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第40話「流星の涙」HIKARI(光)特別編 エピソード0.5 その1

「2015.08:一旦このエピソードは保留とさせて頂きます。

また、更新次第アナウンスさせて頂きます。

物語の進行上、現時点では大きく関わる事はありませんので、安心して41話からご覧ください」


 HIKARI特別編ですが、計算上、カナリのボリュームになる為、完成後一気に公開しても、読者の方への負担を懸念してました。


 色々考慮した結果、修正可能有りと言う形ですが、連載する事に決めました。


今回は、2パート一挙公開です。


誤字脱字有りましたら遠慮なくご指摘下さい。

大変助かります。


「何やねんコイツ!?」

「怖いって、嫌やぁ!!」

 雑居ビルがひしめき合う路地裏で、目の前の不気味な人間に恐れをなす関西弁のカップル。

 虚ろな瞳に、座っていない首。垂れ流れる唾液を吐き散らし、もつれた足で力なく襲い掛かる男。

 その男が、大阪弁の男に襲いかかろうとした時、空から飛び降りてきた寺村てらむら れんが、手に持っていた剣で切り伏せた。

 頭の天辺てっぺんから股に掛けて一直線に裂ける男が、アスファルトに崩れ落ちる。

「大丈夫か? 怪我は無いか?」

 レンは、二人の体に目をやり、心配した。

 男は、彼女であろう女の手を掴み、抱き寄せながら立ち上がる。

「無いけど、お前何者なにもんやねん?」

 男の質問にレンは、手に持っていた剣を、手首に嵌めているブレスレットへと消し去ると答えた。

「俺は、寺村 蓮だ」

 ニコリと笑うレンに対し、男も答えた。

「そうか、俺はリュウセイ。『天野 流星』(あまの りゅうせい)や」


 ……………………。




 ――コールディン出発前。


 コンクリート壁が剥き出しの、薄暗いアパートの一室にいた寺村てらむら 流星りゅうせい

 雑貨やテーブル、テレビもオーディオコンポも無い、ただ「住む」だけの殺風景な部屋。

 リュウセイは、パイプベッドの上で両腕を頭の後ろで組み、寝転がっていた。

 天井の一点を見つめながら物思いにふける。


 しばらくしてベッドから起き上がると、洋室の隅に身を潜めるかの様に佇む場違いな和箪笥わだんすの前へと向かった。

 彫刻刀で箪笥の角に彫られた幾本の横線が目立つ。

 その上に立てかけてあった一枚の写真立てをそっと掴み取る。

「ほんじゃ行ってくるわ。美香みか……れん

 どこか悲しそうに、しかし、凛とした態度でそう言うと、リュウセイは荷造りを済ませていたバッグを肩に掛け、軽く錆びついた鉄扉の扉を開いた。


 …………誰も居ない無機質な部屋。


 そこには、『幸せ』や『喜び』が伺えそうなモノが見つからない。

 普段の明るく、みんなを励ますリュウセイからは、想像も付かない程の寂しい場所だった。

 ただ一つの写真の除いて……。


 テーマパーク内の大きな地球儀のモニュメントの前で、満面の笑みで写真に写る三人。

 中央のリュウセイが、太陽の様に明るい笑顔を見せつけ、両脇の男女の肩に手を廻す。

 左腕の中で、ハニカミながらも、ぎこちないピースサインをする青年。

 右腕の中で、リュウセイの胸元に頬をくっ付け、ウィンクをする女。 

 先程、リュウセイが声を掛けていた事からして、青年は『レン』で、女は『ミカ』だろう。

 そんな写真を大切に飾ってあるリュウセイ。



 愛情、友情、同情、激情……この後、様々な『情』が目まぐるしく交錯し、三人の人生を大きく変えてしまう事になろうとは、この時のリュウセイには知る由もなかった。 





 HIKARI(光) 特別編 エピソード0.5 ~流星の涙~





 木製の机がコンコンと鳴り続け、教室内に木霊していた。

 寺村てらむら れんは、終始、険しい表情で紙に数字を書きながら、左指で机を叩いていたのだ。

 そして、時折、ナチュラルワックスで立たせた髪を掻き乱す。

 深い溜息を吐くレンを見兼ね、クラスメイトの女子、鮎野あゆのが声を掛けて来た。

