイは「家近いし、来いや」と、自宅に来るよう促した。
☆ ☆
分厚い鉄扉の扉を開き、アパートの一室にやって来たレン。
2LDKで、装飾・家具などからリュウセイとミカの二人で暮らしているようだ。
広すぎず狭すぎず調度良い広さだろう。
「まぁ、ここに座れや」
リュウセイに促されるままに、リビングに敷かれてあるタイル調のカーペットに直接腰を下ろした。
白で背が低く丸いテーブルの反対側にリュウセイが座ると、ミカが「チャーハンとかでエエかなぁ?」とリュウセイに確認し「頼むわぁ」と答える。
事の流れからして、レンは、食卓に呼ばれたのだと悟り慌ててその場から立ち上がった。
「いや、俺、別にそんなつもりじゃ……」
「まぁまぁ、エエがな。何の礼もささんつもりかい。それに腹減ってんねやろ? これくらいしか出来んけど、食べてってくれや」
それでも断る事は出来ただろう。
だが、レンは不思議と従うことにした。
空腹だったからかも知れない。
「じゃあ……すいません」
レンは、もう一度腰を下ろした。
☆ ☆
レンとリュウセイが座るテーブルの後方で、リズム良く野菜を切るミカ。
手際よく、みじん切りにした野菜をフライパンで炒めだす。
「なぁ」
と、唐突にリュウセイが訊ねた。
「は、はい」
「自分、何でそんなん出来るんや? 俺びっくりしたわ。メッチャカッコいいし。ゴクウみたいやんけ」
「ゴクウって……」
今まで、カッコいいと言われた事も無く、また自分自身を客観視した事が無かったレンは恥ずかしさから苦笑してみせた。
「いやいや、俺なんか」
「謙遜すんなや。この社会にお前みたいな凄い奴が居るなんか思わんかったわ。なぁ?」
とミカに同意を求めると、「ホンマやぁ」と返って来た。
今何時なのか?
イルミネーションクロックを見ると、深夜一時をまわっている。
時計から白と黒のマーブルのカーテン、そして薄型の32インチの液晶テレビへと視線を巡らせる。
すると、ベランダの窓の横にある、一際古い和箪笥で視線が止まった。
光沢が剥げ落ち、材質の褐色の木材が顔を出している。
そして、取っ手の金具が錆びている。
そんな外見で一番気になったのが、角に彫られた彫刻等の跡だ。
幾重にも広がるその傷は、幼い子供の背丈を刻印しているかのようだ。
箪笥の傷をじっと見つめているレンに気付いたリュウセイが、説明を始めた。
「その傷は、俺とミカやねん」
「へぇ、そうなんですか」
と答えた物の、考えれば二人は幼少期からの付き合いだと証明している。
その謎を訊ねようかと思い悩んだが、続けたリュウセイの口からその真相が語られた。
「俺ら、施設出身やねん」
「施設?」
「身寄りが居らんねん。親もな。物心ついた頃から施設で育って。そこでミカと知り合って。そんで施設出て一緒に暮らしてるって訳や」
その言葉にどう返して良いのかレンは困った。
自分の立場と距離感での適切な返答が見つからないのだ。
「で? レンは親おんのか? お前がそんな強いって知って驚いたんちゃう?」
いきなり下の名前で呼んだリュウセイの質問で、レンの封印していた記憶の扉が開いた。
そこにある光景……。
――真っ赤な血の海。そして、肉片。
光を失う妹の瞳と、恐怖で顔が歪む両親。
三人の四肢がちぐはぐに連結された変死体。
妹の前歯が全て抜かれ、口に押し込まれていた紙……。
その主、――ジークス。
ゲラヴィスク教。
次に現れたのは、恩師スー。
廃墟の病院でジークスに徹底的に打ちのめされ、死を覚悟した時に、レンを救うために自らの命を捨てた。
彼の言葉が脳裏に浮かび上がる。
――「勘違いするなよ。悪の力が無ければ人は強くなれん。誰かを救う為には仇となる相手への復讐心がある。だからどんな人間にでも悪の力はあるのじゃ。ただ、肝心なのはそれに己が飲み込まれるかどうかだ。だからこそ、光の心で包み込む。悪の力を利用し正義の心で浄化する。それが大事なのだよ」
死に際にレンに告げた言葉……。
――「セラスの器を破壊しろ」
――「大阪に行け」
そして、レンは今、ここに居る。
記憶の旅からふと我に帰った。
「俺も、親がいません」
神妙な面持ちで答えるレンが、どれ程の十字架を背負っているのか? 今のリュウセイには検討も付かないが、マイナスの心象がある事だけは感じる事が出来た。
「死んだんか?」
「いえ……殺されたんです」
そう俯き答えるレン。
リュウセイは、更に質問を続けた。
普通の人間なら相手の心の傷を抉るような事はしない。
空気を読み、なるべくそう言った質問は避ける。
だが、リュウセイは知っている。
本当は誰かに聞いて欲しい事もある。
辛い思いを心の中に封印するよりも、誰かと共感できれば、自分でも驚くくらいに心が軽くなると。
相手によっては、「いらぬお世話」と突き放される事もあるが、目の前の苦しそうな表情を見せるレンなら、むしろプラスの効果があると確信したのだ。
レンも本当は一人で全てを抱え込む事が苦痛になり、自分の心のキャパシティの限界を感じていた。
たった数時間前に出会った目の前の天野 流星に全てを語っても良いのか?
