第5話 「決断」その1
暗闇の中、淡い光がリュウセイの持っている剣を照らし、ポタポタと落ちる赤い雫が血の涙の様にアンリの目に映った。
「まさかとは思ったけど、ここまでやるとわな」リュウセイは真っ二つになっている男の死体を見下ろしながら言った。
アンリは一気に安堵したが、驚愕の事実が頭を支配し、気が動転した。「お母さん、おかぁさんっ…お、お母さん!」
アンリは一心不乱に母親のもとへと階段を駆け下りる。
アンリの母は、目を見開いたまま、何を語る事も無く、槍と共に壁に寄りかかっていた。アンリは膝から崩れ落ち大粒の涙がこぼれた…
「おかぁぁさぁぁぁーーーーんっ!」アンリの悲鳴にも似た叫び声が家中に響き渡る。
アンリはしばらく母のもとから離れなかった…
その様子を見ていたリュウセイは、アンリが現実を受け入れる間、ソファに腰を下ろし待っていた。
時計の一番短い針が1週ほどしたころ、アンリは重い口を開いた…
アンリは俯きながら「これが、私の運命なの…」と力無い声で囁くように口を開いた。
「そうや…」
リュウセイは心を鬼にした、勿論、心が痛んだが…
「私が、スピリットの持ち主だからなの…?」
「そうや…」
「こんな事言うと、お前に強要してるみたいに聞こえるかもしらんけど、恐らくお前の親友の 奈菜瀬 美津穂にも危害が及ぶかもしらん、君の親父さんだって…
お前がスピリットの持ち主である限り、この運命からは逃れる事はできへん。
だから、みんなを守る為にも、俺達の役割を果たすんや!心を開き、スピリットを解き放て!これ以上、愛する人を失わん為にも…」
「……………」
アンリは黙って再び母親を見つめ、そのままリュウセイの方に顔を向ける事はなかった。
「待ってるからな…」
リュウセイはそう言って、木製のテーブルの上に蒼く光るスフィアを置いて、その場を立ち去った。
翌日、アンリの家で起こった事は、「殺人事件」としてメディアに取り上げられた。
アンリの母親が死んでしまった以上、リュウセイは今回の事件を揉み消す事は出来なかった。
勿論、犯人は逃亡中、真っ二つの男は、母の悲鳴に駆けつけ殺された事になった。アンリがそう、警察に言ったのだ。
−−本当の事など、誰も信じない、私だって…−−
リュウセイは、フォースライドのラウンジで資料に目を通していた。
ラウンジは、まるでバーの様にカウンターやテーブルがり、カウンターの中では、数百種類の酒を背にマスターがカクテルをシェイクしている。隣のカウンターにはツマミやオードブルが並べられている。
そこそこ広い50メートルプール位の広さのラウンジは、談話室同様、四方の壁がガラスの様になっており、広大な宇宙を360度見渡せる。出入り口はラウンジの中央に丸い筒状のエレベーターが設置されてあり、そこからの出入りとなっている
「やっと、場所が特定できたか、『シオンのスピリット』が」リュウセイはラウンジの隅にあるガラスの椅子に座り、書類に目を通していた。
その時、プシューっと自動ドアが開いた。
「おっ、やっと来たか」
扉の前にアンリは立っていた。
「心の整理はついたか」リュウセイは書類をガラスのテーブルの上でカンカンと音を立てて、まとめながらアンリに問いかけた。
アンリは力強く頷いた。
「大切な人を守りたい、これ以上失いたくない!だから、絶対に役目を果たしたい…ママの為にも」
力強いアンリの言葉にリュウセイの顔から満面の笑みが飛んだ。 今まで、ほとんど表情が無かったリュウセイだが、初めてアンリが目にしたリュウセイの笑顔は凄く無邪気に見え、暖かい笑顔だった。
アンリは一瞬だが、胸の奥でキュンとなるモノを感じた。
リュウセイは早速アンリに話し始めた。「さっそくやけど、この間言ってた新しいスピリットの場所が特定できてん。フォースライドが受信したスピリットのエネルギーから、現在の生まれ変わりも特定した、見てくれ」
リュウセイは手に持っていた資料の中から、1枚の写真をアンリに手渡した。アンリは、渡された写真を見て驚いた!