「アンタさっきから、何イライラしてんのよ?」

 すると、レンは、意味不明な数式が書き込まれた紙を勢い良く突き出し、見せた。

「出席日数の計算だよ!!」

「あぁ、そう言やアンタ最近良く休むもんねぇ。登校してくる方がレアだもん」

 亜麻色のセミロングヘアーの鮎野は、七分まで捲り上げた袖から出た白く細い腕を、腹の前で組みながら、淡泊に答えた。

「うるせぇよ。後4日で留年確定なんだぜ。もしかしたら……退学ぅ? 最悪だぁ」

「もう一度、高校2年生をやり直せば?」

「しねぇよッ!!」

 鮎野の小馬鹿にした態度にレンは怒った。


 ――戦いの運命。

 ――宿命。

 レンは、その全てを受け入れはしたが現実世界での生活にも、まだ望みは持っていた。

 出来る事なら、役割も果たし、大学にも進学したいと願っていたのだ。

 そう願い続ける事で、宿命よりも先の目標が出来、そこへ突き進む事ができるかもしれないからだ。



 ☆     ☆



 宙に浮かび上がる、一メートル程の半透明な地球儀に手をかざすレン。

 指で地球儀を擦ると、勢い良く回転を始めた。

 そして、日本列島を人差し指でタッチする。

 すると、今度は地球儀の後方にある、大きなホログラフ・スクリーンに東京の街の立体写真が映し出された。


 ここはフォースライドの『サーチルーム』と呼ばれる所で、地球上で他のスピリットと、それを使う者を探し出す装置が設置されているのだ。

 もし、対象が現れたなら、座標地点が赤く点滅するシステムとなっている。

 だが、今日も、点滅はしなかった。


 脚が無く、宙に浮く半透明の椅子に深々と腰を預け、溜息混じりにもう一度地球儀をタッチした。

 今度はスクリーンに大阪の街が映し出された。

「大阪に行け……か」

 レンを、戦いの運命へと導き、レンの為に命を落としたサイボーグの『スー』が言い残した言葉。


 ――「セラスの器を破壊しろ」


 ――「大阪に行け」


 その言葉だけを残し死んでしまった。

 レンは、スーの言葉の通り『セラスの器』を破壊しようと試みたが、ネットで探そうが『セラスの器』など存在すらしていなかった。

 手に持っていたジャムパンを頬張ると、レンは、大阪の街を更に拡大していった。



 セラス……。

 ゲラヴィスク教の中でも最強最悪の存在。

 ガジャルと言う破壊神との戦いの輪廻を作り出した張本人だ。

 レン達の力も前世から今世に継承される様、またゲラヴィスク教の力も継承されている。

 今も、この街のどこかで新生セラス、そしてセラス率いるゲラヴィスク教が虎視眈々とガジャル復活の策を企てているのだ。

 現在もゲラヴィスク教の数は増え続けているが、レンは未だに一人で戦っている。

 天性の戦いの才能を持つレンでも数が増えればいつか……。

 そんな焦りがジワジワとレンの中で大きくなっていた。



 時間は、既に夜の八時を越えていた。

 誰も居ない寂しい平屋の自宅に帰り、夕飯でもあるジャムパンを食べる位なら、フォースライドでこうして時間を潰す方がまだマシだった。

 ゲラヴィスク教のジークスに、家族が惨殺された直後は、家に居ても、親兄妹の死に顔が脳裏に甦り、もがき苦しんでいた。

 だから、レンはこうして、フォースライドのサーチルームやラウンジで食事をする事が殆どだった。

 今は、家で過ごす事も慣れては来たが、サーチルームでの作業は日課のようになっている。

「早く仲間が見つかんねぇかなぁ」



 そこへやって来たジェスとディアン。

「よう。またグーグルアースしてんのか?」

 こんの特殊生地に白い紋様が施されたサイバースーツを身に纏う、短髪の男、ジェスが訊ねる。

 彼等は、『ファントムソルジャー』と呼ばれる宇宙の治安部隊で、マナーの宜しくない宇宙生物を退治するのが本業だ。

 だが、最近までは任務もなく、地球上の邪悪な霊や妖怪と言った類の敵を退治してきた。もちろんレンも協力し、スピリットがもたらす超人的な強さで大きく貢献していた。


「違いますよぉ。仲間探しっす」

 そう言うと、レンは、地球儀を勢い良く回転させスクリーン上の映像を遮断した。