内なる心の嘆き・叫びを聞いて貰っても良いのか?
戸惑いもあったが、リュウセイの優しい眼差しの前でなら、その優しさに甘えても良いのかも知れない。
心のドアを硬く閉ざす強固な鍵が今、グラグラと音を立て始めた。
一瞬躊躇ったが、気付いた時には、決壊したダムの様に口から……心から、黒く濁った濁流の様な思い出が溢れ出ていた。
☆ ☆
山盛りのチャーハンが空になり、レンの手から離れたスプーンが陶器の器に当り金属音が鳴った。
レンにとっては久しぶりの手料理だけに無我夢中で喰らいついた。
それに、ガスが抜けた心が更なるスパイスとなっている事も間違いない。
「しかし、メチャクチャな奴等やなぁ、ゲラヴィスク教って。逆恨みもエエとこやんけ」
「だから、俺、何としてでもジークスを倒して、仇取りたいんです」
「俺にも、お前みたいな力があったら一緒に戦いたいんやけどな」
リュウセイの言葉にミカが鼻で笑った。
「今日襲われた時に、腰抜かしてたくせに」
「うるさいなぁ。お前も腰抜かしてたやんけ」
「私はエエの。女やから」
「出た。うわ出た。男女差別ッ。聞いたかレン? この御時世で男女差別とかありえへんやろ?」
「どこが男女差別やねん」
「エエのっ、女やから」とオネェ口調でミカを小馬鹿にするリュウセイ。
「あぁ、そう。そんな事するん。エエよ明日から毎晩っ白御飯と梅干一個やで」
「お前、それは卑怯やろ。男は汗水流して頑張ってるんやから元気の出るモン食わしてくれやな」
「ほら、今のっ!! 男女差別!!」とリュウセイに両手の人差し指を突きつけるミカ。
そんな二人の漫才のような掛け合いに思わず笑ってしまったレン。
「結局、どっちもどっちですよ」
と、軽くツッコミを入れてみたが、「お前は」「あんたは」
「「どっちの味方!?」」と迫り来る勢いで問いただされ、レンは「す、すいません」と小さくなった。
そして、暫くの沈黙の後、三人は声を上げて大笑いした。
あの事件以降、笑う事もあったが、これ程まで心の底から愉快だと思った事は無かった。
レンは、今、心の思うがままに笑ったのだった。
☆ ☆
レンは、リュウセイが住むアパートを出ると、最後のやり取りを思い出していた。
――「何か、ご馳走になった上に、訳の解らない事まで話してしまって、すいませんでした」
と、レンは頭を下げる。
――「エエって。俺も命助けられたし。お前は命の恩人や」
そう言って、リュウセイは満面の笑みを浮かべた。
踵を返したレンに「なぁ」と声を掛けるリュウセイ。
――「お前、身寄りが無いんやろ? やったら、いつでも来いや。俺とミカも身寄りが無くて、一緒に暮らしてるんやし」
――「いや、俺は……そこまでして貰わなくても」
――「何言うてんねん。俺はこの出会いは偶然や無いと思ってる。お前の苦しみを共に分かち合える親友がおってもエエんとちゃうか?」
あそこまで人に親切にして貰ったのは初めてだった。
元来、警戒心の強いレン。
異様なまでの距離感の縮め方に、何か裏があるんじゃないのか? と疑ったが、リュウセイの目には、そう言った邪念が一切伺えなかった。
天野 流星と言う男はそう言った人間なのだ。
太陽の様に明るい笑顔が、羨ましいとも思えた。
「ホント、良い人だったよな。助けて良かったぜ」
そう言いながら、深夜の住宅街の人目の付かない場所まで来ると、ポケットから転送用のスフィアを取り出し、ある事に気付いた。
「あっ、どうしよ。記憶消すの忘れてらぁ」
再度、壊れた忘却スフィアを眺める。
新しい忘却スフィアを用意するならまだ、間に合うだろう。
だが、別の感情がそれを阻もうとしている事を知っていた。
彼らの心、記憶の中だけには、自分と言う存在を残して欲しかったのだ。
自分勝手だと言う事は十分承知している。だが、心の拠り所が欲しかった。
甘える事ができる者が欲しかった。
苦しみを共に分かち合う事ができる仲間が……。
本当なら、それは残りのスピリットを使いし者達かも知れない。
だが、ずっと、一人でこの先いつ仲間が現れるかも分からない。
レンは、大きな溜息を吐いた。
「あーあ。リュウセイさんみたいな人がスピリットを使いし者だったらなぁ」
そう言うと、レンは、転送スフィアを空中に投げ飛ばした。
つづく
次回は、1週間から2週間後に追加します。