「神城 空」
アンリは写真に写っているソラをみて目を疑ったが、どこからどう見てもクラスメイトの 神城 空 だった。
「知ってるんか?そいつ?」リュウセイは神妙な面持ちのアンリを見て問いかけた。
「クラスメイトなんです、こいつ」アンリは写真を見ながら言った。
「そっかぁ、じゃあ話は早いやん」
「へっ?」
アンリに嫌な予感が過ぎる。
「お前の一件もあるし、その神城って奴も化け物に襲われる可能性が高いからなぁ、アンリちゃんはソイツの護衛をしてくれ」
「えぇぇぇっっ」
アンリはリュウセイから見ても解るくらいの拒絶反応をしめした。
「目を離すなって意味や。 仕方ないやろ、コレも任務の1つや、俺は神城君のスピリットを遺跡に探しに行くから、俺がスピリットを彼に届ける間、頼んだぞ」
「わかりました…」アンリは渋々了解した。
1番最初の役目がクラスメイトの、そんなに関わりもない男子の護衛だなんて、とアンリは少し落胆した。
「私を襲った人、普通じゃ無かったんですけど、何か知ってますか?」アンリは話しを切り替えて、家で襲われた時の男についてリュウセイに問いかけた。
「俺もまだハッキリとは解らん、ただ、スピリットを狙ってて俺らに敵対してるのはたしかやな。あの男は、恐らく普通の一般人やろ、誰か強力な術者に操られてたと俺は思う」
「じゃあ罪も無い人が…」
「まぁな、あの手の呪術は何回か見たことあるけど、1度操られたら、死ぬ以外助からん…化け物として生きていくんなら、いっそ殺してあげた方が、彼らにとって幸せな事かも知れん」
その時、ラウンジにアナウンスが流れた。
「流星様、富士遺跡へのスフィアゲートの準備が完了しました」リュウセイはラウンジの椅子から腰を上げた。
「んじゃ行ってくるわ、あとは頼んだぞ」
「あっはい、いってらっしゃい」アンリは姿勢を真っ直ぐにし、リュウセイを見送る。リュウセイは後ろ姿のまま挨拶のつもりで手を軽く降り、スフィアルームへと消えていった。
暫くして再びラウンジにアナウンスが流れた。
「杏里様、次のスフィアエネルギー充電完了まで、30分掛かります。ごゆっくりお待ちください」
アンリは次のアナウンスに呼ばれるまでの間、椅子に深く座り床のガラス越しに見える青い地球を見つめていた。
この日は満月がくっきりと夜空に映し出されていた。駅のホームと言うのは、どこか陰気で、息が詰まる。
ホームから枝分かれした通路なんて「どうぞお化けさんこちらへ」って言っているようなモノだ。そこに、一人のスーツを着た白髪混じりの男がため息をつきながら歩いていた。
「どうしよ〜、この歳で会社を首なんて、女房になんて言い訳をすりゃあ良い…はぁ…」50過ぎの男はブツブツと思い悩みながら、薄暗い駅の通路を一人歩いていた。
コツン…コツン…
男は誰かの足音が聞こえ、後ろを振り返ったが誰も居なかった。男は一瞬、ビクッとなった自分を恥、鼻で笑った。
「はぁ、お化けさんかい?もう俺、死にたいよ、人生終りだよ…はぁ…」男は独り言をつぶやきながら外への出口に向かっていた。
その時!
男か女か解らないような声がハッキリと聞こえた!
「死にたいか、お前の望みを叶えてやろう…だがその前に一つ仕事を頼みたい事がある」
「だっ誰だっ!?」男はその不気味な声に驚き、後ろを振り返った。そこに、さっきまで誰も居なかった所に、黒いローブを纏った誰かが居た。
口元以外に悲しそうな仮面をつけている為、男か女か解らない、とにかく不気味そのモノだった。
黒い仮面を着けた者は、両手を器用に絡め韻を結び、何か呪文の様なモノを唱え始めた。
「うぅぅ、うぁぁぁぁぁっ!」男は急に頭を抱えだし、床に崩れ落ちた!
「止めてくれぇぇぇっ!苦しいぃっ、がぁぁぁっ…」黒い仮面を着けた者は呪文を唱え終わると、妖艶な笑みを浮かべ、その場から消えた…
男は少ししてから何事も無く立ち上がり、外へ繋がる出口へ向かった。だだ、その男は、目の焦点が合ってなく、首が座っておらず、口からは涎がだらしなく垂れていた。そのまま男は外に出ると、夜の街へと消えていった…
つづく