 今度は、同じ装束を身に纏う長髪のディアンが、タバコの穂先を、指から発した火で炙りながら、レンに話し始めた。

「久々に任務が来たんだよ。遠い遠い宇宙の果てさ」

「じゃあ、ファントムソルジャーは?」

「全員出動さ」

 レンは、神妙な顔でゆっくりと椅子から立ち上がった。

「俺は……「分かってる。来れないんだよな」」

 レンの重い言葉をジェスが掻き消した。

「お前にはお前の仕事がある。それを全うすれば良いさ」

「うん」

 レンの頷いた姿を確認すると、二人は肩越しに手を振りながらサーチルームを後にした。

 途中で振り返るジェスがレンの名を呼んだ。

「お前さぁ。俺達とココまで来て、初めて会った時よりもズバ抜けて成長したぜ。スーの言葉は間違ってなかったな」

 ジェスは突き出した拳の親指を上へと上げると、ニコリと笑って立ち去った。


 スーが生前に、レンの未熟な心、そしてスピリットの力を使いこなせるようにと、ファントムソルジャーに、修行と言う形で入隊させたのだ。

 やはり、スーが懸念した通り、レンの心はまだまだ未熟で力もまだ使いこなせていなかったが、今までの経験のなかでその力を大きく飛躍させる事ができた。


 レンは、再び椅子に腰を下ろすと、残りのジャムパンを口に押し込み、再び地球儀を回転させた。



 ☆     ☆



 ――「なぁ、今回の戦いをある程度有利に進めたいのなら、最優先で破壊しておかなければならないモノがある」

 ――「それは何じゃ……?」

 ――「セラスの器を破壊しろ」

 ――「セラスの器?」

 ――「そうだ、そして、破壊できるのはスピリットを持つ者だけだ。……だが」

 ――「何だ?」

 ――「この寺村 蓮は、心が弱過ぎる。もっと冷酷にならねばセラスの器は破壊できん」


 初めてレンがレントへと覚醒した際、スーと話した会話の全貌だ。

 勿論、レンは知らない。

 この会話をレンが知っていれば歴史は変わったのかも知れない。

 いや、変わらなかったのかも……。



 ☆     ☆



 月の気配さえも遮るほどの分厚い雲。

 深夜の繁華街から一つ道路を挟むと、そこは閑散とした雑居ビル郡だ。

 ネオンも無ければ、街灯もチラチラとその役目を全うしていない。

 路肩で床に就くホームレス達の前を、腹を空かせた黒い猫が、足音を立てずに彷徨っていた。

 ゴミ置き場に顔を突っ込もうと、出てくるのはシュレッダーに粉砕された紙くずだけ。

 黒猫は、ビルとビルの間の路地裏に入った。

 どす黒い水溜りを跳ね除け、食事となりそうなモノを探す。

 すると、空からネズミが降ってきた。

 黒猫は、目の前で死に掛けているネズミを前に、久しぶりのご馳走だと生唾を飲んだ。


 黒猫が死に掛けのネズミに喰らいつく光景を、ニヤ付く笑顔で見届ける黒いローブの男。

「また悪趣味な事をしているのか? ジークス」

 そう言い、闇から現れたローブの男。ロデゥーン。

 二人とも頭の先から足許までを覆いつくす程の大きな黒いローブを身に纏い、口許以外を白い悲しそうな仮面で覆っている。

「黙れロデゥーン」

「同胞は現在どれだけいるんだ?」

 ジークスは、ローブの袖から手を出すと、指を三本突き出した。

「我々の部隊の他に、二組織。ゼラが率いる部隊と、シスが率いる部隊だ」

「既に準備は出来ているのか?」

 ロデゥーンは、近くに置いてあった瓶ビールケースの上に腰を下ろした。

「いや、今は同胞を探している所だ。それ故、我々の部隊が現在の所、一番強い。だから、セラス様は我々の許へ姿を現された」

「何!? セラス様がッ!!」

 ロデゥーンは、興奮冷めあらぬ様子で歓喜が篭った驚きを表し、ジークスが視線を向ける路地裏の奥、漆黒の先を覗きこんだ。

「他の部隊は、セラス様が現れになられた事をまだ知らない。知れば嫉妬するだろうからな」

 ジークスは、そう言うとほくそ笑んだ。

「では、俺達の願いが叶うと言う訳だな」

「まぁな」

 そう言うと、ジークスはネズミの死体を貪る黒猫を、掌から放った波動で弾き飛ばした。 

 飛び散る肉片をロデゥーンは迷惑そうにローブから払うと、ジークスと共に、セラスの許へと歩み寄った。



 ☆     ☆



 その日は朝から、新聞やテレビのニュースは同じ事を繰り返していた。

 なんと関西地方のとある発掘現場から、とても貴重なさかずきが出土したと言う内容だった。

 歴史上もっとも古く、そして、貴重な鉱物で作られた物だ。

 数日後には大阪の博物館に納められるとの事で、来客者は数百万人に渡ると予想されている。


 その杯を、発掘現場から見つけた博物館の館長は、『聖杯=セラスの器』と呼んだ。

 自宅の古いテレビで知ったレンは、全身の毛が逆立ったかのような感覚に襲われた。

 ブラウン管に写るソレは、スーが破壊しろと警告をした代物だったからだ。そして、スーが言い残した言葉……「大阪に行け」の意味が、今初めて繋がったのだ。


 レンは、全身が震えた。

 恐怖でもなく、武者震いに近い物だった。何の痕跡もなく、それでも長い間探し続けて来た物が今になって現れたのだから。

 セラスの器が現れた以上、スーの言葉通り破壊しなければならない。

 ガジャルを復活させたセラス。

 そのセラスの名前が付いた聖杯だ。きっと良からぬ物だろう。そして、ゲラヴィスク教にとっても、大変価値があるはずだ。


 あと四日間学校を欠席すれば進級出来ないのは確実。

 四日以内にセラスの器を破壊する。

 そう硬く心に近い、レンは家を飛び出し、大阪へと向かった。



 ☆     ☆



「ごめーん。待ったぁ?」

 黒のハイウエイトワンピースにベージュのボレロジャケットを着た若い女が、細くしなやかな腕を振りながら、待ち合わせ場所いる男の許へと駆け寄る。

「よう、美香みか。全然待ってへんで」

 天野あまの 流星りゅうせいは、繁華街の駅前に有るガードレールから立ち上がると、ピンクのシャツが顔を出す黒いジャケットのポケットから手を出し、同じく振った。


「リューちゃん。今日の面接はどうやったん?」

「ぜんっぜんアカンわ」

 リュウセイとミカは、仲睦なかむつまじく肩を寄り添い歩いていた。

 外食をする店までの道中、ミカは心配そうにリュウセイの就職先について訊ねる。

 リュウセイは、大学の三回生で就職活動中。

 ミカは、短期大学を卒業後、インテリアデザイナーとして働いていた。

 彼女としても、愛するリュウセイの就職先が決まる事を、本人と同じ程に心配し、内定を貰える事を祈っているのだ。


「俺、高望みしすぎなんかなぁ? 行ける思ってたんやけど全然やわ」

 ミカにこれ以上の心配を掛けさせまいと、下手な笑顔を作りながら、笑って見せる。

 その心中を察っしたミカは、リュウセイの腕の隙間に、自分の腕を滑り込ませながら優しく微笑んだ。

「大丈夫やって。リューちゃんを落とした会社は絶対に後悔するわ。業績不振でドーンやわぁ」

「ホンマやな」

 互いの笑い声が、賑やかな繁華街の中でもしっかりと聞こえた。

「リューちゃんがどれだけ頑張りやさんで、誠実なんかは私が良く知ってるもん。小さな頃から見て来たし。きっと、縁がある会社と巡り会うって」

「そうやな。大丈夫ッ。絶対に近い内に内定貰ったるわ」

 リュウセイは、ミカの腕を力強く引き寄せながら言った。



 夕食も終わり、今度は夜景が見える居酒屋に向かっていた。


「でさぁ、会社の吉川さんがさぁ、山根さんの奥さんに不倫がバレて、その奥さん会社にまで殴り込みに来てんで、ビックリしたわ。まさに修羅場」

「うっほぉ、ドロドロしてんなぁ。昼ドラみたいや。怖ェ」

 そんな事を話しながら、繁華街の外れを通り、駅前に向かっていると、目の前に全身に漆黒のローブを纏った者が、白い仮面の下から二人を見つめながら立っていた。


 不気味に思いながらも、二人は、そのローブの者を横切ろうとした。

「待て、天野 流星」

 いきなりリュウセイの名を呼んだローブの男にゾッとして驚く。何故かは解らないが、目の前の男から発せられる何かに、全身がゾクゾクと反応し、危険信号が脳内に駆け巡った。

「お前、何で俺の名前知ってるねん……」

「…………」

 リュウセイの問いかけには一切答えようとしない。


 周りに人はいないのか?

 リュウセイは辺りを見回したが、気付けば長い一本道には人一人見当たらなかった。

 さっきまでは、幾人かでも帰路を急いでいたはずなのだが、知らぬ間に、静寂だけが広がっていた。

 物音一つ無い、不気味な世界。


 このまま、じっとしていて目の前の男に関わると、命が危ない。

 そう感じたリュウセイは、「逃げんでッ」と言うと、ミカの手首を強く握り締め、来た道と逆方向に走り出した。


 息を切らしながらも、雑居ビル郡を駆け抜ける二人。

 だが、目の前にまたしてもローブの男が立ちはだかっていた。

 まさか、瞬間的に移動したのか?

 そんなアニメ染みた推理しか出来なかった。

「逃げられんぞ」

 白い仮面から見える分厚い唇が綻ぶ。


 その声を聞いて、リュウセイは気付いた。

 ――違う声や。

 さっきのヤツとは別人!?


 二人のローブの男に囲まれ、一本道上に逃げ場を見失ったリュウセイは、ミカを引きつれ雑居ビルの隙間に逃げ込んだ。

 人が並んで二人が限界の路地裏を迷走する。

 薄汚れた荒れ道。

 その先は行き止まりなのか?

 それとも、別の出口へと通じているのか?

 後者への望みを胸に、ポリバケツを蹴り倒し、猫避けの水入りペットボトルを飛び越える。


 すると、裏路地の奥に外へと通じる出口を見つけた。

 肺が張り裂けそうになりながらも、出口へ向かうと、中年のサラリーマンが出口から入って来た。

 リュウセイは、必死な思いで助けを求めようと駆け寄った。

「お願いしますッ。はぁ、はぁ、助けてッ……ください」

 だが、目の前の男は、リュウセイの訴えに反応する訳でもなく、ミカの後ろ。ずっと遠くを見つめながら、虚ろな瞳を投げかけている。

 首振り人形のように、力なく左右に揺れる顔。

 半開きの口許から糸を引く唾液。

 確たる目的もなく、彷徨う脚がふら付きながらも器用に歩みを進める。

 それは、普通の人間の様子では無かった。


 人ではあるが、人ではない。

 全身を貫く邪悪で、不気味な存在に、ミカの足がすくむ。

 ミカは、リュウセイの腕を何時に増して力強く握った。もちろん、それは計り知れない恐怖からだろう。

「なぁ、この人……変や。気持ち悪いッ!!」ミカの声が恐怖ですくむ。

 リュウセイは、ミカを自分の後ろへと避難させた。


 その時、男は地面に視線を落としながらも、リュウセイの顔面へ拳を振り回してきた。

 咄嗟に体勢を屈めたリュウセイ。その刹那、砕け散るコンクリートの破片と破壊音。

 頭上を突っ切った男の拳が、ビルの壁を粉砕したのだ。

 それは人間が出せるような力ではない。普通の人間なら拳の骨が砕け散っているだろう。

 だが、男は顔色一つ変えることなく、冷たく狂気の滲んだ、朧げな表情を浮かべている。


 リュウセイは、血が滲む男の拳から、崩壊したコンクリート壁へと視線を巡らせた。

 目の前の信じられない光景が物語る事実。

 それは、まともに喰らえば即、死に繋がると言う事。

 自分の体の骨が男の一打により、どうなるのか? リュウセイの脳内が瞬時に予測を始めた。

 砕け散る骨。

 脳にまで響く程の粉砕音。

 破裂する内臓に吹き飛ぶ流血。


 リュウセイはもう一度、破壊されたビルの壁から男の拳へと視線を戻し、そして、恐怖に押し潰されそうになっているミカの顔を見た。

「ミカ、走れ!!」

 再びミカの手首を掴むと、他の出口を探そうと迷走を始めた。

 行き止まり。

 行き止まり。

 振り返ると、不気味な男が確実に距離を詰めていた。


「何やねんコイツ!?」

「怖いって、嫌やぁ!!」

 殺気さえ感じない無表情な男の狂拳が今度こそリュウセイを仕留めようと今、放たれた。

 リュウセイの脳裏を支配する『死』の恐怖。

 その時、空からってきた……いや、飛び降りてきた何者かが、手に持っていた剣で男の頭上から一気に切り伏せた。

 頭の天辺てっぺんから股に掛けて一直線に裂ける男が、アスファルトに崩れ落ちる。

 何が起きたのか?

 混乱する脳内を落ち着かせながら、呼吸を整え、その主にピントを合わせる。

 化け物を殺した目の前の謎の男。いや、グレーのパーカーを着ており、その表情も見るからに学生と言った感じが伺える。

 そして彼もまた、常人では無い動きを見せた。

 奴等の仲間なのだろうか?

 だが、自分達に襲い掛かろうとした男を倒したのだからきっと違うだろう。


「大丈夫か? 怪我は無いか?」

 青年は、二人の怪我の具合を交互に確認し、心配した。

 リュウセイは、ミカの手を掴み、抱き寄せながら立ち上がった。

「無いけど、お前何者なにもんやねん?」

 リュウセイの質問に青年は、手に持っていた剣を、手首に嵌めているブレスレットへと消し去ると答えた。

「俺は、寺村 蓮だ」

 ニコリと笑うレンに対し、リュウセイも答えた。

「そうか、俺はリュウセイ。『天野 流星』(あまの りゅうせい)や。こっちは彼女のミカや」



 ☆     ☆



 男の死体を見て、嗚咽おえつが走るミカ。

 リュウセイも胸に込み上げてくる不快感を押し殺し、顔色一つ変えないレンに訊ねた。

「お前、それよりもエエんか?」

「何が?」

「人殺しやぞ」

「いや、もう人じゃない。さっきみたいになったら死んだも同然さ。殺すしかない。それの方が幸せなのさ」

 レンは、男を見下ろしながら言った。

「やけど、お前、警察に捕まるぞ」

 普通の人間なら皆そう考える。

 どんなに完全犯罪を実行しようとも、一番ネックになるのが死体の処理だ。

 だが、レンには幾度もこのような経験をしている。

 死体を綺麗に処理し、後処理までをしてくれる機関がフォースライドにあるからだ。

 勿論、人を殺している事に変わりはないし、当初は途轍もない罪悪感と自己嫌悪に悩まされた。だが、今では冷静なほどに慣れてしまっている。

 これもまた怖い事ではあるが、目の前の正常な人間が殺されるくらいなら仕方無いと腹を括ったのだった。


 その時、ミカの後方にローブの男が現れた。

 そして、路地裏の出口である死体の向こう側にも。

 完全に挟まれてしまい、リュウセイとミカの表情から血の気が引いた。

 出口側にいるローブの男がリュウセイからレンへと視線を向け、卑しい笑みを湛えた。

「ほほう。寺村 蓮か」

「寺村 蓮……」

 ミカの後方にいる男も下卑た笑い声を上げながら近づいてくる。

「俺って、もうそんなに有名なのか?」

 レンは至って冷静におどけて見せた。

「あぁ、殺せば名が上がるってモンよ」

「コードネームは?」

「レイド」

「ダイド」

 二人のローブの男のコードネームを聞き、レンは落胆混じりに鼻で笑って見せた。

 ゲラヴィスク教にも、階級があり、間違いなく今居る二人は下級の方だとレンは悟ったのだ。

「なんだ、ジークスじゃないのか。悪いがお前等みたいな雑魚を相手にしてる暇はねぇんだよ。帰えんな」

「「なぁにぃぃぃッ!! 馬鹿にしやがってぇッ!!」」

 プライドを傷つけられた二人は、がなり声を上げながら戦闘態勢を取った。

「しゃーねぇなぁ。後悔するなよ」


 レンは、パーカーのポケットからピンポン球程の大きさのメカニックボールを四つ取り出すと、リュウセイとミカの方へ軽く投げつけた。

 途端に、メカニックボールが宙に浮き、それぞれが二人の周りを旋回し続ける。

「そのボールが守ってくれるから、そっから動かないでくれよ」

 リュウセイとミカは恐怖から体が動かず、レンの言う事を聞くしかなかった。

 また、レンは、そんな二人の姿を見て、恐怖から我を忘れて防衛エリアから飛び出した挙句、負傷する事は無いと安心した。


「始めっか」

 レンの表情が鋭く変わった。





 つづく


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